第13話 九条、移動販売でかき氷を売る

「よし、じゃあ開店だ。忍頼んだぞ。」


「はい先輩さん。お任せください。」


今日の出店場所に着いた俺と忍は手分けして準備に取り掛かりものの10分で【移動販売 フリーダム】の店舗が完成した。移動販売はキッチンカーで各地を回るものだがこのキッチンカーには厨房がそのまま入っているのでほぼ準備をせずに営業に取りかかれるのがメリットだ。


今日の出店場所は郊外にあるスーパーだ。

ここは郊外ながら規模が大きくスーパーだけではなく100円ショップや衣料品店も入っており、ちょっとしたショッピングモールのようになっていて休日ともなると大勢の人がやってくる稼ぎやすい場所だ。それゆえ同業他社の競争も激しく毎日はいられずこうやってたまにやってくるチャンスにもぐり込んでいるというわけだ。


俺はキッチンカーで準備を進める。

とはいっても今日作るのはかき氷なので準備は至って簡単だ。

問屋のおやじさんから仕入れた貫匁氷をそのまま使ってしまうとすぐに溶けてしまうのでこれを更に何等分かに切り分けておく。で、これを使う時だけ出すわけだ。

ただ、同じ氷を使い続けるのはダメだ。溶けやすくなってしまうからな。

コツは等分にした貫匁氷をローテーションで使うこと。

こうすることで氷を溶かさず使い続けることができるわけだ。


今日のメニューであるかき氷はイチゴ、ブルーベリー、桃、レモンの4種類を用意した。

それぞれただシロップをかけただけでは芸がないのでそれぞれに対応したフルーツも載せておくことによりただのかき氷が華やかになるようにしたってことだ。


俺が厨房でお客様が来るのを待っている間、忍は回りの買い物客に声をかけ呼び込みをしてくれている。


「移動販売フリーダムです!暑い夏にピッタリ!フルーティなかき氷はいかがでしょうか?冷たいかき氷に無添加無農薬を使った特製シロップはお腹を優しく冷やして頂けること請け合いです!そして各種フルーツの酸味がシロップを引き立たせてくれる自慢の1品となっております!是非ご賞味ください!」


満面の笑顔での忍の声かけにより買い物客がこちらに目を向ける。

こうやって真面目にしてればどう見ても美少女である忍に男性陣は釘づけになっているが中身は真正オタク変態少女だ。残念ながらな。


忍の声かけにつられお客様が来たようだ。

3人連れの家族客か。

若い夫婦とまだ小学校低学年くらいの女の子の3人家族だ。

3人分入りそうだな。幸先がいい。


「すいません。かき氷3つください。」


「ありがとうございます。お味はどれにいたしますか?」


「えっと…私はブルーベリー。主人はレモンね。あやかはどうする?」


「んっと…えっと…。桃とイチゴ!」


「二つはダメよ。お腹壊すから一つにしなさい。」


「えー!やだ!あやか、桃もイチゴも食べたい!」


女の子、あやかちゃんていうのか。

あやかちゃんは店先で2種類の味が楽しめるよう2つ欲しいと言っているがお母さんが許さないようだ。

というか2つ食ったらさすがにお腹冷やすから俺もお母さんの言葉には賛成なのだが子供にはそん理由は通用しない。とうとう駄々を捏ねてしまった。

ふぅ。仕方ない。


「お客様。もしよろしければお一人分の量で桃とイチゴをお作りしますよ。」


「ホント!やったー!」


「え、でもそれじゃ申し訳ないですよ。」


あやかちゃんは大喜び。お母さんは申し訳なさそうだ。

そしてお父さんは空気。家庭での権力図が良く分かる一幕だ。

お父さん頑張ってください。今からの復権は無理だと思うけど。


「いえいえ。お子様のご要望を叶えると食べ過ぎでお腹を冷やしてしまいますからね。ですが1つではご納得頂けない。となれば本来であればフルーツは高額なのでできませんがお客様にご満足して頂きたいのでお一人分の量で2つご用意させて頂きます。」


「いいんですか?」


本来ならできないと強調させつつあなただけに特別だと伝える。

そうすることによりお母さんの気持ちがやってもらうに傾いた。

このいいんですか?やってくださいと同義というわけだ。


「はい。お客様に喜んでもらえるのであれば当店としても本望です。」


「じゃあお願いできますか?」


そして予想通りお母さんから了承をもらい、4つ分のかき氷を作って料金を頂く。


「すいません無理言っちゃったみたいで。」


「そんなことはありませんよ。お子様も喜んでくれているみたいで私も嬉しいです。今後とも移動販売フリーダムをよろしくお願いします。夏の間はこちらでよくかき氷を販売しておりますので。」


そう言って俺はお辞儀をして家族連れを見送った。

勘違いしないで欲しいがこのサービスは別に親切心からのことじゃあない。

移動販売は一定の場所で活動しない為、固定のファンがどうしてもつきにくい。

だってそうだろ?どこで販売しているか分からないんだからな。ファンがつきようがない。

だが、こうやってサービスしてもらったことは記憶に残るし、夏の間はここにいるとアピールもしている。そうなると人間不思議な物で前にサービスしてもらったからまた買おうという意識が働くわけだ。誰でもいいというわけではないがこういう家族連れは特に奥様同士のネットワークがあるから侮れない。たかが移動販売といえどこういう繋がりは後々大きくなってくるってことだ。


「先輩さんオーダーです。レモン3つ、桃3つ、ブルーベリー2つお願いします。」


「おう。ちょっと待ってくれ。すぐに作る。」


ゆっくりしている暇はない。忍が注文をどんどんとって来てくれるので俺はかき氷作りに没頭し、お客様を捌いていった。








「よし、やっと一息ついたな。」


「先輩さんお疲れ様です。」


「忍もお疲れ。助かったよ。お蔭様で大繁盛だ。」


猛暑の影響もあるが忍の絶妙なトークによりお客様の流れは途切れることはなく、昼を過ぎ16時近くになるまで購入客の列は続いた。お蔭様で貫匁氷も残り2割を切っており、使い切ることができそうだ。


「私なんて大したことないです。先輩さんがスゴイのです。」


「いや、そんなことはない。本当に忍のお蔭で助かってるよ。俺一人じゃこうはいかない。」


胸元にあるメロンを強調しながら自慢げに言う忍だが俺一人では半分いったかも怪しいだろうな。黙って待ってるだけと呼び込みしてくれる人間がいるとでは天と地ほどの差があるだろう。しかもそれが忍のようなトークが上手い奴ならなおさらだ。


そんなことを話していると来店者がまた一人やってきた。

おっと仕事、仕事。


「いらっしゃいませ……ってなんだお前かよ。」


「ふん。相変わらずしけたキッチンカーだ。」


ねじり鉢巻きにハッピ姿。今にも祭りで太鼓を叩きにいきそうなこいつは轟猛トドロキタケシ

名前も顔も暑苦しいこいつは日比谷会という寺社や各町内会で祭りを取り仕切っているグループの中の一人だ。そして俺の商売敵でもある。なぜか事あるごとに突っかかってくる面倒な奴だ。


「轟さんこんにちは。」


「よ、よよよ、よう忍ちゃん。相変わらず綺麗だ……。」


そして忍に惚れている。

確かこいつ俺と同じくらいの年だったはずだろ。現役高校生に手を出すと下手すりゃ事案になる、が

しかしそんな心配は微塵もしていない。なぜならば、


「轟さん。忍ちゃんなんて言わないでください。吐き気がします。このミジンコ野郎。いえ、ミジンコさんに失礼でしたね。死んでくださいこの高校生に欲情するロリコンが。」


ニッコリと満面の笑顔で毒を吐く。忍は轟のことを心底嫌っており、こうやって轟の褒め言葉に対して痛烈なカウンターを毎回食らわせる。脈がないって分からんのだろうか。


「う…。し、忍ちゃん……。」


「だから忍ちゃんて言わないでください。名前が汚れます。私が汚れます。むしろあなたが穢れてます。近づかないでくださいね。」


相変わらずの満面の笑みだ。

こういう時は俺は関わらないと決めているんだが、いつもそれは失敗に終わる。

轟はキッと俺を睨みつける。はぁまたか。


「てめぇ!九条!忍ちゃんと働いているからっていい気になってんじゃねぇぞ!お、俺だって、俺だって高校生の女の子のバイトの一人や二人いるんだからなぁ!」


「おい。いつもいつも思うがなぜそこで俺に突っかかる。」


「轟さん高校生の女の子のバイトさんがいたんですね。可哀想にきっとその子に雑巾汁入りのお茶とか飲まされているはずですよ。ご愁傷さまです。」


忍、お前は俺にはしてないだろうな。これからお茶には気を付けよう。うん。


「いや、あの子はきっとそんなことはしてないはず……それに俺は忍ちゃん一筋だから……。」


「すいません。無理です。100回死んで生き返って豆腐の角に頭をぶつけて死んでください。むしろ今すぐ死んでください。」


忍はきっぱりと拒否の言葉を告げたが少し轟が可哀想になってきた。

件の轟は目に光る物を貯めながら俺に向かって怒鳴る。

だからなんで俺なんだ。忍に言え。忍に。


「くっ九条ぉ!これで勝ったと思うなよ!きょっ今日のところはこれくらいにしといてやる!覚えてろよぉぉぉぉぉぉぉおおおお!」


そして轟は夕日に向かって走り去って行った。目に浮かんだ涙は見なかったことにしてやるか。

そして俺と忍は顔を合わせ


「あいつ何しに来たんだ?」


「さあ?」


忍に聞いたところで分かる訳もないか。

ま、どうでもいいか。


「それにしても忍。」


「なんですか?先輩さん。」


「なんであいつにあそこまでキツイんだ?いや、嫌いなのは分かるけどさ。」


「嫌いじゃないですよ?むしろ性格は好感持てますよ。」


おいおい。言ってることと態度が全く違うんだが、そんな俺の表情を読み取ったのかとてもいい笑顔で忍は理由を言った。


「あの人は先輩さんの商売敵ですから。」


と。

確かに商売敵ではあるが、扱う商材が被らない限りは問題ないんだがな。

だが忍にはそんなことは関係なく先輩さんの敵は全てサーチアンドデストロイですと言っていた。

毎度思うがこいつの思考回路はさっぱり分からないな。

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