女傑・伊達政宗

前田薫八

第1話 照姫と月姫

 奥州の覇者。独眼竜。戦国武将の一人、伊達政宗はそう呼ばれている。右目を失い、片目でじっと天下を睨んだその姿が後世の人々からそのような二つ名のように映ったのであろう。


 その家族構成は父に伊達輝宗てるむね、母に義姫よしひめ、弟に小次郎と一般的には言われている。


 しかし、伊達政宗の兄弟には小次郎のほかに、二人の妹がいたことはほとんど知られていない。


 この物語は、その二人の姫君に光を当てた話である。




  ☆☆☆




 天正九年(1581年)、米沢。伊達家は相馬義胤そうまよしたねとの合戦を控えていた。


 伊達家と相馬家との因縁は深い。遡れば政宗の祖父・晴宗はるむねの代からの因縁である。伊達家は今回こそ相馬家から奪われた土地を奪い返そうといきまいていた。


 その中、米沢城では15歳となった政宗と二人の妹が一つの部屋の中に居座っていた。



藤次郎とうじろうお兄様、本日が初陣ですわね」



 凛々しい目つきをした妹が発言した。こちらの妹が長女・照姫てるひめである。政宗はうむ、と仰々しく頷く。


 また、『藤次郎』とは政宗の通称である。『伊達藤次郎政宗だてとうじろうまさむね』が政宗のフルネームだ。



「お兄様ったら、緊張なさっているのですか? よろしかったら私が代わって差し上げてもよろしいですわよ」



 照姫はニコニコと笑顔を見せながら政宗に接する。これも照姫なりの労わりなのだろうが、傍から見たら照姫が政宗を挑発しているようにしか見えない。



「お、お姉さま、そんなことおっしゃっては……」



 照姫の横で優しげな目をした女性がオロオロとしている。こちらが次女・月姫つきひめである。


 月姫は恐る恐る政宗の様子を覗き見た。政宗は憮然としており、月姫には何を考えているのかわからなかった。



「く、くくく……。ははははは。そうか、それがしの代わりに照が行ってくれるか。それもいいな」



 突然、憮然としていた政宗が笑い出した。月姫はその政宗の様子にポカンとして呆けている。



「しかしそちは女子じゃ。戦に行かせるわけにはいかん」


「あら、私の見た目は女ですけど、心はそこらの男どもよりも猛々しいと思っていますわ」



 確かに照姫は他の女子よりも快活だった。いや、男と比べても見劣りしないだろう。



「そちは母上に似すぎた。母上もそちぐらいの歳には戦場に行きたがっていたであろう」


「ふふふ、容易に想像できますわね」



 政宗と照姫は二人で笑い合っている。元々この二人は馬が合うのか、性格も似ているところが多い。きっとそんな政宗の性格を知り抜いているからこそ、照姫は政宗を挑発するようなことも言ったのだろう。


 そんな政宗と照姫を月姫は恨めしそうに見ている。おとなしい月姫はおそらく父親似だ。輝宗のやさしさが月姫に遺伝している。だからこそ、政宗と息の合っている姉の照姫が羨ましいのだろう。



「お兄様、お姉さま、もう少し緊張感というものを持ったらいかがですか?」



 月姫が頬を膨らませながら政宗と照姫を睨みつける。自分だけ蚊帳の外にいるようで拗ねているのだ。



「月、そんなに拗ねるな。それがしはこれでも緊張しておる。しかし、照とのやり取りでふっと緊張が解けた。それがしが照に負けてどうする」


「それなら、よろしいのですけれども」



 月姫の機嫌はなおも斜めのままだ。照姫と政宗とのやり取りに嫉妬している、というところか。



「藤次郎様、藤次郎様」



 そこに政宗の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。政宗の傅役もりやく片倉小十郎景綱かたくらこじゅうろうかげつなの声である。


 ガラッ、と障子が開けられた。照姫と月姫はさっと部屋の隅に下がる。



「藤次郎様、ここにおられましたか。さあ、もう出陣の準備は整っております」



 小十郎が具足をつけた格好で片膝をつく。



「うむ、では行くとするか」



 政宗は腰を上げるとドシドシと廊下を進んでいった。小十郎は政宗の後ろについていく。照姫と月姫は顔を伏せながら政宗が去っていく気配をずっと感じていた。




   ☆☆☆




 政宗たちが去ったあと、照姫と月姫はじっとその場で固まっていた。



「さて、それでは私たちもそろそろ行きましょうか」



 照姫は政宗が去ったのを確認するとすっと立ち上がった。月姫にはその行動の意味が良くわからない。一体どこに行こうというのだろうか。



「お姉さま、行く……とは?」



 照姫と月姫は米沢城の姫である。ここ以外に行くところなどないはずであった。



「もちろん、戦場よ」



 照姫はニカッ、と悪戯を思いついた子供のように笑った。反対に月姫は顔が真っ青になりながら照姫を見ている。



「じょ、冗談ですわよ、ねぇ」


「冗談? 私が冗談など言うはずありませんわ」



 照姫は本気だった。しかもその計画に月姫もつき合せようとしている。まさに悪童というのにふさわしい。



「衣装はこっそり盗み出しておきましたの。陣笠に胴巻き、刀はなまくらでもかまいませんわよね」



 照姫は床下から次々と戦場道具を取り出してくる。それを見て月姫は開いた口がふさがらなかった。



「ちょ、ちょっと、お姉さま。お姉さまは戦場に行ってどうするおつもりですか?」


「え? もちろん藤次郎お兄様に混じって兜首をあげるつもりですわ。当然じゃありませんか」



 月姫は顔面蒼白になる。まさか照姫が本気で戦場に行こうとしているとは思わなかった。ここはどうにかして照姫を止めなくてはならない。月姫は決意を固めた。



「お、お姉さま!」


「ん、何? あ、これとこれが月の分ね。つけ方はわかる? わからないなら私がつけてあげるわよ」



 照姫は手際よく月姫に鎧を着せていく。普段からこのように戦場道具で遊んでいたのだろう。



「あ、いえ。そうではなく……」


「ちなみに私たちは足軽ね。しっかり顔を隠しなさいよ。女だとわかったら敵に舐められるからね」



 照姫は月姫の言うことなど聞く耳を持たない。もはや二人はどこから見ても小柄な足軽だ。



「え、あの……」


「さあ、藤次郎お兄様に続くわよ。戦場が、兜首が私たちを待っているわ」



 月姫は引きずられるように照姫についていった。結局、二人はこっそりと政宗の初陣に参加することになる。


 これが、照姫と月姫、二人の初陣でもあった。

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