第16話 それぞれの結論

 ひとつの結論が出るようだ。新山教授の娘

さんで恩田助教授の妻である恩田沙織さんは

一度亡くなって脳だけ蘇生させ身体は保存し

てあるが脳を戻しても目覚めない、という現

状を打破できない、ということだ。


「ある程度のことは理解しました。但し、最

初にお話したようにの元にたど

り着く術を持たないのです。ご期待に添えず

申し訳ありません。」


 綾野は沈痛の思いを込めてつぶやいた。


「桂田さんには別の見解があるんじゃない?」


 杉江が意外なことを言いだした。綾野にな

いなら桂田にある筈がない。


「ああ、君は少し理解しているようだね。隠

しても仕方ないようなので言おう。確かに僕

には別の見解がある。でも今ここでそれを言

うには機は熟していないと思わないかい、杉

江君。」


 桂田がもっと意外なことを言いだした。口

調も今までとは別人のようだ。


「そうかも知れません。でも、あまり時間が

ないのも事実です。あなたの思惑は思惑とし

て協力してもらう訳には行かないものでしょ

うか。昔の誼もありますし。」


 杉江、桂田以外の人には二人が何を言って

いるのか皆目見当が付かなかったが二人の間

では会話が成立している。


「どういうことか、説明してくれないかね、

杉江君。」


 業を煮やして新山教授が口を挟んだ。


「教授、いずれ説明しますから、今この場は

このまま収めていただけませんか。僕が責任

をもって善処します。申し訳ありませんが、

どうしても言えることと言えないことがある

のです。」


 杉江の顔は真剣だった。但し、新山教授や

恩田助教授にとっては事は重大過ぎる。二人

とも簡単には納得できない様子だった。


「10日、いや1週間時間をください。今日

桂田さんに会うまでは確信できなかったこと

が今は確信できました。必ず結果を出します

から僕を信じてください。教授には本当にお

世話になったので、とても感謝しています。

僕の願いは遺体の損傷が激しすぎて叶いませ

んでしたが、教授や恩田助教授の願いは僕も

本当に叶えたいと思っているのです。」


 その場にいた桂田以外の人間は誰も納得し

ていなかったが杉江に任せるしか方法がなか

った。桂田は一人、少し困ったような表情を

浮かべていた。結局、一週間で結論を出す、

その言葉を再度確認し散会したのだった。



「杉江がそんなことを。」


 岡本浩太には意外だった。比較的におとな

しい学究の徒だったはずの杉江統一が、何か

人間ではない存在だということが。周りには、

その手の話が転がっており、自らも純粋な人

間とは言い難い存在になってしまった浩太か

らしても、杉江は普通の人間にしか見えなか

った。綾野の話では、どうも自分たちとは別

の存在、何かだということらしい。そして、

それを自分でも元から認識していた、という

のだ。浩太たちのように変質した、とか、綾

野たちのように遺伝的な、とう事ではなく、

元々そういった存在だったのだ。成績が良く

て飛び級で入学しているので年下だというこ

とは知っていて、少し幼いくらいにしか思っ

ていなかった。


「それで一週間後にまた集まることになった

んですか。是非、その時には僕も連れて行っ

てくださいよ、僕だけ蚊帳の外はご免です。」


「悪かった。新山教授からは私と桂田君に来

て欲しい、と言われてたからね。次は了解を

取って君も連れて行くようにするよ。」


 綾野は荷物を纏めながらそう約束した。自

室に戻った綾野は大学を退職することになっ

たので引越しの準備をしている。


「先生、ところで、右目は結局そのままです

か?」


 綾野の右目は米国である粉がかかってしま

い、失明、というか眼球そのものが消失して

いた。普段はサングラスで誤魔化しているが

実は眼球があった場所には、何か別の空間が

存在しているのだ。そして、綾野はその消失

した眼球で普通の人間には見えないものが見

えている。左目は普通に見えるのでそのあた

りの感覚を通常生活を送るまでに慣らすのが

大変だった。特に右目は瞼を閉じても見えて

しまうからだ。


「そうだね、もう慣れたけどね。どこかにつ

ながっているようなんだが、皆目見当が付か

ないんだよ。不思議な感覚だ。まあ、怖くて

確認ができない、という感じかな。」


 普通でない状態を、普通に受け入れてしま

っている綾野だった。


「結城君にもお礼を言わないとな、心配かけ

てしまった。」


 陽日新聞の結城良彦は岡本浩太が綾野を探

すのを手伝ってくれていた。綾野とは米国で

行動を共にした仲だ。


「結城さん、今は東京本社に呼び戻されたら

しいですね。本業を疎かにしていたツケが来

た、と仰ってました。先生が東京に行かれた

ら訪ねられたらどうですか。僕も退学して東

京に戻ろうかな。」


「何言ってるんだ、君は卒業したまえ。学業

は学生の本分だよ。まあ、気が乗らないのは

理解できるが。」


「そうなんです。もうなんだが普通に勉強す

る気になれなくて。僕はこれからどうすれば

いいんでしょう。先生みたいに財団

に雇ってもらおうかな。」


 浩太は真剣だった。学業にはどうも身が入

らないのだ。普通に就職し結婚し子供ができ

て、という人生設計は全く見えなかった。


「君が卒業して、どうしても、というのなら

私から財団に掛け合ってもいいが。それまで

にはもっと知識を得ないと今のままでは無理

だと思うよ。危険な仕事でもある事だし。」


「それは十分判っています。知識不足も十分

認識しています。だから普通の大学の授業じ

ゃなくてもっと研究したいことがある、とい

うことです。例えば大学に留

学するとか。」


「ああ、それなら可能かも知れないね。あち

らには知人もいるから、一度聞いてみよう。」


「よろしくお願いします。できるだけ早く、

で。」


 岡本浩太はすぐにでも渡米したい気持ちだ

った。



 そして、1週間が経った。杉江統一に呼び

出された綾野祐介、岡本浩太、桂田利明の3

名は新山教授、恩田助教授の待つ生物学教室

の控室に集まった。


「さて、お約束の1週間が経ちました。この

間、教授と恩田助教授には僕の作業には一切

手を出さないでほしい、という願いを叶えて

いただいて本当に助かりました。お二人の気

力や能力は十分ですが、どうしても手伝って

いただくわけにはいかない事があったもので

すから。代わりにずっと桂田さんにはお手伝

いいただきましたが。」


 桂田は少し不満そうな顔をしていた。意に

沿わない事を無理にやらされた、ということ

だろうか。


「そして、別室には沙織さんの身体が保存し

てある、僕と教授で作った保護カプセルがあ

ります。綾野先生や浩太は初めて見ると思い

ますが。今から、お連れします。」


 そういうと杉江は5人を別室へと誘った。

新山教授や恩田助教授には見慣れた風景だ。


「さて、このボタンを押すとカプセルの蓋が

開きます。これは恩田先生に押していただき

ましょうか。よろしいですね、教授。」


「どうぞ。」


 結果を知らされていないのは教授も同じだ

ったが、ここは夫っである恩田に譲ったのだ。


 恩田助教授が開閉ボタンを押した。小さな

機械音と共に蓋が持ち上がる。そこには全裸

の恩田沙織さんの身体があった。本来なら体

温を下げるために低温に保たれているはずの

内部だったが、温度は時間をかけて徐々に上

げられていた。体温は36.5度まで上がっ

てる。

 

 恩田沙織の身体は全身が綺麗だった。見え

る範囲の身体には手術痕も見られない。頭髪

もウイッグではなく地毛で頭部にも手術痕が

無かった。


「これは一体何をどうしたと言うのだ。」


 恩田助教授が不思議に思うのも仕方なかっ

た。1週間前、最後に恩田が見たときにはも

ちろん痕もたくさんあった。頭髪は全部剃っ

ていたので頭部にも痕があったはずだ。何か

異様なことが行われた、としか思えない。


「何をどうしたか。それはお話できません。

また、お聞きにならない方がお互いの為だと

思います。僕も桂田さんも絶対に話さないで

しょう。何をしたか、はこの際どうでもいい

のではないでしょうか。問題は結果です。」


 その通りだった。本人の意識が戻れば、ど

んな治療(?)であっても問いただす必要は

ない。


 そんな話をしている中、徐に恩田沙織の指

が動いた。


「今、指が動きましたね。」


 そして、次々に色々なところが動き出した。

各々が別の意思をもって動いているかのよう

に見えるのが気になるところだ。そしてつい

に瞼が開いた。


「沙織、判るか?僕だ。」


 恩田助教授は顔を近づけて話しかけた。


「こ、う、じ、ろう、さん?」


「そうだ、僕が判るんだね。」


 恩田沙織は不思議そうに辺りを見渡した。

父である新山教授は椅子に倒れこんでいる。

見慣れない顔が数人。


「私は、どうして。なぜここに?何があった

の?」


 沙織の最後の記憶は父が自分を覗き込んで

いる所だ。生物学教室の奥に特別に作られた

実験室のベッドにずっといたはずだった。


「成功のようですね。」


 杉江が少し控えめに喜びを表現した。桂田

は相変わらず不満そうだ。


「私の用はこれで終わったはずだから、もう

関わらなくていいだろう。杉江君、君も程ほ

どにしておくべきだ。」


 そう言われて杉江はただ頷いた。


「説明は、してくれんのだろうね。」


 満面の笑み、とはいかない新山教授だった

が娘の意識が戻ったことは間違いない。感謝

の気持ちは十分ある。ただ、その方法は。


「できません。そうお約束した筈です。綾野

先生も証人としていてもらったのは、そこが

大切だからです。あとは、恩田先生の元で徐

々に回復に向かうと思います。僕の仕事もこ

こまでです。それと教授、僕は今日でここを

辞めさせていただきます。今回のことは特別

です。何かの技術的な話で、以後の医療に応

用できるとか、そういったことではないから

です。それと、万が一どこからか、この内容

が漏れたときに、先生方にご迷惑がかかるこ

とが心配です。今まで本当にお世話になりま

した。」


 杉江の申し出は新山教授には十分予想でき

たことだった。綾野にとっても同様だ。


「それで、これからどうするんだ?」


 一人の友達として岡本浩太が聞いた。


「まあ、またどこかで会うこともあるだろう。

その時は、もしかしたら敵味方に分かれて相

対する、なんてこともあるかも知れないね。」


「杉江君、それは一体どういう意味、」


「綾野先生、大学を退職して財団に

入るそうですね。先生とはそれほど遠くない

時期に再開する気がします。」


 綾野の言葉を遮って杉江が応えた。


「わかった。敵として現れたときには手加減

も容赦もしない、それでいいんだろう?」


「ありがとうございます。そう言っていただ

けると思っていました。では、僕はこれで。」


 杉江が退室すると、いつの間にか桂田も居

なくなっていた。


 杉江の正体は判らず仕舞いであり、桂田も

結局その本質は判らないまま。人類の敵なの

か、味方なのか。今回はまだいい方に進んだ

が、それはあくまで個人的な繋がりのお陰だ

った。それを以後も期待するのは、虫が良す

ぎるというものだ。


「浩太には、早い段階で大学

に行ってもらうことになるかもしれないね。」


 恩田沙織が意識を戻した喜ばしい場面にも

関わらず、部屋全体の空気は重く、重く感じ

られるのだった。


 その重く重い空気の中、部屋に一角に変化

が現れた。靄のようなものが少しづつ濃くな

っていく。そして漆黒の闇となった。


「まさか。」


 そこから現れたのは

その人だった。


「色々と面白いことになっているようだな、

ミスター綾野。」


「いったい何をしにここに。」


「そう邪険にするものではない。少しこちら

も面白いことになっているので、教えてやろ

うと態々やってきてやったのだ。実はここの

ところ我が掛かりっきりになっておることが

ある。それは、我があるじが地球人と入れ替わっ

てしまった件だ。」


「なっ、なんでまたそんなことに。」


「我に言うでない。それが判れば苦労はしな

い。お前たちに関わっている暇はないのだ。

だが、我が子孫であるお前に一言知らせてや

ろうと思ってな。我々のような長い生を受け

ている存在であっても想像がつかないことが

起きる。だから面白い。いずれにしても早々

に解決し、また再びまみえる日が来るであろう、

その日まで精々足掻くように。我があるじの封印

が解かれる日も近いのかも知れんぞ。」


 大変な事態だった。財団は認知し

ているのか。


「まあ、これ以上はまたいずれ、ということ

だ。」


 そう言っての姿は闇

へと消えて行った。

 

「先生。」


が地球に。人間と入れ替わって

いるなんて、どう対処すればいいのか。」


 財団に連絡し調査してもらうよう

要請する以外、何ら対処法が思い浮かばない

綾野たちだった。


END

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Another Story(クトゥルーの復活第4章) 綾野祐介 @yusuke_ayano

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