第13話 いまだ敵多し
人取り橋の合戦で反伊達連合軍を退けた政宗はその勢いのまま再び二本松城を攻めた。
しかし二本松勢は二本松城から一歩も出ず、篭城を決めた。だが、篭城とは援軍が来ることを前提としていなければ戦略上の意味を持たない。政宗はそのことを十分承知していた。
政宗は二本松城を取り囲み、食料の補給路を断った。二本松城は貧窮し、もはや餓死者が出るところまで追い詰められたのである。
政宗は小浜城にあり、照姫、月姫とともに二本松城の様子をつぶさに聞いていた。
「二本松の奴らもしぶといな。しかし、もはや食料も尽きてきたことであろう」
「しかし篭城戦というものは暇ですわね。できれば野戦で一気に勝負を決めたかったですわ」
「ははは、照は血気にはやりすぎる。篭城戦は我慢比べだ。こっちが先にきれては相手の思う壺だぞ」
「それはわかっているのですけども……」
照姫はそれでも納得できないように政宗を見つめる。照姫は伊達小次郎政道と名乗ってから特に武功もない。人取り橋の合戦で月姫が見せたような活躍を照姫自身もしてみたいというのが本音であろう。
じっと照姫が月姫を見つめる。その視線には羨望と嫉妬が入り混じった感情が含まれていた。
☆☆☆
翌日、
二本松城は伊達のものとなる。そのかわり、篭城している二本松勢を蘆名領へと逃がしてやって欲しいとのことだった。
政宗はこの仲裁を受けることにした。兵を失わないで二本松城を手に入れられるのなら二本松勢を許してもよかろう、という考えだった。
(いつまでも二本松勢を怨んでいては先には進めない。それがしの目的は奥羽平定、そして天下だ)
そして天正十四年(1586年)七月十六日、二本松城は無血開城した。国王丸は会津の蘆名へと向かっていった。事実上、畠山家は滅亡したといって良いだろう。
政宗は南奥州攻略の基点ともいえる仙道筋の全てを手に入れることになった。これにより、政宗たちは米沢に凱旋することができた。胸を張っての帰国である。
伊達家の領地は確実に広がっていた。
☆☆☆
しかし、政宗の敵は依然として多かった。
天正十五年(1587年)十月十四日、伊達家家臣である
月姫は政宗に宗信の謀反を報告すると覗き込むように顔色をうかがった。政宗の顔は怒りに燃えていたが、冷静さも忘れていないようだ。その表情は隣にいた照姫の瞳にもしっかりと映っていた。
「宗信の後ろには最上がいると思われます。ここは一度兵力を整えて万全を期したほうがよろしいのでは?」
「それでは遅い」
「しかし……」
「月、お前のいうことはもっともだ。しかし今は火急のときだ。わからぬ将来を心配するよりも、今できることをするのだ」
政宗はそういうとすぐに陣触れを出した。
政宗の命令は急なことだったのでまとまって出陣することはできなかった。しかし、あまりに急な攻撃だったので鮎貝宗信は対処することができず、最上の救援も間に合わなかった。
政宗は抜群の決断力で謀反を最小限に抑えたのである。
☆☆☆
政宗は、南は蘆名とにらみ合い、西は最上が不穏な動きを見せてきている。さらには北の大崎からは内部反乱の援助を求められてきていたのだ。
さらにこの頃、敵は周辺諸国からだけでなく、中央からもやってきたのだ。世に言う、
惣無事令とは大名同士が関白の許しもなく互いに領土を侵してはならないという、私闘を禁じた命令である。
これにより奥羽諸国は関白・豊臣秀吉の意向をうかがいながら戦わなければならなくなった。
「お兄様、関白の惣無事令、いかがしましょう」
月姫の質問に政宗はふむ、と考える素振りを見せたが答えは初めから決まっていた。
「無視だ」
「よろしいのですか?」
「伊達家は代々朝廷から奥羽の平定を任されてきた家柄だ。今更関白が何を言ってきても遅い。それがしはそれがしの法で生きる」
政宗はこの惣無事令を無視した。関白秀吉なぞ関係ないという気概を持っていたのであろう。
だが、このことが後に領土問題で伊達家に降りかかることになる。
☆☆☆
天正十六年(1588年)一月、大崎領内の紛争鎮圧という名目で軍を動かした。
陣代は
これが戦に大きく影響し、伊達軍は団結した大崎軍に打ち負かされることとなる。
さらに大崎援助を申し出た最上義光は伊達領の黒川・志田を攻略した。
南では
政宗は小十郎、成実、それに鬼庭左月の息子である
「くそっ、なぜこうもうまくいかん。これでは八方塞がりではないか」
政宗の苛立ちを感じた小十郎が口を開く。
「藤次郎様、ここはまず敵を少なくすることが肝心かと思われます。大崎、最上、蘆名に相馬。これらをいっぺんに相手をするのは無茶というものです」
「だがすでに戦は始まっておる。今更戦をやめるわけにはいかん」
「そうだ。敵がいっぺんにやってきたのならこちらもいっぺんに踏み潰せばいい」
成実はふんぞり返りながら意見を述べる。成実の頭の中には戦術というものはあっても戦略というものはないらしい。目の前の事象が全てのようだ。
その成実の言葉を聞いて綱元が口を開く。
「そうも参りますまい。我が軍の兵力は有限です。それを分散させては勝てる戦もかてませんぞ」
「それをどうにかするのが武将の力量だ」
「物には限度というものがありますぞ」
成実と綱元はつばを飛ばしながらお互いに言い合っている。これでは収拾がつかなそうだ。
そこで小十郎が政宗に提案をする。まとめ役はいつも小十郎の役目だった。
「藤次郎様、ここは一つ、和議を申し出てはいかがでしょうか」
「敵に屈せよというのか!」
「いえ、一度停戦を申し出て、状況が整いましたら再び攻めればよろしいかと」
政宗は一呼吸置いて考え込む。
「なるほど、しかし向こうがすんなり和議を受け入れるものか」
「それは……」
小十郎もそこが心配だったようだ。
大崎は元々こちらから攻め入ったようなものだ。こちらが停戦したいと言えば大崎も受け入れるだろう。
蘆名や相馬は小競り合いのようなもので放っておいても問題はないと思われる。大内定綱の動向は気になるが、これ以上戦火を広げないように注意すればよいのだ。
しかし最上はそうはいかない。しきりに伊達領に侵攻してきており、和議にも応じる気配は見せなかった。
「問題は最上か」
政宗たちはうつむきながら考え込む。伊達と最上は微妙な関係である。親戚同士でありながら反目もしている。愛憎が入り混じった関係といえよう。
その時、今まで黙っていた照姫がポンッ、と手を叩いた。
「そうだわ。お母様に頼んでみてはどうでしょう」
「母上?」
「なるほど、義姫様は確か最上義光の妹御。藤次郎様の母でもあります。うまくいけば両者の仲を取り持ってくれるかもしれませんな」
小十郎が成実や綱元の様子をうかがう。二人とも政宗の母が動くとなれば口出しはできないようだ。
「駄目だ」
しかし、政宗は憮然と言い放つ。機嫌も悪い。
「母上はそれがしを嫌っておる。それがしのために働くことはないだろう。悪くすれば最上のために働くかもしれん」
これにはその場にいる誰も反論できなかった。義姫の政宗嫌いは家中では知らぬものはいないほど有名なのだ。政宗がそう考えるのも無理がなかった。
「それでは、お母様の説得は私に任せてもらえませんか」
「照が? できるのか?」
「やってみます。お母様も私の話なら聞いてくれるはずです」
「……」
政宗はチラリと小十郎と視線を合わせる。小十郎もそれしかない、と思っているようだ。ゆっくりと首を縦に振った。
「わかった。最上との和睦の件。照に任せてみよう」
「ありがとうございます!」
照姫はすぐさま母・義姫のもとに向かった。照姫と義姫の仲は悪くない。政宗にとってはそこが羨ましくもあり、憎たらしくもあった。
(母上は、それがしよりも照や月のほうが可愛いのだろう。……仕方がないことだ)
政宗は母のことを考えるのをやめた。いつかはわかってくれる日が来る。そう思ってはそんな日は来ない、と思ってしまう自分もいたのである。
政宗は薄明かりの中、天井を見上げていた。
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