ろくがつのわに
まだ六月だというのに、うだるように暑い朝だった。今は、梅雨じゃなかったのか。玄関からアパートの廊下に一歩踏み出しただけで、あたしはもう、学校に行くのをやめたい気分。
ついこないだ中間テストが終わったばかりなのに、明日は学力テスト。来月になったら、今度は期末テストが口をぱっくり開けて待っている。中学三年生のカレンダーは、テスト、テスト、テスト。テストの海で、溺れてしまいそうだ。
傾斜の急な階段を降りて、アパートの外へ。ぎらぎら、という効果音をつけたくなるような日射しが、容赦なくあたしの肌を焼く。受験生が日焼けしたって、仕方ないのにさ。隣りの家の庭のあじさいも、心なしか元気がない。道路のアスファルトだけは、鉄板焼きの鉄板みたいに、じゅうじゅう音を立てそうなくらい黒々としている。一面に陽炎が立ち昇って、何もかもが揺れて見えるような、そんな街の中に。
わにが、いた。
長さが四メートルはありそうな大きなわにが、悠々と、アスファルトの上を歩いていた。見間違いかと思って目をこすったけれど、やっぱり、いる。
……何で、こんなところに、わにが?
どこかの動物園から、逃げ出したのだろうか?
だけど、家を出るまで見ていたテレビのニュースでは、一言もそんなこと言っていなかった。それに、住宅街のど真ん中をわにが歩いているというのに、近所で大騒ぎになっていないのも不思議。もしかして、あたしが第一発見者なの?
戸惑うあたしの目の前を、わには、ゆっくりと横切っていく。左から、右へ。ゆらゆら揺れる世界の中、自分がここにいるのは当たり前だというように、堂々と。
あたしの通う中学は、この道を左に行って、三十分くらい歩いたところ。
逆に右にずっと行くと、大きなバス通りを渡って、広い埋立地を通り抜けて、浜辺に出る。人工海浜だけど。
……ついていっちゃおうかな。
ふっと、そう思った。それはものすごく、素敵な考えに思えた。こんな非日常的なことが起きているんだもの、学校へ行くなんて普通のこと、似合わない。
それであたしは、わにのあとについて歩き出す。学校指定の白いスニーカーで、黒いアスファルトを踏みしめて。まるで、うさぎを追いかけるアリスみたいだ、とか思いながら。一面の陽炎に、溶けこむみたいに。
わにがどこに行くのか知らないけれど、ここじゃなければ、どこだっていい。
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