知られざる真実
「おい、ちょっと待て。何だよそれ?」
「言葉の通りだ」
バルックはやや焦りを覚え、シンへと問い返す。シンは表情を変えずに言い切る。
「いやいや、あいつの精神が酷く歪で不安定な状態? 嘘吐けよ。もし本当にそうなら何でオレが気が付かないんだよ?」
芽生えた焦燥感を掻き消すように、自分に言い聞かせるようにバルックは言葉を紡いでいく。
「そもそもな、オレと契約した場合に発生するデメリットってのは、オレとあまり離れられなくなる程度のもんで、決して精神に異常を来たすもんなんかじゃねぇよ。デタラメ言ってんなよおい」
「それは分かってる」
バルックの必死とも取れる言葉に、シンは頷く。
「黒の神と虚空を歩む者との間にある契約による繋がりからは、精神に異常を来たすような働きは見受けられない」
「なら」
「しかし、事実虚空を歩む者の精神は歪で不安定だ」
シンはバルックの肯定して尚、問題が生じている事を臆面もなく口にする。
「その訳は恐らく契約に穴……いや、同調されたからだろう」
「同調、だと?」
「あぁ」
「その同調ってのは、誰とだ?」
「灰の神」
シンの口から出た名に、バルックは目を見開く。
「黒の神が灰の神の作り出した空間――虚空へと限定的とは言え出入りする事が出来るのは力の根底が似ているからだろう。灰の神の力と波長を合わせて閉じた歪みを無理矢理復活させる、虚ろの者へとその力をぶつける事で相殺作用を生み出し対消滅させる……その黒の神の力の一端を使えるようになった虚空を歩む者もまた、灰の神の力と似た性質を持ち合わせる事となった」
故に、とシンは少しだけ離れた場所で寝入っているユレンを肩越しに見る。
「灰の神は黒の神の力の類似から、同調を試みたのだろう。結果は成功。先代の虚空を歩む者――古の勇者と現在の虚空を歩む者の精神は歪で不安定な状態となった」
「……マジかよ」
シンの言葉にやや茫然としながらもバルックは首を横に振り、一度ユレンの顔を見てから視線をシンへと戻す。
「だが、オレからは普通に見えるぞ?」
「それは、虚空を歩む者と契約した事によって、同調した灰の神による多少の認識阻害が働いてしまっているからだろう。もし、契約が破棄出来たのならば異常が直ぐに見受けられる」
まさか、自分にも同調による影響があったとは思えなかったバルックは思わず目を閉じ、尻尾で顔を覆う。
自分に気付かれない様に認識阻害をした灰の神の力量が思いの外優れていたのか、それともそれに気付かなかった自分の力が思いの外衰えていたのか。どちらにしろ自分の落ち度である事に変わりはない。
バルックはゆっくりと目を開く。わずか数秒の間に瞳には疲労の色が濃くにじみ出ていた。
「……その、異常ってのは何だ?」
「簡単に言ってしまえば、容赦の無さだ」
シンはつらつらとユレンに起きている、そしてルァーオの身に起こっていた変異を語っていく。
「古の勇者の場合は、自由気ままな自身の邪魔する者に対して。虚空を歩む者の場合は演劇を台無しに、仲間を無残な目に遭わせた虚ろの者全てに対して。彼等はそれらに全くの容赦をしない。その精神的異常は同調を行った灰の神による影響だ。当人や黒の神は気付いていないが、他人から見れば一目瞭然だ。全くの容赦なく、無慈悲に屠っていく様は鬼気迫るものはないが、得体のしれない悪寒を覚えるのには充分だ」
事実、虚ろの者に対して全くの慈悲も容赦もないユレンの姿を見て、ヒトは薄ら寒さや恐怖を覚えた。
バルックにとっては、それは仕方がない事だと思っていた。何せ、ユレンは仲間を醜悪な怪物に変貌させられ、更には自ら手でそれらの命を刈り取らねばならなかったのだ。
虚ろの者に対して、情なぞ湧く筈もない。憎悪の対象としか見れないだろう。
しかし……それにしてもバルックは気が付かなかったのだが度が過ぎていたのだ。
あまりにも残酷に、凄惨に、復讐者と呼べる狂気をその顔に宿して屠っていく様は人々を震え上がらせるのに充分だった。
「悪寒を覚えたとしても、ヒトが決して恐れを表に出さなかったのは、偏に虚ろの者を安定して倒せるのが彼等だけだったからだ。変に機嫌を損ねさせては自分達の命が危ういからな」
尤も、世界の為、愛する者の為に協力を申し出た者もいたが、とシンは一息吐く。
「さて、ではどうして灰の神が虚ろを歩む者と同調したのか? その訳は単に精神に異常を来たさせる為ではない。身代わりを残す為だ」
「……身代わり、だと?」
「あぁ。灰の神はもし、万が一にでも倒された場合を想定し、過去に己の存在の一部を古の勇者へと移した。黒の神の契約を利用してな。それによって同庁が起こり、精神的な異常が発生した」
「……あいつが復活したのって」
「死した古の勇者の肉体と移していた己の一部を用いて己が存在を再構築した。それが現在の灰の神の状態だ。再構築には何千年とかかったがな」
そして、とシンは夢の世界にいるユレンへと目を向ける。
「当然、今の虚空を歩む者の中にも、灰の神の一部が宿っている」
「っ⁉」
「この事は、弓を手にした私と、剣の力を守護していた五人の巫女だけが世界より与えられた情報だ」
「何て、お前等だけなんだ? 神の一柱であるオレには教えられなかったのか?」
「それは、無理だった。言えば、灰の神によって消滅させられただろう。今、こうやってこの事を話せるのは、先の虚空を歩む者との戦いの余韻で灰の神の意識がこちらに向いていないからだ。奴は今現在本格的にこの世界へと侵攻する為に準備をしている事だろう」
それは暗に、時間を稼ぐ為に残ったルァーオが負けてしまった事を告げている。
「この状態のまま、灰の神を倒せば以前の繰り返しになる。虚空を歩む者の中に宿っている一部、そして契約に同調されないようにしなければいけない。古の勇者の時では、かつての神の力に愛されし者が傍にいて同調を緩和させていたらしい。それによって灰の神の再臨には何千と言う時間が必要になった」
さて、と言葉を区切ったシンは立ち上がってバルックの近くへと寄る。
「出来るだけ早くに、お前達がやらなければいけない事は先の通り、同調を消し去る事と、同調されないようにしなければならない事だ」
故に、とシンはバルックをガシッと掴むとそのままユレンの方へと放り投げる。
「今は体力と気力を回復するのに専念しろ。簡潔に言えば直ぐに寝ろ」
指を突き付け、シンはそのまま背を向けて空を仰ぐ。
「……わぁったよ」
自身の知らなかった真実を訊かされ、意気消沈していたバルックは素直に頷き目を瞑る。
「……あの野郎、今度会ったらただじゃおかねぇからな」
灰の神に対する愚痴を零しつつ、バルックの意識は途絶えて行った。
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