この、オカルトな世界で
森の 仲間
1.つめたい夜にひとり
今夜も、彼らがやってくる。
私の鉛筆を動かす指は、完全に止まっていた。
かけられた壁時計の針は、重なり合って、夜の十二時を示している。
空調が利いているはずなのに、部屋の空気は、既に外気のように冷え切っている。深くため息をつけば、まるで白く煙が濁るようだ。
私は鉛筆を投げ出した。そして、今の今まで、ずっと書きなぐり続けてきたこの文章を見返す。
ああ。だめだ。
あと、どれぐらい挑戦すれば、ちゃんとした手紙になるのだろう。
何十枚? 何百枚? 何千枚?
足元は、書き損じでいっぱいだ。その時、床を埋め尽くしている紙の上を、カサリッと何かが踏む音がした。
私は、目を閉じる。もうここから先は、何も見たくない。口をつぐんだ顔のすぐ脇で、誰かが覗きこんでいるのを強く感じた。
大きなため息がひとつ。
そして、耳元で声。
『キコエェル? キコエテェルノ?』
一斉にわめき散らされる、悪罵、嘆声、怒号。その全てが混在し、部屋の空気をどす黒い色に染めていく。
目を閉じたまま、背もたれに身を預ける。
瞼の裏には、ゆらゆらと燃える炎が映る。その炎は、マグマが煮えたぎっているように、闇の中で明々と燃えていた。
思う。
もし、あなたの事を完全に忘れることができたのなら、この火は消える。そして、この悪夢から解放されるのだろうか。
いや、いったん、落ち着こう。
私はかぶりを振った。
確か、彼女は言っていたではないか。
『想像するという事は、創造する』ってことだって。
そうだ、悪いことは想像するな。悪夢は、まだ始まったばかりなのだ。
たとえ、夜の気配は骨まで冷え切らせるほど寒く、スタンドの明かりは頼りないほどにごく小さく、朝の光が遠い世界の出来事であったとしても。
だから、私は、彼女のことだけを考える。
彼女の小さな指が、この髪を梳いた感触。
そして、力が抜けていく。
実際にこの目で見て、この手で触って、この身で体験したこと。
あの柳の下での会話。ふたりきりの秋の神社。夜の真っ暗な森。
月の下で、銀の稲穂がうねっている。
炎。
雨と、そして、むせび泣くあなたの声。
全部、本当のことだった。
私は、一番始まりを思い出す。
青い空の中央、そこから垂れ下がる、真っ黒な気味の悪いミノムシたち。引っ越してきたばかりの私の前に現れたその光景。
すべては、それから始まったのだ。
それは 黒い糸でぐるぐると巻かれて、蚕のように膨らんでいる。
……時折、ほんのわずかに、動いているようにも見えた。
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