欠陥品の強盗奇譚

播州棒々鶏

欠陥品の強盗奇譚

「先輩、ドラマ好きですよね」

「ああ、いろいろ見てるよ。今は評判悪いけど、べたな恋愛ものも捨てたものじゃないし、ミステリーやサスペンスも、自分が殺された側になって捜査するのが好きなんだ」

「……いまさらですけど、先輩、変な人に感情移入しますよね」

「そんなもんさ。第一、ドラマってのは限りなくフィクションなんだよ。現実じゃないから、変な人のほうが面白みがあるにきまってるじゃないか」

「でもでもでも、現実は小説より奇なりって言いますよ」

「現実は、虚構の世界より変な人が少ないから『奇なり』で片づけちゃうんだよ。フィクションだから、変な人も気負いなく自分を引き立ててくれる人の存在があって感情移入しやすくなるってもんさ」

「うーん、先輩の言ってることも一理あるんですけどね……。確かに、変な人ってのは、現実社会では、――変な意味で言うんじゃないですけれど――、浮きますからね」

「例えば、身体は子供、頭脳は大人の名探偵がいたとする」

「それドラマじゃなくてアニメです」

「いいんだよ。で、そういう子供がいたとして、例えば少年探偵団こどもらの四人は奇妙に思わないのんか?」

「なぜに関西弁……? でも、変人ってのは、現実世界とは少し違う尺度で測った常識人の引き立てがあってこそ、目立ちますよね」

「だろ」

 そういうと、先輩は居眠りを始めた。金曜日、正しくは土曜日未明のコンビニで、わたしたちはバイト中とは思えないほど閑散とした雰囲気の中で、なぜか変人論をこねくり回していた。そもそも、始まりは好きなドラマの話をするつもりだったのに、先輩はどうしてこうにも話を脱線させたがるのか。

 コンビニは、自動ドアがあって、店内に入ればそれぞれのコンビニ特有の安っぽい電子音が流れるのが、現代ではもはや特徴の一つになっている。先輩はそれをわかっているのかいないのか、時たま、いやしょっちゅう居眠りをする。で、電子音で目が覚める。

 だが不幸にも、この日の先輩は、電子音ではなくけたたましいモーター音で起こされることになる。


 そのとき、店内には誰もいなかった。

 そう、あれは先輩の居眠りが始まって十分程度したころ、私がドア越しに外の様子を覗くと、赤いランプに闇に溶ける車体が駐車場にやってくる。バリバリと音を立てて、やって来る。このバイクは駐車場に止めて、ヘルメットを外して、というところだろうと思っていた。

 しかし、このバイクは道路からコンビニのほうに入ってきたかと思うと、その爆音を携えたまま、速度を変えず、直進して駐車場のほうには目もくれず、自動ドアの5メートルほど手前で、衝突寸前の急ブレーキで停車した。それから慣れた手つきでバイクから降車。ヘルメットを外さず、二歩ほどで電子音が鳴った。

 ……ここまでして、やっと先輩が起きた。

 こういう時のコンビニ店員の仕事は、ヘルメットを着けたまま入った客に「すみませんが、ヘルメットを外していただけますでしょうか」とお願いをするところなのだろうけれど、寝起きの店員に無理を言ってはいけない。

「お客様、すみませんが、ヘルメットを外していただけますでしょうか? 県警からの依頼で、防犯対策としてお願いしております」

 私がそう冷ややかなトーンで「お客様」に告げる。

 男が肩をひねり、襲撃体勢をとったのを私は見逃さなかった。見逃さなかったが、このとき私は考え間違いをしていた。

「どけ」

 男はそうとだけ言い、私をショルダータックルで突き飛ばす。頭は打たなかったけど、そこをかばった腕を痛めた。

 タックルの体制をとったとき、私はヘルメットの威力に任せて頭突きをするだろうと考え、インドの国技・カバディの向かい合う体勢をとって取っ組み合うつもりだったが、ショルダータックルを食らうとわかった瞬間に頭を狙われないように腕でかばった。

 腕でかばうと、即座の行動がしにくくなるのだ。


 この後の強盗の動きを考えれば、うずくまっている暇はなかった。

 目の前で起こっている、私とヘルメット男による身体戦に見せかけた頭脳戦を見てもなお、先輩はまだ状況把握が出来ていないらしい。

 それから、ワンテンポ置いて、先輩に銃口が向けられた。

「手を挙げろ!」

 もうおわかりだろうか。強盗である。

 先輩は、まるでドラマの教科書のように両手を挙げる。

「金を出せ」

 ——やっぱり先輩はドラマ人間だ——、レジからありったけの金を出して、強盗の要求を待つ。その手捌きは神の如し、その対応は仏の如し、しかしながら顔は妙に青ざめて死人の如し。なんて皮肉る私も、一緒に手を挙げている。笑えない。

 強盗はいま、金を入れる袋を鞄から出している。コンビニにそんな大金があるとでも思っているのだろうか、不似合いなほど大きな袋だ。

 

 強盗に売上を持っていかれるという、コンビニ店員としてはあるまじき事態を急変させたのは、あまりにも突発的なことだった。

 ——強盗は、種も仕掛けもなく直球で勝負するから、ドラマ的に理想の人材である。で、そういうキャラクターにうかつに手を出す奴は、「不慣れな奴ほど気を衒う」奴でもある。

 先輩は突然そう叫んで、手持ち無沙汰にしていた、机の上に間抜けに置かれていた拳銃に手を伸ばす。強盗は慌てて手を伸ばすが時すでに遅し、ヘルメットを顎クイして拳銃を首元に突きつける。

「攻守交代だ、強盗さん」

 拳銃を向けられるとは思わなかった強盗は、明らかにうろたえている。

「お、俺に何をしろっていうんだ」

 きっぱりと言った。

 私は、意味が分からなかった。何が悲しくて、ヘルメット頭の強盗にタップダンスをさせて、店内を混乱させるのか?

 

 それでも、強盗の男は滑稽にも、殺されたくないという心理に支配されるままに、コンビニの床で不器用なタップダンスを踊る。

 カタカタと音が鳴っているのは、決して足の裏の動きで生じる音だけではない。怯えによって生まれる、歯を震わせて起きるガチガチという音。あるいは、わずかに指の爪をすり合わせて起こる音。恐怖で小刻みに震える。

 私はこのとき初めて、先輩のことを尊敬した。いつも気怠げにしてる分、一度頭が動けば機転の利いた対応ができる、スマートな人だと思った。それは裏を返せば、奇天烈であくの強い変人で、――それこそ常識人が引き立てなければ、もしくは自分が意識しなければ暴走してしまう存在なのだとわかった。

 タップダンスは続いている。

 このとき、強盗は恐怖のあまり、ひとりごちていた。

「俺は、俺は、俺は、俺は、強盗をやりたくてここに来たんじゃない。拳銃を使いたいから来たんだ。裏市場で、そう高くない値段で売ってる。見せびらかしに来たんだよ、つ、つ、ついでに金も巻き取れればいいなと思って……。こんなことになるとは思わなかった」

「ほう。遊び半分でこの俺に盾突くなら、壊した商品の損害賠償を請求してやろう。そんでもって、拳銃とその袋を置いて行ってもらおうか」

「え、え、え」

「さもなくば、こうだ」

 拳銃を、ふたたび首元に突きつける。静寂の中で、私はうろたえた。タップダンスは続いている。

 先輩は、踊る足を踏みつけて何か耳打ちしたかと思うと、自動ドアの方に強盗を投げ出した。


 強盗はそのあと、何も語らずに先輩の言うとおりに、黒い拳銃とレジの中身がごっそり入った袋を献上していった。

 手柄は先輩にあり。私はそう思いながら、強盗がやって来る前の会話を思い返していた。

 私は、変人は常識人ではなく、変人によって引き立てられると、あの話を結論づけたい。だって、常識人と思っている人が、一番の変人なのだから。常識は不変にあらず、常に川に流れる「常識」という水は新鮮で変わりゆくもの。普遍的な変人は数知れず、普遍的な常識人はいないのだ。

 そんなことを語った私だったが、返事は帰ってこない。先輩はまた居眠りをする。


 そののち、ふたたび、ドアの電子音が鳴る。

「……先輩、先輩。起きてください。お客さん来ましたよ」

「……は?寝ぼけているのはお前じゃないか。客なんて来ないし、電子音は鳴ってないし」

「え、お客さんが来たじゃないですか」

「それより、だ。その袋を、俺によこせ。さもなくば」

 なぜ? なぜだ? なぜ先輩が私に銃を向けるのか。油断していた私の額に銃口が向けられる。私の頭は、疑問で埋め尽くされた。

「撃つぞ」

 沈黙はすぐに終わり、私は袋を差し出した。

 満足そうに先輩は袋の中身を眺める。今度こそ、本当に全売り上げは奪われた。先輩は気だるげに一発、「コアラのマーチ」に拳銃を打つと、そのまま店外に出てバイクに跨った。彼は来る時、バイクには乗っていなかったはずなのに……

 私は、包装から転がったコアラたちを見つめて、ただ呆然と立ち尽くしていた。女子高生、先輩クズに完敗。


 現実は小説より奇なり、とはよく言われるけれども、私は冷静に警察を呼ぶこともできなかったのだから、真にその警句の意味を理解しているとは言い難いだろう。されど、一つだけわかることがあるとすれば、先輩は稀に見る悪人だろうということだ。

 開き直れれば、どんなにいいだろう?

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