真・桃太郎伝説

神月裕二

天魔襲来変

第1話

 吉備の国に、異世界の住人が跳梁跋扈するようになったのは、果たしていつの頃からであったろうか。

 それまで平和であった村に、突如として天より飛来せし異形いぎょうの生物――それは数えきれぬ程いたが、どれ一つとして同じ姿形をしたものはいなかった――が現れ、奇怪なき声を上げて、あまりに突然のことに逃げるのも忘れて立ち尽くす村人たちを惨殺し、頭からむさぼり喰った。

 わらっていた。そして楽しんでいた。

 凄まじい殺戮を、そいつらは飽くことなく繰りひろげていた。

 やがて村全体が血の色に煙るころ、その人外じんがい化性けしょう何処いづこかへと姿を消し、そして悲劇は終焉しゅうえんを迎えるのだった。

 あとには、肉を引きちぎられ、骨を砕かれた見るに耐えない無惨な死体のみが残り、虚ろな眼窩を夜闇に向けているのだった。

 その上空。

 今、理由なき殺害を受けた村人たちの魂とも怨念とも言えるものが、白煙のように微風に吹かれてわだかまっていた。

 やがてそれは一つの眼に見えぬ大きな流れに乗って、一つの方向へと動き始める。

 もし、この場に霊能力を持った人間がいたら、見えたかも知れない。そして、聞こえたかも知れない。

 その白きものは、人の魂であった。

 今しがた、無数の化物の襲撃を受けて殺された村人たちの、呪いの言葉を吐き続ける怨念に満ち満ちた魂であり、その流れとは、同じようにして化物に殺された人々の魂が生んだ悪想念流と呼べるものであった。

 その猛烈なマイナスの想念の流れは、何か強力な磁力めいたものに引かれるかの如く流れていく。

 やがてその流れはいくつかの別の悪想念流と合流し、怨念の大河となってそこに突き進んでいく――。

 すなわち、鬼ヶ島――。

 瀬戸内海に臨む吉備の国。その沖合いに一つの小さな島がある。

 人の住めぬ、砂と切り立った断崖だけの孤島に、不穏な風が吹き始めたのは、ちょうど吉備の国に異形の化物が出没するようになったのとほぼ同時期であった。

 島の上空には常に暗雲が垂れ込め、鳥の姿、魚の影をその周辺で見ることが少なくなった。

 近くの漁村は飢餓という大損害を被ったが、どのみち彼等の生命はそんなに長くは保たなかったのである。

 異世界の怪物によって滅ぼされた村には、遠からず決まって同じ現象が生じる。

 それは、村の隅から隅までを粘っこくぶよぶよとした半透明の物質が覆い尽くすのである。高木だろうと家屋だろうと容赦なく全てを呑み込んでいくそれは、化物の襲撃の後二日ほど経つと、村人たちの血を大量に吸った地面の下より、じくじくと滲み出てくるのだ。

 そして、その怪異な物質に包まれたが最後、地上にある全てのものは溶かされ、二度と再び緑が甦ることはない。

 今、鬼ヶ島と呼ばれる島に、どうどうと音を立てて天より流れ落ちる黒き怒濤がある。

 それは、海を越えた向こうに見える吉備の国より大河の如く流れて来た悪想念の滝であった。

 凄まじい量の悪意の想念流が暗雲を貫き、地上に、否、島の砂浜に描かれた巨大な魔法陣に突き刺さっているのだ。そして、暗雲とは、すなわち悪想念の溜まり場であった。

 その滝の周囲に、信じがたい数の邪悪な妖魔の姿があり、凝っと暗雲を見つめていた。

 その、瞳のない、紅玉を嵌め込んだような瞳に映るのは――

 おお、見よ!

 暗雲の中に巨大に輝く、二つの邪悪なる眼差し!

 それは、まさに鬼の眼であった!

 吉備の国のいくつもの村を襲撃し、死滅させた化物を操るのがこの巨大な邪眼ならば、人外の化性を手足の如く操り、人を滅ぼし、その怨念を集めて、邪眼はいったい何をしようというのか。

 そのとき、暗雲に輝く眼が細くなった。

 笑ったのである。

 そして、それに応えるように、異界の獣たちが嬉々とした声を上げて、次々に空へ――彼方の村へと飛び立っていく。

 妖魔たちは、そこで恐るべき血みどろの殺戮を幾度となく繰り広げるのである。

 しかし、この日向かったある村で、邪眼は下僕たちの眼を通して信じがたい光景を見、そして宿命の敵と出会うことになるのだった。

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