鏡よ鏡
彼女は、今朝も鏡に問いかける。
「鏡よ鏡、この国でいちばん美しいのは誰?」
鏡は答える。
「それはもちろん、お后さまです」
いつも変わらぬ答えを聞いて、彼女は、さも当然とばかりに微笑む。そう、わたしはこの国でいちばん美しいのだわ! その自信に満ちあふれた表情は、艶然として、王を始め全ての男を虜にして離さぬだろう。鏡に映る自分の美しさに満足すると、彼女は自室の扉を開けて、朝礼の場へと向かう。
だが、その満ち足りた気分は、長続きはしない。昼過ぎには、人目を避けるかのように自室に戻ってきて、不安と期待の入り混じった表情で再度鏡に問いかけることになる。
「鏡よ鏡、この国でいちばん美しいのは誰?」
鏡は答える。
「それはもちろん、お后さまです」
変わらぬ答えに、彼女はやっと安心する。朝礼に居並ぶ大勢の者たちに、自分の美しさを値踏みされているのではないか、中には「お后も年には勝てぬ」などと嘲笑っている者がいるのではないか。そう思うと、怖くて居ても立ってもいられなくなったのだ。
もちろん、面と向かって「この国でいちばん美しいのは誰?」と尋ねてみることはできる。しかし、内心で何と思っていようと、その者は「お后さまです」と答えるだろう。なぜなら、彼女は王の后だから。人間は、媚びるために嘘をつく。
だから彼女は、鏡に問いかける。決して嘘をつかない、魔法の鏡に。
わたしには、〝美しい〟ということ以外に、価値などないのだもの。美しいからこそ、王もわたしを見初めてくれた。その価値を、失ってしまったら……。
もしわたしが美しくなくなったら、わたしよりも美しい女が現れたら、王は容易にわたしを見放すだろう。后でも美女でもなくなったわたしを、人々は石ころでも見るかのように蔑むに違いない。それが、怖い。怖い、怖い、怖い――!
以前は、朝に一度、鏡に問いかけて答えを得られれば、それで良かった。
今は、朝、昼、夕方、日に三度は問いかけないと気が済まない。だんだん、辛抱していられる間隔が短くなっていく。そのうち、日に十度問いかけても、足りなくなるだろう。
だがそれでも、彼女は問いかける。
「鏡よ鏡、この国でいちばん美しいのは誰?」
鏡は答える。
「それはもちろん、お后さまです」
その瞬間だけは、彼女は本当に幸福なのだ。そう、わたしはこの国でいちばん美しいのだわ! 心からそう信じ、自信に満ちあふれた表情で、閉ざされた扉を開けて一歩外へと踏み出すことができるのだ。
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