たとえば抱えきれない花束よりも ~アウデンリート王国物語~

若桜なお

第1話 花嫁は想いを綴る

『親愛なるディートハルトさま


 ようやく春らしくなってきましたが、いかがお過ごしですか? アウデンリートはエネストローサより北にありますから、まだ寒いでしょうか。

 エネストローサはだいぶ春めいています。お城の庭ではアルメンドラの花が満開です。ロサいわく、この時季はわたくしの住むエスカロナの都だけでなく、国中がアルメンドラの花で包まれているそうです。お城から出たことのないわたくしには見たことのない光景ですが、きっと綺麗なのでしょうね。アウデンリートにもアルメンドラの花は咲くのでしょうか? 真っ白な雪みたいで、とっても綺麗なんですよ。

 アルメンドラだけでなく、わたくし専用にいただきましたちいさな花壇にも、トゥリパンが芽を出しました。以前ディートハルトさまにいただいた赤とピンクのトゥリパンの球根です。ここにはディートハルトさまからいただいたお花の種や球根を植えているので、トゥリパンの隣にはフレサやペチュニア、マルガリタ、リラ、リナリアの花もありますよ! マルガリタやリナリアはもう蕾がほころびかけています。

 一方でフレサは早く実がなればいいのにと思っています。甘酸っぱいフレサは、そのまま食べても加工してもおいしいので大好きです。フレサのタルトなんて最高!

 ディートハルトさまもフレサはお好きだって言っていましたよね。ジャムにすればお届けできるかしら? って思ったんですけど、デーレンダールまでは馬車で一月かかるから無理だってアマリアが言うのです。お砂糖をたくさん入れれば長くもつって料理長から教わったんですが、それも二週間が限度みたいなんです。残念です。わたくしが育てたフレサを、ディートハルトさまにも食べていただきたかったのに。

 でも、あと一月でディートハルトさまにお会いできるのですね。わたくしは、フレサの実よりそちらの方が待ち遠しいです。

 お忙しいとは思いますが、御身ご自愛くださいませ。


 愛を込めて


               レティシア・イリス・キアリーニ・エネストローサ』


          ◆


 レティシアは書いたばかりの手紙を読み返すと、その上に吸い取り紙を乗せた。スペルの間違いはないし、そこまでおかしなことを書いてもいない。あえて言えば最後の一文が大胆な気もするけれど、あと一月経てば夫婦となることを考えたら多少大胆に愛情表現をしてもいいような気がしたので、そこは書き直さずにそのままにする。なにせ延びに延びた婚礼だ。待ち遠しく思うのは嘘ではなかった。

 レティシアは吸い取り紙をのけると、インクが指につかないことを確認して便箋を丁寧に折った。花のレリーフが可愛らしい封筒にそれを入れると、同じ花の香りのする封蝋をたらし、彼女の紋章をそこに捺おす。エネストローサ王国の王女である彼女だけの紋章が捺される封書は、婚約者であるアウデンリートの若き王宛の書簡以外にはなかった。


「アマリア、ディートハルトさま宛のお手紙ができたの。出してもらえるかしら?」


 レティシアは彼女の忠実なる筆頭侍女を呼ぶと、書きあがったばかりの手紙を手渡した。

 幼いときから身の回りのことをしてきてくれたアマリアは、彼女にとって侍女というより姉に近い存在だった。実の姉であるソフィア王女は、彼女が物心ついた頃には隣国へ嫁いで行っており、ほとんど顔を合わせたことがない。そのため、なにかにつけてレティシアが頼り、甘えるのは、一番身近な存在であるアマリアだった。


「姫様、この書簡がディートハルト陛下に届くのと姫様の輿入れでは、そう日にちは変わりませんよ?」

「でも、せっかくお手紙をいただいたんですもの。きちんとお返ししたいの。それに、この名前でお手紙を書くのも最後になるし……」


 少し呆れたように言うアマリアは、しょんぼりと眉を下げる主を目にし、引き締めた口元をそっと緩めた。

 彼女の主は今日も愛らしかった。今年十五になるレティシアは、アマリアの敬愛する主だ。素直でまっすぐな心根も、優しい気遣いも、濃い蜂蜜色の巻き毛も、澄んだ碧の大きな瞳も、長い睫毛も、桜桃シルエーラのような唇も、牛乳レーチェみたいな肌も、すべてアマリアの自慢だった。

 そんな自慢の姫君は、あと一月ほどで北の大国・アウデンリートの王妃となる。


「でも、アマリア。あなた本当にわたくしに着いて来てしまっていいの? ロサもそうよ。わたくしが言うのもおかしいけれど、アウデンリートは言葉も気候も文化も違う国よ? あなたたちにこれ以上気苦労をかけるのは申し訳ないわ」

「姫様、私もロサも、姫様に一生を捧げると決めたのです。姫様がアウデンリートへ行かれるならば、我々もともに行くまでです。言葉の練習も、ちゃんとしました」

「そうですよぅ。アマリアさんはちょっとアレですけど、あたしはアウデンリート語、ばっちりですから! いくらでも頼ってください~」


 背筋を正し、主を力づけるアマリアの隣で、彼女と一緒にレティシアに同行する侍女のロサが胸を叩いてみせる。豊かな胸の上で、赤銅色のおさげが跳ねた。


「ロサ!」

「え~、そんな怒んなくても。だってアマリアさんが語学苦手なの、ホントじゃないですか。姫様、お気になさらずとも今まで通り身の回りのことはあたしたちがやりますよ。異国で孤軍奮闘するより、味方がいた方が気楽でしょ? あたしも、姫様の護衛を他の人間に任すのヤですもん」


 眼鏡の奥で琥珀色の瞳を細めたロサは、にんまりと笑った。ロサはアマリアと同じくレティシア付きの侍女だったが、同時にその護衛も兼任している。のんびりとした口調や、ひょろりとした痩躯からは窺えないが、こう見えて彼女は手練れだった。

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