第34話 九条、的当てをする

山頂に到着した俺達は5階層への入口を探すと幅は狭いが壁沿いに伝っていけるようになって降りられる場所があるのを発見した。中を覗いてみるとこの山は火山活動をしていないようで熱気は感じない。さすがにマグマの海の中に入るつもりもないので助かった俺達は火口沿いに降りていった。


「さんざん登らせたら次は降りるのか。ちっ面倒だな。」


『確かにそうですね。私はスキル【浮遊】があるので大丈夫ですがマスターに負担がかかっているのが問題です。』


「ピュィィ。」

(マスターボク重い?どいたほうがいい?)


俺の肩に乗っているクロが心配そうに聞いてくるが手ノリサイズなんだから体重などたかが知れている。クロには心配するなと念話で伝えておく。


「だが、行きはいいが問題は帰りだな。さすがにこの距離をもう一度歩いて帰るのは面倒だ。」


『それなんですがもしかしたら何とかなるかもしれません。』


「何か当てがあるのか?」


『行ってみないと分かりませんので何とも言えませんが来た道を戻らず地上に戻る方法があるかもしれません。』


「ほう。それはどんな方法なんだ?」


『階層ボスがいる階層でボスを倒すと転送魔法陣が出るようです。私も実際に見たことがないので何とも言えないのですが恐らくこの5階層には階層ボスがいる可能性が高いと思われます。』


階層ボスに転送魔法陣か。ある意味テンプレといったらそれまでなんだろうが、なるほどそういったものもあるのか。それにしてもコアの絶対記憶能力は頼りになる。歩く図書館、いや歩けないから浮かぶ図書館か。とにかくデータベースがあるのは相当に有利だ。


「ならさっさと階層ボスがいる場所を探すか。まずはこの火口をサッサと降りるぞ。」


スキル【闘気】を発動し闘気を脚部に集中。脚力強化を施し、隣を浮いているコアを抱きかかえる。


『えっ?ちょっ、マスター?』


(クロ、俺のコートのポケットに入ってろ)


(うん。ねぇどうするのマスター?)


コアとクロの疑問に俺は嗤いながら答える。


「なに、ちんたら降りているのが飽きただけだ。…一気にいくぞ。」


『ちょっと待って下さいマスター!ふもとまでかなりの距離がありますよ!危険です!って、もう走って……い、いやぁぁぁぁぁぁあああああああ!お、お、落ちるぅぅぅぅぅぅぅううう!』


(マスターすごいすごーい!ビュンビュンだよ!)


コアの叫びとクロの歓声を受けながら一気に火口沿いの坂を下っていく。

スキル【闘気】で強化された脚力はまるで足が別の生物になったかのようにしなやかにそして風景が置き去りになる程のスピードを出している。恐らく100km近くは出ているだろう速度をコアを抱えて高速で降りていく。


「クハハッ!クハッハッハハハハハッ!これは最高だな!このスピード感は癖になる!」


「ピュィィィィッ!」


『マママママ、マスター!あ、あぶっ、危ないで、きゃっ!……も、もうやだぁぁぁぁぁぁあああ!お願い止めてくださいぃぃぃぃぃいいいっ!』


途中、鳥系のモンスターを踏み台にしてショートカットをし、道が崩れていた部分は加速して飛び越え、空中を滑空しテンションが上がってきた俺はもはや道ではなく壁を走り出している。突如始まった疑似ジェットコースターは火口の終点に到着するまで止まらず辺りは俺の高笑いとコアの叫び、そしてクロの興奮した鳴き声が木霊していた。







『ウッ、グスッ…もうお嫁にいけません。マスターに穢されました…。』


「人聞きの悪いことを言うな。ちょっとスリルのあるジェットコースターを体験したようなもんだろうが。」


コアはグスグスと泣きながら他人に聞かれたら事案になりそうなことを呟いているが事実無根だ。

水晶玉ボディに欲情ができるはずもない。


『ちょっと?あれがちょっとだって言うんですか!残像が出る程の高速で坂を降りて空も飛ぶし、挙句の果てには壁を走ってましたよね?あれがちょっとのはずないです!』


「ピュイ!」

(マスター、ボクはとっても面白かったよ!また今度やってね!)


「ああ。また機会があったらな。」


「クロさんの念話は聞こえませんが絶対、不吉なことを言っていることだけは分かります……。」


コアは恨めしそうに言っているがのんびり降りていたら時間もかかっていたし仕方がない犠牲と割り切ろう。


「さて、コア。ここからどう行けばいい?」


『グスッ…。私のことなんてどうでもいいんですね…。』


「そんなことはないぞ。傷がつかないようしっかり抱えていたから問題はないはずだ。」


『私の心が傷つきましたよ…。』


そんなコアを見かねたのかクロが俺のポケットからひょいっと飛び出しコアに貼り付く。

どうやらコアの心配をしているのかと思ったがそうではないらしい。


「ピュイ!」

(コアおねーさん楽しかったね!今度またマスターがやってくれるって!楽しみだね!)


『ク、クロさん…。うぅ…。私の味方はクロさんだけです。』


「ピュイ。」

(??良く分からないけどボクは楽しかったけどコアおねーさんは楽しくなかったの?なら今度はいっぱいいっぱいマスターにビュンビュンってやってもらおうよ!きっと楽しいよ!)


コアとクロの会話が思いっきり噛み合っていなかったが放置しておいた。

もしクロの念話が聞こえたらコアはどんな反応をするんだろうか。確実にネガティブモードにはなるんだろうなと思いながら。







クロとの噛み合わない会話により落ち着きを取り戻したコアを連れて、ダンジョン探索を再開する。火口にはいくつか道があるがどれが正解かも分からないので一番大きい道を選んで進むことにした。火口には今までと違い2階層で出てきた影戦士が出現したが、今更影戦士が出たところで大した障害にもならずに俺達はどんどん探索を続けていく。ちなみ途中で宝箱も見つけた。中に入っていたのはRPGで定番のヒーリングポーションらしい。最初は何かの血液か何かと思うくらい真っ赤な液体だったので思わず捨てようとしたらコアから待ったがかかって知ったわけだがな。今は収納の指輪に閉まってある。眞志喜さんに今度見せてみよう。きっと驚くはずだ。


そうして探索を続けると大きな広間に行き当たった。

広間の中には影戦士が10体前後いたがコアの光線レイによって穿たれ、クロの溶解液で溶かされてしまった。俺に近づけたものもツヴァイヘンダーの一振りで赤い粒子と変わってしまった。


「大したことなかったな。昔苦戦したのが嘘みたいだ。」


『あの頃は私もマスターもスキルを覚えていませんでし、クロさんもいませんでしたからね。レベルも上がっているのが大きいと思います。』


(ボク頑張ってビュッビュッてしたよ!)


確かに今は俺もコアもレベルも13まで上がっている。レベル上昇効果も大きく、素の身体能力でも影戦士に苦戦することはもはやないだろう。それに3人揃っていれば尚更か。


「それもそうだな。だが、この先はどうなるか分からない、と。」


『はい。大きな気配がこの扉の先にあります。階層ボスだと思います。』


影戦士達がたむろしていた広間には明らかに人工物と分かる。金属でできた扉がついていた。

大人二人くらい並んでも問題ない程の大きさの扉で物言わずともこの先に何かがあるのはその威圧感が伝えている。俺はコアとクロに向き直り準備はできたか確認すると二人共元気な返事が返ってきた。やる気は十分ということか。


「よし、開けるぞ。」


ギギギと地面とこするような音を発して金属扉を開く。

そうして扉を開いて中に入るとこちらにも同じ程度の広間があり、その真ん中に大きな影の巨人がいた。


「ゴォォォォォォオオオオオオオッッ!」


『マスター気を付けてください!恐らくゴーレムだと思われます。生半可な攻撃は効かない強敵です!』


影巨人はどうやらゴーレムのようでコアから強い警戒を促す声が聞こえる。

ゴーレムは下手なビルくらいの大きさで腕を伸ばせば広間といえど逃げ場はなさそうだ。

元の広場に戻れば逃げることはたやすいがこのダンジョンは逃走を許したくないようだ。

金属の扉がひとりでに閉まっていく。


『くっ!退路がなくなりました!マスターこうなったらやるしかありません!』


「ピュイ?」

(あれ?止まったよ?)


途中で何かにひっかかったように金属扉にクロが不思議そうに念話と鳴き声を上げる。コアも不思議そうだ。ゴーレムも心なしか戸惑っているように見える。

俺はひょいとコアとクロを抱えて元来た広間に戻る。ゴーレムはその巨体が邪魔してこちらに来ることはできず部屋の中央で茫然と佇んでいた。


『え?あれ?どうして扉がしまらなかったんですか?』


「ピュイ?」

(ボクも分からないよ。どうしてマスター?)


「ボスがいて扉があれば勝手に閉まるのはもはやテンプレだろう?だからこいつを挟んでおいた。」


不思議そうなコアとクロに俺は収納の指輪からある物を取り出してみせてやった。

そこにあったのは三角形の木材。ドアが閉まらないようにするあれだ。


『ええ!?そんなの聞いたことないですよ!ボスの扉が閉まるの防ぐなんて私の世界では考えられません。力があっても閉まるのを止められないんですよ!』


そんなのは知らん。それにこいつは扉に力が入ればその分深く食い込むからな。もうびくともしないだろうさ。


「クックックッ。そんなのはどうでもいい。ところで二人共ゲームでもしないか?」


『ゲーム…ですか?』


怪訝そうに問いかけるコアに俺はスリングショットとありったけの弾丸を取り出して笑顔で答えてやった。


「ククッ。ああ、的当てゲームだ。誰が一番当てられるか競争するとても簡単なゲームさ。」


「ピュイ!ピュイ!」

(ねぇマスター!クロも!クロもやっていい?)


「もちろんだ。お前は溶解液を当てるゲームだな。」


「ピュイ!ピュイ!」

(わーい!よーしいっぱい当てちゃうぞー!)


『ああ…マスターがとてもいい顔で嗤っています。やります。やりますけど何というかとても理不尽な気がするのは私の気のせいでしょうか?』


「ゴォォォォ……。」


ゴーレムからも心なしか嘆いたような声が聞こえたが知らん。

そんなわけで急遽始まった的当てゲームはゴーレムが消滅するまで続いた。

クハハッ一方的なゲームというのもたまにはいいもんだ。




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