第7話:夜空は遠く

 その日の放課後はやけに夕焼けが綺麗だった。

くすんだ窓から見てもはっきり分かるぐらいに

 鮮やかな橙の空の真ん中に沈んでいく山吹色の太陽。

そしてその周りに青と灰色が混じった雲がふよふよと浮かんでいる。

 窓を開けると生ぬるい風が頬を撫でた。


 埃を被った第二理科室の準備室は私が所属する

天文学部の部室で、きっと一年生で此処からの

眺めを知ってるのは私ぐらいだろう。


 私はその光景をはっきりとカメラのレンズのように捉えて、目に焼き付ける。

ずっとこの景色を忘れたくなくて。初めて綺麗なモノを此処で見つけた。

 隣に彼がいれば良いのになんて思ったり。


「……綺麗だねー」


 ふわっと、隣から誰かの声がした。

それはとても温かくて、忘れられない彼の声で。

首を向けると彼の黒い髪の毛先が橙色に輝いていて、

身を乗り出して風を浴びている彼の身につけている

黒縁眼鏡の金具と共に彼の動きに合わせてチラチラと光っていた。

 やっと気づいたという彼の声と笑顔に私の心臓がどきんと跳ねる。


「萩根さん」

「なに?昴くん」


「何でもない」


 組んだ腕に口を埋めて彼は目を細めた。

笑う時の彼の癖で、何を笑ってるのか知らないけれど

途端にさっきのドキドキとは違って

胸の真ん中あたりがきゅっと締まった気がした。


 この時間は永遠には続かない。分かってるそんなこと。

目の前にあった夕日が段々と沈み暗闇が広がっていく。


「ちょっと来て。連れていきたい場所があるんだ」


 腕をすっと掴まれて彼は私を連れて走り出した。

あっちを曲がったりこっちを曲がったり、階段を登ったり。

走る度に彼が斜めがけにしてる黒のエナメルバッグがゆさゆさ揺れている。

 遠回りをして気がついたら入っちゃいけないはずの屋上にいた。


「上、見て」


 上に広がるのは暗闇に散りばめられた白い無数の光。

肉眼でもはっきり分かるぐらいにそれはいっぱいに広がっていて。

 その一つ一つの柔らかな光に吸い込まれそうになる。

「手が届けばいいのにな。昴くんとれたりしない?」

 私が左手を空にかざしてぽつりと言うと彼は

私と同じようにかざした後「はい」と掴む動作をして

私の手になにかを握らせた。

手を開くと、そこにあったのは青いガラス玉の中に星が降り注いでるストラップで。

驚きと嬉しさで頬が緩むと彼は照れたような笑顔を見せた。


「――――きだよ。萩根さん」


 そう、何かをささやいていた時の私を見る彼の瞳は

ずっと真っ直ぐで、何よりも綺麗だった。

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