いつかのどこか


何処どこかへ行かなければいけない。」


そう、思った。


ぬるい水をただようように微睡まどろむ中、

かすむ思考で考えたのはどれくらい前か。


何処どこへ?」


誰かが問う声が、

バラバラに千切ちぎれていく意識を

さらに柔らかくみだす。


「わからない。」


答えた声は、

はっきりと出せたか曖昧あいまいだ。


しかし、

そんな状態でも、

自分の意思は正しく伝わったらしい。


どこからか、

満足そうな声がした。


「ならば、いい。」


穏やかな、

笑みさえふくんだ声音に戸惑とまどいつつ、

なぜか自分も穏やかな気持ちになる。


さらに意識が引き裂かれ、千切ちぎれ、

ただよい始める事に躊躇ためらう気持ちも生まれるが


手放てばなしてしまおう。)


と、ゆったりと目を閉じて受け入れた。


すると、暖かく、静かな闇が、

頭の中に浮かんでくる。


全てを溶かしていくような、

甘く、穏やかな毒に身をまかせ力を抜くと、

辺りから安堵あんどの吐息にも似た、

柔らかな笑い声が聞こえてきた。


「これが、正しい事なんだ。」


とても安らかな心地で、

このぬるま湯のような闇に身をゆだねるため

全身の力を抜く。


意識が体を離れだすと、

辺りに響く穏やかな笑い声さえ、

遠くかすんで聞こえなくなってきた。


「ゆっくりと、眠ればいい。」


最後にそう、

甘い響きを残して。


穏やかな心で、

ワタシはこのまま深い眠りにつくんだろう。


(なんて、素敵で贅沢ぜいたくなんだ。)


これで最後とばかりに、

感嘆かんたんの息をつき深く、

この闇に沈んでいく。


意識が粉々に砕け散り、消えゆく中で・・

ふと、何かの輪郭りんかくが浮かんだ。


あれは。


この、声は。


「誰だったんダロウ・・。」


意識せずに呟いた瞬間、

突然、激しい頭痛と気分の悪さに襲われ、

声も出せないまま急速に、

この穏やかな場所から引き離されていく。


「嫌だ!待って!待って!!」


どんなに望んで足掻あがいても、

どれだけ喉をらせて泣き叫んでも。


その場所へ戻る事は許されなかった。


無情な痛みに耐えかねて、

私の意識はふつりと消える。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る