1分〜5分で読める短編集

ボンゴレ☆ビガンゴ

【5分読み】千年香妃花

 中国の山奥で千年に一度だけ咲くという千年香妃花。この花を集め、すり潰した薬を飲むと、どんな病でもたちまち治るという伝説がある。


 否、伝説などではない。確かにその花は存在するのだ。少なくともこの二人は本気でそう信じていた。


「相良さん、ねぇ、相良さんってば」


 先程から耳に障る甲高い声に気づいてはいたが、相良は振り返ることはなかった。


「相良さん、聞こえてるんでしょ?ねぇ、相良さん」


「……なんだ、石川」


 相良は振り返る事無く返事をした。この急勾配の山道で巨大なリュックを背負っているので振り返ることは難しかった。

 

 いや、本当の事をいえば石川の顔など見たくなかったのだ。


「相良さんは千年香妃花を見つけたらどうするんですか?」


 石川は疲れた様子もなく相良の隣まで駆け上って来る。村を出発してかれこれ数週間、そろそろ疲労もピークに達する頃なのに石川はピンピンしている。


 相良にとって苛立つ要因としては完璧だった。


「お前には関係ないことだ」


 相良はそう吐き捨てるとまたいつものように黙々と歩き続けた。


 相良には娘がいた。しかし、その事を知っているのは相良本人だけだった。相良は娘が不治の病であることも知っていたが、娘は父親が生きていることさえ知らない。


 だが、相良はそれでいいと思っていた。自分が父親と知っても娘は喜ばないであろう。それどころか、真実を知って絶望するのは目に見えている。


 ただ、相良は父親として自分の命と引き換えにでも娘の病を治したい、そう思っていたのだ。


「相良さん!!こっちです!!」


 突然の声にハッとして前方を見る。いつの間にか山の頂上に着いていたのだ。 木々が避け、開いた丘の上で石川が大きく手を振って相良を呼んでいた。


「見つかったのか!?」


 疲れた体をひきづって相良は丘の上へと急いだ。丘の上に着くと笑顔の石川の後ろに薄紅色の平原が広がっていた。


「こ、これが……、千年香妃花なのか…?」


「間違いありません!!」


 薄紅色の平原に見えた場所は千年香妃花が群生している場所だったのだ。柔らかな日差しと風になびく花弁はとてもこの世のものとは思えぬほど優雅であった。


 相良は感動した。そして、呟いた。


「……もの凄く、臭くないか?」


 そう、平原は絵にも描けない程の美しさであったが、同時に地獄のような異臭が立ち込めていたのだ。


 いつのまにか一人だけ防臭マスクをつけている石川が嬉しそうに言った。


「そうです!!この悪臭こそがまさに千年香妃花の証!」


「そんな話聞いてないぞ……。」


「はい!言っていません!!」


「……」


 堂々ときっぱり何も悪びれずに答える石川に殺意を覚えながらも、本来の目的を思い出し相良は急いで花をかき集めた。

 早くしないと、この悪臭で意識を失ってしまいそうだったからだ。悪臭は凄まじかった。

 だが、相良は心から喜んだ。


(これで娘の病は治るのだ)


 バッグいっぱいに千年香妃花を摘んで帰った相良たちを村人そして世界中の人々は暖かく迎えた。


 これでもう、不治の病というものは世界から、根絶されるのだ。 二人は英雄として全世界から感謝される−−はずであった。

 


 全世界の不治の病の人たちは口を揃えて言った。



「あんな臭いもの飲むくらいなら死んだ方がマシだ!」



 かくして千年香妃花はその効能を確かめられることもなく、処分されたのだった。



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