第8話リリ少しずつ元気をとりもどした
リリ少しずつ元気をとりもどした……
4月23日
1ケ月があっという間にすぎさってしまった。
彼岸ごろから風邪をひいてしまい、いまだに治らない。
季節の移り変わりに心がついていけない。
いたずらに時間が流れていき、わたしだけがとりのこされている感じだ。
リリは少し元気をとりもどした。
インターフェロンを4日続けて打ち、そのあと1週間に一回、4回打った。
この後は様子をみることになった……悪化しないことを祈る。
インターフェロンが効いたのか、家の中を少しずつ移動するようになった。
相変わらず食欲がないのか、自分からなかなか食べようとしない。
ペースト状のフードを1日5回注射器で食べさせている。
食べさせる準備をしていると、隠れてしまう。
食べなければ生きていけない。
食事がどんなに大切かを思い知らされた。
最近、夜中に「カリカリ」と乾いた音で目が覚める。
リリが固形のキャットフードを食べている音だ。
静かに目を閉じて、心地よい音にききいる。
目頭が熱くなる。
ほんの少しだが自分で食べてくれて嬉しい。
昼も食べてくれるようになればいいのだが。
元の元気な状態にもどらなくてもいい、生き続けてもらいたい。
あわただしく変わっていった庭の花たち
4月28日
昨夜から雨が降り続いている。
室温は16℃あるが肌寒く感じる。
リリは小康状態。
少しずつキャットフードを食べる量が増えたような気がする。
リリの小さな動作に一喜一憂している毎日。
藤、黄モッコウバラの花が雨のため枝がしなだれてしまった。
クリスマスローズ、椿、スノードロップ、スミレ、アメリカンビューティ……
あわただしく庭の景色が変わって行った。
バラが今日の慈雨でますます蕾が大きく膨らむだろう。
いよいよバラの季節到来。
リリとの別れ……「ありがとうリリ」
5月1日
リリとの別れ
4月30日午前10時10分リリが旅だった。
わが家に迷い込んでから1年8か月の短い命だった。
短い期間だった。わたしにとっては長く楽しい時間だった。
籐椅子の上に冷たくなって横たわるリリ。
苦しかった病気との闘いから解放された。
ほつと、安堵しているような、やすらかな顔だった。
背中を撫ぜていると微かな温もりが伝わってくる。
絹を触っているような滑らかな毛。
今にもめをぱっちり開け、大きなアクビをして、手足を思い切り延ばしておもむろに歩き出しそう。
5ヶ月リリは精一杯頑張ってくれた。
わたしのエゴで1ケ月半も嫌がるリリに注射器で食事を与えてしまった。
亡くなる前日は、食べさせようとすると手で払いのけた。
リリが抵抗したのははじめて。
無理に食べさせるのはやめた。
時間を戻すことはできない。
リリを迎えたとき、わたし達はリリより先に死ねないね。
頑張ろうと夫と心に誓ったのに。
「どうしてこんなに早く逝ってしまったの」
リリを思うと涙がせきを切ったようにあふれてくる。
爪とぎ、おまる、どんぐり、小さな紙を丸めたボール……涙を誘うものばかり。
1日中泣き明かしてもリリは戻ってこない。
弟のSもわたしを心配してきてくれた。
リリに流動食のおやつを買ってきてくれたが間に合わなかった。
その夜は弟と夫とわたしの3人でリリを偲んだ。
5月1日出張ペット火葬をたのんだ。
午後1時に来ることになった。
冷たく硬くなったリリの手をにぎりしめた。
そのまま……時間が少しでも遅く過ぎることを願った。
刻々と過ぎていく時間が恨めしい。
到着の電話が入った。
わたしの体は一心硬直した。
どうきが激しく打つのが分かった。
いよいよリリとお別れ。
硬直したリリを抱えてわたしは泣きじゃくっていた。
「大好きなリリ。もうすぐリリの形はなくなってしまうね」
リリを火葬する音が家の中まで微かに伝わってくる。
夫はわたしの気をまぎらわせようとしている。
いろいろと、話題をかえて話しかけてくる。
でも、わたしの、涙は止まらない。
「リリはわたしの中でいつも一緒だよ」
「リリ本当に楽しい日々ありがとう」
滂沱と流れおちる涙は、とどめようもなかつた。
リリを想う
5月3日
朝、夫が静かに障子を開ける音で目覚めた。
「あっ、寝過ごしてしまった――」
「リリに水を取り替えてあげなければ」
「リリはもういないんだ――」と夫。
悲しみがどっとおしよせてきた。
毎朝リリを抱きしめ、「リリ可愛い」と頬ずりして1日がはじまった。
リリの遺骨のある部屋へ行ってお骨をだきしめた。
「リリおはよう」
「カランと小さな乾いた音がした」
涙があふれでる。
夫がそっとわたしを胸に抱きしめてくれた。
夫の胸で泣きじゃくった。
夫も見えないところでひそかに泣いているのだろう。
30年ちかく何匹も猫ちゃんを飼ってき。
リリはあまりにも可愛すぎた。
素直な優しいリリ。
呼ぶと一目散に飛んできた。
紙を丸めた小さなボールでリリとキャチボールをした。
わたしのお腹の上でよく眠った。
こんに泣いたのは初めて。
全身がけだるい。
胸がかきむしられるように苦しい。
4月28日の夜、急にリリが苦しみだした。
29日は獣医さんが休みだった。
もうインターフェロンはやめて家で、静かに余生を送らせようと夫と決めていたのに。
30日もう一度だけ診てもらおうと医者に連れて行った。
嫌がって鳴いたのだから止めればよかったのに――。
キャリーバックからだしてあげればよかった。
酸素が心臓にいきわたらなくなって苦しかっただろう。
獣医さんについてリリの顔を見ると静かな面持ちで目を閉じていた。
そのときリリはすでに亡くなっていた。
最後に便がでていた。
「先生、リリが」
「すぐ治療室にとおしてくれた」
「リリのお尻を綺麗に拭いてくれた」
「先生も、声にならなかった」
キャリーバックにリリを移し抱えてバス停にいそいだ。
無言のやり取りのまま獣医さんを後にした。
これは夢、夢であってほしい。
大声で泣きたいのをこらえ、必死にリリを抱えバスを待った。
便がまた出た様子。
家についてリリを寝かせ、ぬるま湯で綺麗にお尻を洗った。
リリの体を抱きしめ声を出して泣いた。
静かな家の中にわたしの泣き声が染み入っていった。
獣医さんについてすぐ息をひきとってしまった。
連れて行かなければ、リリはまだ生きていただろう。
「リリごめんね、ごめんね」
いくら謝っても取り返しのつかないことをしてしまった。
間を抜かれてしまった。さいごのさいごに、適切だと思った判断。
それが裏目に出てしまった。家にいて、静かに息をひきとつてもらいたかつた。
もこもこのあたたかな柔らかな三毛猫。
リリの3キロほどの重み。
もうわたしの手で感じることはできない。
でも、まだ足元に来て、すりすり、リリがしているような気配がする。
また、涙があふれてくる。
わたしからリリを奪ったが想い出は奪えない
5月11日
リリが亡くなって12日がたった。
まだまだとても信じられない。
日にちがたつほど悲しみがつのる。
いたるところにリリの思い出が残っている。
大きく口のあいた、紙袋。
留守にした日、帰るとあまり泣かないリリが大声で泣きながら紙袋に入った。
あれは何だったのだろう……
どんぐりが土間に転がっている……どんぐりで遊んでいたリリ。
部屋中のテーブル、棚、机にリリの写真を飾った。
いつでも身近にリリを感じ、語りかけられるように。
「リリ、バラが満開だよ、お庭で遊んでおいで」
「リリちゃん生まれ変わって、またmimaのところへおいで」……
病魔は、わたしからリリを奪ったが、想い出は奪えない――リリはいつもわたしと一緒。
夜中の来訪者
6月5日
色とりどりのバラが庭を埋め尽くしている。
庭仕事をしているわたしをよくリリはながめていた。
リリをもう一度バラの咲き乱れる庭で遊ばせてあげたかった。
蝶や虫を真剣に見つめる目。
追いかける可愛い仕草。
もう、リリに触れることも、見ることも、声を聞くことも、体臭を嗅ぐこともできない。
考えると気がおかしくなりそうだ。
家のいたるところにリリの残像が残っている。
触れようとするとスーッと消えてしまう。
寝静まった夜、床を歩く気配、布団がむくむく動いてリリがもぐりこんできたのかと目を覚ます。
夜はいつも一緒に寝ていた。
頬と頬をくっつけて……可愛かった。
リリは真夜中、わたしのそばに来て遊んでいるような気がする。
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