カグヤと彦星の異常な日常

@IZUMAX

第1話 運命の相手はかぐや姫?



















  地球育ちのかぐや姫
































 プロローグ


 「今日の星座占い!ワースト1位は~……」

「…………」

「さそり座のあなた!」

 ……別に気にしているわけではない……と思う。

 それでもその宣言は、しばらくの間俺の頭にこだましていた……。


 













 【1】 かぐや姫という名の運命


 燦然(さんぜん)と輝く星たちの中に美しくも少し儚げに光る月を、星河 宵人(ほしかわ しょうと)18歳は見上げていた。

「はぁ~……、寒っ!」

 季節は真冬。さらに言うとあと二日でクリスマス。だというのになんでこんな寒さの中、深夜の市内を見回らなきゃいけないんだろうか?そう思いながらも職務を全うしていた。

「やっぱ市見隊(しけんたい)って地味な仕事だよなぁ。市の安全を守るために市内を見回る隊っていうけど、この寒い中でなにかやばい事しようなんて思うやついねえだろ」

 『市見隊』。とある条件を持った者たちだけで構成されている警備部隊。一般人との見分け方は、一つの隊ごとで体のどこかに共通のマークがあることだ。ちなみに彼の隊は満月に重なる白い日本刀のマークだったりする。

 隊が作られた時、市見隊に入れる人材に偏りがあった為、一つの隊ごとの人数は多かったり少なかったり結構適当である。

 しかし市見隊が作られた理由は、決して気まぐれや適当な正義感からではない。

 日本の桜の名所の一つでありながらほとんどの人に知られていない、ここ桜都(さくらみやこ)市には毎年4月に『桜祭り』という市全体によって行われる大きなイベントがある。

 しかし15年前の桜祭りの日。桜都内のある研究所を中心に大きなテロがあった。そのときの宵人はまだ幼すぎたため、それがどんな様子だったかはおぼろげにしか記憶にない。しかしそれがどれだけひどいものだったかは今の自分の現状からも想像がつく。なぜならその中心になった研究所とは、他でもない。彼の両親が中心となって働く場所だったからだ。

 テロの傷跡は彼の心にも深く残り、また同じことが起こることを恐れた地域の人々の何人かは、桜都市から離れていった。

 そんな中、「自分たちの住む場所は自分たちで守ろう」などとある男が言った。その発言によって作られたのが市内見廻り警備部隊。略して市見隊。

 警備部隊なんて言えば確かに聞こえはいい。

 でも実際のところ、最近の活動は酔っぱらいのけんかを止めたり深夜まで外を出歩く未成年を注意するくらいだ。

 宵人も作られてすぐこの市見隊に入り、現在は一つの隊の隊長にまでなった。

 しかし、だ。

「やっぱりこの季節にただ市内を見回り続けろなんて言われても、なかなかモチベーション上がらないよなぁ。しかも今朝の星座占い最下位だったし。

 確か『とんでもない事件に遭遇するでしょう。特に夜中に空を見上げるようなあなた。あなたはもうこの運命から逃げられません。おとなしく運命を受け入れましょう』だっけ? 占いで『運命から逃げられません』なんて断言しちゃうなよ……」

 とはいえ、母親を亡くした上に父親が家を出たっきり行方不明になってしまった宵人にとっては、この仕事があるから一人でもなんとか生活できているのだ。手を抜くわけにはいかない。

 だが金銭的な面と住む場所で言えば、父親が家を出る際に今は自分の物となった大きな屋敷と、生活の為の大量の資金を残していったおかげで、生活に何一つ不自由はなかった。本当ならこの仕事につかなくても普通に生活すること自体は可能であったかもしれない。

 しかし、この仕事に就いたおかげでちょっとした出会いがあった。宵人にとってその出会いは重要な意味を持つ。

 なにより、15年前のテロ事件と正面から向き合わなくてはならない。市見隊の隊長になった時、すでにその決心をしていた。あの事件と宵人にはそれだけ深い関わりがあるのだ。

 幼いころはその関わりからずっと目を背けてきたが、その内あのテロ事件の記憶から必死に逃げる事の意味が分からなくなってきていた。そろそろ自分のほうから追いかけさせてもらいたい。自分が『力』を使いこなせるようになったときぐらいからそう思い始めていた。

 その為にも彼はこの市見隊に入った。第一番隊隊長という、いかにも偉そうな肩書きをもらってまで。

 それでもやっぱりめんどくさいのは苦手なのである。特にこういう綺麗な夜空が見れる日は。

「今日もこのまま何もありませんように」

 そういうと宵人は、自分のネックレスについた丸くて金色に光る宝石のようなものを掲げて願ってみた。

 でも、現実はそこまで甘くなかったようだ。

 今日の星座占い。

 宵人は運命なんて、自分には全く関係のないことだと思っていた。だけどこの時、自分からその『運命』とやらに近づいていってたんだということを、彼はすぐに思い知ることになる――。

           *

「はぁ……。やっぱ見慣れた平凡な住宅街を見回るよりは、こーやってキレイな夜空見あげてたほうがいいよなぁ」

 そんな愚痴をこぼしつつ市内パトロールを続けていると、

「いつまで黙り込んでるつもりだよぉ? さっさと立とうぜ?」

 公園の中で誰かが数人の男性に取り囲まれてうずくまっているみたいだった。

「いいから少しだけ一緒に遊びに行こうぜ! な?」

 どうやら、タイミング悪く揉め事に出くわしてしまったようだ。おまけに月に雲がかかり始めたせいで、囲まれているのがどんな人物なのかよくわからない。

「……」

 からまれている人物は問われても答えようとせず、さっきまでの自分のように、空をじっと見つめている。

「はぁ……。せっかくきれいな夜空を鑑賞中なのになぁ」

 宵人はぼやきながら男たちに近づいていく。

「ほら、とにかくこっちに……」

「はぁい。そこまでですよ~」

「あ?なんだよ。今忙しいんだけど?」

 男性たちに囲まれていたのは、なんだか眠たそうな顔をした、やや背の低い黒髪の少女だった。

「……」

 少女は無表情でうつむかせていた顔を上げ、その眠そうな目でこちらを見つめてくる。

「そいつは失礼。でも忙しいのはこっちも一緒。ってなわけでさっさと片づけさせてもらうぜ?」

「なんだ? やる気かよ?」

 男たちはけんか腰になってこちらをにらんだ。

「だってさー、ほら。空を見てみろよ」

「空ぁ?」

 と、宵人が夜空を指差しそれに合わせて男たちの顔が上を向いた瞬間。

「失礼っ!」

 そう言い放つと、宵人は腰にぶら下げていた一本の木刀を抜き、一気に男たちの合間を通り抜けた。

「っ!」

 ……少し間を置き、声を発することもなく男達は地に伏した。

「よし。お仕事終わり! っと。ちょいとずるかったかな? まあいいや。おい、おまえ。大丈夫か? とりあえず不良A、B、Cは気絶させたぞ」

 とりあえず場が落ち着いたので少女に話しかけてみた。

 ここまでの流れであっという間に事が片付いたと思われた。しかし……

「……。おい。いつまで不良Aのふりしてんだ……?」

 そう木刀に手をかけたままどこへともなく問いかけると、

「おや。ばれてたのですか?」

 後ろで倒れた男たちの中から金髪の男が一人、笑顔で何事もなかったかのように、すっと立ち上がった。

「いやぁー。驚きました!」

「……。誰だお前?」

「これは失礼。まず挨拶するのがこちらでの流儀でしたね。わたくし、“とある場所”よりの使者です。名前はないので好きにお呼びください」

 さわやかな笑顔と丁寧な言葉であいさつをすると、男はこれまたさわやかな笑顔でしゃべり始めた。

「それにしても先ほどの動きはとても良いものでしたね。もしよければ私の勤めてる場所で一緒に働いてもらいたいと思ったほどですよ」

 その言葉に宵人は少し眉をひそめた。

「……まず、お前のところで働かないかという素敵な勧誘についてだが、謹んでお断りさせてもらうよ」

「そうですか、それは残念です」

「それからこれは、俺からの一方的な質問なんだが」

 宵人は先ほどと同じくまた空を見上げた。

「お前。この星の人間か?」

 金髪の男からさっきまでのさわやかな笑顔が消えた。

「……どういう意味ですか?」

「いやぁ、ばかげた発言だと俺も思うんだけどさ。15年前のテロの資料をこっそり読んだときに気になった点がいくつかあってね。なんでもテロを行った者たちは全員自分たちのことを『月からの使者』とか言ってたらしいんだよ」

「ほう」

「そして、そのテロの被害にあった人達の中に、『奴らは宇宙人だった』なんて支離滅裂なことを言うやつもいたんだわ」

「まさか、だからといって私がテロの犯人で宇宙人だなどと……」

「あーあと一つ」

 宵人は木刀を握る手に力を込めたままゆらりと男のほうへ振り返り、言い放った。

「資料の中にあった15年前の写真の中にお前とそっくりな人間が写ってたんだわ。身なりもその髪の色も全く変わらない様子で」

「……」

 明らかに様子が変わりつつある男に、さらに探りを入れてみることにした。

「もちろん国もその被害者の家族もそんなSF発言信じようとしなかったさ。テロの恐怖で錯乱してるだけだろうって言われて、結局この件はそのまま誰にも触れられなかった。ただ二人、テロについて熱心に研究していた俺と俺の親父を除いてな」

 宵人の読み通り、男はこの発言に反応した。

「参りましたね。あの研究所の関係者だったのですか……」

 金髪の男は少し顔をしかめた。

「悪いねぇ。あの事件に関しては記憶力が良いもんでさ。っていうか結構前から俺はあの事件について調べまくっててさ。そしてその結論の一つに、犯人はもうこの星にはいないという可能性が浮かび上がっていたんだ」

「しかしまだそれでは私が月に住む住民だという証明にはなりませんねぇ」

 男はなおも余裕顔で宵人に反論して見せた。

「それどころか地球から打ち上げた宇宙船から、何度も月に人類が降り立っているというのに生命体が住んでる痕跡が見つかったなどという報告は一度も聞いたことないでしょう? それともあなたは他国が嘘をついていたとでも?」

「そんなの簡単に説明できる。地球がお前たちを見つけられなかったのは『お前たちが盗んだ物の力』。そうだろ?」

 宵人は自分のポケットから小さな赤い宝石のような物を出して見せた。

「……あなたはそれが真実だと信じておいでなのですか?」

「いやー、まだ確証はないかなぁ。でも予想はあるよ。限りなく虚言や妄想に近い予想だとしてもね」

「そうですか」

 ここで男は観念したかのように両手を上げてお手上げというポーズをした。

「でもまあ確かにほとんど正解ですよ。お察しの通り私はこの星の人間ではありません。月から来ました。確かにあなたの言葉でいえば宇宙人というやつですね」

 そういって宵人の言葉をほとんど認めた。

「宇宙人、ねぇ」

 このまま相手のことを挑発し続けるのもいいが、相手の実力も素性もわからないしなぁ。なんて思いつつも、いきなり反撃とかされるのも面倒なので宵人は本題に入らせてもらうことにした。

「お前の目的はまだわからんが、あの事件の真相を教えてもらえないかなぁ? そうすれば悪いようにはしないと思うぜ?」

「そうですねぇ。ではこちらからも一つお願いをさせてもらってよろしいですか?」

「なんだ?」

「そちらにいる少女。その子をこちらに渡してもらえませんか?」

 そう言って、男は宵人の横で静かに座り込んでいる少女を指差した。

「……」

 宵人は要求された少女のほうへ顔を向ける。少女は相変わらずの眠たそうな目と無表情で、こちらの顔を見上げている。

 少女と宵人はしばしの間無表情で見つめ合った。

「どうですか? 悪くない条件だと思」

「断る」

 宵人は男の言葉を遮るように言い放った。

「なぜです?」

 男の質問に対し宵人は特に考え込むことも迷うこともなかった。

「うーん。この子がかぐや姫みたいにかわいいから。かな?」

 そうおどけるように言って、無表情でうずくまっている少女の前に立った。

「……。それが理由、ですか?」

「なんかおかしかったか?」

「いえ。ドラマなんかではさしずめ素敵な口説き文句なのでしょう。ですが今の私にはその言葉は別の意味に聞こえてしまうもので。」

 男は苦笑しながら言うと、

「あなた。『姫』についてどこまで知っているんですか?」

 今までと一変してすさまじく冷たい表情で言い放った。

「どこまでだと思う?」

 宵人は少し笑みを浮かべながら男に言い返した。

 少女を『かぐや姫』といった瞬間様子が変わった。どうやら奴らにとってこの娘はかなり重要な意味を持つらしい。そうにらんだ宵人はさらにかまをかけてみることにした。

「とにかくこのお姫様を譲る気はないね。このまま俺の家で保護しようと思ってるよ」

「そうですか。残念です。では強行手段をとらせていただきます」

 そういうと男は何もないところにいきなり剣を出してみせると、それを握りしめこちらに向かって腰を低くして構えた。

 異能の力というやつだろうか。テロの資料を調べ始めた時から、すでにこういったことをできるものがテロの関係者たちの中にいたということを予想はしていた。

 しかしそれはあくまで予想していただけであって、相手が使う力のことを全て知っているわけではない。さて、どうしたものかと宵人は思った。

「あなたには理解できないでしょうね。我々の計画の偉大さが」

 そういうと男は剣を上段に鋭く構えた。

「後悔していますか?安易に私を挑発したことを」

「ああ。そうだな」

「ではその後悔の念を抱えながら死ぬといい!」

 そういって男が向かってくる瞬間、

「月華(げっか)」

 宵人は木刀を手に男と交差した。

「そう。後悔しているよ」

 そう言った宵人の後ろで男はガクッと膝をついた。

「もうちょい挑発して楽しんでからこの力をお見せしたかった。ってな」

「ぐっ! これはっ……」

 木刀をいったん下げると、振り向きざまに膝をつく男に自分の首元で金色に発光しているそれをかざして見せた。

「お前の誤算は、あのテロから15年の間にお前達が『研究所から盗んだ力』の研究を続けてきた桜都の人間を甘く見すぎたことだ」

「ただのネックレス……ではないようですね」

「『エナジースフィア』だよ」

「まさか、まだ研究所に残っていたというのか?」

「親父が研究材料を一箇所に全部置いたままにしてたとでも思ったか? このエナジースフィアこそがこの15年の間に俺と親父が調べ上げた力の結晶。そしてお前らが研究所を壊滅させた力の正体であり、研究所から盗み出した力の正体でもある。だろ?」

 宵人は発光している点を除けばただの宝石にしか見えないそれをかざしながら言った。

「種類はいろいろ、力もいろいろ。製造方法は……企業秘密かな。というかお前らのほうが詳しく知ってるんじゃないか? 俺達とお前達は今〝同じ力〟を使ってるんだから」

 いきなり「力」を持った奴にあたった事には確かに焦った。しかし宵人達だって、研究所を襲った犯人たちがそういう相手だって事はとうに知っていた。

 知っていながら何の対策もしないほど間抜けじゃない。

「どうやって研究所が襲われたのか? その力に対抗するにはどうしたらいいか? たくさんの事を、残された研究資料と親父が家を出る前に残して行ってくれた大量のエナジースフィアから学んだ。そして……」

 そう言うと、制服のポケットから小さなエナジースフィアを一つ取り出すと、そこから小さな炎を出して見せた。

「ようやく桜都の人間のうち何人かがこの力を使いこなせるようにまでなった。今では国のお墨付きだ。そして、力を使えるようになった連中を国が集めたのが俺たち市見隊だ」

 宵人は自分の制服についた、月と日本刀が重なったエンブレムを親指で指し示す。

「ふふ・・・、あはははははっ! なるほど、理解しました」

 唐突に笑い出した男は少し後ずさりした。

「確かにその力は脅威ですね……。ですがあなたの後ろにいるその娘をあきらめるわけにはいきません」

「ほう。じゃあもう一回やってみるか?」

「いえ、今はやめておきましょう。ですが必ずまたあなたのもとには使者が現れます」

「ふん。お前がやるつもりがなくても俺が逃がすと思うか?」

 そういうと再び木刀を構えた。

「いえ。思いませんねぇ。ですが姫は必ず取り返させていただきますよ」

 その瞬間、男がにやりと笑ったかと思うと、急にあたりをまぶしい光がつつんだ。

「くっ!」

「では。いずれまた……」

「ちぃっ!」

 宵人は光が収まった後すぐにあたりを探したがもう辺りに人影はなかった。

「ふん。いずれまた、ね。楽しみにしてるぜ……」

 そして、再び木刀を腰に差した。

              *

 「さて」

 逃げられたとも見逃してもらったとも取れる状況だが、当面の問題は使者の男のことよりこのやたら眠そうなかぐや姫さんだ。

 上下に黒いジャージで手には三日月の模様が描かれた黒い帽子を持っている。

 結局この子があいつらにとって重要な人間だということはわかったが、他には何もわからない。しいていうなら、不良に囲まれても人が戦ってる間にもずーっと若干眠そうな無表情でいられる、クールなポーカーフェイスさんってことぐらいしかわからない。

 とりあえずまあ、無事守れたからよしとするべきかな。

 そう結論付けた宵人は、とりあえず彼女に話しかけてみることにした。

「おい? 大丈夫か?」

「……」

「あっはは……。やっぱだんまりか」

「あなたもですか?」

「え?」

 手に持っていた帽子をかぶり少女は立ち上がった。黒い帽子にナチュラルショートの黒髪がよく映える。

「何がおれもなん、おわっ!?」

 不意をついての横蹴りを、宵人は間一髪かわす。

「あなたも私の血を狙ってきたのですかと聞いているのです」

 なんとか体勢を立て直したのもつかの間、素早く自分の真上から振り落とされる少女のかかとを、何とか両手で受け止めた。

「おいおい。こいつはぁ、下手したらさっきの金髪にーちゃんより苦戦するんじゃねえか?」

「ベガの仲間ですか? やはり月よりの刺客なのですね」

「ちょ、ちょっと待てっての! 俺はあいつらの仲間じゃない。ってかベガってなに? 某格闘ゲームのラスボスかなんか?! とにかくお前に危害を加えるつもりは」

「足元がお留守ですよ?」

 しゃべってる途中に足元を下段の蹴りですくわれてしまい、宵人は体勢を崩してしまった。

「とどめです」

「ぐっ! まったく。ちょいとお仕置きが必要だな」

 渾身の力を込めての少女が放った拳による一撃は、周囲の地面に大きくひびを入れ、その結果公園内全体に砂埃が舞い、周りの様子はほとんどわからない状態になった。

「……。拳に手ごたえがありませんでしたね。どこへ行ったのですか? 出てきなさい」

「ちょっと眠ってもらうぜ!」

「っ!」

 すぐ後ろから聞こえた声に少女は振りむこうとしたが、その前に自分の首の後ろから重い衝撃が入ったのを感じて、少女はその場に倒れ付した。

「こいつ。もしかしなくても月から……」

 戦った少年が何か喋っているのが聞こえたような気がしたが、最後まで聞き取る前に少女の意識は途絶えてしまった。

 そんないざこざを公園の外で見学していた誰かが楽しげに笑って、

「フフ。まーた楽しそうなことしてるねぇ~」

 などと言いながら宵人達のことを眺めていた……。


   【2】 かぐや姫と紅焔の拳士


「……。ここは?」

 先ほどの一撃で少女はしばらく気を失っていたらしい。今は何か枕のようなものに寝かされている……と思ったら、

 仰向けになっていた自分のすぐ目の前に、先ほどの男の顔があることに気づいて少女は跳ねるように跳びおきて、すぐにその男に向かって拳を構えた。しかし……

「?」

 男は全く動く様子がない。公園のベンチに座ったままうつむいている。もしや死んでるのではと思い警戒しながらも近づいて行ってみると、

 スー……

「寝てる?」

 自分は確かにさっきこの男に敗れた。おそらく首への一撃で気絶させられたのだろう。

 しかし止めは刺されてはいない。それどころか、自分は寝かしたままにしておきながら気絶させた本人も寝ている始末。なぜ?

 宵人の目的が全く分からない少女は無表情のまま、構えていた拳を下ろした。本人が言っていた通り私と敵対する者ではないということか? そんな考えが少女の頭をめぐる。

 いや。そう簡単に信じられない。信じるわけにはいかない。この星に来たとき私は一人で生きていくと決めた。

 ならば自分以外の全てを警戒しなければ。

 そう思い再び男に向かって構えようとしたときに、さっきまで自分が寝ていたであろう男の座るベンチの上に紙が置いてあることに気づく。

 そこには男が書いたと思わしきメッセージがあった。

『あんまりに暴れようとするもんだから少し手荒な方法を取らしてもらったぞ。とりあえずすまん。それと、気絶させた後どうしようか迷ったけどとりあえずそのまま寝かしておくことにした。俺もちょっと疲れてたしな。

 さて。ここからが本題だ。もしお前が目覚めた後、誰かに助けを求め、何かを必要とし、そして自分を信じてもらいたいと思うなら、この紙の裏に書いてある地図のところに向かうといい』

 ここまで読んで手紙を裏返してみると、確かにそこには地図が書いてあった。

 そして端のほうには

『PS.ちゃんとした枕も用意できなくて悪かったな』と書いてあった。

 枕? そういえば自分は枕のようなものに寝かされていたはずだがそれらしきものは見当たらない。

 そう思った少女は少し考えた後、自分が起きた時に男の顔が目の前にあったことを思い出した。

「まさか……」

 自分は膝枕という名の枕の上に寝かされていたのだと気づき、その無表情の内に恥ずかしさやら殺意やら、いろんなものがこみ上げてきた。そして、

「……」

 少女は何かを言おうとしたが今それを言ってもしょうがないと思い、その言葉はとりあえず飲み込むことにした。

 そしてそんな自分の頬が少し紅潮していることに気づき、そのことに少女は再び苛立ちを覚えた。

「助けを求め、何かを必要とし、信じてもらいたいと望むならこの地図を頼れ、と?」

 くだらない。そう言おうと思ったが、なぜだかその言葉は口から出せなかった。

 いや。出せなかったのではなく、出したくないと望んだのかもしれないと思った。

 なぜならここに書いてあるものは今まさに少女が望んでいる『居場所』に他ならなかったからだ。

「このまま月と戦ってもこの血を奪われるだけ。どうせそうなってしまうならこの星の人に託したほうがましかもしれないですね……。この私の愛する星に」

 そう少女はつぶやくと、地図に書いてある場所に歩みを進めることにした。

          *

 このコンビニを曲がればもうすぐだ。そう思い、コンビニの前を通り過ぎようとすると、

「おいお嬢ちゃん」

 コンビニの前でたむろしていた男たちが声をかけてきた。

「またですか……」

 少女はつぶやくと、

「今忙しいから」

 そう言って通り過ぎようとする。しかし、

「まあ待てよ」

 男たちはしつこくからもうとしてくる。さすがにイラつき、

「いい加減にっ」

 と、少しお灸でも据えてやろうと思い拳を上げようとした瞬間。

 ちりーん

 鈴の音のようなものが辺りに響きわたった。そして

「そうですよ~。いい加減にしとかないと怒りますよ~」

 どこからか気の抜けた声が聞こえたかと思ったら、男たちと少女の間に闇の帳が降りてきた。

「うわっ」

「くそ、なんなんだ!?」

 男たちがひるんでいるのをよそ目に、

「敵ですか?」

 少女は冷静に尋ねるとすぐに拳を構えて上を見上げた。

「いやいや~。敵じゃないですよん」

 そう答えて木の上から目の前に飛び出てきたのは、忍びのコスプレのような黒い服を着て紫のマフラーを首に巻いた、茶髪のポニーテールの女の子だった。

「一番隊、隊長補佐役。闇蔵 鈴(やみくら すず)ちゃんでっす! 以後、よしなに」

 鈴は明るく挨拶すると、少女にウィンクした。

「先ほどの膝ま……青年と似たようなマークが服にありますね。彼の補佐役ということですか?」

「そういうことです! まったく。隊長の膝の上で気持ちよくお昼寝なんてうらやましいお方です」

「気持ちよくなんか……」

 少女は言い返そうとして、その無表情な顔の頬を少し赤く染めた。

「おいこらぁ!」

 鈴との会話を遮って石つぶてが投げられ、二人はそれを難なく避けた。

「いつまでくっちゃべってんだぁ? てめえらもう絶対にただじゃおかねえぞこらあ!」

 そういって男たちが襲い掛かってこようとするのを見て鈴は

「まったく……。本当にお灸をすえてほしいみたいですねぇ……」

 と、つぶやいたと思ったら、目の前から一瞬で姿を消した。

「な、なんだ!? どこ行きやがった!」

 男たちは急に消えた鈴の姿を必死で探した。そして戸惑う男たちの間を、一つの影が通り抜ける。すると。

「ぐああっ」

 次にまた鈴が目の前に現れた時には、男たちは全員その場で手や足を抑えながらうずくまっていた。

「さっきのはわざとはずしてあげたのに……。綺麗なバラには何とやらって知らないんですかねぇ?」

「てめえ、市見隊の犬か……!」

「この方は我ら一番隊が隊長、星河宵人様の客人です。この方に無礼な働きをする者は宵に沈むと知るでござる!」

 そう鈴が、語尾のせいであまり迫力のない一喝をすると

「宵人だと!?」

「冗談じゃねえ」

「くそ、死神め!」

 宵人の名を聞いた瞬間男たちは急におびえだし、その場から次々と逃げ出していった。

「ふう。やっぱ隊長の名前は効果絶大だね~」

「ずいぶんと悪名高いんですね。死神とまで言われるなんて」

「いやいや! 実際はそんな怖い人じゃ、いや確かに怒ると怖いけども……。であれですよう! 普段は駄菓子屋のおじいちゃんみたいな人なんですよぉ!」

「なんですか? それ……」

「いやほんとですって~!」

 鈴があわてて取り繕うと、その様子を見て

「くすっ」

 少しおかしくなってしまった少女はわずかながらだが笑みをこぼした。そんな少女を見て、鈴は、少し驚き目を丸くした。

「へ~。そういった顔もできるんですねぇ」

「私には感情がないとでも?」

 少女が鈴の反応に少しキョトンとしてそう尋ねると

「いや実際そんな感じに見えたけど」

 鈴にそんな風に真顔で応えられてしまった。

「そうですか」

 少女が少ししゅんとすると、鈴はあわてたように手をぶんぶん振った。

「あ、あははっ。冗談ですよぉ! そ、それより名前をまだ聞いていなかったね」

「名前は……。一応だけど、深い月に静かな夜と書いて深月 静夜(みつき しずよ)と名乗っています」

「へー。静夜ちゃん。いいお名前だね!」

「ありがとうございます」

 そういって静夜はまた少しほほを染めた。

「それにしても静夜ちゃん。普段は感情なさそうなのに時折すごく顔に出るね」

「そう……ですか?」

「はい! 特に公園で自分がどこに寝ていたか気づいた時の表情なんか」

 ドゴォ!

「……」

 しゃべっている途中で、静夜の拳が鈴のすぐ横の壁に大きくひびを入れた。

「すいません。よく聞き取れませんでした。公園での私がなんです?」

 少女は無表情のまま尋ねる。

「……なんでもない」

 そんなやり取りをしつつも、ようやく二人は地図の場所にたどり着いた。

「さて。ようやく到着だね!」

「これは、またずいぶんと大きいですね」

「ようこそ! 星河家屋敷、兼第一番市見隊基地へ!」

着いた場所は、まるで高級和風旅館でもやっていそうな大きな屋敷だった。

「驚きですね。あなた達はいったい何者なんですか?」

「まあその辺は中で説明するよ」

 そういわれて、とりあえず鈴についていき静夜も正面の門から中に入ろうとする。すると……

          *

 門に入って、屋敷前の大きな広場に出た。

「この大きな広場は戦闘訓練とかによく使うんですよ。ちなみに隊長の趣味に合わせて、望月(ぼうげつ)の広場なんていう風に呼ばれているんだ。しかもここの広場はね……」

 そんな風に鈴が広場の説明をしていると、静夜はチリッと頬に焦げるような暑さを感じた。次の瞬間

「危ない!」

 鈴が言うのとほぼ同時に静夜はそこから後ろへ飛びのいた。そこに、赤髪の青年が炎をまとった蹴りを入れた。

「おっ! よけたか。さすがだなぁ!」

「何をするっ、一(はじめ)!」

 鈴は蹴りを入れた青年に激しく怒るが、青年のほうはむしろ不思議そうに首をかしげて猛炎の蹴りの意図を話し始める。

「あれ、聞いてないの? 今しがた隊長から、お客様の気持ちをご確認しろとの連絡が入ったんだよ」

「な!? それほんとか?! 私には何にも連絡入ってないぞ!」

「あの、一体……」

 状況が呑み込めない静夜を見て、一と呼ばれた男は話し始めた

「あ、ごめんごめん。自己紹介がまだだったね!」

 そういうことではない。と思いながらも静夜は黙って聞く。

「俺は彼岸 一(ひがん はじめ)。この一番隊の門番兼特攻隊長だ。よろしく!」

 のんきに自己紹介している横から鈴のクナイが飛んでくるが、一はそれを素手で受け止める。

「自己紹介はいいから拙者たちに突然売ってきたこの喧嘩について説明をするでござる!」

「あはは! マジギレして口調が忍びになってるぞ、鈴。感情が高ぶるとそうなるのは相変わらずなんだな。とりあえず言っとくとこれは隊長からの命令であって、ケンカをうったつもりじゃないんだよ」

 と本人は笑いながら言うがあれじゃあケンカを売るどころか殺されかねなかった。

「ちゃんと説明をすると、鈴はスフィアの力を使わずお嬢さん側の援護につく。そして俺はこの炎のスフィアを使い御嬢さんの意志の強さを確認する。場所はこの望月の広場なら問題ないだろ?」

 両手のグローブと両足の靴にはめ来られたルビーのようなものをが発光するのを見て静夜は警戒を深めた。

 宵人が最初に戦って見せた時にも出てきたエナジースフィアという力の塊のような物。あの時見た力ははっきり言って、驚異的なものだった。

 しかも今度は炎の蹴りとは。なかなかに厄介である。

「まったく。隊長の素直じゃないのは今に始まったことじゃないけど、よりによって一に相手をさせるでござるか……」

「強いのですか? 彼」

「強い。でも問題は単純な強さだけじゃなくて彼の性格にあるんだよ」

 二人が話してる合間に、一は先ほどのクナイを投げ返して、けんせいをしてきた。それを鈴は一と同じように素手でつかみ

「わざわざ返してくれてどうもです」

 と、不敵に笑いながらクナイをしまう。

「静夜ちゃん。彼はすごく純情なスポーツマン。言わば熱血君なの。見た目通りの暑苦しい性格なんですよ」

「なるほど。ですがそれがいったい何の問題なんです?」

「今回の隊長からの連絡は、ほんとはこんなガチバトルをするような指示ではなかったはずだよ。だけど彼は純粋すぎるあまりその指示を『拳で語り合え!』的な意味でとらえてしまったんだと思うの」

「それはまたずいぶんと熱い話になったものですね」

「さて、静夜ちゃん。あなたはどうしたいですか?」

 いくら熱血で純粋だからって、拳での語り合いの末に語る口を持たなくなってしまうのは御免である。だが……、

「問題ありません。それに、ずっと気になってたことなんですが……あなたたちの力の源は私の故郷の者たちが使っていた物ととても近しいものだと思います。なので私もある程度の対処はできそうです」

 鈴はそれを聞いて驚き、

「まさかっ! 同じ力が静夜ちゃんの故郷に!? いや。よくよく考えてみると当たり前なのかな……?」

 何やら納得したようにうんうんと頷きながら、つぶやいた。

 そんな鈴をわき目に静夜は無表情ながらも、一以上の熱意を宿した瞳で一を見据え、

「何より」

「ん?」

「このままやられっぱなしのつもりはありません」

 そう言い放った。

「その言葉が聞きたかった」

 そういうと鈴は静夜に向けて嬉しそうに笑った。そして

「いい? この戦いがやりすぎなのは見てわかるとおりだと思う。しかもルールの中にある私がエナジースフィアを使わずに静夜ちゃんの援護をするっていうのは、私が全力であなたを手助けすることができないってことだと思っておいて。だから私は特別な力を使わずに、今自分が持つ実力のみであなたをサポートして見せるから」

 と、戦いの大まかな流れを説明した。

「それとさっき言いそびれたこと。この広場についてだけど、望月の広場には結界のエナジースフィアっていうのが使われているおかげで、広場の中にいる限りどれだけ傷を負っても元通りにすることができるの。だから誰も死ぬことはないからガツンといっていいよ!」

「分かりました。なら私は前衛で一さんと真っ向から戦いたいのですけど、良いですか?」

「私は隊長とあなたの戦いを見てるから。隊長がエナジースフィアを使ってなかったとはいえ、うちらの隊長と互角に渡り合ったあなたの実力をこれでも信頼してるよ」

「鈴さん……。ありがとうございます」

「それに、どうやらあなたはまだ実力を隠しているみたいだからね」

「本当に怖い方々ですね。もうそこまでわかるんですか?」

「私だけじゃなくって隊長もわかってたみたいだけどね」

 静夜は、なんだかここの人間たちには自分のすべてが見透かされるような気がしてきてしまった。

「ということはあの人。一さんも私の力のことを知っている可能性が高いですね。それなら……」

      *

「おーい。そろそろいいかーい?」

 静夜と鈴がしばらく話してる間退屈そうに待っていた一が尋ねてきた。

「そうですね。そろそろいいですよ」

 静夜は鈴との作戦会議を打ち切ると一に向かって答える。

「それじゃあ静夜ちゃん。作戦通りにいくよ。あ、それと最後に一つ。もう気づいてはいると思うけど彼のエナジースフィアの名は『紅焔(こうえん)』。両手両足に炎を宿す能力を持った炎のスフィアだよ」

「了解です」

 鈴がクナイを構えながら話すのに合わせて、静夜も拳を構えて返事をしつつ、一の前に立つ。

「おっ。真っ向勝負かい? いいね。やっぱり君は期待通りだ」

 そういうと一も両手両足のエナジースフィアを赤く光らせたかと思うと、拳と足から炎を出して静夜に向かって構えた。

「それじゃあ。行くよ!」

 次の瞬間、静夜に向かってすさまじい熱気が向けられそれにひるんだ静夜は一の姿を見失ってしまう。

「熱いのは苦手かい?」

 声がしたかと思うと後ろから炎をまとった回し蹴りが繰り出された。しかし静夜は難なくその蹴りを頭を瞬時に下げてかわす。

「はい。どちらかというと涼しいほうが好きですね。何より」

 そういうと今度は静夜の姿が一の前から一瞬にして消えた。

「一日に二回も背後をとられて負けたくはないんです」

 そう不機嫌そうな顔で言うと、静夜は一の頭上から思いっきりかかとを落とした。

「おっとぉ!」

「くっ、素早いですね」

「そりゃあそう簡単にやられてちゃあ、一番隊の特攻隊長は」

「でも、私に気を取られすぎです。鈴さん!」

「なに!?」

 静夜が一の背後へ向かって鈴を呼び、一は思わず後ろを向くが

「……あれ?」

 そこには松の木が一本あるだけだった。

「純粋すぎるのも考えものですね」

「うっそ!」

 一が何もないところに気を取られてしまっている隙に、静夜は右足に力をこめて背中から思いっきり蹴りこんだ。

「ぐっ」

一はそのまま広場の端まで飛ばされてしまった。

「このていどですか? いや、そんなはずはない。一番隊とやらの強さ。あなた達の隊長と戦って身に染みています」

 静夜が呼び掛けると

「よくわかってんじゃん! まさにその通り」

 それにこたえるように一は立ち上がって拳を構える。

「そこまで俺たちの強さを認めてくれてるなんて嬉しいよ。だから……少し本気を見せてやるぜ!」

 そういうと一は大きく宙に跳ねて、そこで一回転したかと思うと静代に向かって突っ込んできた。

「いけない!静夜、避けて!」

 どこかから鈴の声が聞こえた。

 その声をかき消すかのように

「爆炎掌(ばくえんしょう)!」

 そう叫ぶと一は静夜の足元に思いっきり掌底を打ち込む。するとその周囲に大きく爆炎が広がった。

「静夜!」

 鈴は姿は現さないが静夜の無事を確かめるために声をかけた。

「君は言った俺の力はこんなものじゃないと。だから俺からも言わしてもらおう。君の実力はこんなもんじゃないだろう!」

 その言葉に応じるように金色の光とともに静夜が現れた。それを見た鈴は

「綺麗……。この光、まるで隊長の持つ月のスフィアみたい……」

 そういって、思わずその姿に見とれてしまった。

「さきほどの掌底、見事でした。はっきり言ってその力には恐怖を覚えます。ですがそうじゃなきゃ張り合いがないです。だから私に流れる血の力。忌まわしきこの力を使ってわたしはあなたの拳に応じましょう」

 そういうと静夜は胸の前にバレーボールぐらいの大きさの満月のようなものを出して見せた。 そしてそこから大きな光を両手に集めるて頭上に掲げると

「輝光(きこう)!」

 と叫びすさまじい光を両手から放った。

「くっ、目くらましのつもりか!」

「いいえ。それだけじゃありません」

 そういうと静夜は続けて、両手で目の前の満月の周りに大きな円を描くと

「グラビティ!」

 そう叫ぶと今度は一が静夜の描いた円の前まで引き寄せられた。

「重力操作か!」

「そしてとどめです」

 そう告げると、静夜は描いた円に向かって両手で思いっきり掌底をはなった。

「うあっ!」

 またもや思いっきり一は吹き飛ばされ、今度は先ほど鈴がいると騙された松の木のもとに大きく体を打ち付けた。

「はあ、はあ……。どうですか? 私の意志は拳に乗って伝わりましたか?」

 そう一に尋ねると

「いーや。まだまだぁ~」

 そう言って傷だらけの体を再び起こそうとする。

「……やはり。私があなたの思っていた通りの人間だったように、あなたも私の思っていた通りの人だったようですね」

そう静夜はつぶやくと

「だから鈴さん。これ以上やるとこの人ホントに死ぬぐらいまであきらめないと思うので決着をつけてあげてください」

「おいおい、同じ手に引っかかると……」

 その続きを言おうとした一の頭にふとさきほどの一本の松のことがよぎった。ここはそもそも戦闘訓練がしやすいように作られた広場。わざわざ松が一本だけ植えられていた覚えなんてない。

「しまっ……」

「これで終わりでござる。忍法、羈儡縛(きらいばく)!」

 鈴の声がすぐ後ろの松から聞こえたかと思った次の瞬間松の木は鈴に姿を変え、一の体は鈴によって両手両足ともに糸で動きを封じられてしまった。

「これがもう一つの力。幻覚を作り出す魔性の月の力、ルナティックです。如何にあなたたちが私の力のことを知っていても、力を使ったことに気づけなければ意味がないですよ」

「なるほど……ね。俺が君の力の底を知っているからこそ、あえて派手な肉弾戦とせこい嘘で、力の一つが既に使われていたことを隠し通して見せたわけか」

「はい。あなたに姿の見えない鈴さんを警戒させ、その分松の木を小さな嘘に使われた小さな存在へとしたてあげ、警戒を解かせる。その後、すでに警戒の解かれた松の木に見せかけた鈴さんの下まで運ぶ。彼女と最初に打ち合わせたとおりです」

 静夜はうなずくと、力を発動した時から目の前に出し続けていた、満月のような光の円を右手で振り払って消した。

「こんなもんでどう? 一。静夜ちゃんの意思も実力もこれで問題ないと思うけど、まだ確認する?」

 鈴の問いに、一は首を横に振ると、

「いや、やめとこう。俺たちもまだ全力ではないけれど、どうやらその子もまだ実力を隠しているみたいだからね。何より気持ちの強さは十分感じ取れた。そんなわけでそろそろ糸を外してくれ」

 そういって鈴に降参の意を示した。

「りょーか」

「いーや。そのまま外すんじゃねえぞ。鈴」

 一に頼まれ、鈴が糸を外そうとしたとき。

 門のほうから声がした。

「え?」

 鈴は手を止め、後ろを振り返ると

「わりい。気が付いたら公園で寝ちまってた」

 今回の事件の一番の原因であるともいえる、星河 宵人張本人が門の前に立っていた。

「隊長! 今起きたの? っていうか今回のこの指示!」

「いやごめんってば。他に頼める奴いなかったから仕方なく一に頼んだんだが……。一、お前なあ~!」

「殺されるかと思ったよぉ……」

 鈴はため息をつきながら糸で動きを封じたままの一のほうへ顔を向けた

「えっ? だってやっぱり意思の確認なんだから拳で語り合わなきゃ!」

 まるで一汗かきましたと言わんばかりに思いっきり気持ちよさそうに笑う一に対して宵人は

「あのなあ。お前の語り合いは一般人にとっては殺し合いにしか見えねーよ。俺はただこの女の子、静夜が本当に俺たちのことを必要としているかの意思を確認させようとしただけだ!」

「だからそれを拳で」

 ゴンッ

「いだあ!」 

 一の言葉をさえぎって宵人のげんこつが落ちる。

「拳で語れるならこれで俺の言いたいこともわかったよな?」

 にこにこしながらいう宵人。しかしその目は笑っていなかった。

「頭が冷えたら九条(くじょう)の晩御飯の支度でも手伝ってこい!」

「はーい……」

 頭をさすりながら返事をすると、一は屋敷の中へ入っていった。

  

 【3】 変わらぬ真実と変わる真実


「さて。深月静夜」

「なんですか変態さん」

「……もしかして公園でのことまだ根に持って」

「ちがいます」

 静夜は若干強く否定すると宵人に向かって蹴りを入れてきたが、宵人はそれを難なく受け止めると

「わかったわかった。とりあえず自己紹介な。俺たちは市見隊。15年前、ここ桜都で起きたテロ事件のようなことが起こらないために作られた部隊だ。そして俺はこの第一番隊の隊長、星河宵人だ。」

 宵人は静夜の足を抑えながら、若干早口に名乗った。

「なるほど。大体わかりました。では宵人さん。あの手紙の意味を私に教えてくれませんか?」

「手紙の意味……か。これはあの金髪男がおまえのことを姫とか言ってたことや、お前が俺のことを月の使者とか言ったことから容易に予想できることなんだが。お前は月から来たんじゃないか?」

「……はい、その通りです」

「やっぱそうか。それじゃあ何でお前はわざわざ月から地球に来たか? それは『ある秘密』を知ってしまったから。違うか?」

「はい……。なぜ分かるんですか?」

 静夜は警戒を交えた口調で尋ねた。

「さっき一と戦った時に気づいたと思うんだが、俺たちが使ってる力ってのはお前たちの故郷でも使われてたんじゃねえか?」

「はい。たしかにそうみたいです。ですが偶然では?」

 宵人は首を横に振ってそれを否定した。

「偶然どころか俺は原因を作ってしまった一人とも言えるかもな」

「どういうことです?」

「あれな。もともとは俺の親父の見つけた力なんだ。名前はエナジースフィア。そんでもってその力、エナジースフィアは月や地球。いや、それどころか全宇宙をめちゃくちゃにしてしまう可能性がある。だから月の住人であるお前の話を聞いておきたいんだ」

「エナジースフィアが世界を。それはほんとですか?」

「ああ。お前が知ってしまった秘密ってのはおそらくそれに関係があるだろうと思う。お前も意図しない形でな」

「私も意図しない形で……」

「さっきおれが金髪の男と戦ってた時に『研究所』って言葉を口にしたのを覚えてるか?」

「そういえば」

 静夜はおぼろげな記憶の中で、確かに宵人がどこかの研究所が襲われたという風なことを言っていたのを思い出した。

「その研究所ってのが俺の親父が所長を務めていたエナジースフィアの研究所だ。おそらく月に住む連中は研究所からエナジースフィアを盗み出したんだと思う」

 宵人は屋敷の庭に設置されてるベンチに座って話し始めた

「エナジースフィア、ですか。でも私たちの使っている力にはそんな名前付いてないですよ? それにあなたたちの星に来るのは今日が初めてです。それまでは地球の人間と月の人間が会ってるところなど一度も見たことありません」

「やっぱりそうなってるか……」

「はい?」

 静夜は微妙にかみ合わない話に疑問を覚えた。

「あーいや、すまん。それにはいろいろとわけがあるがこっちも嘘はついてないんだ。ただここから先は俺にも確証がない。だからお前の故郷、月での情報を少し教えてくれないか?」

 宵人は少し口を濁した後に、静夜に情報の提示を求めた。

「……。いいですよ。あなた達も私の血を狙う者かと思っていましたけどどうやらちがうようですし。もしそうならあの時公園で私の血は奪われていたはずですから」

 静夜はうなずくと、わずかに警戒を緩め宵人の横に座った。そんな静夜に宵人は問いかけた。

「そういえば、まずはその『血を狙われている』ってのはなんなんだ?」

「そのままの意味です。私は10歳ぐらいの頃に高熱を出して寝込んだ日から、月の王の血をひく姫。『かぐや姫』などと言われて月に住む民達から担がれていました」

 静夜はぽつぽつと自分の血について話し始めた。

「私がさっき戦っているときに光を出して見せたり重力を操作したりしたのもこの血のおかげ。ということみたいなのですが、私にはその実感はあまりないです」

「あー、さっき馬鹿一と戦っているときに使ってた! あれかっこよかったよね~」

 隣で聞いてた鈴は興奮しながら言った。

「ですが、担がれると同時にこの血を狙うものも多かった。政略結婚。誘拐。果ては暗殺未遂などもありました」

「うっわぁ。血がほしいから殺して無理やりってこと? 戦国時代でもそんなバカなことなかなかしないよ……」

 顔を青くして鈴は呻いた。

「そんな私をいつも守ってくれたのは、月の王としてすべての民達から畏怖されていた私の父でした」

「お! さすがお父さんだね。娘のことを守ってくれる一番の存在!」

 ここで鈴は青くしていた顔をぱっと輝かせた。しかし

「……だけど、父が守っていたのも私ではなく私の血だったということを、知ってしまったのです」

「え……?」

 鈴がどういうことかと首をひねるのを横目に、静夜はわずかに肩を震わせて言った。

「昨日書斎で私のお目付け役の方が父に、私が狙われることの心配性を訴えに行ったんです。このままではいつ私の命が奪われてもおかしくない、と。その時も父はいつものように『心配ない』と言ってくれました。私は最初その言葉をまたいつものように父が守ってくれるからだと取りました。ですが……」

 ここで一度深呼吸をして、静夜は話を続けた。

「父は続けてこう言ったんです。『月と一体化するまでに至るあの血は俺のもとにあってこそ意味がある。いずれ月が全てを支配するその時まであの血は大事にさせてもらおう。だが暗殺されようと心配はない。他の人間が自分の体内に入れたところで毒にしかならない。仮に静夜が死んだところでそれは変わらない』と」

「そんなっ!」

 鈴は再び顔を青ざめさせた。

「私の血はしょせん父の道具だった。それどころか他人の命をも脅かしかねない毒である。それを知った時、私は月を出ていくと決めたんです。その時逃げ先に決めたのが、月にある本や映像などでしか見たことない、でも月と等しく大好きだったこの青い星。地球です」

 静夜はそう言って月を見上げた。

      *

「私の話は以上です。何か質問はありますか?」

 ここで、静夜が自分の話をしている間ずっと黙っていた宵人が口を開いた。

「いや、特にないよ。辛い話をさせて悪かったな」

「いえ。先にそちらから話をしてくれたのですから、こちらも話さなければイーブンではないですし」

「そっか。でもまぁ、おかげでいくつかは確証が持てた。やっぱり月の中で使われていたのはエナジースフィアだったみたいだぜ?」

「なぜわかるんですか?」

 静夜が尋ねると宵人は自分のネックレスを胸元から出して月光にかざすと

「これはな、一番最初の研究段階で分かってたことなんだが、エナジースフィアってのは本来は、体に身に着けたり何かの道具に加工して取り付けたりして力を使うもんなんだよ」

「なるほど。それがあなたの場合はネックレス、さっきの一さんの場合はグローブと靴というわけですか」

「さらにいうと、エナジースフィアってのは力の発動にも条件がある。その条件はエナジースフィアと使う人間の組み合わせによって、何通りにもわかれる。まあそれについての説明は今はあえてしないでおくが」

 そして宵人は静夜のほうへ向きなおると少し硬い表情で続きを話し始めた。

「そんでここからが本題だ。このエナジースフィアってのは人の体内に直接入れることも可能なんだよ」

「人の体にこれを?」

「ああ。ただしそれにもいくつかの制約もついてきた。まずエナジースフィアを体内に直接入れられる人間は死ぬほどの苦痛に襲われる。ただし、その苦痛に耐えきれば強い力と体を手に入れられる。耐え切れなければ……死ぬ」

 そう言うと、宵人は少し目を伏せた。

「そして一度誰かの体内にエナジースフィアを入れると、そのエナジースフィアはその人間以外の体中に入れられることを受け付けなくなる。それこそ、自分以外にとってはただの毒になるってことだな」

 ここまで聞いて静夜の脳裏をある考えがよぎり、慌てて宵人にそれを尋ねてきた。

「待ってください。それじゃあ私の中に流れる月の王の血というのは」

「エナジースフィアである可能性が高いな。エナジースフィアに形はあってないようなもんだ。仮にスフィアの元が鉱石状の物でも粉末状にしてから水の中に入れたりすれば、人の体内に入れることができる。鈴が持っている影のスフィア『影法師』も、見た目はただのマフラーだけど布の色を染めるのにスフィアを使っているしな」

「そんな……」

 静夜は、信じられない。いや信じたくない。と思いながら顔を下に向けた。

「でも、待ってください」

 ここで静夜は再び顔を上げて、今の可能性に対する反論を述べた。

「確かに10歳ぐらいの頃一度ひどい高熱を出した覚えはあります……。でも私がおぼえてる限りその時以降エナジースフィアの力を使う条件なんてものをクリアした覚えはありませんよ? 仮に私が小さすぎたから覚えてなかったとしても、死ぬかもしれないほどの苦しみに今はもう覚えてもいないほど小さかったころの年齢と体で私が耐えられるとは思えません」

「そう。お前の話によるとお前は物心がついた頃から当たり前のようにエナジースフィアが体内にあったように思える」

「だったらやっぱりエナジースフィアが月にあったなんてただの勘違いなんじゃ」

 いまだ宵人の話を信じられない静夜は、エナジースフィアが月にあったという可能性を認められずにいた。そんな静夜をさとすように宵人は続けた。

「でもな、エナジースフィアの条件ってのは体内に入れることで何の条件もなしで使うことができるんだ。一時の地獄のような苦しみと引き換えにな」

「え?」

 ここにきて自分の疑問をあっさり論破されてしまったが静夜はさらに食い下がった。

「でもそれだけじゃエナジースフィアの使われていることの証明にはならないんじゃないですか? それに月にも無条件で力を使える何かがあるのかもしれないですよ」

「よく考えてみろ。無条件で使える力が大量に月にあったのだとしたら、わざわざリスクを冒してまで人の血を奪うなんて考えようと思うか?」

「まさか……」

「そう。エナジースフィアを使っても力に目覚められなかった奴が月にたくさんいたとする。そんな時にエナジースフィアのことをよく知らない奴らが、お前が血の中に直接エナジースフィアを入れてるなんて言う話を聞けば、どう思う?」

「……だから、私の血を?」

 静夜は自分の胸に手を当て自分の体を狙っていた人たちも必死だったのだな。と、少し同情した。

「だろうな。もしかしたらそれ以上にお前の力があいつらにとって特別だってのもあるのかもしれないが」

「私の体にそんなものが……」

 ここまで来て、ついに静夜は自分の体内にエナジースフィアがある可能性を認めた。

 と、同時に新たな疑問がわいた。

「あれ? でも私以外の人がエナジースフィアが毒になることを知らないと、どうして言い切れるんですか?」

「それは、お前が言ってた書斎での話を聞いてる限りだと、お前の親父は誰かがお前の血を奪おうとしても決してできないとわかってる風だったからだよ」

「私の父親が知っていたということですか……。でもなんで? いや、そもそもどうしてあなたの研究所にあったはずのものが月に?」

 次から次へと湧いてくる疑問に、静夜は混乱しそうになった。しかしそれらの疑問は宵人の次の発言でまとめて解決されてしまった。

「これはもう確信を持ってることなんだけどな」

「え?」

「月に行った人間の内何人かは、もとは親父の研究施設の人間なんだと思う」

「月の人間たちが元は地球の研究施設の?」

 若干驚いた様子で聞き返してきた静夜に対して、宵人は落ち着いた様子で答えた。

「そう。最初は予想だったが、それが確信に変わったのはさっきの金髪の男と会った時だ。あいつは確かに研究員たちで撮った写真のなかに写ってた覚えがある。つまりお前やお前の親父を含め月にいる人間達は全員」

「もとは地球人の可能性がある……ということですか」

「宇宙人なんてほんとにいてたまるかよ。研究員以外にも、小さくて記憶もあいまいな内に孤児や自分の子供を連れて来たり。他にもうまく言いくるめて連れてこられた奴もいるんじゃないかな。転移の力を持つエナジースフィアを使ったりして、さ」

 確かに静夜も10歳より前の記憶はあやふやであった。

 記憶がないほど小さいころに月につれてこられていたとしてもおかしくはない。

 そして他にもそういう子供たちがいた可能性だって十分にある。

「お前も小さいころから月にいたみたいだからあんまり記憶になくてもおかしくはないな。けどたとえ元は地球人だったことを覚えていた奴がいたとしても、エナジースフィアの力で記憶操作すればそんなこと忘れるだろうな」

「記憶操作。そんなことまで……」

 静夜はエナジースフィアというものが月にあったということの恐ろしさに今更ながら震えがした。

「なにより、お前の親父が月の王として地球人をはるかに超える力をエナジースフィアで示してたんなら、今月にいる奴らは自分も月の人間という特別な存在だと信じて疑わなくなる」

「確かに……その通りですね。そうして月の王国という架空の王国とそこに居座る王が出来上がる。だから月ではエナジースフィアの力であることを隠して月の力ということにしたわけですか」

「だな。でもまあ、お前の血の中に入ったスフィアがどんな物かまでは特定できない。だがエナジースフィアにはたいてい力のもとなってるものがある。例として俺たちのスフィアの力のもとを言うと、鈴は影、一は炎、俺は月だ。お前の場合は俺と同じように月が力の元だと思うんだが」

 ここまで話して、もう夕飯が出来上がる時間になってることに宵人は気付いた。

「お前のおかげで知りたいことがいろいろと分かったよ。ありがとう」

「いえ、お礼を言われるようなことは何も」

「それでなんだけどな。お前を家で保護しようと思う」

「は?」

「ここまでの話をまとめると、お前を一人にしとくのは危なそうだからな。俺達の新しい仲間だって言えば他のやつらも納得すると思うよ」

「あなた達の仲間に……」

「まあ、今日はもう遅い。まだあいつら研究員が月に行った理由とか、俺がこれからどうしようと思っているかとか、いろいろ疑問はあるだろうけれどここまでにしよう」

「待ってください」

「ん?」

「最後に一つだけ教えてください」

「一つだけなら」

「私があなたたちの仲間になるという提案もし断ったらどうしますか?」

 静夜は宵人の目をまっすぐ見つめながら尋ねてきた。

 それに対して宵人は目線をそらさずにしっかりと答えを返した。

「いや、べつにいいけど?」

「はっ?」

 それは静夜が全く予想していなかった返答だった。

「お前はここにきて一に殺されそうになったとき、その時点で逃げ出すこともできた。けどお前はそこで逃げ出さずに鈴と協力してあの一を倒してその意思を見せた。お前が今どうしたいかという意思をな」

 宵人は静夜の目をまっすぐ見つめ返しながら言った。

「だから俺はお前のその勇気に応えなくちゃならない。お前のことを狙う月の住人にとってお前がどんだけ重要な存在だとしてもだ」

 宵人は楽しそうに笑いながら静夜に向かって告げた。

「ずいぶん勝手に決めるのですね。私が断るなどとは考えないのですか?」

 静夜は宵人の楽しそうに笑うさまをにらみながら強く言った。

「考えてるさ。もしおまえがこれを断ったならその時はお前に気づかれないように陰から支えてやろうかな~とかさ」

 軽く笑いながら言う宵人に、静夜は三度質問する。

「なぜそこまでしてくれるのです?」

 静夜は今まで一番疑問に思いつつも、あえて聞かなかった質問をしてみた。

「最初に言ったじゃん。かぐや姫みたいにかわいい女の子が助けを求めてる。あの時公園でお前を見たとき一番にそう思ったよ」

 宵人は公園で使者と名乗る男に聞かれた時と同じように答えた。

「私は助けてほしいなんて言ってませんが……」

「おせっかいだったってか? でもな。お前、気づいてなかったかもしれないけど、あの時泣きそうな目してたんだぜ」

「え?」

「泣いてる女見て見ぬふりして夜空眺めてても、あまりいい気分にはなれない」

 そういうと宵人は夜空に顔を向ける。

「なんだか……私あなたが苦手です」

 静夜は顔をそらして少し頬をふくらました。

「あははは。そっかそっか。とにかくお前の正体とかそういうのは置いといて、おれ達はお前の味方だ。だから今日はこの屋敷でゆっくり休め」

 そういって宵人は静夜の頭の上に右手をポンと置いた。

「子ども扱いしないでください」

 静夜は怒って宵人の手を払った。

「いや。そうはいっても。お前何歳よ?」

「……一応16です」

「ふーん俺は18」

 宵人が少し得意げに言うと

「なるほど。一応年上だったのですね。先・輩」

 静夜は皮肉交じりにそういう。それに対して宵人も

「そういうことだよ。後・輩・君」

 と、不敵に笑いながら言葉を返した。そんなやりとりをしてると

「おーい。晩御飯の準備できたぞ」

 そう言って屋敷のほうから目元まで金髪を伸ばした男が浴衣姿で出てきた。

「おう。君が新入りの静夜君だな。いきなりこの変な隊長に連れてこられたんだろ?」

「俺がこいつを誘拐したみたいな言い方やめてくんない」

「あはは。そう照れるなよ宵人。まあこの屋敷は一つの家で、ここにすむみんなは一つの家族みたいなもんなだから。静夜君も自分の家だと思って楽にしていいよ」

 男は宵人をからかいながらも静夜にも気を使ってくれた。

「ありがとう……ございます……」

「。俺は疲れたから少し休んでくる。静夜。何かわからないことがあったらそこにいる九条 煉(くじょう れん)か、屋敷内なら名前を呼べば出てくる鈴に聞いてくれ。そいじゃあな」

「あ、ちょっと」

「ん? なんだよ」

 静夜は宵人を呼び止めると、少し頬を赤らめながら

「公園では……ありがとうございました」

 そう宵人に言った。それに対して宵人は

「はいよー。どういたしまして」

 と、右手を軽く上げて屋敷の廊下を渡りどこかへ行ってしまった。


   

  【4】 白猫の幸せと死神の幸せ


「はあー……。疲れた」

 渡り廊下の途中に腰かけていた宵人はそのまま後ろにどさりと倒れるように寝ころんだ。すると

「にゃーん」

「ん?」

 どこからともなく猫の鳴き声が聞こえてきた。

「風和(ふうわ)か」

 そう宵人がつぶやくと渡り廊下の奥から長い尻尾を揺らしながら碧眼の白猫が近寄ってきて、寝転ぶ宵人の上に乗っかってきた。

「にゃーん」

 再び猫が鳴くと

「何を考えてるかわからないって?今に始まったことじゃないだろう」

 宵人はそう猫に向かって言うと、その喉をゆっくり撫でた。すると猫はごろごろと喉を鳴らしながら宵人の上で気持ちよさそうに丸くなった。

「ああ。そうだな……。でも覚悟はとうにできてるよ。ここから先はジョーカーを取られたら負けのババ抜きみたいなもんだ。だから絶対に守りきらないとな。俺の手元に集まってきたジョーカーたちを」

 宵人は静かに言った。

「にゃん」

 白猫がそんな宵人の胸に右足をポンと置くと

「もちろんお前もそんなジョーカーのうちの一枚だよ。というか俺の周りには普通のやつらなんていないさ。手元にジョーカーばかりでの勝負ってのも悪くないけどね」

 そういうと、宵人はそのまま瞳を閉じた。

 そこへ煉に屋敷を案内してもらってた静夜がやってきて宵人の上で丸くなって寝ている白猫を見て思わず

「かわいい……」

とつぶやくと、煉が

「隊長が?」

 などと言ってきたのでそれに対して静夜は

「違いますよ! 猫がです」

 と、むきになって否定した。そんな静夜の様子を見て煉は、

「あはは。分かってるよ。あれは風和。一番隊の第一期メンバーの一人だよ」

 それを聞いた静夜は思わず猫を二度見して

「あの猫ちゃんもメンバーなんですか? それに第一期メンバーってことは、この屋敷にはもっとたくさん一番隊の方が?」

 まだまだどこかに隠れてるのかと思い、静夜は辺りを見回す。煉はそれに対して

「いや、一番隊で静夜ちゃんが会ってないのはあと二人だけだよ。それに、この屋敷が屋敷なだけに大人数が住んでもそこまで不便はない。ちなみに今の一番隊は副隊長の俺、隊長秘書の鈴、門番兼特攻隊長の一。それとまだ静夜ちゃんは会ってないけどスパイ兼見回り隊長の和(かず)って奴と、あと一人ちょっと特殊な奴がいる。まあいずれ会うことになるさ」

 と、煉が静夜にメンバーの紹介をしていると

「いやいやいや、なんで俺入ってないんだよ! 一応隊長だよ俺?」

 宵人が寝っころがりながら突っ込んできた。

「あー。もう一人いたわ。あまのじゃく兼置物隊長の星河宵人!」

 煉はめんどくさそうな顔をすると、かなり適当なキャッチコピーをつけて宵人を紹介した。

「おいこら。俺一応隊長! 一応創設者! 2代目総隊長! もうちょい敬意はらってもいいだろじじい!」

「だれがじじいだ!」

 そんな二人の不毛なやり取りを見て、静夜はしばらくきょとんとしていたが

「くすっ」

「ん? なんだよ」

「いえ、ここは本当に平和だなぁ、と思って」

 静夜は眠そうな目を夜空に向けると嬉しそうに、しかしどこかさびしそうに

「本当にここの家族になれたらよかったです……」

 そう小さな声で、だれにも聞こえないようつぶやいた。

     *

「ベガがやられた? ただの地球人にか? 冗談よせよ……」

 大きな椅子に座った銀髪の男はしかめっ面でぼやいた。

「いえ。それが……、例の研究所の男の関係者だと思われるとの事です」

「なっ!? おい、それはほんとか?」

「はい。しかも、その地球人は例の“カギ”を持つ者である可能性があるそうで、現在は姫を自分のすみかにて保護しているそうです」

「おいおい、マジかよ……。 ハハッ、すげーぜ。王の血と例の研究資料のカギ。一度に二つとも俺のところに転がり込んでくるとはなぁ。さしずめ地球の星座占いではさそり座は第一位なんじゃねーのか?」

「出ますか?」

「もちろん……。あー、俺以外は来ないでいーぞ。できれば相手にあまり情報を与えたくないしな」

「承知しました。ご武運を、『蠱毒(こどく)様』」

 蠱毒と呼ばれた男はにやりと笑うと。

「くはは……。楽しみだなぁ、“星河ぁ”」

 そう言って大きな椅子からゆっくりと立ち上がると、部屋の隅に置かれた本から出ている大きな光の輪に向かって歩んでいった……。

     *

 静夜が屋敷に迎え入れられた次の日の朝。昨晩いろいろなことを深く考えていた静夜は、今日はもう遅いから泊まれと言われて仮の仲間としてそれを承諾した。

 屋敷の中で空いてる部屋の一つを、半ば押し付けられる形で静夜の部屋ということにされ、結局それを受け入れて、そのままそこで一夜を過ごすことにした。……が、しかし。

「…………」

 今自分の目の前に飛び込んできたものが夢でもなんでもない現実だということを受け止めるまでには少し時間がかかった。

「あの……、隊長……さん? なにをしてらっしゃるので?」

 静夜が問いかける先には、居間の床ですやすやと眠る宵人がいた。実に平和な絵である。そう。宵人の胸の上で、同じくすやすやと眠る白髪の女性がいなければ!

「そんな趣味があったなんて。最低ですね」

 静夜は幻滅のあまり、昨日この男と真面目にやり取りしてた自分が恥ずかしくなってきた。

 と、そこに一が来て。

「風和か。今日は人間でいくのか?」

 その言葉に静夜は無表情ながらに驚いたようで。    

「風和? あれ? だって白猫じゃ……」

「あはは、まあ最初は驚くよな。風和は人間の姿と猫の姿を自由自在に変えられるんだよ」

「それは……、またなんというか。すごいとしか言いようがないですね」

 一の説明に納得しきれない部分がある静夜は、少し歯切れ悪く言葉を返した。

「んー。なぁにぃー? もうご飯?」

 静夜の驚きと疑問をよそに、風和はそんな呑気なことを言いながらむくりと宵人の胸から体を起こすと、目をこすりながら静夜のほうを見上げた。

「あ、ジョーカーちゃんだにゃあ。おはよう~。昨日はよく眠れた?」

 と言うと、白い猫耳と長い尻尾を「ピョコン!」とでも擬音が付きそうな見た目で頭とお尻から生やした。

 それを見慣れているのか、ちょうど同じくらいに起きて居間に入ってきた煉は。

「お前……。最近〝にゃん〟とかつける必要ないのに変な語尾を良く付けるのはなんかのテレビに影響されたのか?」

 と、呆れたように尋ねた。

「和君が教えてくれた。『その喋り方ならめちゃかわいくなること間違いなしだぜー! ふわりん!』って」

「やっぱりまたあいつか・・・」

 煉は苦虫を噛み潰したたような顔になって呻いた

「そんなことより静にゃん!」

「はい? って私ですか。静にゃんって」

「うん。そうだよ~。そんなことよりさ、静にゃん! 静にゃんは今幸せ?」

 それは友人や家族内だったら普通に交わされたであろう会話の内容だったかも知れないが、静夜は内心をのぞかれたように感じて、少し何かを考えた後、ごまかすような笑みを浮かべて返した。

「幸せですよ。どうしたんですか? 突然」

「宵人にとっての幸せは静にゃんや私たちが幸せであることなの。だから絶対自分から不幸に向かって歩いて行こうなんて思わないでほしいにゃ」

「彼のことが大好きなんですね」

「宵人は自分の一生を使って私を幸せにしてくれた。でも当の宵人は幸せからどんどん遠ざかって行ってるんだにゃ。これ以上遠ざかるともうこの手が宵人に届かない。そんな気がするんだにゃ……」

  風和はとても悲しそうな顔をしながら、何かを祈るように自分の胸に両手を重ねた。

「でしたら私にとっての幸せが彼やアナタにとって不幸だったときはどうするのですか?」

「決まってるにゃ。私たちも私たちの幸せのために動くにゃ」

「なるほど。だったらだいじょうぶですね。きっとその時は……お互い幸せになれます」

 とてつもなくぎこちない質疑応答に、居間の面々はなんだか違和感を覚えつつも、朝食と仕事の準備に取り掛かった。

 そんな二人の様子を、宵人は寝たふりをしながら横目に眺めていたのだった……

 その後。朝食を取り終えた住人達がそれぞれ解散していく中、静夜は「少し考え事がある」と言って、一人居間に残った。

「私が……ここにいていい理由はいくらでもある。でも……」

 カサカサッ

 そんな独り言をつぶやく静夜の目の前に一匹のさそりが現れた。そのしっぽには何か紙のようなものが結び付けられているようだ。

「?」

 そのさそりをしばらく眠そうな目で見つめていた静夜は、そっとそのしっぽに手を伸ばし紙を取った。

 さそりはそれを威嚇する気配も見せず、役目を終えたといわんばかりに再びどこかへと消えていった。

「私が今幸せかって? 大丈夫……。とても幸せです。これでここの皆さんには迷惑をかけずに済むのですから……」

 紙を開いて中を見た後、静夜はそれをポケットにしまいすくっと立ち上がると

「だって私がここにいてはいい理由よりも、“いてはいけない理由”のほうがずっと多いのだから」

 そう言い残して、屋敷の外へ向かって静かに歩いて行った……

「……。やっぱりそうかんたんにはいかないかな。これも昨日の運命とやらの続きなのかねぇ」

 それを静かに見ていた人影には気付かずに。

       *

 夕刻頃。冬だけあって日が落ちるのも早く、すでに月が昇っている。

 今日は昨日と同じく満月。月の光が辺りを淡く照らしている。

 静夜が目的地の公園にたどり着くと、昨日何度か戦闘があったはずの公園はどういうわけかすでに元通りに直っていた。

 これもあのエナジースフィアとやらの力なのだろうか……。そんな風に考えていると

「よっ、お疲れさん。わざわざわりいな」

 そんな風に軽く挨拶をして、公園の遊具の影から銀髪の男が出てきた。

「いえ。私がどこに行って誰と何をしようとも、それは私自身の決めたことですから」

「かあっこい~。さすがは聡明たる月の王の血をひくご息女。さっきまでほしいものが手に入ると小躍りしていた俺が小さく見えちゃうぜ」

「わざわざ世間話をするために呼んだわけでもないでしょう 蠱毒」

「話が早くて助かるぜ」

 蠱毒は薄く笑みを浮かべると、腰に差してある不気味な色のレイピアに手をかけ

「それじゃあその聡明なる血を、ちょっとばかしいただこうとするかね」

 そういうと片手でレイピアの切っ先を静夜の顔に向けた。

「私もこの血をそう簡単に渡すつもりはありません。どうしてもというなら力づくで奪ってみたらどうですか? 仮にも12星座の守護神の一人なのですから」

 静夜もそう言い返すと拳を構えた。

「はっ! 俺の力を知らないわけじゃないだろう? 俺の剣の間合いまで入ったからには生存確率皆無だ! けど今回は特別に俺の情けで生存させてやるよ。上からは生きて連れ帰れとの御達しだしなあ!」

 そう叫ぶと蠱毒は構えたレイピアを目にも見えぬ速さで突いてきた。静夜はそれをギリギリのところで躱すが。

「くっ!」

「おーっと。まだかすっただけかぁ。いや。それとももうかすってしまったとでもいうべきかなぁ?」

 静夜は蠱毒の突きをほとんど避けて、受けた傷もかすっただけのものだったはずが、苦しそうに呻き始めた。

「相変わらずいやらしい能力ですね……。使い手の意識を奪うか使い手本人が望まない限り解毒されない強力な毒を相手の傷から体内に付加するレイピア。『ディフェンシン』」

 昨日宵人に聞いた話が正しければ、このディフェンシンも何らかのエナジースフィアなのだろう。そう思いながら静夜はひとまず距離を取った。

「いやらしいなんて言うなよ~。俺が気を失えば毒は消えてしまうし、毒自体も相手によっては絶対必殺というわけでもない。至極良心的な能力だと思うぜ?」

「月にいたころあなたの毒を何度も近くで見てきたからこそ、その力に関して自分なりに調べる機会は多かった。でもわかったことは一つだけ……。“あなたの毒に対処することは不可能だ”ということ。当たり前ですよね……。刃から発せられる毒の成分が一振り一振り、レイピアを突き出すたびに変わっていたんですから」

「へ~。そこまで見抜いていたんだ。ならこの毒をお前を助けてくれた奴らに付加すればどうなるか。容易に想像できるよなぁ?」

「っ! させるとお思いですか!」

 この戦いが始まってから何度目だろうか。静夜の無表情だった顔が強く感情を表す。

「そうそう。無理だぜ? ザリガニごときが俺にそんなこすい手で勝とうとか」

「え?」

 聞き覚えのある声によるその一言によって、静夜の表情にさらに新たな感情が映し出された。

 驚きという感情が。

「宵人……先輩?」

「悪いが家からつけさせてもらったぜ」

 あっけにとられる静夜に宵人は軽く言った。

「おう! や~っと来たか、勇者宵人さんよ。待ちくたびれて危ない毒も使用するところだったぜ? 研究所にいたころ、おまえさんにも俺の毒のスフィアについてはよーく教えてやっただろ」

「ディフェンシン……。進化する毒か」

 宵人は蠱毒のレイピアを見やってつぶやいた。

「遅刻しちまってすまないな。なにぶん、助けるにせよ見捨てるにせよこのわがまま娘の本心だけは知っておきたかったんでね」

(まあ少し見物して、やばくなったら何をしてでも止めるつもりだったんだけどな)

 宵人は心の中でそう付け足した。

「なぜ……あなたがここにいるの……ですか!」

 静夜は毒の効果で苦しそうに顔を赤くして肩で息をしながらも聞く。

「そんなの決まってるにゃん! 静にゃんを助けるためだにゃん」

「にゃん?」

その妙な語尾に蠱毒は宵人の後ろを見やる。そこには一匹の白猫がベンチで気持ちよさそうに丸くなっていた。

「おいおい。その白猫はもしかして」

「ああ。あんたらが動物実験に使ったあの時の猫。風和だよ、海藤(かいどう)さん」

「ご無沙汰してるにゃん。副主任殿!」

 風和は軽く挨拶すると、空中にジャンプして軽く一回転すると、白髪に白いワンピース。そして猫耳と長い尻尾を出した、猫のコスプレをした女性のような姿になった。

 それを見た蠱毒は、

「はっ。懐かしいねえ。あの時の猫を見るのも。あの時のガキを見るのも。何よりあの時の名前で呼ばれるのも」

「俺はこの名前が一番しっくりくるぜ? 海藤さん。あと、風和。このシリアスな場面で『にゃん』はやめろ。『にゃん』は」

「海……藤……?」

 静夜は足聞きなれない名前に疑問を持ちながらも、力が入らない足をなんとか動かし会話をする宵人たちと蠱毒の間に入ろうとする。

「静夜。無理するな。あいつの能力を知らない俺でも今のお前の状態がやばいってことぐらいわかる」

「……いえ。この際そんなことはどうでもいい。それよりなんでここに来たのかを」

「何度も言わせないでほしいよ。静夜。私たちはあなたを助けに来ただけ。それが私たちにとっての幸せだから。それ以上の理由がいる? 静夜」

「死ぬかもしれないんですよ! 風和! お互いの幸せのために動くのではなかったのですか? あなた達が敵うかどうかが問題なんじゃない。私があなた達のところにいる限り、一つの星の相手をするのと同じだという事にっ」

「知るかよ」

「え?」

 激怒する静夜は毒で体の力を奪われてしまっていたせいか、急に自分の手を取ってきた宵人に反応することができなかった。

「ゴホッ! 先……輩……?」

 ついには少し吐血し始めた静夜を宵人は自分の近くまで抱き寄せた。

「何をするつもりだ、宵坊!」

 何か嫌な予感がして止めに入ろうとする蠱毒の声も無視である。

「風和。森林で足止め頼む」

「了解にゃ」

「悪いな。お前がどうしたいかとか、何が正しい選択だとか知ったこっちゃないんだよ。こっちは。俺がどんな奴に出会ってどんなことを言われたとしても、結局最後に選ぶのは俺。つまりこれは俺の自己中心的なわがままだ、だから……」

 そこまでいって宵人は一度深呼吸のようなものをし、

「何をするつもりなんですか……?」

 尋ねる静夜の声も気にせず、ゆっくり静夜の目線に合わせるように自分の顔を下げていった。そして……

「あとで何発でも殴られてやるから少し俺のわがままに付き合ってもらうぞ」

 そう言うと、静夜の唇に自分の唇を重ねていった。

 静夜は最初は驚いたがまるで親に抱かれた子供のような安心感とともに、だんだん自分の体が楽になっていくのを感じた。

 そしてそれが宵人のおかげだとわかると、そのまま目を閉じて身を預けた。

「宵坊、お前まさか?! くそ、させるか!」

「それはこっちのセリフ。邪魔はさせない!」

 風和は止めに入ろうとした蠱毒の前に立ちふさがると、スケッチブックと筆のようなものを取り出し、紙にささっと何かを描いた。

 そして、その描かれたものが拡大され蠱毒の前に現れた。

「これはっ!」

 風和たちと蠱毒の間に、たちまち大きな木が何本も生えてきた。

「私の色のスフィア『レインボー』はその場にある物の色を紙に描くことで、その色を持つ物の質や量を変えることができる! 塗る色の濃さや量を変えることでその変化は何通りにもなる。 森林なんて少しの茶色とたくさんの緑で1本の木を100本に増やせばいいだけにゃん」

「くそっ、こんなもの!」

 そういって蠱毒は木を薙ぎ払おうとするが

「ああ。もうこんなものいらないぜ」

「なっ!?」

 宵人の声が聞こえたかと思うと、さっきまでそこにあったはずの木が一瞬にして一振りの剣閃によって薙ぎ払われた。

 蠱毒はすんでのところで伏せて、その剣閃をかわした。しかし真に蠱毒が驚いたのはその威力ではなく傷痕であった。それもそのはず。斬られた木々の断面が

「凍ってるだと!?」

 その現象への疑問に対するはすぐに返ってきた。

「なんでも月ってのはその冷気によって生き物が全く住めない世界、『死の世界』なんて風に呼ばれているらしいなあ。とはいえここまでの威力があるのは確かに俺も驚きだ」

「宵坊……。やはりお前が主任の形見である〝カギ〟を。月のスフィア『』を持ってたんだな? しかもお前は今……」

「ああ。“静夜の血”を吸わしてもらった。お前らが求めてるのは静夜本人と、その血。これは昨日と今日の出来事で大体想像がついていた。そしてこの二つの内どちらか一つでも俺のもとにわたることを恐れていたということもな。これでもうお前らは静夜だけでなく俺たちも相手どらなきゃいけなくなった」

 宵人は口元に付いた血をぬぐいながら不敵に笑った。

「くそっ。ただでさえややこしい事態をさらにめんどくさくしやがって」

 蠱毒はこの事態と宵人の大胆不敵さに飲み込まれまいと笑みを浮かべながらも、その額には汗が一筋流れていた。

「いやいや。むしろすごく分かりやすくなったんじゃねえ? 静夜のなかに流れる、持ち主は月と一体化するとまで言われている、“とある月の王の血”」

 そういって宵人は自分の指を先ほどの剣閃の際抜いたのであろう、木刀とは反対の腰に差していた白刃の日本刀で斬り、自分の血を見せた。

「そして俺が持つ、月に近い生き物に程月の恩恵を与えるという、親父が旅に出るとき残していった形見。“月のスフィア”」

 次は胸元で金色に光るネックレスをかざして見せた。

 まるで『この二つが一緒になった。さあ次は何が起こる?』とでも言わんばかりに。

「月のスフィアという大きすぎる力は常に月にいなければ威力は半減、逆に近すぎでも力を制御できないだろう。しかしこの月と近いどころか一体化するとまで言われる血がある。要するに……」

「要するに、あなたは月の王と同等の力を常に制御できるというわけですか?」

「お、静夜。起きたん、ぐはぁっ!?」

 ここで静夜から膝蹴りを溝あたりに食らった宵人は思わず痛みで身悶えてしまった。

「『起きたんだ』じゃないですよ。あなたにはいろんな意味で言いたいことと聞きたいことがたくさんあります。けれど……」

 そこまで言うと、静夜は森林に邪魔されたせいでいまだ遠くにいる蠱毒に向き直り、

「まずは目の前の案件を片付けないと行きませんね。蠱毒。いや、海藤というべきなのでしょうか」

「どちらでもお好きなように」

 蠱毒はおちゃらけたように返した。

「今回のところはあなたも引くべきなのではないでしょうか? それでもまだその剣の切っ先を私や私の大事な人に向けるというなら……」

 そう言って拳を構えようとした静夜を、宵人は片手でいなして、

「海藤さん。俺はあんたのことはそこまで嫌いじゃない」

「ほう? そりゃまた嬉しいねえ。でもなんでだい? 研究所を裏切った主犯格の一人だよ?  俺は」

「あの時確かにあんたは研究所を裏切ることには乗り気だったかもしれない。でもあんなテロまがいのやり方をすることに最後まで反対してくれたのは海藤さん。あんただけだったよ」

 そういって宵人は蠱毒であり海藤でもある男をまっすぐ見据えた。

「なるほど……。賢しい知恵をつけたもんだ。宵坊なんてもう呼べないかなこりゃ」

 蠱毒は苦笑いしレイピアを収めようとしたが、それを途中で止めると

「だが最後にその力を試させてもらうぜ。王子様が本当にお姫様を守り切れるかどうかをな!」

 それに対して宵人は決意のこもった瞳で蠱毒をにらむと強く言い返した。

「はっ! いいぜ。きなよ。毒でも剣でもお好きなようにどうぞ」

「いい度胸だ。それじゃあ……、いくぞ宵人ぉ!」

 蠱毒はレイピアを思いっきり後ろに構えると、大きく。そして早く、凍った森林の向こうから渾身の一突きを宵人に向かって繰り出してきた。

 正確には宵人の横にいる静夜を狙ってだろうか。

「先輩! 避けて!」

 静夜は必死に叫ぶ。しかし宵人は静夜の前に立つと

「避ける? 馬鹿言うな」

 と言うと、蠱毒がやったように白刃を思いっきり後ろに構えた。

 そうしている間にも蠱毒の突きは凍った木々を砕きながら近づいてきている。

「女の前でかっこつけて見せなきゃかぐや姫の一人や二人、助けてやれねえだろうがあああ!」

 そう叫んで宵人は蠱毒の突きに対して同じように両手で剣を掴んで突きを繰り出した。

「突きに対して突き!? 血迷ったか宵坊!」

 そしてちょうど二人の剣先が重なるあたりで宵人はにやりと笑って、思いっきり足に力を入れて深く曲げると

「あんたの突きは確かにすごいよ。まともに受けても止められねえだろうさ。でも」

 蠱毒のレイピアが静夜まであと10メートルを切ったかというところで宵人は力を入れて曲げた足を思いっきり延ばして急加速すると、剣を両手から左手に持ち替えて空いた右手を力強く握りしめて

「その突きは遠すぎたな!」

 その右こぶしを思いっきり蠱毒の腹に突き刺した。

 かなり遠くから猛加速していたために、蠱毒は自分から腹を宵人の右こぶしに殴らせに行った形になってしまった。

「ぐ、はぁ! な……んだと?」

「俺の勝ちだ。海藤さん。いや、蠱毒!」

 蠱毒はその場でガクリと膝を折って沈んだ。

「嘘……」

 静夜は信じられないといった顔で勝負の結果を見つめた。

「あんたの突きは早いが森林によってできた距離がその早くて力強い突きをただのウィークポイントにしてしまったな。もう少し冷静なあんただったら俺のはったりにも気づけたのかもしれないのに」

「くそ……、そういうことかよ。最初から計算済みってわけか」

 風和が描いた森林で距離を稼がれ、いきなりのキスという行動に冷静さを失い、凍った森林の残骸で正確な視界を奪われ、自分の得意技である突きに対して同じ突きで対抗するという挑発に乗ってしまった。

 どれも一つ一つが、突きの構えからの右こぶしへの移行という単純な行動を気づかせない布石になっていたのだ。

 そして宵人は蠱毒が突っ込んでくる瞬間にのみ足を延ばして右こぶしへのインパクトを上乗せした。

 これだけの威力で腹を殴打されれば、それはもはや剣で貫かれるに等しい威力の衝撃となるだろう。

「ちぃ、しかたない。今日のところは退散するとしようかね」

 そういうと蠱毒は腹を抑えながら立ち上がり、くるりと背を向けて一冊の本を取り出しページをペラペラとめくった。

「ちょい待ち。一つ聞きたい」

「なんだ?」

 宵人は帰ろうとする蠱毒をひきとめ、ずっと気になっていたことを聞いた。

「静夜の血の中に入れられたスフィアの正体はなんなんだ。やっぱり月のスフィアなのか?」

 蠱毒はページをめくりながらそれに答えた。

「残念ながらまだ詳しく教えられないが、あの血が流れる限り姫様もお前も月と繋がり続ける。そしてその繋がりが断ち切られることは死を意味する。そーいう力だよ、お前が取り込んだのは」

「ふーん……。繋がり続ける、ね」

 静夜には蠱毒の言ったことがよく理解できなかったが宵人には何か思い当たる節があるらしく、納得したように静夜の体と自分の体を交互に確認した。

「おっと。一つ忠告しとくぜ。確かに俺はあのメンバーの中ではとてもおとなしいほうだ。しかし俺以外はお前さんらを殺す気でいくと思うぜ? それでも宵人。お前はもうその道を選んだんだろ? かぐや姫さんの代わりに自分が俺たちから狙われるようにまで仕組んで」

 蠱毒はページをめくりながら宵人に言った。

「私の……代わり!?」

 静夜はそれを聞き一瞬頭が真っ白になった。

「まさかあなたは……最初から私が背負うものをすべて代わりに背負うつもりだったんですか?」

「んー……。内緒」

 宵人は少しいたずらっぽく笑うとに背を向けた。

「ははは。相変わらず難儀な性格のやつだ。だが次は容赦しないぜ。それじゃあな」

 そんな宵人を見て大きく笑いながら、蠱毒は開いた本から出た光の輪の中に消えていった。

 そして蠱毒が消えて行った後、そこには何事もなかったかのように静かな静寂が訪れ、宵人は静夜に背を向けたまま家に帰ろうとした。しかし

「先輩!」

「……はぁ」

 静夜に呼ばれ、宵人は疲れたようにため息をつきながらもそこに立ち止った。

 静夜はさっきまでの苛立ちとは別に少しの緊張感を持って思った。

 まだ何も終わっていない。安心するには早い。これはおそらく…… 始まりなんだ。

 何の始まりか? そんなの決まってる。“全ての”だ。

         

  【5】「お帰り」と言える相手


「宵人先輩……。今回のことについて。そしてあなた自身について。聞かせてもらえますか? そのために隊に入れというならもちろん隊にも入るし、今日のことも謝ります。だからっ!」

「はい、馬鹿乙!」

 ビシッ

「あいたぁ! 何をっ」

 急な頭へのチョップに静夜は面食らってしまった。

「お前の人生だからお前のしたいようにするのは大いに結構。でもな? 今日お前は謝るようなこと何かしたか?」

「え? だって先輩たちに黙って勝手に家を出て行って」

「子供だって大人だって何も言わずに家出たくなる時くらいあんだよ。それに対して家に残った連中がすべきことは出てった奴を叱る準備じゃねえ。出てった奴がいつ帰ってきても『お帰り』と言える準備だ」

「お帰りと言える準備……」

「そうだ。でもお前が出てった先で死んじまったらお帰りを言う相手もいなくなっちまう。だから俺はわざわざ迎えに来たんだ。別にお前の大きな力が俺の隊に欲しいとか、お前が俺らの守りたいって気持ちを無視した事を叱りたかったわけじゃねえ」

「でも……じゃあ私の質問の答えは」

 静夜は少し不安げに宵人の顔を見上げた。

「それもいままでどおりでいいんだよ。お前が聞きたいことは好きに聞けばいい。俺は答えたくないことは何とか答えまいとする。結局お前が知りたいことも聞きたいこともすべてはまず我が家に帰ってからだ」

「じゃあ……私はこれからもあそこにいていいんですか? これからも、みんなと一緒に」

「何度も言わせるな。あそこはもうお前の家だ。だからお前はいつも通り家に帰ってきて俺に不満や質問をぶつければいいよ。謝る必要も何かを自分に強制する必要もなし! まずはその傷ついた体を家に帰ってゆっくり休めろ」

 宵人は右手を静夜の頭の上にポンと置いて少し撫でた。

「さっき俺がお前の血を吸った時、ついでに治せるところは治したとはいえ、まだ体がだるいはずだ。とりあえず帰って家の皆にお帰りの一つでも言ってもらったら、気分も少しは楽になるんじゃねえか?帰りは鈴が一緒について行ってくれるだろうから敵の追撃も心配する必要はないだろうしな」

 それを聞いた静夜は瞼に涙をためながらうなずいた。

「はい。あり……、ありがとうござい、ます」

 そして宵人に背を向けると、おぼつかない足取りで帰り始めた。〝我が家〟に向けて。

     *

 静夜が去るまで宵人はその後ろ姿を見守っていたが、その姿が見えなくなると、急に地面に膝をついた。

「ぐっ! これが資料にあった毒のエナジースフィアの力か……。ちょいとなめてたかな?」

「宵人……」

「風和か。お前ももうみんなのところに帰ってやれ。心配してると思うぜ。ごほっ!」

「宵人、やっぱり無理してたんだね」

「無理でもしなきゃどうにもならない状況だったさ。あいつの血を吸うときに月の吸収の力で

 毒も一緒に俺の体に移してはみたものの、毒を全部移す前に俺の体が先に根を上げちまった」

「ばか! 宵人いつもみんなの見えないところで隠れて無理をしようとする。家族だと思うなら私たちにも弱いところ見せてよ!」

「にゃんはもうやめたのか? はは……」

 自分の胸にしがみつきながら叫ぶ風和に、宵人は優しく微笑み返すと

「ごめんな、風和。でも、もう15年前みたいに俺のせいでだれかが苦しむのは嫌なんだよ。俺が苦しんでる素振りを見せなければ、無理をしないですんだ人たちがたくさんいた。それならいっそ俺の苦しみになんか気づかないでほし……」

「させない!」

「えっ?」

「宵人。あなたが無理をし続けるというなら私にも考えがある」

「お前……」

 風和は一枚の紙に優しそうな女性の絵を描いた。

 すると、風和の周りの輪郭が少しぼやけたかと思うと服装と背格好が少し変わり始めた。

「……。ただでさえお前はあの人に似てるってのに、ずるいぜ風和。無理してため込んでたものも吐き出したくなる……」

 宵人はその姿を見てうれしそうに。でも悲しそうに、涙をこぼしながら風和とよく似た姿の女性に抱きつき一言洩らした。

「母さん……」

「宵人」

 風和はその姿で優しく宵人の名を呼ぶと、風和の体を両腕でそっと抱きしめた。


 宵人はそのまま姿を変えた風和の胸の中でしばらく涙を流すと、疲れたように眠ってしまった。

「寝ちゃったの?」

 無事静夜を送り返してきた鈴が、風和に抱かれながらすやすやと眠る宵人を見て静かに尋ねた。

「うん……。宵人は無理しすぎだにゃん。どんなに大人っぽく見えても実際はまだ18歳の子供。本当はもっと泣いたり怒ったりしたいはずなのに」

「だねえ。でもそんな隊長だからこそうちらはついてきたんだよ。風和がエナジースフィアの動物実験で、宵人のお母さんに似た姿の女性になれるようになったのも、宵人が一番望んでる姿だと思ったからなんでしょ?」

「そうだにゃ。あの動物実験ははたから見れば私は被害者だったのかもしれないけど、私にとっては渡りに船だったにゃん。路上で捨てられてた私を拾ってくれて、この風和っていう名前を付けて家族にまでしてくれた。そんな宵人に恩返しできる絶好のチャンスだったんだから」

「そっか……。そういえばあの実験のことを最初に提案したのも海藤さんだったんだっけ?」

「その通りにゃん。あの人はあの研究所の中では一番宵人のことを心配してくれてた人だったにゃん」

「次に会ったら、戦うことになっちゃうのかな?」

「分からないにゃん……。宵人も海藤さんも、適当な人だから」

「戦いたくないなぁ。あの人とは」

「ま、なるようになるにゃん!」

 そういって風和が明るく笑うと、鈴もそれに合わせるかのように軽く笑った。

 そして風和と鈴の二人はきっと大丈夫だと自分たちに言い聞かせるかのように、宵人の頭をなでながら子守歌を歌い始めた。

 

 でーたーでーたー つーきーがー まーるいまーるい まんまるいー  ぼんのようーなー つーきーがー ……


 その子守歌につつまれながら宵人は夢を見た。

 満月の夜。我が家である研究所に帰ると暖かい何かが出迎えてくれる夢。

「おかえりなさい」

 と言って。

 宵人にはそれが夢だとすぐに分かった。だが同時にこうも思った。

 それでもいい。夢でもいい。だからもう少しだけこの暖かな空間にいたい、と。

        *

 その後、二人の子守歌が終わる頃ぐらいに目を覚ました宵人は、三人で少しそのあたりを見回ってから家に帰ってきた。

「ただいまー……」

「おう、お帰り! ……どした? なんか不機嫌そうだな?」

 出迎えた煉は、宵人に尋ねたが宵人はそっけなく返した。

「気のせいだ」

「そうにゃ。気のせいにゃ!」

 宵人が、不機嫌な自分とは違い明るく返事をする風和を少しにらみ

「その語尾やめろっての……。特に今はもう疲れてるから」

 と、注意しようとすると風和は猫耳としっぽをぴくつかせながらにやりと笑った。

「おや~? そんなこと言っていいのかにゃ? それともそんなに不機嫌ならさっきみたいに」

「わかった! 俺が悪かった! だから頼むからさっきの話は持ち出すな!」

「ほ~。俺がいない間に何かあったのか。よし! 煮干し3匹でどうだ、風和」

「ぐっ。うーむ……」

「悩むな!」

 屋敷の門の前で煉に釣られそうな風和とそれに突っ込む宵人。3人はしばらく戯れていた。鈴は帰る途中で、忍びらしくどこか陰へ隠れたらしい。

 そこへ

「宵人先輩」

 いつもの若干眠たそうな無表情で静夜が屋敷の中から出てきた。

「おう。もう体は大丈夫なのか?」

「はい。私はもう大丈夫です。でも先輩のお体は」

 宵人たちの帰りが遅いことで何かを察したのだろう。静夜は心配そうに尋ねてきた。

「大丈夫だよ。夜姫のおかげで何とかな。幸い今夜は満月だしな」

「満月?」

「ああ。なんせこいつは月が身近に感じれば感じるほど月の恩恵を受けることができるらしいからな。とはいっても俺も最初は資料からそれを知っただけで詳しくは知らないんだよ。でも今お前の血が俺の体の中に流れていることではっきりと感じるよ。こいつの力を」

「そ、そうですか……」

 血が体に流れているのを感じていると聞いて、静夜は少しうつむいて答えた。

「ん? 何赤くなってん」

「なってません!」

「な、何怒ってんだよ」

 尋ねようとしたところを遮って怒られた宵人は、なぜ彼女がそんな反応をするのか不思議に思いその理由をさらに聞こうとしたが、静夜はそれを拒むようにさらに顔をうつむかせてしまった。

「そ、そんなことより。言わなければならないことがあります」

 うつむかせていた顔を急にあげて静夜は宵人に詰め寄った。

「言わなければならないこと?」

「はい。最初は先輩方に勝手に決められてただけでしたが、今度は自分から言わせていただきます」

「ふーん。言ってみ」

 子供を見守る母親のように、宵人は優しく言葉の続きを促した。

「私を、皆さんの仲間にしてください」

「……そっか。じゃあ俺から返す言葉は一つだけだ」

 宵人はそういうと、静夜の頭に右手をポンと置いて一言だけ言葉をかけた。

「おかえり」

「あ……」

 それを聞いた静夜は眠そうな瞳から一筋の涙を流しながらこう答えた。

「はい、ただいま!」

 ただいまとおかえり。たったこれだけの会話を宵人と静夜は、まるで今日が誕生日であることを喜ぶ子供かのように思いながら交わしたのだった。

 その後、長く感じた質疑応答を「今夜はもう遅いから」と宵人が言ったのを皮切りに終えて、一番隊の面々もそれを見届けてから一人また一人と、寝静まっていったのだった。

 そして宵人と煉以外が全員寝床についたころ

「そういえば明日はクリスマスだな」

 宵人がポツリとつぶやいた。

「ああ……。そうだったな」

「俺はもうプレゼントもらったからな……。お返しするとするか」

 煉はそれに対して、

「ふっ。プレゼントのあてはあるのか?」

 と、片手にビール缶を持ちながら少し笑みを浮かべて言った。


    幕間「満月の日に見る夢」


 人間は満月の日に奇妙な夢を見るのだという。

 オカルト的な話ではなく科学的に言われていることである。

 だから今私が見ているのももしかしたら昨晩の戦い中にも輝いていた満月が見せた夢なのかもしれない。

 寝ていたはずが妙な雰囲気の中で目を開けた静夜はそんなことを考えながらゆっくり辺りを見回した。

「ここは……屋敷の居間? 私は確か自分の部屋で眠っていたはずでは」

 なんだか妙に気持ちがフワフワする。なんと言えばいいか……、妙に眠い気がするのだ。

 いや、もしこれが夢なら実際自分は寝ているはずなのだが。

「よお。やあっと〝起きたか〟。待ちくたびれたぜ」

「先輩……ですか?」

「そうだけど、なんか問題あったか?」

 そこには宵人のようなそうでないような、なんだか宵人を小っちゃくしたような10歳ぐらいの少年がいた。

「いえ、問題というかなんというか……。なんだか若く見えるのは私の気のせいなんでしょうか」

「気のせいじゃね?」

 宵人はとぼけるような顔で返事をした。話を逸らしたがってるようにも思えるが。

「まあ、そんなことよりだ。静夜。お前に言っておくことがある」

「なんですか?」

 ここで宵人が急に真面目な顔つきになったので、静夜もやや緊張してしまった。

「これからお前は自分で意図せずともたくさんの困難や苦しみに出会っていくと思う。そしてそれに立ち向かうかどうかはお前が選び取っていくんだ」

「私が……」

「そう。たとえば昨晩お前がいきなりキスをされたように」

 ドゴォ

 確か鈴と会った時にもこんなことがあったなぁ、なんてことを思いながら静代はほぼ反射的に無表情で居間に置いてある机を叩き割っていた。

「これが夢なら10分の9ぐらい殺しても目が覚めるころには元に戻ってますよね」

「お、おい。ちょっと待て。机だよな? 机の話だよな? っていうか10分の9ぐらいって何!? それほぼ殺しにかかってんじゃねーか!」

 小さな宵人は青ざめた顔で後ずさりした。

「わ、分かった。そのことはもう忘れるから。お互いノータッチで行こう。な? イヤ、マジですんませんした! あの時はお前が受けたディフェンシンの効果を何とかするためにあーするしかなかったんだって!」

 宵人は震える声で必死に弁論した。

「ディフェンシン……。そういえば一応命を救っていただいてるんですね。なら今は許してあげます」

 宵人が自分のために尽力してくれたことは理解しているので、静夜はとりあえず怒りとも羞恥とも取れるこの感情を抑えておくことにした。

「『今は』って言葉が気になるけど、まあ今はいいや。とりあえずさっきの続きだ」

 宵人はとりあえずホッとすると話の続きに戻ろうとした。

 しかしここで静夜を大きなめまいが襲った。

「あれ……?」

「やべっ、もうタイムリミットかよ!? いいか静夜、よく聞け!」

 宵人は急にあせり始め、急いで先ほどの話の続きを始めた。

「確かにお前には理不尽な困難や苦難が襲い掛かるかもしれない。でもそれを見なかっことにして躱そうと、真正面から対処しようと、それはお前の選択だ! 何一つ恥じることはない!」

「私の……選択?」

「そうだ。そしてお前一人ではどうにもできないことは周りを頼るんだ。だけど時には誰かが助けてくれたように見せかけて、実は誰かに選ばされたり強要されたりしていた。なんて時もある」

「そしたらそれは私の選択ではないのでは? うっ」

 めまいとともにだんだん意識が遠くなってきて、静夜は膝をついた。

「確かにそれはお前の選択ではなくなるかもしれない。でも〝お前の人生〟であることには変わりないんだ! 誰がお前に何を強要しようとそれは絶対に変わらない。 忘れるな。お前にはお前の人生を生きる権利がある! この権利はだれにも奪えないし左右されない」

「……」

 静夜はすでに切れかかった意識で宵人の話を聞いていた。

 自分の人生を生きる権利? そんなもの私にあるのだろうか?と。

「多分もうほとんど聞こえないだろうけど最後に言っておく。これは別に聞こえてても聞こえてなくてもいい俺の戯言なんだが」

 ここまで聞いて静夜の目の前が暗転した。しかし言葉の端々は意識を失ってもなお静夜の耳に入ってきた。

「もし、おまえが・・なく・ったらぜ・・いに・・・をかけてた・ける! たと・・まえがそれを・・・でもだ! わ・れる・よ。なにが・・てもおまえはおれたちの・・・だ。だからあん・・してお・・は・・えの・・・・を・きろ」

 そしてこの後の言葉だけは、なぜかやけにはっきり聞こえたのだった。

「だからおやすみ、かぐや姫。そしてメリークリスマス」

 その言葉を聞くと、まるで深い水の中にもぐっていくかのように静夜の意識は深く深く沈んでいった。

 しかしそこに不安は全くなく、なぜだかとっても暖かい安心が自分を包んでいることを静夜は嬉しく思った。


  【6】 夢の続き


「メリークリスマス! 今朝は、全体的に曇り空が広がりますが、昼ごろからはずっと快晴となっているでしょう」

 次の日の朝。2階に割り当てられている自分の部屋で寝ていた静夜は、下にある居間から聞こえてくる天気予報の声で目を覚ました。

 なんだかずいぶんと長い間夢を見ていた気がするが、内容があまり思い出せない。何か大事なことを教えてもらった気がするのだが……。

 ふと違和感に気づいた。昨日は自分の枕元になかったものが置いてあるのだ。

「これは?」

 静夜が手に取ったそれは、綺麗にラッピングされたプレゼント箱であった。

 手に持ってみたところ、箱の大きさは小型テレビほど。重さもそれなりである。最初は何か爆弾のような罠も疑ったが先ほどのニュースを思い出して予想がついた。

「クリスマスプレゼント、という奴でしょうか」

 静夜はこのままはこの外側ばかり見ていてもらちが明かないと思いとりあえず開けてみることにした。

「これは……」

 箱の中に入っていたのは青い水晶のようなものが取り付けられた手甲だった。

「ただの手甲、か。あるいは……」

 手甲の正体についてある物が浮かんだ静夜は、とりあえず下の居間に降りることにした。

「おー。おはよう~。ん、どした?そんな不安そうな顔して」

 下に降りるなり宵人が何かを察して尋ねてきた。どうやら居間には静夜以外全員集まっているようだ。

「おはようございます。……あの、先輩。さっき私に何かしましたか?」

「え?」

 居間の空気が一気に凍りついた。

「よ、宵人。お前女運がないからって入隊したばかりの年下に手を出すなんて」

 煉は憐れむような目で宵人を見て言った。

「いやいやいや、出してねーよ! っていうか『何かしたか?』ってどういうこと? 俺ずっとここにいたよ?!」

「宵人……。信じていたのに、ひどいにゃん」

 風和に至ってはわざわざ猫から人間の姿に変わってまでなくしぐさをして見せた。

「ちょっ、待て! 何かがおかしい! いや、全てがおかしい! まずは静夜の話を聞こうってば!」

 宵人の必死の弁明により居間の一同は、とりあえず静夜の話を聞こうということに落ち着いた。

「ふーむ、なるほど。それで夢の中に俺が出てきたような気がするから俺が何かしたんじゃないか、と。とりあえずおれは何もしてないよ。安心しろ」

 静夜が見た不思議な夢の話を一通り聞いた宵人は疲れた顔で言った。

「そうですか……。ではこれも宵人さんではない、と」

「ん? なんだそれ?」

 ここで静夜は、朝枕元に置いてあった手甲を見せてみた。

「朝枕元に置いてあったんです。プレゼント箱に入れて。私の予想なんですがこれって」

「ああ。“エナジースフィア”かもしれないな。この屋敷には父さんが残していったものもあわしてまだたくさんエナジースフィアがあるからな。中には俺が気付いてないだけで当たり前のようにその辺に置いてあることもある。ただプレゼント箱に入れてたってのは妙に気になるけど……」

 宵人は少し考え込んだ後静夜に手甲を渡すと

「よし! このエナジースフィアお前が使ってみろよ」

「え? でも敵の罠という可能性も」

「その辺は大丈夫だ。エナジースフィアの専門家をすぐ呼ぶから」

「専門家?」

「ああ。お前がまだ会ったことない7人目のメンバーだ」

 そう言うと宵人は青い携帯電話をポケットから取り出し、どこかに電話をかけた。

「もしもし? ああ、急にすまん。昨日話した新しい隊員のことでちょっと相談がある。今すぐ来てくれ。一人で来れるか?」

 しばらく話すと宵人は、電話を切ってなぜか誰もいない居間の端を見つめた。すると

「まったく……。これでも私は忙しい身なんだぞ?あと子ども扱いするなと何度言ったらわかる」

  宵人が見つめていた場所に、中に宇宙空間のような物が広がった穴が出現したかと思うと、愚痴をこぼしながら、青いゴシックファッション風のドレスに身を包み、古風なキセルを口にくわえた少女が現れた。右手には白と黒の日傘を持っている。

「藍(あい)にゃん! 久しぶりー。元気にしてたかにゃ?」

 穴から現れた少女に向かって風和が思いっきり飛びついた。

「風和か。まあこちらはぼちぼちといったところだ」

 なんだろう……。なんというか高飛車なしゃべり方だ。

 目の前にいるのは自分より年下の女の子のはずなのに、ずっと年上の人生の大先輩と話しているような気分になる。

 そんなことを考えていたら、少女は刺していた白と黒の日傘を閉じて静夜達が囲んで座っている机まで歩いてくると、ちょこんとかわいらしく座った。

「それで、宵人。この娘が例のかぐや姫とやらか?」

 少女は静夜を見やって宵人に聞いた。

「ああ。んでもって今机の上に置いてある手甲がお前に見てもらいたい品物だ」

「どれ、貸してみろ」

 そういうと少女は宵人から手甲を受け取ると、よく貴婦人が付けるような白い手袋をはめた手をさっと振って、先ほど自分が入ってきた穴のようなものを今度はさっきより小さく出して見せた。

 そしてその穴の中に手甲を入れると、再び手を振って穴を閉じた。

「フム……。安心しろ。爆薬やトラップの類はついていないようだ。ただこのエナジースフィア自体については私にもわからん」

「そうですか。ありがとうございます。あの、宵人先輩。この子は?」

「ぶふっ」

 静夜が少女について聞こうとしたら、なぜか宵人は急にふきだした。

 それを見て少女は不快そうな顔をすると

 ゴツン

「あ痛ぁ!」

 持っている日傘を宵人の頭の上に落した。

「叩くことねえだろ! 一応お兄ちゃんだよ? 俺」

「こんな不出来な兄を持った覚えはない。あと、静夜とやら。私を子ども扱いするな!」

「子ども扱いするなとは……? それにお兄ちゃんということは兄妹なのですか?」

「……不本意ではあるがな」

「静夜。詳しいことはまだ話せないけど、そいつは星河 藍(ほしかわ あい)。外見的には子供だけどたぶんお前より、っていうか俺たちの中のだれよりもずっと年上だ。そして間違いなく俺の妹であり、俺たちの家族である。まだ説明が必要か?」

 静夜は首を横に振って優しく藍の頭に手を乗せた。

「いいえ。いりません」

「子ども扱いするな!」

 藍は再び手甲を穴から出すと静夜に向かって投げつけた。

 静夜はそれを受け取ると両手にはめて様子を見てみた。

「これから条件を満たすごとに機能も増えていくだろうが、エナジースフィアの能力や条件は持ち主にとって自分の体のことのようにわかるはずだぜ」

 宵人が自分の月のスフィアであるネックレスを見せて、そこに意識を集中させると淡く発光させて見せた。

「はい。確かにもういくつかの機能が使えることが自分で分かります。とりあえず簡単な力から使ってみますね」

 そういうって静代が手甲に意識を集中させると、手甲の甲の部分についた水晶のようなものに青い点が7個表示された。

「これは……。私たちの位置の表示のようです」

「へー。なかなか便利じゃん」

 一が目を輝かせて手甲の表示を見つめた。

「どうやらまだいくつか条件を満たす必要があるみたいだね」

 一連の流れを見ていた鈴が手甲を見ていった。

「そーだ。言いこと思いついた」

 宵人が藍の頭をなでようとすると、避けられて傘やキセルでつつかれたり殴られたりするというやり取りを繰り返してたところ、唐突に何かを思いついたようでその手を止めた。

「藍。静夜の訓練相手、お前に任してもいいか?」

「なに? わたしがこの娘の指導をしろと?」

 藍は心底めんどくさそうな顔をして、静夜はちょっと意外そうな顔をした。

「何か理由があるんですか?」

 静夜の問いに、宵人は一を指差すと

「いいか? お前は近接戦術を主軸にして、そこにトリッキーなスフィアの力を組み合わせる。よく言えばオールマイティ。悪く言えば器用貧乏な戦い方だ。でも格闘のみじゃないお前だからこそ、初めてここに来たとき一に勝つことができた」

「うっ。まあ確かに負けたけど」

 一も悔しいが納得しているようでうなずいた。

「でもだからこそ、一みたいな戦闘スタイルがわかりやすいやつと戦っても意味がないんだ」

「あー、そっかぁ。自分にとって簡単に倒せる相手と戦っても訓練にならないもんね」

 宵人の考えを理解した鈴は落ち込んでる一の背中をポンポンと叩いてやりながら、宵人の人選の意味を簡潔に説明した。

「つまり、藍ちゃ……、さんは私にとって相性最悪の相手というわけですか」

 静夜もようやく合点がいって納得した。

「おい、今藍ちゃんと言いそうになっただろ?」

 静夜は話よりも隙あらば自分の頭をなでてこようとする面々と、静夜の自分に対する呼び方にばかり気が行っていたようだ。

「ふん。いいだろう。少しばかりしつけをしてやる必要がありそうだな。望月の広場に来い、静夜。お仕置きの時間だ」

 藍は日傘を開いてキセルを口にくわえると、ヒラリと蝶のように居間から外へ舞い降り、広場のほうへ向かって歩いて行った。

「どうやら戦わなければいけないようですね」

 そう諦めたように、静夜も後へ続こうと立ち上がった。

「静夜。忘れるなよ?」

「なにをですか?」

 宵人の唐突な言葉に静夜は何の事かわからずに思わず聞き返した。

「もし、お前が危なくなったら絶対に命を懸けて助ける! たとえお前がそれを拒んでもだ! 

忘れるなよ。何があってもお前は俺たちの家族だ。だから安心してお前はお前の人生を生きろ」

 その言葉を聞くと、静夜はちょうど外へ出ようとしてたところでぴたりと止まると、宵人に背を向けたまま話しかけた。

「先輩」

「なんだ?」

「夢の中の言葉。今度はしっかりと届きました。ありがとうございます」

「さて、なんのことだか」

 静夜は最後まで宵人のほうには顔を向けずにクスリと少しだけ笑った。

「先輩」

「ん?」

「メリークリスマス」

 そう嬉しそうに言うと、そのまま広場へ向かって行ってしまった。

 家族からももらったクリスマスプレゼントを両手にしっかりはめて。

 そしてその後ろ姿をみながら宵人は照れ隠しのように頭をかいた。

「ばれちゃったかな? まあ、いっか。月が見せる夢は摩訶不思議ってね。なはは」 

            *

 時刻はまだ日が昇ってから2、3時間といったところ。天気は予報通り曇っているようだ。

静夜の新しいエナジースフィアのお披露目ということもあって、居間のメンバーは好奇心だけでなく、何かあった時に対応できるようにと広場へ集まってきた。

「一応ルール説明な。望月の広場には今回も結界のスフィアが張られてるから体の耐久は高くなっているし、戦闘後には元に戻したい部分を元に戻すこともできる。それでも痛みや疲れはある。その辺には気を付けておけ」

「分かりました」

「まあ小娘に私を傷つけられるほどの力があるとも思えんがな」

 藍はそう言うと、日傘をくるくると回して静夜を挑発する。

「……」

 一番隊のメンバーにはもうわかる。今の静夜の表情はいつもと同じくただ眠そうな無表情に見えるがそういうわけではない。

 一見そう見えても一と戦った時と同じく、その瞳は熱い闘志で燃えている。と、かっこよく言っては見たが、要は藍にバカにされて怒っているだけなのだ。

「それじゃあそろそろ始めるか。両者健闘を尽くすように。では、始め!」

 宵人の合図で二人ともスフィアの能力を発動する準備を始める。

「一応ハンデとして教えておいてやろう。このキセルの金具部分。これが私のエナジースフィア『次元輪廻』。次元の穴に入れてさらにそれを出すことも可能。せいぜい私の次元に飲み込まれないように気を付けるんだな」

 藍はキセルを持った右手で、先ほども出した中に宇宙空間のようなものが広がった穴を出した。

「聞いてる限りではあまり戦うことに特化した能力には思えませんね」

「ふ、どうかな?」

「!」

 藍は不敵に笑うとキセルの先に出した次元の穴から炎を出して見せた。

「言っただろう?“出して入れる”と。私がこれまでにいくつの物をこの次元の中に入れてきたと思っている?」

「そういうことですか」

 静夜は大きくバックステップし穴から放出された炎を避けると両手の手甲を構えた。

「では、私もこの力を使ってみるとしましょうか」

 そういうと、手甲についた水晶の部分が青く光り始めた。そして静夜が大きく両手を振ると、

 シュッ

 手甲の中から鋭い刃が出現した。

「へえ、パタみたいなもんか。あの手甲、親父が残してったやつの中から選んだだけあってなかなか侮れないみたいだな」

 審判もかねて広場の中央から見てた宵人は、静夜の手甲から出た刃を見て評価した。

「ほう。面白い。しかし私に当てられるかな?」

「当たるまで刃を振るのみです!」

 ズバッ!

 静夜は激しく刃を振るが、藍はヒラリヒラリとそれをかわしていく。

「ほら、どうした? ただやみくもに振るうだけでは私に当てることはできないぞ」

「くっ! ならこれはどうです!」

 ここで静夜は突きを繰り出して藍を狙った。しかしその剣先は、藍が開いた日傘によって受け止められてしまったのだった。

「即座に突きに切り替える判断力は素晴らしい。だが」

 ぶんっ

 藍は刃を受け止めた日傘をそのまま大きく上へ振りかぶり、静夜の腕ごと跳ね上げた。

 そして。

「いかに戦闘に対する応用が効こうと、それに伴うだけの実力がお前には無い」

 そう言って、日傘で腕を思い切り跳ね上げられてひるんでしまった静夜に傘の先端を向けた。

「さて、そろそろ終わらせようか」

 藍は傘の先端から4発の銃弾を静夜の胸めがけて撃ちこんだ。

「あぐうっ! うぅ……」

 静夜はうたれた箇所を抑え込み苦しそうに座り込んだ。

「これは……。結界のおかげで致命傷にはならないとはいえ、銃弾の衝撃を肺の位置にもろに食らったんです。それも至近距離から4発。いかに静夜さんがタフでもしばらくは動けないですよ」

 鈴は額に汗をかきながら状況を冷静に分析した。

「おや? 終了の合図はまだかな。よ・い・に・い?」

「その呼び方やめてくれって……」

 藍はクスリと笑い静夜に背を向けると、宵人に決着の合図を促した。しかし

「いや、できれば俺もそうしようと思ったんだがなぁ。後ろ見てみ、妹よ」

 宵人に言われ藍が不思議そうに振り返ると

「勝ったと思うには……早すぎませんか? 藍先輩」

 静夜が額に汗をにじませながらも、それを悟らせまいと虚勢を張りながら手甲を構えていた。

 負けたくない。絶対に負けたくない!せっかくもらったこのクリスマスプレゼントを何も活かせず負けるのだけは嫌だ!

 そんな思いだけで静夜は立っていた。

 そして、静夜が最後の力を振り絞った瞬間のことである。

「無理をするな。次は気を失っても知ら」

「まだです!」

 鋭い風音がしたかと思うと、最後の忠告をしようとしていた藍の日傘が先ほどの静夜の手甲のように上に弾き飛ばされた。

「なに!?」

 藍が驚くのをよそ眼に静夜は自分でも信じられないというような顔で、淡く水晶部分が発光している手甲を見つめた。

「どうやら……条件を満たしてしまったようだな」

 藍は弾き飛ばされた後ゆっくりと自分のもとまで落ちてきた日傘を掴みとった。

「はい。エナジースフィアは条件を満たすたびに力を開放していく。ようやく私にもその感覚が分かってきました。今、『大事な人たちのために負けたくない』と思った瞬間力が高まるのを確かに感じました」

 よく見ると静夜の手甲の刃には風のような物が渦巻いていた。

「なるほど。風のスフィア。それがお前の手甲の正体。ということはさっきのはカマイタチやソニックブームの類か」

「ええ。ですが今回は“師匠”の忠告通りここで止めておこうと思います。勝負の勝ち負け以上に大事なこともわかりましたし」

 そういう静夜の顔は、さっきまでのような虚勢ではなく自信に満ちている。

「どうやら宵人先輩の人選は間違っていなかったようです。実力も、そして頭の回転の速さも私とは段違いです。先ほどまでの無礼をわびます藍先輩。もしよろしければこれからもご指導をお願いできるでしょうか?」

 そういうと静夜は頭を下げて手甲に刃を収めて右手を差し出した。

「ふん。何やら大事なものを見つけたようだな。それがなんなのかは私にはわからんが……良いだろう。私もお前を弟子として認めてやろう。まあ、それなりの覚悟をしてもらうがな」

 藍も静夜のことを認めたらしく差し出された右手を左手でしっかりと握って返した。

          *

 戦いの後、メンバーは結界から出た二人の介抱をしながら体に異常がないかなどのことをチェックした。

「しかしそうなるとあのことを秘密にしておくわけにもいかないか……。話してもいいか?宵人」

 藍は自分の体のチェックを行っていた宵人に尋ねた。

「いちいち俺に確認を取ることじゃないだろ? お前がそれが良いと思ったんならそうすればいいよ」

「秘密?」

 静夜は二人の会話の意味がよくわからず不思議そうな顔をした。

「静夜。私はな、千年以上の時を廻った魔女なんだよ」

「千年!?」 

 静夜は最初冗談かと思ったが、藍の性格からしてそれはないと思いなおした。

「時を廻る……。それはもしかして」

 そこまで言って静夜は藍が口にくわえているキセルを見た。

「ああ、お前の予想通りだよ。原因はこいつだ。私はこのエナジースフィア、『次元輪廻』の暴走に巻き込まれて過去と未来を繰り返し行き来することになった。体は成長しては朽ち果て、そして気が付けばまた違う時代に置き捨てられる。その繰り返しだ」

「エナジースフィアの暴走、ですか。私たちが使っている力はそんなに危険なものだったんですね」

 藍は冷静に言ったが、静夜はそれがどれほど恐ろしい現象なのか想像するのも怖かった。

「まあとある暇人がちょうど私が子供の姿でこの時代をさまよっていた時に、無限の輪廻から拾い上げたので今はこの通り無事だがな」

 藍は宵人のほうを横目で見ながら言った。

「誰が暇人だよ、誰が」

「宵人先輩が師匠を……」

「ああ。俺が最初にこいつを見つけた時は、輪廻に巻き込まれる前の自分がどんな人間だったかの記憶もなかったよ」

 宵人は苦笑いしながらも、何か悲しいことを思い出しているような雰囲気だった。

「これが私の秘密だ。今はこれ以上は話したくないのだが、構わないか?」

 藍は静夜に確かめるように聞いた。

「はい。これであなたが妙に大人びた雰囲気だった理由がようやくわかりました。この話の続きは、私があなたにとってもっと信頼できる教え子になった時にしてくださるとうれしいです」

「ふ。小娘が生意気なことを言う。しかし、まあお前が私を楽しませてくれる程度になったら考えてやろう」

 藍は楽しそうに笑うと再び大きな次元の穴を開き入っていった。

 そして、あとには静夜の師となった少女の声だけが残っていたのだった。

「静夜。どうやらもう敵が一人街に入り込んでいるようだぞ。水晶を確認して居場所をこまめに確認しておくんだな」


  【7】 水瓶の魔女と疾風のかぐや姫

  

 さきほどの藍の忠告を聞いて、すぐに静夜と一番隊の面々があわてて手甲の水晶を確認すると

「これは……、さっきはなかった赤い点が少し離れたところに出ていますね。これが敵ということでしょうか」

「多分そうにゃ。でも思ったより早く来たにゃ~」

「藍のやつ、模擬戦の途中で気付いてやがったな。まあ、早く来ようと遅く来ようと同じだ。いずれは月にいる奴らとは全員ぶつかることになるだろうからな」

 宵人は素早く市見隊の制服を上に羽織り、赤い点の正体を確認する準備を始めた。

「そういや静夜。お前のエナジースフィア、風を操れるみたいだけど名前はどうするんだ?」

 宵人は静夜の手甲を指差し尋ねた。

「はい。志那都彦神(しなつひこのかみ)なんかどうでしょうか?」

「なるほど、風神の名か。でもちょいと長すぎるな。そうだな……。シナなんてどうだ?シナってのは息が長いことを表す言葉だ」

「息が長い?」

「ああ。長い間勢いを保ち続くことを表す。お前の今の幸せや決意が長い間続いてくれるように。何よりも長生きしてくれるようにってな」

「あ、はい!気に入りました。それがいいです」

「そいじゃあ早速そのシナを使って、一番隊としてのお前の最初の任務だ。敵の位置を掴み次第味方全員に伝えて協力しながら相手を抑えろ」

「了解です」

「他の奴らは赤い点以外の敵や異常が起きていないか探ってこい。そして静夜から連絡が来次第援護に迎え!」

 自分のエナジースフィアの名前も決まったところで、早速静夜達は水晶に表示された赤い点の位置を把握するために動き始めた。

           *

 もうすぐ正午になる頃、静夜は市見隊の制服を身にまとい、風の力を使いながら素早くそして大きく跳ねながら移動していた。

 赤い点は、最初に出現した位置から全く動いていない。

 見つかったことに気づいていないのだろうか、はたまた戦うことを覚悟の上で待ち構えているのか。

 どちらにせよ宵人たちには一人で無理してはいけないと釘も刺されているので、目標を確認次第宵人から渡された通信機から仲間たちに連絡するつもりだ。

 そんなことを考えながら、通信機を右手に持ち大分目的地に近づいてきた時のことである。

「!?」

 急に通信機が煙を上げ始めた。原因はわからないが何か不調を起こしたようだ。これではもう連絡を取れない。

 仕方なく宵人に貸してもらった携帯電話を使おうとしたがそれもなぜか電源が入らない。

 さすがに静夜が焦っていると

「あらあら。ずいぶんとかわいい子が来たものねぇ」

 人を小ばかにしたような声が聞こえたかと思うと、声がしたほうから水弾のようなものが飛んできた。

 不意を突かれたとはいえ、相手が自分たちのことを待ち構えていることを予想していた静夜は、一発目の弾をうまくかわす。しかし水弾はさらに続けて放たれた。

「くっ、しつこい!」

 静夜は周囲に風をまとって、放たれてくる水弾をまとめてはじいた。

「あら、風の力。あんまり相性はよろしくないわね」

 すかさずそれをかわすと静夜は声がした位置と赤い点の表示を見比べて相手の位置を確認した。

 そして特定した位置まで風を使って一気に跳ね、そこにふわりと降り立った。

「水を使うだけあって待ち構える場所も選んでいるわけですね。まさか“小学校のプール”に陣取っているとは。通信機器の故障も、機械の中に水分を忍び込ませたのですね」

 静夜が着地した場所は桜小学校。桜都の中でもわりと規模が大きめの小学校だった。

 周りには高層ビルや大きな建物が集まっていて隙間風も強く、風を操りにくい。

 そして、学校の規模が大きければそこにあるプールの規模ももちろん大きいわけである。

「おや、これはこれは。姫様ではないですか。あたしも運がいい。目的のものが自分からあたしの領域に踏み込んできてくれるなんて」

 そう言ってプールの水を挟んで反対側から現れたのは、青い衣の上にヴェールのようなものをまとった女だった。

 女は左わきに大きな瓶のようなものを抱えて歩み寄ってきた。

「あたしが直接手を下さずともこの子一人なら何とかなるかしらねぇ。おっとその前に自己紹介でもしておこうかしら? あたしは水瓶の守護神『水無月(みなづき)』。アナタが負けるまでの間よろしくね、姫様」

 空に曇天が広がる中、静夜を風が。水無月を水がつつみ、両者ともエナジースフィアに意識を集中させ始めた。

 水無月が抱える人ほどの大きさはある水瓶を見て静夜は力の出処を水瓶だと予想した。

「見たところその水瓶の中の水を操るエナジースフィアのようですね。その水瓶自体がエナジースフィアですか。しかし、水と風……。本来なら私は相性がいい敵に喜ぶべきなのでしょうが……」

「何か違和感がある。とでも言いたげね」

 水無月は静夜の顔を見てほくそ笑むと、水瓶を傾け始めた。

「いいわ、見せてあげる。あたしの水のスフィア、『指揮者(コンダクター)』の力を」

 そういうと水無月は、傾けた水瓶からすべての水をプールの中にこぼしてしまった。

「さあ、美しき水流演武の幕開けね。さっきの豆鉄砲と同じだと思ってると痛い目を見るわよ!」

「これは!?」

 なんと静夜の目の前でプールの水が激しく渦を巻き始めた。そして、まるで龍が喰いにかかってくるかのように水流がうねりながら襲ってきたのだ。

「舞え、水禍の龍(すいかのりゅう)!」

「くぅ!」

 水無月の合図と共に、立ち上った水柱は次々と静夜めがけて撃ちこまれていった。

 さすがにこれは風の防壁程度じゃ防げないと判断した静夜は、風の力を借りながらギリギリのところで水をかわしていった。

「なるほど。水瓶の中の水しか操れないなら、わざわざ水瓶で水をすくう様なすきを作ってまでプールを挟んで戦う意味は薄い。それ以前に私の前に姿を現した時点で絶対的に不利。そう思ってました……」

 なんとか水柱をよけきった静夜は肩で息をしながらも次の攻撃に備えた。

「しかし水瓶の中の水ではなく、水瓶の中の水を混ぜた水を全て操ることができるなら、こんなところで待ち構えていたことにも、私の前に余裕を持って姿を現したことにも納得がいきます」

「なるほど。戦いの才だけでなく洞察力もあるのね。やはり月の王の一人娘だけあるわ。でもあたしから見ればやっぱりまだお嬢ちゃんってところかしらね」

 そのセリフにむっとした静夜は風を自分の周りに集中させ始めた。

「お嬢ちゃんかどうかはこれからわからせて見せます」

 静夜の周りに集まった風はだんだんとその激しさを増していき、そしてついには小さな竜巻のような風柱を立ち上らせた。

「へえ。面白いわね。もうそこまで力を使えるなんて。でもおかしいわね。あなたはもう一つ力を持っているはず。そう、もっと強力な力を」

水無月は負けじとプールから再び水柱を立ち昇らせた。

「あいにく私の体に入ったスフィアの力のことならまだお披露目できそうにありませんよ。今までは何も考えず使っていたけどこれからはあの力も使い方を見極める必要がありそうなので」

「あら、残念。でもまあその風の力だけでも楽しめそうね」

 実を言うと、ここに来る前宵人に忠告されたことが二つあった。

 一つは決して一人で無理をしないこと。

 そしてもう一つは、静夜の体に入れられたスフィアの力を使わないことだ。

 蠱毒と戦った時にも静夜の体に入れられたスフィアについて聞いては見たが結局詳しい答えは得られなかった。

 宵人本人は何か気づいていることもあるようだったがまだ確信は持てないらしく、お互いに血の中に流れるこの力を使うのはなるべく避けようということになったのだ。

「あなたにはあとでいろいろと聞かせていただきます。覚悟してください」

「あら楽しみ。じゃあ私も少し本気を出させてもらおうかしら」

 お互いの周りに水柱と風柱が上がり、桜小のプール場は嵐のごとき様子になった。

「舞え、水禍ノ龍!」

「行きます! 風嵐槍牙(ふうらんそうが)!」

 二人が同時に手を振ると、お互いの作り出した水柱と風柱は激しくうねりながらぶつかり合い、プール場の周りまでも水と風の激しい競り合いの衝撃が広がった。

 結果、二人の作り出した水柱と風柱はたがいに消えて後には荒らしが通り過ぎたような爪痕が残ったのみだった。

「く、互角ですか」

「思ったよりもやるわねお嬢ちゃん。ただの力押しでは終わらせられないみたいね。それなら、こういうのはどうかしら?」

 そういうと水無月が手を鳴らすと二人の男と一人の女が現れた。

 そして3人のうち槍を持った男が水無月の前に出て頭を下げた。

「お呼びですか?」

「ええ。この勝負にもそろそろ決着をつけるからあなたたちで彼女が風を出せないように動きを封じて頂戴」

「御意に」

 二人の男は剣と槍をそれぞれ構えて静夜の前に立ちふさがり、女は水無月の横で弓矢を構えた。

「増援・・・ですか」

 静夜はこの時点でもう普通に戦っていては、自分に勝ち目がないということを察した。

「多対一は性分ではないが、水無月様の命だ。悪く思うなよ」

 そう言って男たちは剣と槍をふりかぶった。

 もう自分の中のもう一つの力を使うしかない。そう静夜が決断しようとしたとき。

 3発の銃声があたりに響いた。

「なに!?」

 銃声と共に、水無月達の足元に銃弾が撃ち込まれた。

 水無月達は思わず退いて銃弾の飛んできた方向へ顔を向けた。

「いやはや、思ったより盛り上がってるねー。おじちゃんもそろそろ混ぜもらうとしようか」

 学校の3階のベランダのようなところから、2丁の銃を持ってその男は立っていた。

「九条さん! どうしてここが?」

「どうしてもこうしても、あんだけ派手な戦いされりゃあ、多少離れていても誰でも気づくさ」

「そういうことでござる」

「にゃあ」

 九条に続いて鈴と風和もプール上に現れた。

 鈴が忍者のような口調になっているのは戦闘準備に入っているからなのか、はたまた仲間が殺されそうになったことを怒っているからなのだろうか。

「まあ何はともあれ、これで4対4。お前の性分にも合うんじゃないか? 槍男」

「お気遣いどうも。それじゃあ俺の相手はお前ってことでいいんだな?」

 そういうと槍を持った男はプール場から出て、ベランダから見下ろせる位置にある学校のグラウンドへ移った。

「名乗りぐらいは上げてやろう。わが名はスカト。水無月様の命によりお前らを殺す」

「一番隊副隊長、九条 煉だ。まあ適当に相手してやるよ。かかってきな」

 グラウンドで二人がにらみ合うと同時に鈴もクナイを構えて剣を持つ男に突っ込んだ。

「おっと、俺の相手はお前っていうことか。おちびさん」

「誰がチビでござるか。一番隊の秘書兼見張り番、闇蔵 鈴でござる。いざ尋常に……」

「熱いねぇ、どいつもこいつも。いいぜ、サダルメリクだ。来いよチビ忍者。月と地球の人間の格の違いを見せてやる」

「その言葉が間違いだったと教えてやる。風和、弓矢の女を頼むでござる!」

「はいにゃん!」

「く、これ以上邪魔をさせるか!あたしが直々に全員……!」

 水無月はこれ以上分断される前に片をつけようとしたが、鈴に頼まれた風和はすばやく一枚の絵に何かを描いた。すると

「な、に……? サダルスウドがプール場の外に?」

 いつのまにか弓矢を持った女と風和が、プール場から見てグラウンドとは反対側にある街の道路に降りている。

「なに!?」

「水無月様!」

「にゃはは。案外簡単に引っかかるにゃ」

 風和は筆を持ちながら楽しそうに笑った。

「馬鹿な。あたしが幻術の類に引っかかるなど」

「幻術? うーん、ちょっと違うにゃ。『レインボー』は言わば強引なる質量変換。例えばその場にある何かの色を多く描いて、その色を持つ物を拡大したりしてるだけにゃん。そして増やせるということは減らすこともできるということ。道路の色を多く描けば道路は広がるけどその分道路に隣接するプールは狭まる。そして今までプールだった場所にいた人はいつの間にか道路に出ちゃってるわけにゃ」

 風和は道路と同じ灰色に染まった紙を満足そうに見ながら説明した。

「すごい……」

 静夜は風和の力の使い方のうまさに思わず感嘆した。

「そして~。さらにこうにゃ!」

 そう言って風和はさらにプールの周りの金網と同じ色の金色を紙に描いて、それによってプールの四方のフェンスがより厚く高くなってプール場の中の二人と周りを遮った。

 そして風和の策によって、とうとう敵の4人は全員分断されてしまった。

「く、いいわ! サダルスウドお相手してあげなさい。私がすぐにこのお嬢ちゃんもろとも全員消してあげるから」

「は! かかってこい、ネコ風情がこのサダルスウドに勝とうなど百年早いと身を持って知らせてやる」

「にゃはは。そう簡単にいくといいにゃあ」

 そして、ネコの笑い声と共に4つの戦いが幕を開けた。

   

 ⑧ 地震雷火事オヤジ?いいえ。銃弾、忍者、猫、死神です。   


 グラウンド、九条は2丁の銃の弾を、一番隊制服の上に来たコートの内側から取り出し補充した。

「さて、スカトさんとやら。お前さんに俺の弾をよけきれるかねぇ」

「ふん。避けるまでもない。銃を撃つ前に仕留めてくれるわ!」

 スカトは棒高跳びの要領で槍を利用すると高く上空から九条に狙いを定めて槍を突き立てた。

「おっとぉ」

 九条は体をひねってそれをよけると同時に弾丸をスカトに向けて放った。

 しかしスカトは槍を回転させて、その銃弾をすべて防いでしまった。

「なるほど普通に撃ってるだけじゃ当たらんな。ならこいつはどうだい?」

 そういうと九条はスカトではなく、まったく別の場所に狙いを定め何発か銃弾を放った。

「どこをねらっている。気でもふれたか」

「いーやぁ。ちゃんとお前さんを狙ってるよ」

 次の瞬間、先ほど撃った弾が今になってスカトに向かって引き寄せられるように飛んできた。

「なんだと!? なぜ今になって! いや、そんなことより」

 そう、問題はそれだけではなかった。ずれていたのは弾が飛んでくるタイミングだけではなく“弾が飛んできた方向”も、九条が引き金を引いた時と比べて大きくずれていたのだ。

「ぐあっ!」

飛んできた弾のうち2発がスカトに命中したが、その弾がスカトの体に穴をあけることはなかった。

「銃弾じゃ、ない? この弾は!?」

「気付いたかい? そう、そいつは狩猟用のパチンコなんかでよく使われるゴム弾だ。そして俺はそいつを跳弾させてお前さんを狙ったんだよ。俺は銃も弾も一つの物にこだわらない。人生も戦いも回り道をするのが好きなもんでね」

 そういうと、今度は両手の銃を組み合わせて一つの中型の銃にしたかと思うと、さらにコートの内側から新たに二つ銃を取り出し、それも組み合わせて一つの中型の銃にした。

「銃が4つだと?」

「4つで済めばいいんだが、これがまた俺もめんどくさい性格でねぇ。外に出歩くときは俺流に改造した『CZE Cz75』を常に20以上は持ち歩くようにしてるんだよ。ああ、弾の心配はいらないぜ。このコートや制服の中にあるだけでもマガジンの数は40を超えるからな」

「ありえん! そんな量の武器を持ち歩いてあんな動きができるわけがない!」

「それができるんだなぁ。おれの持つ銃のスフィア、『ブレット』のおかげでね」

 九条は、自分のかけたサングラスを人差し指でこんこんと叩いて示した。

「『Xブレット』は銃の重さをなくすことができる上に、銃弾を放つうえで問題になることをほとんど解決してくれる。だが今回はその機能の半分も使う必要がなさそうだな」

「くっ、なめるな!」

 スカトは大きく跳んで一気に九条を槍の間合いにとらえると、槍を縦に振り下ろした。

「まあそう焦るなや。もうちょいゆっくり楽しもうぜ」

 九条は上から振り下ろされた槍を、先ほど組み合わせた2丁の中型銃を頭上でX型に交差させて、銃と銃の間で槍先を挟むようにして受け止めてみせた。

「真剣白刃どりXってね」

「ぐっ。こんなもの! っ!?」

 受け止められた槍を力押しでそのまま押し込もうとした瞬間、スカトの背中を強烈な衝撃が襲った。

「ガンナーの撃った弾数はちゃんと確認しておくもんだぜ? 跳弾の仕方によっては飛んでくる弾はタイミングも方向も大きくずれる。特に俺の『slip(スリップ)ショット』はほかの弾と同じように撃ったと見せかけて全く違うタイミングであらぬ方向から弾が飛んでくるように計算されていたりするからな」

 スカトは後ろから飛んできたゴム弾の一撃にふらつきながらもなんとか再び槍を構え直し九条に槍先を向けた。

「確かにいつどこから弾が飛んでくるかもしれないのは脅威だ。しかしそれならば弾を受けない位置から攻めればよいだけのこと!」

 そういうとスカトは多き後ろに跳んで九条から離れると。やり投げのような構えを取って槍を大きく振りかぶった。

「喰らえ銃使い! その学校もろともわが槍の餌食となるがいい! 『爆牙槍(ばくがそう)』!」

「こいつはちょいとやな予感がするな」

 九条はこれをまともに受けるのはまずいと思い学校の屋上まで避難した。

 そしてさっきまで九条がいた位置に槍が突き刺さった。

 すると槍を中心に大きく爆発が起きて、広いグラウンドの中に大きなクレーターのようなものができてしまった。

「おいおい。なんて威力だよ……。さしずめ爆発系のスフィアか?」

「ふん。うまくかわしたな。しかしお前の銃と同じようにわが槍もスフィアの力で無限に出せるぞ。一度に数本投げれば、今度こそお前もお前が今いる学校も無事ではすまい」

「ちっ。このでかい学校を壊されちゃあさすがに証拠隠滅のための後片付けが大変だな。それをやるのは俺たちじゃなくて上の人間だからいいが、その分上もかなり怒るんだよなぁ」

「覚悟はできたか? いくぞ!」

 スカトが槍を投げようとした瞬間九条の発砲した音が聞こえ一瞬槍を投げようとしていた手止まらせてしまったが、銃口の向きを確認してすぐに余裕を取り戻した。

「はははっ! 万策尽きたか銃使い。天めがけて撃ったところで跳弾させる遮蔽物はおろか、当てる的すらあるまい!」

 確かに天に撃ったところで、銃弾が再びそのままの威力で落ちてくることなどありえない。  しかし次の瞬間そのありえないことがスカトを襲った。

「ぐああっ!?」

天から再び銃声が聞こえたかと思うと、銃弾はスカトの真上より少し後ろにずれたところからスカトの両足を打ち抜いたのだ。

「どういうこと、だ?」

 スカトはガクリと膝をついて両足の焼けるような痛みに悶えた。

「こういうこと」

 九条は両腕を思い切り後ろに引くしぐさをした。すると、なんと銃弾が撃たれた位置から2丁の銃が九条の手に収まったのだ。

銃が勝手に九条の手に収まる。その現象をスカトはあっけにとられながら見ていたが、すぐにその正体を見つけた。九条の手と銃の間につけられた黒い線のようなそれは。

「ワイヤー、だと!?」

「ご名答。ワイヤーを使った戦術は一番隊の十八番だぜ。その手の武器の専門家が隊の中に一人いるもんでね」

「まさか貴様、ワイヤー付きの銃をあの爆発に紛れて俺の上に投げていたのか」

「ああ。そして後はさっきみたいに、お前の頭上辺りにあった俺が投げた銃めがけて銃弾を撃つだけだ。“打った弾丸が投げた銃の引き金を引くように狙いを定めて”な」

「バカな! 人の身で行えることではない! 本当にそんなことをやってのけたというのか!?」

「なぁに、人の身だけで行ったわけじゃない。俺がXブレットの能力の中でも重宝しているのはな、『標的を拡大してみることができる、標的の動きと速さがわかる。そしてどのタイミングでどの位置に来るかがわかる』。この三点よ」

「ぐっ、なんだ? めまいが……」

「言っただろう? 俺は銃も弾もたくさん使うって。睡眠薬や麻痺薬を塗った弾ぐらい使うさ」

「水無月様、申し訳……」

 最後まで言い終える前にスカトの意識は途絶えた。

「やれやれ。Xブレットによって表示されている情報の中でも勝手に表示してくれる情報は限られている。『動きや速さの計算と数値』はあくまで俺の頭の中にある情報や計算力から引き出したもの。元をたどれば俺の頭で計算されたであろうことを、サングラスに表示しているだけだ。そのためにも自分自身の計算力を衰えさせないようにするのはそれはそれで大変なんだぜ?」

 九条は銃に新たな弾丸を入れると、サングラスについた砂やほこりを白い布できれいに拭き、屋上の上からグラウンドに倒れ伏せるスカトを見下ろした。

「まああとは事が全部片付いた後に上が身柄を引き取ってくれるか」

       *

 九条とスカトが戦いを始めたころ、ちょうど同じグラウンド内の離れたところで鈴達も戦いを始めていた。

「九条と戦うことになったスカトとかいう男は不幸でござるな。あのおとこのIQと射撃の腕は人並みではない上にその使い方もえげつないものが多い。こちらが終わるころには余裕顔でサングラス越しに見降ろされていよう」

 鈴の言葉に対してサダルメリクは慌てるわけでも心配するわけでもなく、ただ退屈そうに聞いていた。

「ほう。では俺も不幸だったってわけだ。そんな強そうな相手じゃなく、こんな忍者のコスプレしたようなガキの相手することになるなんてな」

 そういうとサダルメリクは構えていた剣を地面に突き刺した。

「武器を使うまでもないということでござるか? ずいぶんと見くびられているでござるね」

「良いからかかってこいよ」

「お言葉に甘えて先手はもらうでござるよ!」

 鈴はクナイと小刀を両手にそれぞれ構え、サダルメリクに向かって走り出した。

「やっぱりガキだな」

 サダルメリクはにやりと笑うと突き刺した剣を足の爪先でこつんと蹴った。

「剣地一体。派手に揺れろ!」

 すると、

「なっ」

 急に地面が揺れて、鈴は体勢を崩してしまった。

 すかさずサダルメリクは鈴に向かって走りこんできて回し蹴りをした。

「ぐあぁ」

「はっ。もうおしまいかよっ! 確かにこれは不幸……なにっ!?」

「どうした? 何をそんなに驚いているでござるか」

 思いっきり胴を蹴られたはずの鈴は陽炎のように揺れて消えてしまった。

「てめぇ! どこに行きやがった」

「ここでござるよ。こ・こ」

 サダルメリクは思わず声がした方。

 すなわち自分の後ろを振り返った。

「くそっ。なんだそれは! 聞いてねえぞ」

「言ってないでござるからな」

 そこには、サダルメリクの影から出てくる鈴の姿があった。

「影のスフィアの持ち主が影分身を使ったり影から出たりするのは何も不思議なことじゃないでござろう?」

「影のスフィア? くそっ、まためんどくさそうな力だぜ」

「そういうお主こそ、先のは小型の地震といったところでござるな。地のスフィアでござるか? しかし範囲はそれほど大きくない。これなら周りの仲間や建物の心配もせずに済みそうでござる」

 鈴は安心して意識をスフィアに集中させた。すると鈴のマフラー型のスフィア、影法師がたなびくにつれ徐々に影が集まり始め、サダルメリクが再び構えなおすころには鈴を中心に黒い円ができていた。

「忍法、『黒月ノ陣(こくげつのじん)』」

「させるか!」

「いや、済まないがもう遅いでござるよ」

 円形の影は複数に分裂してそれぞれの円から鈴が一人ずつ出てきた。

「ちっ。また影分身かよ!」

「今度はただの影分身ではないでござるよ」

 影から出てきた鈴たちは小刀を口にくわえ、サダルメリクに向かって再び走り始めた。

「くそがっ、ならこれで影ごと消してやるよ!」

 サダルメリクは先ほどとは違い突き刺した剣の上から思いっきりかかと落としをした。

 するとサダルメリクの周りの地面から、次々と岩が出てきて影の鈴たちはあっという間に消えた。

「はっ! 残ったのは一人、お前が本体か。とっとと潰れちまいなあ!」

 サダルメリクは残った一人の鈴の足元から岩を出そうと足を振り上げた。

「言ったはずでござるよ? ただの影分身ではないと」

 その瞬間鈴は手に持ったクナイの一本を思いっきり引っ張った。

「なに!?」

 さっき鈴の分身を消したはずの場所にはそれぞれクナイが刺さっており、そこには目に見えないほど細い糸が結ばれていた。

 そして鈴が同じ糸でつながったクナイを思いっきり引っ張ったことにより、サダルメリクは糸で手足をつなぎとめられ動きが封じられてしまった。

「さっきの拙者たちは確かに影分身。しかしそれらに持たせた一本ずつのクナイは全部本物でござるよ。おかげで影たちが労せず狙い通りのところにそれぞれのクナイをさしてくれたでござるな」

「くそがあ……」

「しかし言葉遣いのなっていない男でござる。あのバカ一でも礼儀を重んじるというのに。少し仕置きが必要でござるな」

 この時サダルメリクは内心ほくそえんでいた。

 鈴は自分の力をまだ見極めきっていない。

 ならば隙をついて奇襲をかければここからの逆転も可能なのだ。

「それでは……お命頂戴!」

「ばかめ!」

 鈴が新たに取り出したクナイを投げようとしたまさにその瞬間、サダルメリクは右手に隠し持っていた小石を唯一動かせる指先のみでコインをはじくようにして、突き刺してある剣に向けて当てた。

 それによって、先ほどよりは小さい振動ではあったが不意を突かれた鈴は再び体勢を崩した。

「くっ、小石を当てて振動を起こしたのか?」

「はっはぁ! 縛りが緩んだぜぇ? くそ忍者ぁ!」

 一瞬とはいえ手足が自由になった瞬間に、サダルメリクは今度は思いっきり足を振って剣に向かって砂をかけた。

「ごほっごほっ。これは!?」

 剣に砂がかかった瞬間辺りを砂嵐が襲い、鈴は視界を奪われてしまった。

「このままではいずれまた体制を崩されて剣で止めを刺されるでござるな。ならば……やるしかない!」

 鈴はしばらく影法師に意識を集中させた後、再び自分の分身を呼び出しその分身の力を借りて高く跳んだ。

「考えたなぁ。確かにそれならこの砂嵐の範囲からは出れるかもしれない。だがそこからどうするつもりだぁ?」

「こうするつもりでござるよ!」

 鈴は持っていた小刀を思いっきり振りかぶった。

「遠くから攻撃するつもりか? だがこの砂嵐の中俺のいる場所がわかるかよ! 声がしたところを狙っても岩を出して防げるんだぜ?」

「狙うのはそちらではなくこれでござるよ」

 鈴は小刀を勢いよく地面に向かって投げ、再び砂嵐の中に降り立った。

 そして、しばらくたって砂嵐が晴れた時、そこにはサダルメリクが立っていた。

「……なんでだ?」

「何がでござるか?」

「なんであの状況から俺の影に刀を刺せた!? がはっ」

 サダルメリクはその場にバタンと倒れた。

 その背中には、先ほど鈴が投げた小刀が刺さっていた。

「ぐっ。俺の影に小刀を投げられる可能性は俺も考えた。だからこそあの砂煙で影ごと身を隠したってのに……」

「簡単でござるよ。あの砂嵐が起こる前、拙者がお主の影から現れた時からすでにお主の影に拙者の操る影をくっつけておいたでござる。その分お主の影は見た目は普通でもその中には見た目以上にたくさんの影が含まれていたでござる」

「くそ……、一番最初の影分身を出した時か」

「あとはその拙者の分の影を影法師の力で砂嵐の外まで延ばして、そこにめがけて刀を投げつければ影の中をとおった刀はお主の背中に突き刺さるでござる」

「こんなガキに……」

「無理せぬほうがいいでござる。忍びの殺法で経穴を刺したのでござるからな。しばらくは体に力が入らないでござるよ」

「はっ、ははっ……。こりゃ確かに不幸だ。俺が相手していたのは忍者のコスプレどころか本物の忍者を超えるガキだったっ、てわけか」

 サダルメリクはそういうと倒れたまま目を閉じて、抵抗することをあきらめた。

「まったく。拙者を誰だと思っている。一番隊隊長、死神の宵人の秘書でござ」

「へ~。一番隊隊長って死神なんだ~。へ~」

 聞き覚えのある声と共に鈴の肩にポンと手が置かれた。

「あ、いやえっと~。死神みたいに強い相手だったな~って……」

「そっかそっか~。じゃあとりあえず宵人隊長さんは死神じゃないんだね~。ね、鈴ちゃん?」

 鈴はゆっくりと後ろへ振り向いて声の主を見ると、苦笑いしながら一言つぶやいた。

「し、死神……」

       *

 プール場から外に出た風和とサダルスウドの二人。

 こちらも他二組とほぼ同じタイミングで戦いを始めた。

「貴様ごときにかまっている暇はない。そこをどけ化け猫」

「ひどいにゃ。風和化け猫なんかじゃないにゃ。れっきとした美猫少女にゃん」

 風和はアイドルのようにくるりとまわってウィンクをした。

「話すだけ無駄なようだな。ならば押しとおる!」

 サダルスウドは弓を構えると矢を弦につがえた。

「にゃんと! 水が矢の周りに」

 サダルスウドが矢をつがえると、矢の周りに水が渦巻き始めた。

「貫け!」

 そしてサダルスウドが矢を放つと、矢は水をまといながら風和に向かってきた。

 水をまとった矢が向かってくるのに対し風和は再び筆とスケッチブックを取り出した。

「そんなのこれ一枚で十分にゃ」

 そういうと風和は10円玉をはじき、そしてそれと同じ色をスケッチブックの新しいページに大量に描いた。

 そしてそれは再び現実のものとなり、水弓の前に厚く大きな盾となった10円玉が立ちはだかった。

「くっ。大きい。だが所詮は絵で描いたまがい物!」

「それはどうかにゃあ」

 サダルスウドが放った水弓が勢いを失ったころには盾はしっかりと水弓を防ぎ、その役目を果たし終えていたのだった。

「ならばこれはどうだ? 大蛇(オロチ)!」

「うにゃっ!」

 再びサダルスウドが放った矢は、水と共に大蛇の形をとり、10円玉の盾の影から蛇のごとく滑り込み風和の体を強く締め付けた。そして大蛇は風和に思いっきりかみつこうとしていたが、風和には何となく想像がついていた。ここで大蛇にかみつかれたら恐らく自分の体は矢に貫かれるであろうと。

「こんなのに巻きつかれた程度で死んでたまるかにゃん!」

 風和は人型から小さな猫の姿に戻って、蛇の締め付けが緩んだ隙にそこからぴょんと跳ねて逃げ出した。

「ふん。なかなかしぶとい。ならばこれはどうだ? 土竜(モグラ)!」

 次にサダルスウドは、矢を地面に向けて2、3発撃った。

 そしてその地面にはなった水弓はモグラのごとく地面を通って、地中から風和目がけて襲いかかろうとした。

「うにゃあ! それならこうにゃ。全部土の中に閉じ込めさせてもらうにゃ!」

 風和は再び人型に戻ると、弓矢をよけながら新たに絵を描いた。すると、

「矢が地面から出てこない……? まさかアスファルトを厚くしたのか!」

 地面から飛び出ようとした矢は、すべて風和のレインボーによって厚くなった道路の表面によってとらえられていた。

「ならば上からだ! 鳶(トンビ)!」

 今度は矢の周りの水は鳥のような形をとり、矢とともに高く上空へ飛ばされた。

 そして一気に風和めがけて急降下してきた。

「それなら今度は焼き鳥にゃ!」

 風和はサダルスウドが放った矢に対してポケットからマッチ箱を取り出し一本のマッチを擦り火をつけた。

 そして今度はスケッチブックの新しいページを真っ赤に塗りたくった。

 そしてそれにより大きく激しく燃え始めたマッチの炎は鳥の形をとっていた水をすべて蒸発させ、残りの矢も燃えカスにしてしまったしまった。

「私の矢が……! くそ、ならば私の持ちうる矢をすべて放つ!」

「残念ながら今日の風和のアートショーはおしまいにゃん!」

 そう言うと風和は、もうやることはすべて終わったと言わんばかりにスケッチブックを閉じ筆をポケットにしまいこんだ。

 そして風和が描いた炎は水弓が放たれた際地面の上にできていたいくつかの水たまりに燃え移り、その場は一気に燃え盛る炎に包まれた。

「水に炎が!?」

「実は水たまりのなかに水じゃないものを混ぜてみちゃったり」

 風和はいつの間にか取り出していたスポイトから、妙なにおいのする液体を出して見せた。

「この匂い……酒か!」

「隙を見て量を増やして足元の水に混ぜさせてもらっておいたにゃん。そしてお酒がつくる炎の道はあなたのもとまで続いているにゃん」

「甘い! 炎は水で消せる!」

 サダルスウドはそう言って水弓を構えて炎に向かって射ようとした。

 しかし炎はサダルスウドの足元に届く前に、一つの水たまりにふれた。

 その瞬間。

「もう消せないにゃん。だってその水は……」

 あたりを爆音がつつんだ。

「その水は危ない危ない水だからにゃん」

 サダルスウドが矢を打つたびに『それ』は風和の手によって少しずつその場に満たされていってた。

「サーモバリック爆弾。殺傷性がもともと低い気化爆弾だし、私が色を薄めて殺傷威力も低くしたにゃ。あ、でも無色のままだと困るから麻痺薬を着色料として含まさせてもらったにゃ」

 風和は戦っている最中に一枚一枚色を描くたびに、そのついでに相手の足元に

 もう一つ持っていた茶色い液体が入ったスポイトの中身を増量させていったのだ。

「か、体が……」

「威力は少ないけどそれ浴びたらしばらく立ち上がれないにゃん。あらかじめ用意しておいてそれを使う。本当は藍にゃんの十八番だけどにゃ。悪く思わないでにゃ」

 サダルスウドは爆風で吹き飛ばされた後、爆発の威力のせいではなく風和のもってきた薬品のせいで体がしびれて動けないまま横たわっていた。

「猫に……化かされたわけか……。くそ」

 サダルスウドは体の痺れと共にだんだん気が遠くなり、最後に弓矢を大事そうに握りこむと、そのまま気を失ってしまった。

「さて、あっちはどうにゃったかにゃ?」

 風和はサダルスウドを離れた場所に移した後、道路からプール場を見上げた。


 ⑨ 終曲の雨と天照らす風


 水無月は、他の三人が隔離された後も慌てることなく静夜から目を離さなかった。

「鮫咬(シャークバイト)」

 水無月は再びプールの水を操り、鮫(サメ)の姿になった水を静夜に向けて放った。

「旋風刃(センプウジン)」

 それに対し静夜は手甲から出した刃の周りに激しい風を巻きつかせ、その風を巻きつかした刃で襲いくる水鮫たちを次々に薙ぎ払った。

 はたから見れば状況的にも相性的にも静夜が有利に見えるだろう。

 しかし静夜はこのプール場に来た時からずっと何かが心の隅に引っかかっており、戦いに集中できてるとは言い難かった。

「なんでしょう……。この焦燥感は。私は何かとんでもないことを見落としている。しかしそれがなんなのか分からない。早く、早く気づかなければ! しかしいったい何に……」

「戦い中によそ見とは余裕ねぇ。そんなにこの戦いが早く終わってほしいならお望みどおり今すぐ終わらしてあげるわ。泡気連弾(バブルブラスト)!」

 水無月は大量の泡を静夜に向けて放った。

「ぐっ!」

 泡の一つがはじけると、ものすごい衝撃が辺りを襲った。

「空気圧を大量に閉じ込めた泡の爆弾といったところですか」

「ご名答。あなたが風で起こした砂嵐程度なら一瞬で晴らすぐらいの威力はあるわよ」

 ここでふと静夜は今の会話中に出てきた単語の一つが気になった。

 『晴らす』。

 そういえば昼を過ぎても曇天が続いているが、今朝聞いた天気予報では……。

「っ! まさか!」

 ここで静夜はその不吉な矛盾に気づき空を見上げた。

「まさかそういうこと?! どうする、あの技を試してみる? でもあれをこんなところでやったら周りにも被害が」

「あらあら。急に顔色が変わったけど、何か嫌なものでも見ちゃったのかしら? ふっふふ」

「あなたは正気ですか!? もし『それ』をやったら罪もない人々を巻き添えにしかねないんですよ!」

 静夜は激しく取り乱し水無月に向かって怒鳴った。

「罪もない? 馬鹿言わないでちょうだい。私たち月の人間と比べて地球の人間のなんて欲深いこと。彼らに裁かれる罪があるとしたらその強欲こそが罪状よ。どうせあなたには止められないんだから地球の人間と一緒に裁かれてしまいなさ」

「もし欲を持つことが罪なんだとしたら俺は罪人でいいぜ」

「!?」

 水無月の言葉を遮って聞こえてきたのは懐かしい声だった。

 懐かしいといっても最後に言葉を交わしてから一日もたっていないはずなのに、静夜には彼を待っていた時間がとても長く感じた。

       *

「宵人先輩!」

 プール場のすぐ外には、宵人がいつでも抜刀できるように準備しながら立っていた。

「人間ってのは何かがしたい、何かがほしいって思うからこそ動こうと思えるんだ。確かに良い欲求ばかりじゃないかもしれないけど、今俺が持つ『みんなを守りたい』っていう欲は俺にとって絶対必要な欲なんだよ」

「あなたが宵人……。蠱毒を破り二つのカギを自分の体に収めた男……。うっふふ、会いたかったわ」

 水無月は宵人のことを蠱毒から聞いていたのか、静夜のときより警戒心と殺気を高めて宵人のことを睨んだ。

「そうかい。そりゃ嬉しいや。けど、今回お前の相手をするのは俺じゃなくてそこにいる俺の後輩だと思うぜ?」

 宵人は静夜を指差して不敵に笑った。

「なんですって……?」

「静夜! 周りの心配はするな。住民たちはとっくに全員避難済みだし、結界のスフィアも持ってきてるから大事なものが壊れても修復できる。それに道の準備は俺がしといてやる」

「ありがとうございます、先輩。でも準備をするって言ってもこの規模ではさすがに……」

 静夜には宵人が何をしてくれようとしているのかが分かった。

 わかるからこそそれをできるとは思えなかった。

 しかし宵人は静夜の瞳をまっすぐ見つめると。

「心配するな。俺を信じろ」

 そう言ってやさしく微笑んだ。

 その顔を見て静夜もようやく決心がついた。

「・・・・・・分かりました!」

「何をするつもりか知らないけどいまさら無駄よ。あなた達ももう気づいてるんでしょう? 今この空に広がる雨雲は全てあたしのもの!」

「やはりそうでしたか。今日の朝、天気占いでは確かに昼ごろから晴れるといっていた。しかし今になっても桜都の天気が晴れる様子はない。それどころかどんどんと暗雲が立ち込めている。しかし雲に含まれた水分を誰かが操っていると考えれば全部納得がいく。例えばあなたみたいな人が、です」

「私の隠された最後の奥の手、『サダクビア』を見つけたことはほめてあげる。だけどあなたにこの雲を飛ばすほどの風を集めることができて? ただでさえ遮蔽物が多い上にビルの隙間風も並ではない。そんな中あなた程度のひよっこが風を一箇所に集めることに集中できるわけがっ」

「『飛耀月華(ひようげっか)』」

「え?」

 静夜と水無月はその光景に目を疑った。

「なん、ですって……」

「これが先輩の力、ですか。すごいです……」

 一瞬のことだった。

 鞘に剣を収める音が聞こえたときすでに宵人は目的のもの、周囲のビルや建物を切っていた。

 そしてこれによって、ビル風や隙間風などのせいで不規則だったプール場の風はシンプルな流れになった。

「さあ、これでこちらも思いっきりやれます。覚悟してください?」

 そういうと静夜は、自分の周囲に風を集めながら両腕の刃と共に、自らの体をコマのように回し始めた。

「廻れ……廻れ廻れ廻れ」

 その回転はかなりゆっくりで、静夜の周りに集まる風もそよ風程度であった。

「今まではハンデがあったから雲を吹き飛ばせなかったって? 例えそうだとしても今から水弾の雨を降らしてしまえばもう間に合わないさ! 終わりだ、『終曲の雨(レインオブフィナーレ)』!」

 水無月が手を振り上げると、桜都中にぽつぽつと雨が降り始めた。

 それは水無月の地球人に対する憎しみがこもった死の雨。

 一粒一粒が町を穿(うが)ち、壊していく。

 まるで悪夢のような光景……になるかと思われたが、そうはならなかった。

「廻れ廻れ廻れ廻れ廻れ廻れーー!」

 最初はゆっくりだった静夜の回転は、徐々にその速度を上げより多くの風を集めていき、ついには竜巻と見間違えるほどになっていた。

 そしてその風は水無月の降らせた雨を、一粒残らず弾き、吹き飛ばし、霧散させた。

「そんな……。あたしの水が、全て弾かれている?」

「やっちまえ、静夜。月はな、太陽がいてくれなきゃ輝けないんだ」

 宵人は静夜のその様子を満足そうに眺めていた。

「う、嘘。ありえない! 私の水が……、今までスフィアの存在すら知らなかったような小娘の起こした風なんかに負けるというの?」

「雲ごと吹き飛べーーー!」

 そしてついに、その風は大きく広がって空へ立ち上っていき、桜都を包む暗雲をまとめて吹き飛ばしたのであった。

 水無月はがくりとひざをつき、もはや心ここにあらずといった様子であった。

「終わりです」

 静夜は水無月の顎に蹴りを入れると、彼女を昏倒させた。

「私達の……勝ちです!」

 静夜は小さくガッツポーズをすると、糸が切れたようにその場に座り込んだ。


 【10】 虹とかぐやと彦星と


 「いやー。勝った勝った」

 戦いが終わった後一番隊の面々達は水無月達を市見隊の本部に預け、結界のスフィアで被害が出てしまった建物等を全て直した。

 といってもどの隊員も市にはなるべく被害が出ないように気をつけていた。

 それに静夜の竜巻も町をほとんど壊すことなく、水無月の雲めがけて上に向かって昇っていったので、実際出た被害といえば宵人が飛耀月華で切り崩したビル郡ぐらいであった。

 そして今は、その宵人が市内を全て元通りにした後「今日は鍋の材料でも買って打ち上げしよう」と言ったので、戦いを終えた5人で近くのスーパーに買い物に来ているところである。

「でも、ま。何事もなくて良かったよ。みんなお疲れさん」

「でもやっぱり隊長は死神だったよ。うぅ……」

 うれしそうに伸びをする宵人とは対照的に、鈴は半泣きでおびえている。

「鈴さんは何かあったんですか? 先輩」

 静夜は首をひねって不思議そうに尋ねた。

「さーて。どうしたんだろうねー。あははは~」

「お前のことだから、どうせまた鈴に死神とか言われてるの聞いてお仕置きと言うなの地獄でも見せたんじゃねーの?」

 九条は鍋の材料を選びながら呆れ顔で言った。

「まっさか~。そんなことするわけないじゃん、“死神”じゃあるまいし。ね? 鈴ちゃん」

「は、はい! もちろん。その通りでございます!」

「でも、あのビル郡をあんな速さの居合いで一気に切ってしまったときは、本当に死神のようだと思いました」

「あー、あれか。まああれは月の照らしている範囲内ならどこでもできる技だから。とはいえビルだったから良かったものの、相手が剣筋を見切れるようなやつだったり特殊な力を持ってたやつだったら、切るどころか居合いの隙を見て反撃されかねないけどな」

「ねえねえ。鍋の出汁これが良い!」

 宵人が自分の見せた技について解説していると、風和が鰹節を口にくわえて宵人の胸に飛び込んできた。

「鰹出汁か。良いと思うぞ。みんなは良いか?」

 宵人が念のためにほかの仲間にも確認すると

「ああ」

「はい」

「いいね!}

 後の3人も頷いて了承した。

「それにしても風和の猫語は良く分からんな。ずっと語尾やあ行の発音を『にゃあ』で通すかと思いきや、いきなり普通の口調に戻ったりするんだから」

「風和はみんなが楽しくなるならにゃんでも良いにゃ。でももし宵人が普通の女の子としていてほしいならそうするよ?」

「それこそお前の好きなようにしてくれるのが俺とっては一番だよ」

 宵人は妹である藍の好きな豚肉をかごに入れながら、風和の頭を手のひらでぽんぽんと軽くたたいた。

「それにしても、風和ちゃんは猫耳も尻尾も隠さないままですけど良いんですか?」

 静夜はスーパー内のおいしそうな食材を片っ端からあさっている風和を見て、ほかの人たちが驚かないかと心配になり尋ねた。

「ああ、大丈夫だよ。エナジースフィアのことは桜都の人間ならほとんど知っているから、風和みたいな生き物がいても驚く人は少ないよ」

 宵人は優しく微笑みながら、再び食材を持ってきた風和の頭をなでた。

「よし。そいじゃあそろそろ店を出るか。いつまでも入り浸っても店に迷惑だし、屋敷に残したやつらも待ってるだろうしな」

「そうですね。師匠も戻って来ているらしいですし」

 静夜も宵人に賛同し、そろそろ店を出て家に帰ることにした。

 宵人たちは会計を済ますと、袋の中の買ったものを確認して、店から外に出た。

「うわあ……」

「こりゃ良い景色だ」

 外に出ると、鈴と九条が空を見上げて感嘆の声を漏らした。

「これがお前が勝ち取った景色なんだぞ、静夜」

 宵人ははしゃぎ疲れて眠ってしまった風和をおぶりながら、まだ店の中にいた静夜の背中を押してその景色を見せた。

「この景色を私が……」

 時刻は夕暮れ。そこには夕日に照らされて、空いっぱいに広がるリング状の虹があった。

「静夜。俺はさ、この桜都が大好きだ。確かに変なやつらがいて変な事が起こるし宇宙の果てにあるような満天の星空なんてのは見せてやることはできないかもしれない。それでもな、かぐや姫」

「かぐや姫……?」

 静夜は宵人が言ったかぐや姫というのが、自分だと理解するのに少し時間がかかった。

「織姫と彦星みたいにお前の近くにいることはできなくても俺は星河 宵人としてお前を支えてやることはできると思う。別に会える日が限られてるようなロマンチックな関係じゃないけど、この虹の景色を今日お前に見せられて良かったよ」

 静夜は夕焼けのまぶしい逆光で、頬がいつもより赤く染まった宵人の顔を見て思った。

 ああ、やっぱり私はこの星が。

 いや、この世界が好きだ。

 と。

      *

 帰り道、静夜は今だからこそ伝えておきたいことを伝えようと思った。

「宵人先輩」

「ん?」

「今確信しました。私は織姫ではなくかぐや姫ですが、私にとっての彦星はあなたです。例えどんな逆境があったとしても、一年に一回でもあなたの顔が見れたなら私はそれだけでどこまでもがんばれる」

「そうか」

「そうか。って、隊長! 今の軽く告白じゃないですか! そんなにあっさり受け流して良いんですか?」

 鈴はあわてて宵人に今の会話の重要性について指摘した。

「良いよ。だって俺は誰に好きになられてどういう風に手を差し伸べられようとも決してその手をとらないからな」

「え?」

 静夜はそれを聞いて、自分は宵人に仲間として認めてもらえなかったのかと心配になった。

「先輩、それって」

「あー、気にするな。別にお前が嫌いだからお前から告白されたとしても断るとかそういうわけじゃないんだ。ただな、最近会ったやつ風にいうとこれは罪なんだよ、俺の。だから少なくともその罪を償うまでは俺にはそういった幸せは許されないんだ」

「先輩の……罪」

「……」

 罪という一言が出ると、その場は沈黙に包まれた。

 鈴と同じく横で聞いていた風和は悲しそうな顔をし、九条はあえて何も聞かなかったふりをした。

「安心しろ。藍と同じで俺もお前が頼れるほどに成長したらこのことについてちゃんと話してやる」

「……分かりました。約束ですよ」

「ああ。約束だ」

     *

「おかえり」

 家についた静夜は、出迎えてくれた藍に対して第一声にこう言い放った。

「師匠。私を……もっと強くしてください!」

「ふむ。帰りに何かあったか」

 静夜の思いを察した藍は、キセルを口に加えながら静夜の話を聞いた。

「私は私を救ってくれた人たちの力になりたい……。でも今の私じゃ救うどころかその人達が何に対して悩みを持っているのか教えてもらうことすらできない。だから、もっと強くなって頼ってもらえるだけの存在になりたいんです!」

「良いだろう。だが覚悟しろ? 使えるものは全て使ってお前を鍛え上げる。その道中に値を上げてももう聞き入れてやらんからな」

「望むところです! では今からでも」

「まあ待て、今日はみんな疲れているだろう。それにせっかくの鍋だ。お前のおかげで勝ち取った勝利なのにお前が打ち上げに出なくてどうする。宵兄(にい)もそう思うだろ?」

「藍。頼むから気まぐれで宵兄って呼ぶの止めてくれ。 でもまあ、確かにその通りだな」

 焦る静夜をたしなめ宵人にも同意を求める藍に対して、宵人も呼び方を注意しつつ同意した。

「しかし……」

 焦燥する静夜の頭に、今度は宵人がポンと手を置いた。

「特訓は明日からでも十分間に合うだろ。その誰かたちのためにも今日はゆっくり休んだほうが良いと思うぜ」

「先輩……。分かりました、そうしましょう。ですが覚悟しておいてくださいね? すぐにそこまで追いつきますから」

「おう。待ってるぜ」

 その夜。宵人の家を楽しそうな声とおいしそうなにおいが包み込んだ。


 おまけ


 「そういえばさぁ」

「はい?」

 静夜が鍋をつついていると、唐突に鈴が話しかけてきた。

「静夜が最後に使った技。あの竜巻。あれってなんていう名前なの?」

「いえ。特には名前はありませんが……」

「えー! もったいないよ、あんなにかっこいい技なのに。なんか名前付けよう」

「じゃあ、竜巻で良いでしょうか?」

「そのまんますぎるだろ」

 静夜のあまりにも安易なネーミングに宵人は思わず突っ込んだ。

「じゃあバーニングファイヤーとかどう?」

「技の中に炎の要素0でしょうが! ってかあんた直接見てないでしょ!」

 今度は一のわけが分からないネーミングと今回の戦いに参加していないと言う点に対して鈴が突っ込んだ。

「なら竜巻旋ぷ」

「ストーップ!」

 さらに九条が名前を付けようとしたが、鈴と宵人が揃って阻止した。

「せめて最後まで言わせろよ……」

「わりい。でもなんかその言葉は最後まで言わしてはいけない気がする」

「同じく」

 呆れた顔でここまでのやり取りを見ていた藍は

「もう何でも良いから適当にそれっぽい名前をつけたらどうだ?」

「じゃあ……」

「はい、それで決まり!」

「まだ言ってにゃいにゃ」

 風和が発言しようとした瞬間に、宵人が名付け大会の幕を無理やり切ってしまった。

「いいんだよ別に。こういうのは続けてたらきりなくなるから。適当にそれっぽい名前付けて終わらせればいいの。だから隊長権限で風和が言おうとしていた名前に決定。変更はもう認めない! というわけで風和。静夜の必殺技のお名前は?」

「いや……鰹節おいしいねって言おうとしただけにゃんだけど」

「……」

 長い沈黙がその場を包んだ。

「は、はーい。では静夜さんの必殺技の名前は『鰹節おいしいね』でけってーい。ぱちぱちぱち~……だめ?」

 宵人は冷や汗を流しながら静夜から目をそらした。

「風和ちゃん」

「にゃに? 静にゃん」

「先輩の絵を描いてほしいんですけど。リクエストお願いしても良いですか?」

「もちろん良いにゃ。どんなの描いてほしいにゃ?」

「まずは、まあ命は助けてあげましょう」

「だあー! 待って待って待って。ごめんってば! 許して!」

 静夜のリクエストどおりに筆を進める風和と、それを必死に阻止しようとする宵人を見ながら藍はポツリつぶやいた。

「お、良いのを思いついたぞ」

「どんなの?」

 九条はサングラスを磨きながら聞いた。

「『急がば回れ』」

「うまい。鈴さん、豚肉一枚」

「はーい」

 九条に言われ鈴は、藍の好物の豚肉を宵人の皿から1枚取り、藍のお皿にそっと移しながら、こう思ったのだった。「まさに今の隊長のためにあるような言葉だ」と。











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カグヤと彦星の異常な日常 @IZUMAX

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