第27話


翌日、決意した通りにバーに顔を出せば、ママが「なぁんであれから全然来なかったのよー!!!」と凄い剣幕で迫ってきた。


なにか俺に用事があったのかと聞くと、「用があるのはアタシじゃないわよ」とニヤニヤしながら言われた。


「?、じゃあ誰?」


「待ってね、今運悪くおトイレ行ってるから~」


ママがそう言った瞬間、ちょうどトイレのドアが開き、すらりとした男性が出てきた。


「あ」


それはまさしく、このバーで声を掛けてきたあのイケメンだった。

連絡先を貰ったが、恋人には間違ってもなってくれないだろうなと思ったので結局捨ててしまったんだった。


なんとなしにイケメンを見つめていると、視線を感じたのか彼がこちらを向き、バッチリと目が合った。


「あーッ!!君!!」


「!??」


パタパタとこちらに走り寄って来たイケメンは、すぐ目の前で立ち止まると、鬼気迫る表情で俺の二の腕を掴んできた。


「なんで連絡くれないの?俺、下手だったかな!?」


「え?」


「え、じゃないよ。俺あれからずーっと待ってたのに、全然連絡してくれないんだもん!」


至近距離でイケメンが頬を膨らませて怒っている。スーツ着た大人が「もん」とか言ってるのに違和感ないとか不思議だ。


いや、そうじゃなくて。



「…え、俺からの連絡、待ってたんですか?」


「だから、さっきからそう言ってるじゃない」


「いや、…いやいや、何故?なんであんたみたいなイケメンが、俺からの連絡なんて待つの?」


「え、俺イケメンかな?嬉しいけど、俺自分の顔大っ嫌いなんだよね」


「じゃあ俺の顔と交換しますか?」


彼の嫌味に対して、口元だけ笑みを作ってそう言ってやると、イケメンが困った顔をした。そんなに俺の顔が嫌なのか、くそ!

あいつと別れてから沸点が低くなっている俺は今のでかなりムカムカ来た。正直に自分の顔が大好きだと言え。


「ほら、嫌でしょう?」


「うーん、そうだな。折角君の顔してても、鏡がないと見れないからね。」


「は?」


「それに自分自身を甘やかしたり可愛がったりしたら気持ち悪いでしょ。だから交換は嫌だなあ」


目の前のイケメンが何を言ってるか理解出来ないのは俺だけだろうか。困惑した顔でイケメンを見つめると、彼は頬を染めながら今度は俺の手をぎゅっと自分ので包み込んできた。

やけに真剣な顔で、イケメンが俺を見つめる。


「一目見て君に心を奪われました。俺と、付き合ってくれませんか」





**********




名前は立花 優、結構大手の企業で営業をやっているらしいピチピチの25歳。言わずもがなイケメンで、しかも凄く優しい。名前が体を表している。街を歩けば獲物を狙うハイエナのような視線を女子たちが投げかけてくるし、バーに行けばほぼ全員から声を掛けられる、引く手数多な人。


そんな人が、俺の恋人になりたいと言ってきた。



「まだ現実だって信じられない…」


「まーだそんな事言ってるの?もうあれから1ヶ月経つよ」


俺を膝の上に座らせて後ろから抱きかかえ、更にうなじに顔を擦り付けていた立花さんが言った言葉に、もう1ヶ月も経ったんだよなあと感慨深くなる。



あの日、少し不信感はあったものの何が何でも恋人が欲しかった俺は即答でOKし、この1ヶ月間立花さんが一人暮らしするマンションでキスしたりセックスしたり今みたいにくっついてテレビ見たり外にデート行ったり、兎に角いちゃいちゃして過ごした。


立花さんは実はすごく子供っぽい。

仕事の合間の短い時間でさえ俺に会いたいと言うし、構わないとすぐに拗ねる。


優しくて格好いいお兄さん的なイメージを勝手に持っていたから最初は驚いたが、今じゃそんな所が可愛いなんて思ってしまっている。


こんなに甘い日々を過ごせるのが今だけだとしても、俺の心はとても満たされた。



…あいつとは、こんな風に過ごした事が1度もなかった。

今ならあいつが言っていた「薄っぺらい3年」の意味が分かる。こんなにも幸せで満たされた気持ちには、確かにならなかったように思うから。



「ふ、この1ヶ月であいつとの3年、絶対上回ったな…」


「あいつって誰」


「え」



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