トリシアはホワイトによって下の階に連れて行かれ、アーサーだけがブライアン叔父の寝室に残された。


「彼女をどうするつもりなんだ……?」

「殺しはしない。だが君が儀式を遂行しない限り、彼女が自由になる事は無いだろう」

「……やるよ」

「それで良い」

「畜生、望み通りあんたを殺してやる……!」


アーサーは不自由になった足を引き摺り、寝室を出た。

彼は廊下に出てから、片足だけで飛び跳ねて移動できはしないかと考え、実際にやってみた。

だが足が思う様に上がらず、結局足を引き摺る歩き方に戻らざるを得なかった。

階段を下りるのにも苦労した。

使用人達は、その様子を警戒するでもなければ嘲るでもなく、ただ見守っていた。


「おい、トリシアはどうした!?」

「お答え出来ません」

「彼女に傷をつけちゃいないだろうな」

「お答え出来ません」

「もう良い! 後でボコボコにしてやる!」


アーサーはトリシアの無事だけを信じ、オークの木を目指した。

裏庭まで辿り着いた。

オークの木が見える場所まで来ると、木の上に生き物がいる様な気がして来た。


狡猾なヘビが得物を待ち伏せしている様な、そんな感じだ。


アーサーは木の枝を1枝つずつ丁寧に観察した。


生き物はどこにもいなかった。


その代わりに捻じ曲がった黄色い枝が目に止まった。


それはいわゆるヤドリギで、螺旋を描く様に育った枝が3枝あり、それらの枝分かれの中心には目玉の様に奇妙に膨らんだ新芽が出ていた。


アーサーはそれが叔父の言う「金枝」だと直感的に理解した。


アーサーが伸びをして「金枝」に触れると、枝は独りでにオークの木から地面に落ちた。


アーサーはそれを持ち、屋敷の中に戻った。


枝を杖代わりに、彼は必死で階段を登った。

その間に、彼は幾つかの事について考えた。

まず「トリシアが酷い目に遭っていたらどうしよう」という考えが浮かんだ。

だがその事を考えると胸が張り裂けそうに痛むので、その事は極力考えまいとした。

代わりに「ブライアン叔父を金枝で刺した後、すぐに叔父の言う神、いや邪神を道連れにしてやろう」という考えで頭を満たした。

その考えは彼に階段を登る力をくれた。


長い長い時間をかけ、アーサーは叔父の寝室へと舞い戻った。


そして、アーサーは何のためらいもなく、ベッドに臥せっていた叔父の心臓に「金枝」を突き刺した。


叔父は安らかな眠りについた。


それがアーサーの癪に障った。

アーサーは乱暴に枝を引き抜いた。

血は流れなかった。


「クソッ、クソッ! いい気なもんだな全く……!」


緊張の糸が切れ、アーサーはベッドに座り込んだ。

しばらくするとアーサーの右手に激痛が走った。

アーサーは自分の手を見た。

掌に「金枝」の「持ち手側」が深々と突き刺さっていた。

傷口からは血があふれ出し、部屋の床に血だまりを作っていた。


アーサーは「金枝」を引き抜こうとした。

しかし「金枝」は引き抜かれるどころかアーサーの肉体にじわじわと食い込んで行った。

そして最後にはアーサーの右腕に吸い込まれる様にして消えた。

「金枝」が消えた後、傷口は痕も残さず一瞬にして塞がった。


次にアーサーの右足の、ミイラの様に萎んだ部分に痒みが生じた。

彼の右足は徐々に元通りになって行った。


変化は止まらなかった。


皮膚の下から何か硬い物が生えて来るのが感じられた。

体温が急激に低下した。

内臓のあちこちで「心臓の様な何か」が脈打ち始めた。


アーサーは自身に起こりつつある名状し難い変化を無視しようと努めながら、ゆっくりと部屋を出た。

トリシアを救うために。




アーサーはトリシアがどこにいるのか使用人に尋ねた。


すると屋敷の地下にいると告げられた。


アーサーは地下に迷う事無く向かった。


廊下にかけられた古ぼけた鏡が、アーサーの顔に不気味な鱗が生え始めている様子を映し出していた。








「トリシア。無事か? トリシア?」


アーサーはトリシアの名を呼びながら、地下に続く階段を下りた。


「アーサー? アーサーなの?」


トリシアの声が聞こえた。


アーサーは歓喜した。


「待っててくれ! すぐ行く!」


アーサーは鉄格子の扉を、人間離れした力でこじ開けた。

部屋は暗かったが、何となくトリシアのいる場所は分かった。

だが、彼女の方がアーサーを拒絶した。


「待って。ダメ! 来ないで!」


「俺はもうダメだが、君は大丈夫だ。ニューヨークに戻れる」


アーサーはトリシアの手を探り当て、彼女の手を引いて灯の当たる場所へ出た。


だが、トリシアはそれ以上前には進もうとしなかった。


「無理よ……」


彼女は涙を拭い、鼻をすすった。


「一緒にはいられない……」


アーサーは彼女の全身をあらためて見た。


彼女の服の袖やスカートの下からは、何本もの太く長い触手が生えていた。

下半身から生えた触手がゆらゆらと動き、アーサーの手足に絡みついた。

触手の力は信じられない程強く、骨が軋む音がした。

トリシアの右手から生えた触手の1本がアーサーの頬を撫でた。

トリシアもまた、醜い、人以外の何かに変化しようとしていた。


アーサーは半ばヤケになって言った。


「じゃあ、一緒に死ぬかい?」

「私をこんな風にした奴は、全身をバラバラに切り刻んでも死ぬのは無理だって、受け入れろって……」

「そうか……はっはっはっ。成る程。最後まで俺はブライアン叔父、いや邪神の掌の上だったんだな……」


アーサーは力無く笑った。


「どういう事?」

「邪神は俺が何とかして死のうとする事まで知っていた。だけど君をこんな状態のままほったらかしにしては死ねない。だから君をこんな風にしたんだ」

「……」

「……君さえよければ、今後も一緒にいたいんだが、どうだい?」


アーサーは鱗の生えた手でトリシアの目じりに浮かんだ涙を拭った。


そしてトリシアの手を握った。


トリシアはその手を握り返した。


「勿論、良いわよ。あなたと一緒なら」


トリシアは心なしか嬉しそうだった。


アーサーもそれを見て、何とも言えない元気が沸いてきたのだった。





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