天才と呼ばれる男

王都の中心ラピリア城の1階にある会議室に向かう1人の青年がいた。赤茶色の髪を短く切り揃え兵士らしく凛々しい顔立ちをしているが、どこかあどけなさを残している。

青年の名はエルリック・ニールセン

ラピス王国軍の小隊長を務めている男である。

エルリックはもともと商人になる予定であった。

両親はラピス王国で武器屋を経営しており、エルリックも幼少期より両親の仕事の手伝いをし、将来の夢は王都で1番の武器商人になる事だった。


しかし、武器屋の手伝いをしているとエルリックと両親は気付いた事があった。

エルリックには槍の才能があったのだ。

武器を販売する以上試し切りなどを行う必要がある。

エルリックはこの試し切りが好きだったので両親にお願いをし何度も草を束ねた的に向かって武器を振るった。

その中で両親は気付いたのだ、槍の扱いが抜群に上手い事に。


試しにと近場の道場に通わせてみた。

道場と言っても引退した兵士が趣味代わりに子供達に剣などを教えているだけであったがその中でもエルリックが槍を使えば誰にも負けなかった。

流石に大人には負けてしまうがそれでもいい勝負をするまで成長していた。


本人は商人を続けると言っていたが、両親と引退した兵士たちから強く勧められ国軍への入隊試験を受ける事になった。

エルリックは真面目な性格をしている為、入隊試験で手を抜く事はしなかった。その入隊試験でもエルリックの才能は突出していた。


試験官をやすやすと倒すと、驚いた試験官達はすぐさまエルリックの入隊を上官へと進言した。

すぐさま王国軍へ入隊する事になったエルリックはもともと真面目な性格をしていた事もあり、毎日の鍛錬や軍の知識も手を抜く事はしなかった。


もともと才能もあった上、その才能は将来将軍まで上り詰めると評価された。

それて業務や鍛錬も真面目に毎日続けたエルリックを上官は高く評価していた。

しかしエルリックが戦死してしまうのを恐れた国軍は辺境で起こっている戦にエルリックを出さなかった。


だがそれでも鍛錬を欠かさないエルリックは、すぐさま昇進する事になった。

最初は一般の兵士だったエルリックだったが、すぐさま部隊長になった。


当然実践経験ゼロでの昇進だ。

反対の声も上がったし同僚だった者達はこぞってエルリックの指示を聞いてはくれなかった。


そんな時であった、初めてエルリックに出撃命令が出たのである。

相手は長年争い続けているミリス皇国だった、初めての実戦とありエルリックは気合を入れた。

将軍や大隊長たちから聞いた作戦を何度も繰り返しイメージし、いろんなパターンを想定し自分の部隊をどう活かして戦うか何度も何度もシュミレーションした。


そして本番がやってきた。将軍からのメッセージを聞き、大隊長や小隊長と綿密に打ち合わせをした。

エルリックは勝てると思っていた。

一緒に出撃する将軍や大隊長達とは一緒に鍛錬を積んできていた。

その時の将軍達の撃ち合いを見た時は、身震いをしたものだ。

これまで自分達がしてきたものとはレベルが違ったのだ、その時の事が忘れられず何度も真似した、挑戦した事だってある、自分は1度も勝てなかった。

そんな強者が味方なのだ、その背中を頼もしく感じていた、負けるはずがない、そう信じて出陣をした。


しかし現実は甘くはなかった、頼もしく感じていた将軍達のよりも強者がミリス皇国軍にはいたのだ。


味方の策がことごとく破られ、多くの仲間が死んでいった。

次は自分が殺される、その恐怖が味方を包み込み、何度も行い体に染み込ませたはずの戦闘の仕方を忘れてしまったかのように散り散りになる味方の軍隊、もちろん何度も声を荒げ現状を打破しようと作戦を味方に伝えた。

しかしエルリックは妬まれていた、自分の部隊であるはずの集団は、エルリックの命令に耳を傾けなかった、我先にと逃げて行ってしまったのだ。


そんな時追い打ちを掛けるようにミリス皇国軍の援軍が現れたのだ。


退路を塞がれその事実にパニックを起こした王国軍はもう軍隊としての体裁を保てなかった。

頼もしいと思っていた隊長達は次々と敵に討ち取られ、兵士達は屈強な皇国軍に蹂躙されつつあった。


王国軍の敗北が目前にあった。


しかし王国が敗北する事はなかった。

もうダメだとエルリックが諦めかけていた時、1つの集団が現れたのだ。


その集団は全員が赤い長衣を纏っていた。

人数は10人程であったが瞬く間に皇国軍を蹴散らし圧倒的な強さで戦場を支配したのだ。


その事に王国軍が気が付いた時には、皇国軍は先程の王国軍のようにパニックになっていた。


そしてエルリックに好機が訪れる。

先程までその威圧感でエルリックの目には高い壁のように感じていた皇国軍から今はその威圧感は感じられない。


落ち着きを取り戻したエルリック。

先程までの恐怖が嘘のように感じられず、何も見えなくなったはずの目には戦場が良く見えるようになった。


するとエルリックは発見する。

混乱する皇国軍の中で見つけたのだ、騎士達を落ち着かせる事が出来ず孤立していた皇国の将軍の姿だ。


皇国の将軍の元までの道のりが見えた様に感じたエルリックは走った、混乱する皇国軍の中を使い慣れた槍を片手に単騎で走り抜けたのだ。


不思議とどうすれば辿り着くのかがわかった。

初めての実戦だったが、槍は自然と扱えた、赤い長衣を纏った集団が味方である事の安心感と毎日欠かさず続けた鍛錬は嘘をつかなかったのだ。


槍を振るい敵を葬り走る、人を殺す感触を初めての知った。

なんとも言えない嫌な感覚が全身を包み込んだ、だがエルリックは止まらない、ある者は首を突かれ、ある者は心臓を貫かれ、ある者は腹部を切り裂かれた。


そんなエルリックの突撃に敵の将軍が気付いた時にはもう遅かった。

エルリックが必死の形相で突き出した槍の先は将軍の首を貫いていた。


あの無敵にも思えたミリス皇国将軍をエルリックが討ち取ったのだ。


将軍が討ち取られ敗走する皇国軍。

敗走する皇国軍に赤い長衣の集団は追い打ちをかけ敵をほとんど全滅させた。


この戦争がエルリックのデビュー戦であり、赤い長衣の集団赤姫が王国軍として参加した初めての戦争であった。


王都に帰還すると両親が泣きながら飛びついていた。

エルリックの初陣と聞いて無事で帰ってくることをずっと祈っていたそうだ。


そんな両親に向かってエルリックは誇らしげに報告する「敵の将軍を討ち取った」と。


その日、王都のいたるところでお祝いをしていた。

酒場は満席となり街道にまで席を作り宴会が行われた。

王国軍は久しぶりの勝利だったのだ。

その中でもエルリックは引っ張りだこだった。

将軍達や隊長達、さらには文官たちまでエルリックをたたえていた。


小さい頃からエルリックを知っている近所の人達は誇らしげにエルリックの昔話をしていた。


しかしエルリックは謙虚だった。

自分1人の力では負けていた、勝てたのは赤姫がいたからだと言っている。


だが、赤姫は所詮傭兵、そう考えている上官達は戦の第1功にエルリックを指名した。

エルリックは断る事は出来なかった。しかし戦の勝利は赤姫のおかげであると言い続けた。


そんなエルリックだったが、将来を期待されている中、初陣での戦果だったのだ。小隊長への昇進を命じられる。


未だエルリックの事を良く思わない者もいる、エルリックは断ろうとした。

しかし上官は言ったのだ、本来ならば小隊長では参加出来ない軍事会議に出席して貰うと、当然将来を見越した上経験を積ませるための参加である。発言は控えるように言われていた。


だがその会議には赤姫も参加する、エルリックはそこでやっとお礼が言えると思った。

赤姫にはなかなか会う事が出来なかったのだ。


そしてエルリックは昇進する事を決め、会議に参加するのであった。


だがエルリックを待ち受けていたのは会議とは名ばかりの言い争いであった。


初めての参加の時、赤姫に真っ先にお礼を言う為準備をしていたが、その考えては実行出来なかった。


席が離れていたこともあったが、赤姫が会議に来たのは会議開始直前であったのだ。

その為赤姫が来た瞬間に会議が始まってしまい、行動出来なかったのだ、その為会議が終わったらお礼をする事に決めたがそれも叶わなかった。


会議では赤姫を良く思わない将軍が変なプライドを持っていた為、赤姫を軽視し嫌味を言いながら会議を進めてしまったのだ。


当然赤姫は反発をした、前回の戦いだってそうだ赤姫がいなければ負けていた。

そんな事はエルリックが1番わかっている。

赤姫の肩を持とうと発言すると、将軍睨みつけ「1度活躍したくらいで調子に乗りおって」と文句を言われてしまう。

余計なプライドを持っているせいで他人の活躍を認められないのだ


赤姫側は最初は我慢していたのだが、会議が続くうち我慢の限界がきてしまったのだろう。

団長のユナという少女が暴れ出したのだ、さすがに斬りかかったりはしなかったが、硬い黒曜石で出来ている机を殴り机が真っ二つになってしまったのだ。


さすがにこれを見せられては黙るしかない将軍であったが、会議は当然中止。

赤姫のメンバーはすぐさま退室してしまったのだ。

赤姫を軽視する将軍は他の将軍達や文官たちからお咎めの言葉を言われていたが、やはり赤姫を認めず「ふん!じゃじゃ馬どもが!」と顔を赤くし、退席してしまった。


初めての会議であり、気合いを入れていたエルリックだったが「これの何が会議なんだ」とお礼を言えなかった事もあり落胆してしまった。


次の日も同じような事の繰り返しをする会議だった。そしてその次も、そして今回の会議もそうだった。お決まりのように団長の少女が暴れ赤姫が途中で退席してしまい、またも会議は中止。

その事に真面目なエルリックはまたも落胆してしまっている。


「まったく、ユルゲン将軍は学ぶ事を知らない赤姫なしでどう皇国に勝つつもりなんだ」


赤姫を最強の戦力と認め、友好的にしたいと考えている将軍の1人、リーグ将軍が呟く。

リーグ将軍は自身も元傭兵で、その実力を認められ将軍まで上り詰めた男だ。


「自分も同じリーグ将軍と同じ意見です、情けない話ですが皇国と自分達では兵力に差が開きすぎです、赤姫がいるとはいえ10数名ですからね」


今この会議室にはリーグ将軍とエルリックしか残っていない、暴れたユナの片付けをするのは1番下っ端のエルリックの役目だった。


「お前は若いのにわかってるな、あの将軍と立場変わってくれよ」


笑いながらリーグは言うがそんな事は出来ない。


「正直に言うと自分は少しがっかりしている気持ちもあります。会議と言うのでもっと戦術などの勉強になると思っていたのですが」


エルリックはリーグ将軍の事を尊敬していた、入隊した時からお世話になっているし同じ槍使いだったので、何度も指導を受けていた。

リーグ将軍自体付き合いやすい性格をしているので本音を話せる数少ない上官でもあった。


「お前は真面目すぎなところもあるからな、この会議は結構堪えるだろ?たまには酒でも飲んで発散しろよ?娼館でも連れてってやろうか?楽しいぞ!」


リーグは少しエルリックを心配していた。

真面目なのは良いのだがこんな会議ではかえって真面目さが裏目に出てしまうかもしれないし、こんな事で潰れてしまうにはエルリックは惜しい存在なのだ。


「そうですね、娼館は遠慮しておきますがちょっと飲みにでも出ようと思います」


エルリックは女性と接する事が昔から少なかったのでまだ未経験だ。

それに真面目なので本当に好きになった人と考えている。


「気が向いたらいつでも言えよ?付き合うからな」


そう笑いながらリーグは退席した。

彼は将軍なので忙しいのだがエルリックの為に時間を割いてくれる。

そういう性格もあって彼の部下達からは非常に慕われている。


「ありがとうございます、リーグ将軍」


手をひらひらさせながら歩いて行くリーグの背中を見ながらお礼を言う。


その後、エルリックは仕事を終え、酒場のある西街道に向かうのであった。

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