第27話リリ、いますこしでいいから一緒に生きていてよ。

3月15日 Tue.

リリ、いますこしでいいから一緒に生きていてよ。

●リリ元気だして。いますこし、いますこしでいいから一緒に生きていこうよ。

●「イかエかどっちなのよ?」とカミサン。

「イイじゃないか。イだってエだって、エエじゃないか」とわたし。

●わたしは生粋の栃木県人。イとエの区別ができない。「エンタフェロンの注射をリリにしてもらった」イをエと言って、生粋の東京子のカミサンにいつも訂正される。

●リリは赤血球が足りない病気。「獣医さんにエンターフェロンの注射をしてもらった」と車の運転をしてくれているKさんに報告した。

●カミサンはわたしの栃木訛りについて、ながながとお説教。いまさら言われても、この歳では訛がぬけることはない。

●第一、カミサンはリリの命が尽きようとしているのが不安で、わたしをキツイ言葉でタシナメテいるのだ。わたしを叱りつけている間は、リリのことは忘れていられる。イとエ区別ぐらい付けられないの!!。

●リリは去年の春わが家の庭にまぎれこんできた。三ヶ月くらいの、それはもうかわいい仔猫だった。

●いまでも、カミサン手製のアルミホイルのサッカ―ボールで、ふたりで喜々として二階の教室で遊んでいた光景が目に浮かぶ。

●「リリはまだ生きているのよ」

●まるでリリがいなくなってしまったようなことを言うわたしは、またもや叱られた。

●リリ、元気に成って。一日でも、長く側にいてよ。リリのこのムクムクとした毛、体の温かさ。リリかわいいな。元気になってよ。いまからインタ―フェロンの注射を打ちに出かけような。

3月16日 Wed.

リリは独りでは食事をとらなくなった。

●リリはひとりでは食事をしなくなってしまった。

カミサンとふたりがかりでたべさせている。

●流動食をスポイトで吸い上げ、わたしがリリの襟首のところを押さえて、上をむかせ、カミサンがすばやく口に流し込む。

いやがるが、ムリにでも食べさせないことには、生きていけない。

生物は食事を口にすることができて、生きていけるのだ。

●でも、まだ水だけは自力で飲める。

これをしなくなったら、もう、絶望的だ。

●夜、カミサンの寝室のストーブを頼まれていたので消しに行った。

カミサンがケシに起きると、せっかく寝たリリが一緒に寝床からはいだしてしまうらしい。

なるほど、母親に添い寝をしてもらっている幼児のように、信頼しきった顔で、リリはネテいた。

●「わたしの寿命をわけてやるから、死なないで」

と、カミサンがつぶやいていた。

●あす、三回目のインターフェロンを打てば、なんらかの効果がでることを祈るのみだ。

3月17日 Thu.

リリがトリ肉を少し食べた。

●リリが食べました。

トリ肉をタタキ、食べやすいようにしました。

リリの大好きな削り節でくるんでやったところ、食べました。

うれしかった。

カミさんもよろこんで、わたしのアイデアをほめてくれました。

ついぞ、叱られてばかりいて、ほめられたことがないので、

わたしもうれしかったです。

●きょうはもう一回追加してインターフェロンを打ってもらう予定です。

●奇跡よ起れ。

さいごまで、あきらめずに、看病しなければね、

とカミさんはもう、涙目。

●わたしは、松岡圭祐の「探偵の鑑定」を一気読みして目が疲れているからと、涙目になったことを言い訳している自分が滑稽だった。

●日本男児。

悲しみ、喜びを涙で表したことはない、昭和一ケタ生まれのGGはだまってリリを抱きあげ、カミさんが見ていないので、ホホずりをしました。

猫ってあたたかいですね。

3月18日 Fri.

リリ、カリカリと餌をたべてよ。

●リリを獣医さんに連れて行こうとしたところ、キャリーケースから逃げられてしまった。教室の縁の下にもぐりこみでてこない。

ヒッソリトしていて、リリがいる気配さえしない。

まさに、おみごとニャントンの術。猫の穏業はまさに本来もっているカミワザ。

●ケースの脇が開いていたなんて、こちらは気づくはずもない。

上の蓋だけ締めても、なんの役にもたたない。

その素早い遁走ぶりにわたしは唖然としてしまった。

●カミさんは、医者に遅れるからと電話していた。

●そろり、こっそり縁の下からはいだしてきたリリを、カミサンがブジ捕獲した。

●よほど、骨身に応えて、チクンされるのが、イヤなんだろうな。

かわいそうなリリ。

●インタ―フェロン四回。

あとは一週間くらいようすをみてみるとのこと。

●また、食べ物に興味をしめさなくなってしまった。

●いくらでも食べられる、わたしから見たら、信じられない。

●はやく、カリカリと固形餌をたべてよ。

あの乾いた音、リリが丈夫な歯で、餌を噛み砕く音が聞きたいよ。

聞かせてよ。

3月19日 Sat.

悲しいことが多すぎた。でも春はきた。

●沈丁花の花が咲いている。

濃厚な芳香が、廊下の網戸をすかして漂ってくる。

ようやく、アルミサッシの引き戸を開けて、庭を眺められる季節になった。

●暑さ寒さも彼岸まで、とはよくいったものだ。

きょうは、18°も外気温度はある。

部屋のなかでは22°。

ジャンバーを脱いだ。暖かい。

●去年は義弟がふたり亡くなった。

今日は、家内の弟のつれあいの葬式だった。

これでふたりともなくなり、その家系がとだえてしまった。

人生、まさに流転、いろいろなことがありすぎる。

●リリは削り節をカミサンの手からすこしだけ食べた。

四日もウンチをしていない。

●カミサンもわたしも疲れて葬儀にはでられなかった。

3月21日 Mon.

リリ、生き抜いて。猫には九つの命がある。

●このところ、リリの心配ばかりしているので、毎日が過ぎていくのが、早過ぎる。あいかわらず、リリは食欲がない。ふつうの、今まで食べていた餌を与えても顔をそむけてしまう。猫用のけずりぶしを食べさせている。それもほんのチョピットだ。五日間も便秘している。便に成るほどの食事をしていないからなのだろう。

●ブラッキ―はわたしにナツイテいる。べつに私専用の猫というわけではない。飼い主は猫の方で選ぶ。たぶん、子猫だったときに冬寒くてかわいそうだと思い、だっこして寝床を共にしたからだろう。

●わたしの猫がほしい。ミイマはいいつづけてきた。彼女にはアポート能力がある。猫をほしがっていたら、ある日、三毛の可愛い子猫が玄関先にいた。それから、彼女はリリに夢中だ。リリにたいする彼女の感情は、わが子に対する愛情と同じだ。

●そのリリが瀕死の病人? 一喜一憂の毎日が過ぎていく。元気になってよ、リリ。

●猫には九つの命がある。というじゃないか。リリがんばって生き抜いてよ。

●ブラッキは病気ひとつしたことがない。18年もわたしたちと生活を共にしている。わたしのそばを片時も離れない。そのブラッキ―もよく見ると白髪が生えている。毛並みも、艶々しているがすこし色褪せ茶色味をおびてきた。やはり、歳なのだなぁ。

●みんなで長生きしようよ。まだ、死ぬには早すぎる。

3月22日 Tue.

リリがかりん糖のようなウンチしたよ。

●「リリがウンチしたわ」カミサンが呼んでいる。

声がはずんでいる。わたしは、あわてて立ちあがった。

わたしの膝でくつろいでいたブラッキーが、畳の上にポンと、跳び下りた。

わたしは、階下の書斎に走りこんだ。

五日も便秘していたリリが、おおぶりのかりん糖のようなウンチを二本もした。

ああ、よかった。

●「わたしがね、リリのおなかサスッテやったからよ」

「よかった。よかった。リリ、九つの命だからな。生抜いてよ。がんばるのだぞ」

わが子を励ましているようだ。

ブラッキもわたしの後に着いて来た。

リリと鼻づらをチョんと合わせている。

まるで、リリを元気づけているようだ。

●でも、リリはあいかわらず食欲はない。スポイトでカミサンが流動物をムリに飲ませている。リリはいやがって、カミサンの腕をヒッカイタ。

●昼ごろ義弟H来る。午後彼岸なので妹の処へ、カミサンが行く。

帰りはHチャンの車で送ってもらう。蛸屋の和菓子をもらう。

お客さんが来るなんて何ヶ月振りだろう。

とくに、経営コンサルタントして活躍している義弟のHと話したのは、二分の半世紀ぶりかもしれない。カミさんがニコニコうれしそうだった。

3月23日 Wed.

リリがシラスをたべた。  

●リリがシラスをたべた。

塩分を少なくするために、ユガキ、与えてみた。

ユガクというより、さっと湯をかけたていどだ。

●湯をかけたことで、生ぐさい魚のにおいが蘇った。

くんくんにおいをかいでいたが、

ちいさな、ちいさなシラスを二、三匹口にいれてくれた。

妻とふたりでうれしくて涙がにじんだ。

●なにもたべないのでは、このままでは、餓死してしまう。

祈るような気持ちで、リリの口元を見ているわたしたちのまえで、幽かな咀嚼音をたてて、リリがシラスをたべた。

●シラスは猫に悪いというひとがいる。

たぶん塩分がおおいからなのだろう。

でもなにもたべないで死んでしまうのだったら、すこしくらいからだに悪くても食べさせたいのが親心だろう。

●あと28年経って、おれが死ぬ時はお酒を死ぬほど飲ませてよ。

いまから妻にたのんでおいた。

リリがシラスをたべたのでうれしくて、――リリの枕元でとんでもないことを言うGGなのでした。

3月23日 Wed.

リリが吐いた。白い粘液を吐いた。

●リリが吐いた。

ほとんど食べていないので、水のような粘液を吐いたらしい。

カミサンから、そう伝えられた。

●いままで、吐くようなことはなかった。

新しい症状がでたのかと心配だ。

医学の知識がないのは、悲しいことだ。

ただおろおろとしているだけだ。

●あとはもう、リリの、猫としての生命力を、自己治癒に期待するだけなのだろうか。

●金曜日に、また獣医さんに連れていく予定だ。

送迎をKさんが申しでてくれたが、ご厚意になんども甘える訳にもいかない。

だいいち、わたしの、この多忙な時間、いついけるかまだ決まらない。

親切な知人がいるのは、ありがたいことだ。

●みんなが、リリの回復をねがっている。

リリ、元気になって、春の庭を、ブラッキ―とかけまわってよ。

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