第3話:雨音と足音

 その日の放課後一人教室で、担任から“君だけが頼りなんだ”と押し付けてきた書類をまとめていた。

紙の向きを揃えて、挟んで綴じる。

ホチキスのカチン、カチンとした音が教室に響く。

 こういう雑用も案外苦ではない。現実からちゃんとした理由を持って逃げれる。

嫌なことも全部この音がかき消してくれるから。


 外は雨が降っているからか、いやただ此処が静かなだけなのか、分からないけど

しとしととした雨音とこの作業の音しか聞こえない。


 朝のホームルームが終わったあと雨がポツポツと

降り始め、雨の勢いは時間が経つにつれて

強まっていった。

 おかげで外と中では明るさが真反対だ。


 作業が終わったと同時に、机の横にかけてあるバッグから携帯を取り出す。

所謂それはガラケーって呼ばれる奴で、カパっと開くと

時間と天気予報だけが載っているシンプルな待受画面が現れる。

時間はもうすぐ五時半を回る所で、天気予報はこのまま暫く雨のようだ。


「……ついてないなあ」


 窓を眺めながらそうぽつりと呟く。

雨音にかき消されそうなほどな小ささで。

傘はないしこのまとめた書類の塔をこの二階から一階の職員室まで運ばなきゃいけない。


「あれ。萩根さん残ってたの? 奇遇だね」


 ドアを開ける音と同時に私の顔はドアへ向く。

「ちょっと……仕事。これからこれを

 職員室に運びに行くところ」

 そこに立っていたのは今日はじめましてな私の席の“隣人”で。

「こんな華奢な女の子が持てるわけないのに

 先生も酷いねー。俺これ全部持ってくよ」

 低いような高いような。でも温かみのある声で彼はそういう。

「いや任されたの私だしそんな迷惑かけられないよ」

 そう言うと彼は少し悩んだ顔をして、


「じゃあ……半分こしよっか。萩根さんはそっちで俺はこっち」


 とんとん、と一つに重ねてた書類を二つに分ける。

“半分こ”と彼はいうけれどどう見ても私の方が量が少ない。

 でも私は彼の気遣いに対してそれ以上口出しはしなかった。

彼はきっとそれをまた誤魔化すだろうから。

 もう既に廊下に出て先へと歩く彼のあとを私は親鳥を追う雛のように付いていった。

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