団長の憂鬱
「う〜、ひまぁ」
王都にある最高級の宿屋の8回建ての最上階の部屋の中、背もたれに向かい合うように椅子に座り、ガタガタと椅子を揺らしている赤い髪の少女、赤姫の団長であるユナだ。
「何か面白い事ないかなぁ」
先程からこればかり言っている。本当の事を言うならば彼女は暇な訳ではない、赤姫は現在ラピス王国に雇われているしラピス王国でも最強の戦力であるのため、ミリス皇国との戦争の件で毎日のように作戦会議が行われている。今日もこの後会議が行われる予定である。
当然団長であるユナは参加しなければならないが、この会議では毎回同じような話しかしないため飽きてしまったのだ。
ラピス王国の将軍達はよそ者である赤姫を良く思っていないため、毎回何かしら理由をつけて赤姫に対し文句を言ってくる。
だがお世辞にもこの国の兵士達は赤姫からしたら強いとは言えない、しかしプライドだけは一丁前に持っているため毎回喧嘩のような会話になってしまう。
ユナは気が短い方なのですぐに売り言葉に買い言葉で言い争ってしまうのだが、暴れる訳にもいかず毎回赤姫のナンバー3であるクレアになだめられていた。
会議の内容は、国境付近で起こっている小さな争いの内容が多いのだが、そんな小さな争いに赤姫を投入する訳ではない。
なので最初に赤姫が参戦した以降はずっと王都で待機していた。そのためストレスを発散する事も出来ず、ここ最近はずっとイライラしてしまっていた。
「でもなんかナナのやつ機嫌良かっわね、何かあったのかな?」
副長のナナは何かいい事があったのか最近やけに機嫌がいい、自分がイライラしてる中、ユナの頭の中では自由気ままに楽しく遊んでるナナが想像され少し嫉妬している。
「もっとあいつといたら楽しかったかなぁ?」
この頃ずっと思っている事だった。最初の戦争で出会ったシンと王都へ旅をしている時は、楽しかったのをユナは覚えている、それに
「私の髪の毛綺麗って言ってくれたよね?それに可愛いって」
こう言われていたのも覚えている、異性から面と向かってこう言われたのは初めての事であったし嫌な気もしなかった、純粋に嬉しかった。
「でも、胸をさわられたわね、それは許せないわ、ムカつく」
そう、可愛いなどと言われたのは嬉しかったが、この事だけは許せなかった。
次会ったらもう一度文句を言ってやろうと考えていたが、酒場で働いているところを見たらそんな事忘れて思いっきり笑ってしまっていた。
「はぁ、報酬は良いんだけど、やっぱこの仕事受けない方が良かった」
ラピス王国に雇われていなければ、あの面白そうな男と冒険でも出来たかも知れないと、この後行われる気まず堅っ苦しい会議を思い憂鬱になる。
もともと堅っ苦しいのは嫌いだった、赤姫だけであれば個々の戦闘力は高いし、ナンバー3のクレアが基本的に指揮を取り、自分とナナは特に高い戦闘力を持っている。
基本自由に行動出来たのでストレスを感じる事は無かった。
まあこんな風に団長と副長が自由すぎるので後をまとめるナンバー3のクレアは毎回頭を悩ませているのだが、ユナは知らない。
「そうよ!会議なんてクレアが出れば良いのよ!」
しまいには自分の部下のせいにしてしまおうと考えている。
そんな事を思っていると、窓から見覚えのある黒髪の少年がフード付きのコートを来て何やらコソコソと裏門である北方面に歩いて行くのが目に入った。
「あいつあっちに行って何する気なの?北は岩山地帯だから、鉱山ぐらいしかないわよ」
彼女はあの男が証を求めて旅をしているのを知っている。
それに証があの方面にもない事も分かっている。ラピス王国の北側に行く人間など鉱山で働く人間しかほぼいない。
道があるにはあるが整備はほとんどされてなく、道を逸れたところには魔獣が住み着いている。
ほとんどの魔獣は縄張りが狭く採石場に来る事はめったにないが、魔獣の住処に行こうなどと言う人間もいない。
しかしユナの感と言うものが本能で悟ってくる。
あの男は何か面白そうな事をするんじゃないかと、あんな堅っ苦しい会議よりもこっちの方が絶対面白いと。
思えばあの男は不思議だった、一緒に旅をしてたが戦闘は全部自分がやった、あの男が戦おうとするところは見ていない。
しかし騎士に囲まれていた時に一瞬感じた気配が忘れられない、代行者となっているんだ何か秘密があるに違いない、追いかければその秘密がわかるかも知れない。
こう思ってしまったらもうユナは止まらない、嫌な事より面白そうな事を優先する。
先ほど副長のナナは勝手に行動していると文句を言っていたのだが、自分もそれ以上の勝手な行動しようとしている事などユナは欠片も思っていない
追いかけよう、こうと決まったユナの行動は早い。
まだ会議まで時間がありクレアが迎えに来るまでは余裕がある。
それにこの時間ならみんな自室にこもっているだろうし、口うるさいクレアも気を抜いている事だろう。
窓から出て行ってしまえば誰にも気付かれる訳はない。
もともと本気をで気配を消したユナに気付ける者などほとんどいない、「よし!」と気合を入れたユナはまず置き手紙を書く。
そして辺りに誰もいないのを確認し、窓から隣の建物に飛び移りあの黒髪の青年を追いかける。
2時間後、宿の最上階の部屋で「会議よろしくねー」と言うユナの似顔絵が描かれた置き手紙を見つけ、宿中を駆け回るが団長どころか副長の姿も消えている事に気付いたクレアが暴れ、団員達が必死で取り押さえた事など一切考えていない。
北門を抜けた先、鉱山に向かう道の岩陰に隠れながら先を進むシンを追いかけるユナは完全に気配を消していた。
その証拠に近くの枯れ木に止まっている臆病な事で有名なラピ鳥は逃げる事なく羽を休めている。
王都から追いかけて来ているがここまでシンがこちらに気付いた様子もない今もユナが聞いた事のない歌を歌いながら拾った木の棒をクルクルと振り回しながら歩いている。
ここに来るまで何度か立ち止まりながら歩いていたが何か怪しい様子は無かった。
ただこちら方面に散歩に来たような感じであったし「何もねえなぁ」などと独り言を呟いている。
そんな様子を見ていると真剣に尾行しているこちらがバカみたいではないかと思い始めてきた。
いっそ出て行って「何してるの?」なんて聞いた方が良いんじゃないかと考えるがまだ始まったばかりだ、もうちょっと様子を見ていようと思っていると、何やらシンの様子が変わった。
「この道進んでも何もなさそうだな」
などと呟きながら道を外れ整備されていない方向へ向かってしまったのだ。
「あのバカ!そんな方が行ったら魔獣の縄張りに入っちゃうわよ!」
危ない、そう思い声を掛けようとしたユナであったが好奇心がそれを許さなかった。
これで魔獣なんて出てきたら戦うしかない。もしかしたら実力が見れるかも知れないと考え、まだ尾行する事に決めた。
そんな事をユナが考えているとはつゆ知らず着々と道を進むシン。
しばらくすると何か見つけたのか「お!あったあった」と言いながら、道具袋から何か取り出し岩山に近づいている。
何があったのか気になったユナはさらに気配を消して近づく、すると目に見えたのは鉱山から顔を出しているラピス鉱石の原石を掘り出しているシンの姿だ。
「ちょっと勝手に採掘なんて犯罪じゃない!」
鉱山で許可なく採掘する事は犯罪として国では処罰される。そんな当たり前の事だがシンはその法律の事を知らなかった。
金を稼ぐ事に頭がいっぱいでそんな簡単な事を思いつかなかったのだ。結局「鉱石掘り出して売ったら金になんじゃね?」と考えのままここまで来ていたのだ
ここはやめさせて戻らした方が良いよね?などとユナが考えているうちにどんどん掘り出し「大量大量!あっはっは」などと陽気に採掘している。
ここはやめさせると身を乗り出して声を掛けようとしたユナの目に巨大な灰色のものが見えた
(あっ!あれってもしかして岩狼⁈まずい逃げないと!)
岩狼・ラピス鉱山を縄張りにしている魔獣の中でも最高峰の強さを持った魔獣である。
岩狼はラピス鉱石を食べていると言われており、その灰色の体毛は名前の通り非常に硬く、並の武器では逆にこちらの武器が傷ついてしまうほどだ。
『キサマ、何をしている?』
腹の底に響くような低い声で岩狼がシンに問いかける。知能の高い魔獣は言葉をしゃべる事が出来るのだ。
「ん?なんだお前しゃべれんのか」
背後から声を掛けられたシンは平然と言葉を返す。
なぜ岩狼を見てそんな冷静でいられるのかわからないユナだったがシンがこの世界に来たばかりというのを思い出す。
(まさかあいつ岩狼を知らないの?岩狼は知能が高い話をして許してもらわないと、でもあいつは知らないみたいだしここは私が何とかしないとだよね?)
そうユナが考えている間にシンと岩狼の会話は進んでいた。
『何をしているか聞いているのだ、答えろ愚かな人間よ』
「愚かって、まあ否定はしないけど、見りゃ分かんだろ採掘だよ採掘」
『愚かとわかりながら我の食物を奪うと言うのか、キサマ死にたいのだな』
「死にたくないね、だいたいなんでお前のエサって決めてんだ、この鉱石は俺が見つけた物だお前のエサじゃない」
『本当に愚かな人間だ、ここは我の縄張りだと知らないとは』
「知るか!そんな事俺はここに来たばっかだからな縄張りなんて知らないね」
『フン、良いだろう、キサマはここで我のエサとしてくれよう』
あのバカ!と心でシンに悪態を吐く。
悪態を吐きながら、岩狼からどうやって2人逃げ出すかの算段を付けようとする、岩狼は速い、それにここは奴のテリトリーだ自分達2人だけでは分が悪すぎる。
いくら序列5位のユナとはいえそれは人族の中に限った話である。
魔獣の力は強大でそれこそ赤姫全員で討伐に向かわなくては、確実に勝利出来ない。
1人でも勝てるかも知れないが絶対ではない、負け=死である事は傭兵であり、生まれてから戦闘ばかりしているユナにはそれがわかる、最後まで生き残ってこそ勝利と言えるのだ。
だが現状はどうだ、この一帯の覇者の一体である岩狼相手に自分と実力のわからない男との共闘となるだろう。
旅をするぐらいだそこそこの実力があるだろうが、もしかすると全く戦えないのかも知れないそんな状態で戦うのは絶対に悪手だろう
そう考えやはり逃亡の仕方を考えるユナ。
しかしどうにも良いと思える案が思いつかない、それもそうだ、ユナは小さい頃から強大な力を持って生まれた、子供同士のケンカだけでなく大人とのケンカでも圧勝して生きてきたのだ。
生まれてから敗北した事など1度だってない、ユナは常に勝者だったのだ、そんな自分が敗者の生き方でもある、逃げる事なんてわかるはずがない。
それでもシンを助ける為、一生懸命思考しているうちに少しの間だが目を離してしまっていた
それに気づいたユナは、ハッとした表情をしながら視線を戻すことにする。
視線の先にあるのは、黒髪の男と岩狼の姿がある、見ていなくてもそれぐらいはわかるシンの気配は先程からずっと感じている。
まだ生きてるそう安心もするが、これからどうしようという不安がある中、元の視線の位置まで戻った。
「えっ⁉︎」
しかし、戻したユナの目がうつした物は、想像と違ったものをうつしだしていた。
黒髪の青年は先程と変わらず岩山に立っているが問題は他にある。
そう先程まで視線の大半を覆っていた6メートルほどあるだろう体格をした灰色の毛並みの岩狼の姿が無くなっているのだ。
「何があったの?岩狼はどこ?」
そんな光景を頭が全く理解出来ない、あの岩狼がいなくなったのだ。
しばらくボーっとしてしまったユナであったが、シンの「今日はこんぐらいで帰るか!」という言葉を聞き我にかえってくる。
結局帰りも特に怪しいとこもなくまたもや聞いた事のない歌を歌いながら帰るシンをただただ見ているユナであった。
そして、夕暮れ時になり、今だに頭がボーっとしたまま赤姫が独占している高級宿の1回まで辿り着いたユナを出迎えていたのは、銀色に輝く髪を頭の少し後ろでお団子状に纏めながら腰までその髪を伸ばしている20代前半だろう。
少し大人の雰囲気を醸し出しているが、鬼のような形相をしながら仁王立ちしている赤姫のナンバー3クレアだった。
やばい、本能で察知したユナだったが時すでに遅し、いっしゅんで捉えられ2時間ほど大きなお説教をされ、さらに抱えられたと思ったらクレア必殺のケツ叩きが始まってしまった。
あまりの痛さに涙がにじんでいたがメンバーは誰も止めてくれずお尻が真っ赤になるまで叩かれてしまった。
それを見てしまった赤姫にはクレアには絶対に逆らわないという鉄の掟が作られたそうだ。
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