プロポーズの場所は悪霊の館でした。

カワシマ・カズヒロ

アーサー・マッキンリーはニューヨークの貧しいアイルランド系移民の家に生まれた。

年齢は19歳。

黒髪の青年で身長は6フィートあったが少々痩せている。


父親のマイケルは堅実な男だったが、1916年に交通事故で死亡。

その時、アーサーは10歳だった。

生活に窮した母親のブリジットは家具商のケヴィン・マッキンリーという男と再婚した。


母親の再婚から程なくして、ディジーという妹が生まれた。

両親はアーサーもディジーも平等に愛したが……


ケヴィンが事業の拡大に失敗した事で生活は一転した。


一家は家を失い、マンハッタンの悪名高い安アパートに住まなければならなくなった。




だから叔父から「遺産について話し合いたい」という趣旨の手紙を受け取った時、アーサーは心から喜んだ。

彼は何度も封筒から出し入れして中身を確認した。

「10月31日、ボストン行きか……レストランの方にも連絡入れておかないとな」


やたらと機嫌の良い彼を見て、妹のディジーが声を掛けて来た。

「兄さん。さっきから嬉しそうだけど、その手紙に何か良い事が書いてあったの?」

「はっはー! 喜べディジー! もうすぐこの狭い家から出られるぞ!」


アーサーはディジーの両手を取り、狭い部屋を器用にぐるりと一周した。

ディジーは小首を傾げながらアーサーに聞いた。

「それって結局どういう事?」

「叔父さんの遺産が貰えるって事。ああ、でも、みんなにはまだ秘密だぞ」

アーサーは愉快そうに言った。

ディジーは利発な娘で口が堅く、遺産の話を聞かれる心配は無かった。

アーサーはデイジーに小声で囁いた。

「お金が使い切れないくらいあったら何が欲しい?」

「『オズの魔法使い』」

「シリーズ全巻買ってもお釣りが来る」

「わぁ、すごい!」




アーサーはさらに調子に乗って幼馴染のパトリシア・マクミランのところにも同じ事を言いに行った。


トリシアは父親が投機で一山当てたおかげで良い家に住んでいた。


「トリシア!」


アーサーは家の塀によじ登って叫んだ。

すると2階の窓が開き、そこからトリシアが顔を出した。

彼女は亜麻色の髪を肩のあたりまで伸ばしていた。

悪戯っぽい微笑みが似合う顔。

若々しい艶のある肌。

体型はスレンダー。

まごうことなき美人だった。


「何か良い事あったの?」

「それ少し前に妹にも言われたよ」


アーサーは笑った。

そして手に持っていた白い封筒から手紙を取り出し、トリシアに向かって振ってみせた。


「良い事ってのはこれさ」

「ここからじゃ視力検査ね。そっちに行くから待ってて!」

「オーケー。何時間でも」

「そんなにかかるわけないでしょ。30秒あれば十分よ」


トリシアは胸を反らして言った。

そして慌しく外出の準備をした。


「パット! もう少し静かになさい!」

「ごめんママ! 今急いでるの!」


開けっ放しになった窓からパトリシアと彼女の母親のやり取りが聞こえて来た。

待つ事1分、ヒールを履きながらパトリシアが玄関に出て来た。


「お待たせ。さっきの手紙見せて」

「これだ」

アーサーは封筒から出して広げた手紙をパトリシアに渡した。

「すごいじゃない! 映画みたい!」

「ああ。遺産があれば人生をやり直せる。それに」

「前みたいに堂々とあなたと一緒にいられるってワケね。良いじゃない。最高ね」

「待った。まだ気が早いよ」


アーサーは彼に抱きつこうとするトリシアを制止した。


マクミラン夫人は成金特有の貧乏アレルギー持ちをこじらせており、怒らせると大変な事になるからだ。

以前、アーサーは彼女を怒らせて花瓶を投げられた。


「君のお母さんが良い顔しないからね」

「ああ。確かに、そうね。でも事情を話せば気に入られるかも」

「まだお金が手元にないから、詐欺だと思われる方に1ドル賭けよう」

「卑屈過ぎ」

「貧乏が板に付いて来たらしい」


アーサーは自虐ネタを飛ばしつつ手紙を封筒に仕舞った。


「そろそろ帰るよ」

「また来て。来なかったら私の方から行くかも知れないわよ」

「じゃあこっちから行くよ。お嬢様をテネメントにご招待なんてのは世間体が良くないからね」





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