第9話 データの検証②

 星の智慧派の東京における拠点はこの国の

頭脳が集中している最高学府帝都大学の直ぐ

近くにある。極秘裏に大学の付属施設を利用

するためだった。大学に星の智慧派の関係者

を潜り込ませてあるからだ。ただ、大学内に

橘良平や桂田利明を確保しておくわけにはい

かないので、各種の分析は星の智慧派の施設

の中で行わなければならなかった。


 クリストファー=レイモスは桂田利明の遺

伝子を調べることはある程度有効(もしかし

たらツァトゥグアを滅ぼす手掛かりが見つか

るかもしれない。)だとは思ったが、橘良平

については既に同じ条件の岡本浩太のデータ

は手に入れているからそう重要ではないと感

じていた。だが、ナイ神父からは二人とも同

程度に扱うように指示されていた。橘には岡

本浩太とは違う何かがあるのだろうか。


 桂田利明はすでに精神的には崩壊している

ようだった。やはりツァトゥグアに長時間吸

収されていた結果、かなり侵食されているか

らだろう、普通の人間には到底絶えられない

苦痛を味わっているようだ。体が溶ける、と

繰り返しうわごとを言うばかりで最早何の問

いかけにも反応しない。ただ、見た目には崩

壊前の桂田と何の違いも見つけられなかった。

ツァトゥグアに侵食された遺伝子は人間の形

態を変える種類のものではない、ということ

だろう。


 クトゥルーや深き者どものそれとは違う、

という結果は興味深かった。深き者どもと人

間の混血は例外なく(その進行速度には多少

の違いはあるにしても。)インスマス面にな

ってしまう。一次的に関係を持った人間でさ

えある程度インスマス面化は見られるほどだ

った。やがて水棲生物へと変貌していくのだ。


 だが、ツァトゥグアの場合はどうだろう。

3%侵食された岡本浩太も55%の桂田利明

も外見に変化は見られない。運動機能に与え

る影響はかなりのものがあるようだが。ただ、

桂田のように侵食が大きすぎると人間として

の自我を留められなくなるようだ。


 桂田利明の崩壊していく過程のデータは有

効に思えた。旧支配者たちと人間の融合はか

なりのリスクが伴うことが判明した。


 橘良平のデータはかなり送れて出てきた。

クリストファー=レイモスはその結果に驚き

を隠せなかった。


「ナイ神父、これはどういうことなのでしょ

うか。橘良平はツァトゥグアに侵食されてい

るとしか理解していなかったのですが。」


 神父はある程度予測していたかのように特

に驚いた様子は無かった。


「思っていた通りだな。多分綾野という者に

も同じ結果が出ているだろう。琵琶湖大学の

データを火野に言ってすぐに取り寄せるよう

に。ただ、あちらは多少違う種類のものだと

おもうがな。」


 クリストファーには納得がいかなかった。

橘と綾野は単にツァトゥグアに一時吸収され

ていただけではなかったのか。自分でも興味

が湧いたクリストファーは直ぐに桂田を捕獲

した後滋賀県戻っているにいる筈の火野将兵

と風間真知子の二人に連絡を取るのだった。


「解りました、では明日の朝にでもここに来

て下さい。データはその時にお渡ししますか

ら。」


 恩田は電話を切った後、かなり不安になっ

た。このデータを星の智慧派に渡したことに

よって綾野はどうなるのだろうか。


 岡本浩太の検査結果を聞いていた恩田には

綾野の結果は意外だった。と言うか信じられ

なかった。長時間融合していたという桂田利

明の結果にはある程度納得できたのだが、岡

本浩太と綾野祐介の検査結果はかけ離れてい

た。何か別の要因があるかもしれない。恩田

は星の智慧派の一員というよりも研究者とし

て強く興味を覚えたのだった。


「恩田先生、いらっしゃいますか。」


 ちょうどそこへ綾野がやってきた。


「さっき電話で言われていた件ですね。綾野

先生の検査結果も出ていますよ。そちらのデ

ータの出所はやはり聞かせては貰えないので

すかね。」


「出所はちょっと。でも何のサンプルなのか

はいいでしょう。一つは先日湖西で事件があ

ったときに採取されたインスマス面のかなり

進行した人間(?)のもの、一つは深き者ど

ものもの、最後に新山教授から提供して貰っ

たもの、の三つです。」


「早速比較検討してみます。先生のデータの

分析はその時でよろしいでしょうか。」


「いいですよ、それでどの位で出来そうです

かね。」


「あさっての午後にはすべての揃ってお渡し

できるでしょう。」


 綾野は自分のデータは直ぐにでも聞きたか

ったのだが、多少嫌な予感がして先延ばしに

してしまった。恩田の態度も綾野がそう言う

と何故かほっとしたような感じだった。いず

れはっきりするにしても先延ばしにしてよか

ったと思う綾野だった。自分が人間とは小異

とはいえ違っていることを確認するのはやは

り嫌だったのだ。

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