Log. 02 魔術師の系譜 その1
「――病院で、か」
「最悪だ」
†
この事務所は、いつ訪れても水の匂いがする。正確には、雨が降った後のアスファルトの匂いと、建築から少し経って褪せてきたコンクリートの臭いを足して三で割ったようなニュアンスの、ささやかな不快感をもたらす悪臭だ。
ゼミの最中に携帯電話が鳴動したと思ったら、僕はまるで春先のツバメのように、またここにやって来たのだった。
「――花嫁殺し?」
渡された数枚の写真に映っていたのは、どちらも目の前の女史――樋場莉玖さんよりも確実に若い女性だった。
「あ、底にあるヤツは遺体の写真だから見ない方が良いぞ」
遅い。
「もう吐きそうです」
美人が、ハラワタ取り出して聖書台(教会とかによくある、神父さんの前にあるあの台ね)の前にもたれ掛かっている姿は、一瞬絵画と見間違うような光景だったけど――やはり、気持ちの良いモノではない。
「おい、事務所を汚すな。吐くなら給湯室に行け」
×
はい。
問題なし。
「これで二件目、警察はギリギリ、線を繋ぐ気が無いようだ」
そりゃ、二件じゃ、偶然と言っても差し支えないレベルだろうし。
「で、その快楽殺人者の話を、何故貴方から振るのですか?」
「こう見えてもわたくし、警察にツテがありまして……」
そういう事じゃなくて。
「まず大きいところとして、樋場莉玖さん。あなたは探偵でも警察官でもない、ただの壊し屋だ」
「壊し屋は……失礼じゃないかぁ?」
樋場さんは、そう言いながらニヤニヤしている。
「そこを否定しないでください。話の腰が粉砕骨折します」
「ああ、いいだろう。続けたまえよ、インテリ大学生クン」
「そしてあなたの官職だ。『協会』極東第二支部筆頭・協会大主任……長ったらしいですけど、言ってしまえば一番偉い人って事で、まだ問題ないですよね?」
「そろそろ後任者を考えようかと思おうかと思っていた所だ」
このやりとりからしてお分かりだろうが、樋場莉玖という人はこんな感じで自由奔放に傲岸不遜が二人羽織しているようなものだ。ツッコミを放棄して、論を結ぶ。
「以上の事から導かれる結論ですが――この事件の犯人は異能者、って事でしょうか?」
すると一瞬の間の後――樋場さんは、手をパンパンパンと三度叩いた。
「ご高説ご苦労。じゃ、続けるぞ」
――犯人の能力の目星は付いていないが、ハラワタを取り出す技術が綺麗でないことから、その能力ではないだろうという話だった。
確かに、それなら今頃何処かで無差別殺人が起きていてもおかしくないだろう。
「……それはつまり、下手人には異常性が無い――もとい、普通の人間という事ですか?」
犯人が元々異常だったかどうかは分からないが。
「そういう事だ。自分が手を汚さずにやりたいことをやる、一番タチが悪いタイプだよ」
「へぇ。そこまで結論が出ていて、それでいて僕を呼ぶという事は……メーヤが出張るって事ですか?」
「いいや」
――そう応えたのは、樋場莉玖ではなかった。背後にある、先ほど僕も通ってきた事務所のドアが大きく開かれ、そこに一人の影があった。
「俺が行く」
ハスキーな声、少しだけ長い髪をマフラーの中に編み込んだ、この人を僕が見るのは、実に五、六年振りになるだろうか。
「……ラキスさん、お久しぶりですね」
ラキス・ルヴェント。すっごい強い剣士さん――という雑な印象で紹介してしまうのは、あの場に僕が殆ど居合わせられなかったから。
名前からお察しの通り、サムライではない。真っ正面から一振りで決める、みたいな潔さは微塵も無い、汚い闘い方だった。
「そういう君は姫の付き人じゃあないか。――随分と、背が伸びたな」
「止してください。もう彼女は、一人で歩けるようになりましたから」
「――おい、感傷に浸るな。時間が無い、作戦を説明する。犯行状況から察するに、敵を絡め取るには、この作戦が有効だ」
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<NO PERMISSION>
この先へ進むには、以下の権限が必要です。
☑トーパーリーク
☑リザ・ヴィーン・マクマイズ
□リャオ・ラバノ・オルクリケット
<NO DETERMINATION>
この先へ進むには、以下の覚悟が必要です。
□リザ・ヴィーン・マクマイズ
□シャーウェル・レドニア
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