第14話 意外な再会

「かっ、桂田じゃないか!」


 それは行方不明だったはずの桂田利明だっ

た。


「ああ、浩太じゃないか、久しぶり。こんな

ところで何をしているんだ?」


「それはこっちのセリフだ、今まで何処にい

た?」


 桂田は少し考えて、


「うーん、よく判らないなぁ。記憶が曖昧な

んだ。というか途切れることが多い。今も気

が付いたらここに居ただけなんだよ。僕はい

ったいどうしてしまったのだろう。」


「僕は恩田助教授と新聞記者の結城さんとで

綾野先生を探しにきているんだ。でも君を見

つけたのは偶然じゃない気がする。多分綾野

先生もこの建物のどこかに居るはずだ。」


「この建物?ここはいったいどこなんだ?」


「心理学病棟の地下1階だよ。」


 桂田は少し考えて、


「なんだか、それは聞き覚えがあるなぁ。あ

と火野とか風間とか、う~ん、なんだか頭の

中がもやがかかってるようで。」


「無理しない方がいい。恩田先生に頼んで入

院させてもらえばいいさ。」


 岡本浩太と桂田利明は最初の計画とは違い

そのままトイレを出てすぐに恩田たちに合流

した。


「君は桂田君だね。」


「ああ、恩田助教授、ご無沙汰してます。」


「いったい今まで何処にいたのかな。」


「自分でもよく判らないんです。どうも記憶

が飛んでるみたいで。」


「とりあえず、君はうちでもう一度検査させ

てほしいから、今から一緒に大学病院に戻ろ

う。」


 恩田は一方的に話を進めようとする。浩太

は何がなんだか判らなかった。


「恩田先生、ちょっと待ってください。桂田

が見つかったのはいいことですけど、肝心の

綾野先生がまだ見つかってません。」


 恩田は何故だか意外な顔をしたが、すぐに

その表情を隠した。


「そうだった。相馬君が戻ってこないうちに

早く探さないとな。」


 結城は既に下の階に向かっているはずだ。

とりあえず三人で下の階へと降りることにし

た。相馬が戻ってきたら今度は桂田の件の説

明も必要になってくる。なるべく会わせたく

ない。


 地下2階を過ぎ、地下3階に降りようとし

たが階段が見つからなかった。エレベータは

使えない。やがてカモフラージュされた扉を

見つけた。


「鍵が閉まってますね、これでは下に降りら

れない。恩田先生どうしましよう。」


「ここで断念するしかないかな。」


 どうも恩田は綾野を探すことに興味が無く

なったような態度だった。一刻も早くここを

立ち去りたいようだ。


「僕にやらせて。」


 桂田はそういうと徐にセキュリティー盤に

手を翳した。


 すると音も立てずに扉がゆっくりと開いた。


「桂田、何をしたんだ?」


「いや、なんだかこうしたら開くような気が

したから、手を翳してみたんだ。自分でもよ

く判らないよ。それと監視カメラにも細工し

ておいたから。」


 詮索をしている時間はない。三人は地下3

階へと降りて行った。


 地下3階も上の階と同じ作りで区別がつか

ないくらい似ている。結城を相馬の監視に残

した3人は、そのまま地下6階へと向かった。


 地下3階以下へ向かう階段には特に何もセ

キュリティが無かった。本来地下3階へ降り

るあの扉に相当高度なセキュリティが掛かっ

ていた筈だが桂田があっさりと開けてしまっ

た。何かの能力が備わっているのだろうか?


 それが浩太と一緒にに融合し

た結果なら浩太にも出来る筈だが、どうもそ

の様子はない。融合していた時間の長さが桂

田の方が長いので、その所為かも知れない。


 それにしても、地下に入ってから自分たち

以外の人を全く見ない。部屋に入っていて廊

下にはあまり出ない(入院患者は当然だが)

決まりになっているのだろうか。


 3人は地下6階に辿り着いた。この階も上

と全く同じ作りになっていて区別は付かなく

各部屋にも何の表示もないのでどの部屋に綾

野が監禁されているのか、全く見当もつかな

かった。


「多分この部屋だ。」


 廊下を歩いていると桂田が部屋の1室を指

差した。


「判るのか?」


「ああ、なんとなくね。」


 バイオハザードの危険もないのか、この階

の部屋は入院施設の地下1階などと違って簡

単に開きそうだったが、力任せには無理だ。


「ちょっと待って。」


 桂田はさっきと同じようにセキュリティパ

ネルに手を翳した。すぐに扉が開いた。


 部屋に中に入ってみると12帖くらいのほ

ぼ正方形の部屋で窓はなく、壁・天井・床と

も廊下と同じで真っ白だった。照明の加減も

あるのか目が眩むほど眩しく感じた。入って

右の壁に向かって机があった。左にはベッド

が置かれている。トイレらしき部分もあるの

でこの中で生活できそうだった。


 机に向かってこちらには背を向けて座って

いる人が居る。


「綾野先生?」


 岡本浩太が声を掛けた。


「なんだ、浩太じゃないか。それと恩田先生、

桂田も、どうしてここへ?」


「先生と連絡が取れなくなったので探してい

たんです。やっとここに辿り着きました。」


「私を探してどうするつもりだったんだ?」


 浩太は驚いた。どうも綾野は監禁されてい

たようには見えない。


「いや、先生は監禁されていたんじゃないん

ですか?」


「監禁?そんな訳ないだろう。私は自分の意

思でここに居るんだよ。」


 浩太は訳が判らなかった



「ここで一体何をしているんですか?」


 単純な疑問として浩太が問いかけた。


「私はここで何もしていないのだよ。ただ毎

日何かの検査を受け続けているだけだ。それ

が人類の役に立つのではないかという思いで

ね。私が外界に普通に暮らしていくのは無理

があるんじゃないかと思うんだよ。元々

の血を引いていることは何

か覚醒でもしないかぎり問題はないのだろう

けど、それにの遺伝子が加算さ

れたとき、どんな反応が現れるのか、想像も

つかないからね。でも浩太に同じことを強要

するつもりはない。お前はに取

り込まれただけだから、問題ないと思われる

からね。但し、財団の監視は一生続

くだろうが。」


「監視?」


「そうさ、気が付いていないだろうが、ずっ

と監視は付いている。私はその監視に気がつ

いて自らここに閉じこもる決心をしたんだが

ね。」


「それならそうと一言仰ってからにしてもら

えればこんな苦労は。」


「それは申し訳なかった。ただお前の人生に

足枷をしたくなかったんだよ。」


 話を聞いていた恩田が口を挟んだ。


「綾野先生、どうです?、この際この桂田君

と一緒に私の研究室に来られませんか?」


「恩田先生のところへ?」


「そうです。ここは余りにも閉鎖されすぎて

いる。それに原因は綾野先生の所為ではない

でしょう。なら一人で犠牲になる必要はない

と思いますよ。何か問題が発生した時には、

みんなで支えてみんなで解決して行くべきで

す。」


 なぜか恩田はいつになく強い口調で綾野に

詰め寄った。


「そうですよ、先生一人じゃなく、僕も桂田

もそれほど違う境遇じゃないんですから。と

りあえずここは出ましょう。ここに居たら身

体より先に精神の方が参ってしまいますよ。」


 各々に説得されて綾野は研究所を出る決心

をしたのだった。


「しかし出ると言っても問題はここの所長の

許可だな。かなり熱心に私の身体を調べてい

るから手放さないんじゃないかな?」


「それは、私の方から正式に手続きでもしま

しょう。」


「ではよろしくお願いします、恩田先生。そ

れにしても、よくここまで入ってこれたね、

多分ここに私が居ることは極秘扱いになって

いるから普通に聞いても答えてくれないだろ

うし、案内もなしにここまで入れることも考

えられないんだが。」


 当然の疑問だった。


「セキュリティは桂田がなんとかしてくれた

んです。」


「桂田君が?ここのセキュリティは万全のは

ずなんだがね。何かに取り込ま

れたことと関係あるのかな。私や浩太にもそ

んなことができるんだろうか?」


「そういったことも含めて、うちで研究させ

て貰えると。」


 恩田の眼は輝いていた。しかしそれは一研

究者の眼ではなかった。


「ここで一体何をしているのかな?」


 突然部屋のドアのところから声がした。


 心理学研究所の所長、櫻宮だった。



「所長。」


「恩田先生、あなたからの所内見学申請は確

かにいただいておりますが、ここはその範囲

には含まれていません。これは問題ですよ。

しかしよくここまで案内もなしに来れました

ね、いったいうちのセキュリティはどうなっ

ているんだ。警備担当者ともういちど管理シ

ステムを見直す必要がありそうです。」


 櫻宮所長は怒っているようにも見えるが、

その表情からはどうも何も読み取れない。


「いずれにしても、早々に退去いただけます

か。所員にも示しが付かない。」


「判りました。範囲外の場所まで入ってしまっ

たことは私の責任です。彼らは責めないでい

ただきたい。それと綾野先生はここからうち

の病院に移っていただきたいので、その手続

きは正式に行います。」


「綾野先生を?それは本人の意思ですか?」


「私からのお願い、ですかね。」


「元々綾野先生はご自身の希望でここに入っ

て来られたのですよ。私どもは場所を提供

しているだけです。まあ、多少の実験にはご

協力いただいておりますが。ですから、本人

がここを出たい、と仰れはいつでも出ていた

だいて結構ですが、本人の意思とは違うのな

ら退去いただく訳には行きませんな。」


 岡本浩太や恩田が考えていた監禁のような

ものとは、どうも違うようだ。


「綾野先生は、どうなされたいのですか?」


「私はどうも自ら隔離されたことで不要な誤

解を招いているようなので、ここを出ようか

と思います。自分の身体も今のところ安定し

ているようですし。」


「そうですか、そう仰るなら止めはしません

が、一つだけ条件があります。恩田先生の元

で何か発見があれば、私にも情報を提供して

ください。今まで多少調べさせてもらいまし

たが実に興味深い結果が得られています。そ

れと、綾野先生の身体を調べた結果が、新山

教授と一緒にやっておられる研究にどう役立っ

たのか、ということも含めて情報提供してい

ただけると更にありがたい。」


 この時の恩田の顔は『驚愕』という文字が

顔に書かれているかのようだった。


「しっ、所長、いったい何を仰っているので

すか?」


「私にも色々と情報網がありましてね。先生

たちが今取り組んでおられることには非常に

興味があります。是非とも情報提供を受けた

いものですな。この桂田君も一緒に連れて行

かれるのでしょう?そうすれば研究も進展が

ある可能性が高い。」


「私一人の判断では。新山教授と相談してみ

ないと。」


「いいですよ、教授とご相談いただいて御返

事ください。ただ、私が知ってる、というこ

とはお忘れなく。」


 捨て台詞を残して櫻宮所長は部屋を出た。



「私のミスとして処理されるのですから、ど

うしてくれるんですか?」


 相馬の怒りはもっともだった。いつのまに

か全員居なくなるわ、桂田という居るはずの

ない人間が入り込んでいるわ、案内していた

相馬の失態だと処断されても仕方ないことな

のだろう。


「それは所長に私から話しておくから心配し

なくても大丈夫だと思う。迷惑掛けたね。」


 相馬は恩田の言葉を聞いても納得がいかな

い様子だった。


「私からもとりなしておくから、本当にすま

ない。それと私はこのままここを出ることに

なったから。荷物は後で大学の方へ送っても

らえるとありがたいな。ほとんど本ばかりだ

が。」


 綾野にまでそう言われて渋々納得した相馬

だった。


「わかりました。綾野先生宛でよろしいです

ね。」


「お願いするよ、かなり重要な文献も含まれ

ているけど量が量だけに持ち帰れないんで

ね。」


 恩田、綾野、岡本浩太、桂田の四人は連れ

だって琵琶湖大学付属病院心理学研究所を後

にした。



「恩田君は綾野君を見つけたようだね。それ

と桂田という生徒も一緒に連れ帰るようだ。」


「えっ、桂田って桂田利明のことですか?」


「そうだ、君も知ってる、あの桂田君だよ。


 桂田利明は行方不明だと聞いていたので杉

江統一は驚いた。綾野先生を探しに行ったは

ずが本人どころか桂田まで一度に見つかると

は。


「新山教授、これで上手くいけばいよいよ完

成できるかも知れませんね。」


「まあ多少の希望が出てきた、とうところだ

な。特にその桂田という生徒が見つかったこ

とが大きいかもしれない。綾野先生では不確

定要素が多すぎてサンプルにならない可能性

もあるからな。」


 綾野も桂田もただのサンプル、というのが

二人の共通認識のようだ。


「しかし、どうも私たちのやっていることに

気が付いている者がいるらしい。櫻宮所長が

何らかの情報を得ていて、こちらの結果をよ

こせと言ったようだ。リーク元は君ではない

だろうね。」


「もっ、もちろんですよ、教授。僕がそんな

ことする訳ないじゃないですか。バレたら自

分の身も危ないのは重々判ってますから。」


「それもそうだ、疑って悪かった。君の協力

には感謝しているよ。私や恩田君だけでは、

到底ここまで進まなかっただろう。君が専属

で見ていてくれたおかげだ、感謝している。」


 不意に頭を下げられて杉江は恐縮してしま

った。


「いえいえ、僕なんて本当に留守番していた

だけですから。でも教授、成功するといいで

すね。心からそう想います。」


「ありがとう、あと少しだ、力を貸してくれ

たまえ。」


 普段の新山教授からは想像もできないこと

に手を差し伸べられた杉江は恐る恐る手を差

出して握手したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る