第16話 不穏
政宗は居城を米沢城から会津の
だが、そんな政宗のもとに一つの書状が届く。
新しい部屋で政宗たちが輪になって会議を行った。参加者は政宗、小十郎、成実、綱元、照姫、月姫の六人である。
政宗の厳しい目つきに照姫が心配そうに尋ねた。
「お兄様、書状は誰からですの?」
政宗はチラリと書状から視線を外して照姫の方を見た。その流れで小十郎、成実、綱元、月姫の顔もじっくりと眺める。
「関白・豊臣秀吉」
やはり、という想いが一同にあった。蘆名討伐から秀吉の心境は変わってきている。
蘆名義広は秀吉に恭順を誓っていた。いわば秀吉の家来になると宣言していたのである。
しかし政宗はその蘆名家を滅ぼしてしまった。秀吉からしたら自分に弓矢を向けたと思っても仕方がない。
さらには奥羽に惣無事令を関白の権限で出している。それさえも無視したとあっては朝廷の臣としての威光もあったものではない。
「して、内容は」
小十郎が先を促すように訊く。小十郎にもこの書状が伊達家の存亡に関わる大事な書状だとわかっているようだ。
「このたび北条討伐が決まった。そこでそれがしにもその討伐に参陣せよ、ということだ」
月姫がキョトンとする。それの何がいけないのだ、といった顔つきだ。
「それだけですの? それならば形だけでも行けばよろしいのでは?」
「行けば秀吉の家来として屈服したことになる。それがしがそう思わなくとも、周りがそう扱うのだ。それに北条とは同盟を結んでおる。約を違えるのは武士にあるまじきことだ」
月姫は黒脛巾組の棟梁になってから戦術や戦略といったところはわかってきていた。しかし政略となるとまだまだ幼い小娘といった印象を抜け出せない。
「ではそんな書状無視すればよかろう。秀吉が攻めてきたらこの成実が伊達家の意地を見せてやるわ」
成実は、ふん、と胸を張って自分の意見を主張した。よほどこの意見に自信があったのだろう。
「月、秀吉が小田原攻めに集めた人数はどれほどだ」
「はい、ええと……」
月はいくつかの書類をペラペラとめくる。本来なら忍びという性質上、書面で情報を管理するのはよろしくない。情報は全て頭の中に記憶しておかなければならないのだ。
しかし、月姫はまだ忍びの棟梁となって日が浅いということもあって、書面での情報管理を許されている。
「現時点でわかっている人数は約二十万」
「二十万!? 二万の間違いではないのか」
成実が目を大きく見開いて月姫を睨む。月姫は何度も書類を見返した。しかしそこに書いてある数字は変わることはない。
「ええと……いえ、二十万です。参加する大名は徳川家康、織田信雄、蒲生氏郷、真田昌幸、前田利家、上杉景勝、それから……」
成実だけでなく綱元や照姫も顔が青くなる。それらの大名を従えるほど秀吉という男の器量は大きいということか。
「月、もうよい。それよりも、東北の大名ですでに秀吉に屈服している奴らは誰だ」
「はい。相馬義胤、さらには佐竹義重、義宣親子」
「相馬に佐竹か」
政宗にとっては頭の痛いことだ。相馬と佐竹が秀吉の下に降っているとなると蘆名討伐は政宗にとって不都合なように報告されているだろう。
「それで、お兄様は小田原に参陣なさるのですか?」
照姫の言葉を聞いて綱元が慌てて前に出る。
「今更行っても相馬や佐竹に何を吹き込まれているかわかったものではありません。行けば首をはねられますぞ」
「では参陣を拒否して秀吉と戦いますか?」
照姫の言葉に今度は小十郎が難色を示す。
「二十万の大軍にこちらが勝てるでしょうか。奥羽の諸大名を集めても二十万に届くかどうか……」
「小十郎ともあろうものがそんな弱気でどうする。秀吉なんぞ、もとをたどればどこのものとも知れない卑賤の出ではないか。こちらは藤原から続く名家だぞ」
成実が叫ぶ。しかし成実に積極的に同意するものはこの場にはいなかった。家柄などこの乱世では関係なくなっていることは誰にでもわかっていることだったからだ。
月姫は不安そうな視線を政宗に向ける。月姫は月姫なりに今回のことを考えているようだ。
「私は、参陣したほうがよろしいかと思われます。秀吉というお方も鬼ではないはずです。こちらが誠意を持って謝れば命は助けてもらえるのでは?」
「甘い! 行けば首になることは必定だ」
「成実、お前は少し黙っていろ」
成実は小十郎にたしなめられて渋々腰を下ろした。裁定は政宗に任せられることになる。自然と皆の視線が政宗に集中する。
政宗はうつむいたまま皆の話に耳を傾けていたようだ。政宗の眼がゆっくりと開く。
「月」
「はい」
月姫がすっと政宗の前に出る。
「黒脛巾組を関東に散らばらせておけ」
「……それだけでございますか?」
「ああ、それだけだ」
政宗は立ち上がると部屋から出ようとした。それを小十郎が立ち上がり後を追うようについていく。
「藤次郎様、御裁定は?」
政宗は、すっ、と小次郎の目を見た。
「情報が少ない。保留だ」
政宗は、ピシャリ、と障子を閉めてこれ以上の追跡を拒んだ。
小十郎をはじめ、後に残された皆は呆然とするほかなかった。
☆☆☆
「おほほほ、政宗がそういったのか」
政宗の母・義姫の笑い声が部屋の中に響く。近頃の義姫にしては随分と上機嫌だ。
義姫は政宗が居城を米沢から黒川に移したときに一緒に移動してきた。そのため義姫の部屋もここ黒川にある。
「もう良い、さがれ」
義姫は先ほどの会議の内容を報告しに来た忍びをさがらせた。黒脛巾組ではない。義姫独自の忍びであろう。
「ついに好機が来たか。伊達家は、最上のものとなろうぞ。ふふふふ」
義姫の笑い声が怪しく響く。
伊達家は秀吉という存在により、内部から崩壊しようとしていた。
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