第11話リリがブラジャーをミーツケタ。
9月27日 土曜日
「花子とアン」最終回をみながら思ったこと。
●室温が18°。いよいよ下の部屋、掘りごたつのある仏間にPCをもって降りたった。
降り立った、などというと、なにやら神様が降臨したようなイメージがわく。
●ところが、こちらは健康保険証では最高齢者にして、無精者。
髭など20日もすらない。のばし放題。
残り少ない頭髪はネグセでみだれている。
ようするに神は神でもビンボー神だ。
●これでオシャレなカミサンがよく逃げださないものだ。
カミサンはこの掘りごたつの部屋はキッチンの隣なので「よかったパパが近くに来て」と歓迎してくれた。
うれしい言葉いたみいります。
●「アンと花子」最終回。寂しくなるな。
この前も書いたが。村岡花子さんが晩年に「わたしの仕事」という随筆をのせた「抒情文芸」がわたしの雑誌デビューだった。「眠られぬ夜の底で」という作品を採用してもらった。
ひときわ懐かしく毎朝みていたのに――。残念。
それにしても、この50年。まったく進歩していないな。
いつになったら傑作が書けるのだろうか。
おれって……能なしだ、なぁ。と自嘲する。
●また、寒冷地のながい冬が始まる。
わたしには終りのない売文業の冬がまためぐってきた。
●このとしになっても、小説を書き続けられるなんて幸せだ。
と、思うことにしている。
膝の上には猫がいる。
カミサンは庭でバラの世話。
外見的には幸福な生活。
――作家としては、駄馬に鞭打つ、悲惨な日々。
●わたしは猫になりたいよ。
9月28日 日曜日
秋晴れ。外歩きがしたいな。
●大森くんが遊びに来てくれた。
文庫本を二冊借りる。
若い人の読書傾向はわたしとは違う。
勉強になる。
楽しく読ませてもらいますね。
●椿の枝をまた一本切る。
●二階の書斎。
窓を開けると涼しい風が吹きこんでくる。
爽やかですごく気持ちがいい。
●ブラッキーはリリがいるので、なにか不安を感じているようだ。
そわそわして、まめに外にでていくようになった。
●このところ、またお酒を飲みだしている。
飲むといっても、菊正宗200cc一缶。
毎日飲む訳ではない。
●青空を見ていると外出したくなる。
龍王峡にでも行きたいな。
9月29日 月曜日
ブラッキーとリリはまだ仲良くなりません
●ブラッキーが新しくわが家に迎えたリリをイヤガッテいる。
困った。
ともかく、長いこと一人娘でわがままに暮らしてきている。
いまさら子猫のリリと一緒になったからといっても――。
ブラッキーにとっては迷惑なのだろう。
●「じぶんの子どもだと思ってかわいがってあげなさい」
と、カミサンにいわれても、ニャンとも返事をしない。
それどころか、カミサンをイヤガルようになった。
「だれに餌貰っていると思うの」
キツイ口調でいわれると、逃げたりするようになった。
スネテいるようだ。
いつでも、そうではないのだが、なにがきにくわないのか、しばしば逃げる。
たぶん、リリのにおいがしているのがイヤなのだろう。
●二匹の猫が仲良く一緒に丸くなって寝てくれないかな。
●はやくそんな日がくるといいな。
10月1日 水曜日
今朝のキッチンであったこと。
●朝5時起床。
階下のキッチン・スペースに入っていくと、なにかしらフンイキがいつもと違う。
暖かい。煮物の匂いがしている。
●レンジに鍋がかかっていた。
蓋を開けようと、さわったら熱くて取り落としてしまった。
ガチャンと大きな音がした。
ひやりとした。
瞬時にすべてさとった。
●レンジはまちがいなく切ってある。
ということは、カミサンが眠れなくてこの鍋でオデンをついさきほどまで、煮詰めていたのだ。
ブラッキーが夜カミサンのところにいって起こしてしまったのだろう。
この処、不眠症気味の彼女だ。
眠れなくなって――キッチンで眠れぬ夜を過ごしたのだろう。
●玄関の外で猫の鳴き声がしている。
ブラッキーがうるさいので、カミサンに外にだされたのだ。
わたしは教室の引き戸を開けてあげた。
一晩外で過ごしたブラッキーが、戸を開ける音を聴いただけで幽かな足音をたてて庭を横切ってきた。
10月4日 土曜日
心はいつも曇り空
●蒸し暑い。どんよりとした曇り空。
「まだすぐには、降りださないわよね」
「今日一日はだいじょうぶだろう」
カミサンはそれでも空を見上げながら洗濯物を干している。外目にはのんびりとした老夫婦の日常の会話だ。
●わたしはこのところ「クノイチ48帝都の闇に散る」の改稿でいそがしい。もっとも焦りがあるから、いつでも頭の中はあわただしいのだ。
新作が思うようにいかないからかもしれない。こんなことが、死ぬまでつづくのだろうと思うと情けなくなる。
●小説にたいして、特に方法論では、決定的な価値観をもてないでいる。
この書き方でいい。
この文章でいい。
この内容でいい。
そういったことが、決められないのだ。
これでは自己嫌悪におちいっても仕方のないことだ。
●ブラッキーはあいかわらずリリをきらっている。リリが近寄るとすさまじい鳴き声をあげる。
カミサンが目撃したのだが、庭のあちこちにブラッキーがマーキングしていたというのだ。
じぶんのテリトリーにふいにあらわれたリリに「ここはわたしの家よ」と主張しているのだろう。
きらいなものは、きらい。
いやなことは、いや。
潔癖にいいはるブラッキーがうらやましい。
●この小説は、おもしろい。と思う。これもいい。と思う。いつも価値観がブレテいるGGだ。
●だから、ダメなんだよな。だからこころはいつも曇天。曇り空。
10月5日 日曜日
中間試験頑張ってるかな
●昨夜はHで会食。M、K、Oの諸氏と話が出来て楽しかった。栃木県の文壇の近況が聴けた。
●家にもどってみると、カミサンが火傷をしたと嘆いていた。アロイをつけたら、だいぶよくなったわ。カミサンの話をききながら、晩酌一合。
●ひと寝入りしてから、大森クンからかりた文庫本を少し読む。
●ブラッキーはわたしのベッドで寝ている。はやくリリとの共棲になれてよ。どうしたら、あとから来た子猫となかよく暮らしてくれるのだろうか。猫の気持ちは不可解だ。
●中学生は中間試験の中だ。みんな頑張ってくれているかな。
10月8日 水曜日
子猫のリリのプチ家出
●「リリがいないわ」
カミサンが「離れ」で低く叫んでいる。
離れなどというと大げさだ。さも大邸宅のようだが、サニアラズ。玄関から真っすぐに幅一メートル中道が続いている。それで道の向こうが離れ――ということになっている。
●「玄関が開いていたのよ」
外に出て「リリ、リリ」と小声で小雨降る薄闇に呼びかけている。いつもなら跳んで帰ってくる。あまりかわいいから、だれか連れていったのかしら。迷子になった。雄猫に追いかけられないかしら。かしら……。かしら、とカミサンの推理はつづく。
「まさか、まだ子猫だよ」
もっとも人間界では中年の変態男が小学生のストーカーになる時代だ。
子猫を追いかける雄猫がいても、むべなるかな。と自己納得。カミサンの推論に、ウムウムと頷いている。GGなのでありました。
●それからしばらくして。わたしがパソコンに向かっている掘りごたつの前をサッとリリの姿がよぎった。どこからかテレポートしてきたみただった。なんの気配もなく、ふいにパットそこに現れた。
●「うそよ。玄関から入ってきたのよ。開けて置いたから」
こんどはカミサンはすごく現実的な思考に身を委ねている。
リリの姿をみたので安心したのだ。
●「ほら、こんなに背中が濡れている。さわってみて」
子猫なのでやわらかな毛が濡れてぴったりと背中に貼りついている。
しきりとカミサンの胸にスリスリをしている。
老夫婦の心配をよそに、リリはニャンともなかない。
●「寒かったのよ。ふるえている」
10月9日 木曜日
子猫のリリの初手柄
●わが家では、よくモノがなくなる。直近では玄関のキ―が。これは何処かへ置き忘れた。いつも置く場所に置かなかったわたしが悪いのだ。このケースでは置き場所がわからない。理由がはっきりしているからいいようなものだが。
●「あったわよ。あったのよ」
laundryからカミサンが大声で叫んでいる。なにごとかと、PCを開けたまま立ち上がる。
「ブラジャーがあったのよ」
まだ叫んでいる。仏間の襖をあける。キッチンを通り抜ける。中道の踏み板を越えて離れの引き戸を引く。コタツの部屋、廊下、そしてようやくランドリーにつく。
●左手で子猫のリリをかかえている。
右手にはブラジャー。一年以上も探していたブラジャー。娘たちがまちがえて持ち帰った――。などと疑っていたブラジャーが揺れている。
●平穏無事なわが家にとってはこれはたいへんなことだ。カミサンは欣喜雀躍。
「ねえ、何処にあったと思う」
「わからないな」
「リリがね。洗濯機のうしろにモグリコンデ、くわえてきたの」
リリの初手柄だ。
●アルミ箔を丸めたボールでカミサンがリリを遊ばせていた。リリは、ボールをくわえてもどってくる。カミサンの掌にポトンと落とす。
「まるで犬みたいな猫だな」
「そうよ、かわいいでしょう」
その芸が、カミサンのブラジャー発見につながった。
リリはカミサンに、エコエコされて目を細めていた。
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