永遠の男子高校生の日常Ⅱ

「アルバート、さっきからちょくちょく僕を『ジャックちゃん』って呼ぶことはやめろ。ちゃん付けするな」


「あれー、気付いてなかったの?」


「ちゃん付けは恥ずかしいんだ」


 ジャックちゃん、そう彼を呼ぶのはアルバートくらいだ。


 貧民街で駆け回って遊んでいたあの時から変わることのないその呼び方は、気恥ずかしさと嬉しさと。言葉に出来ない、懐かしさを感じさせるのだ。彼は、その呼び方をこの魔王城でも変わらずする。周りに人がいる時は『執事長』と呼ぶけれど、周りに人がいない時は『ジャック』と呼ぶのだ。


「そりゃ嫌いなんだろうと思ってるからそんな呼ばないよ」


 ロドルは頭に圧がかかりアルバートが自分の頭に手を乗せたことに気付く。その手は大きくてちゃんと大人の手をしている。


「お前、僕の頭を撫でるのはやめろ」


「だってふわふわだし」


「痛いんだけど」


「んー、俺はそんなの知らん」


「痛いッ」


「身長縮め」


「痛いよ!」


 頭をグイッと押し込むアルバートにロドルは涙目で訴える。


「痛いって言っているだろ!」


「ごめん。なんか弄りたくなった」


「なんだ、その理由!」


「いやぁー、楽しい」


 彼らそんなたわいもない話をしながら最上階に上がっていく。


「アルバ、そこ立っていろ」


 ロドルが指を差すのは部屋の前にある魔法陣だ。


 この部屋にはドアが無い。


 昔はもちろんあったのだが、ロドルがこの部屋をあてがわれた時に、ドアを漆喰で埋め固め動かなくして自分以外が入らないようにしたのだ。だから出入りはこの魔法陣で行う。魔法陣を上手く使えるのはこの城で彼だけなので、事実上、この部屋の主である彼しか入れない部屋というわけだ。


「あんまり動くなよ」


「分かってるって!」


 アルバートは魔法陣の上に立った。準備は完了。ロドルは何もない空中からゲシュテルンを出現させて魔法陣を突く。


「あんまり魔力使いたくないけど、魔王城だからいいか」


 突いた瞬間にアルバートは消え、その代わりに漆喰で埋め固められた部屋の中から声が聞こえた。


『なんでー? お前の長ったらしい呪文が聞きたかったのにぃー、今日は無しなの?』


「なしだなし。僕もそっち行くぞ」


 魔法陣を使う時、詠唱する時としない時がある。


 する時は魔力を回復できない圏内の時が多く、カポデリスで魔法を使う時は極力詠唱して魔力が減るのを抑えるが、魔力が回復できる圏内、つまりリアヴァレトではその面倒な詠唱はやめて己の魔力だけで魔法を使うのだ。リアヴァレトでは空気を吸うだけで魔力を回復できる。


 消耗が激しくなければすぐに魔力が回復できる。


「うるさい。ちょっと面倒いんだよ。それに僕は魔力が多い方だから、詠唱しなくてもそれなりに使えるんだ」


「まー、詠唱使うのは人間様かお前くらいってね。魔族に『詠唱しなければ魔法が使えない』なんて常識は通じないぜ」


 アルバートの言うように、この魔法の使い方は魔族の中では例外である。


「人間の魔法の使い方を使っているんだからそれは当たり前だろ……」


「うんにゃ、そりゃそーだ」


 昔は人間も魔法を使っていた。だが、あの聖戦以来めっきり使う者もいなくなってしまった。聖戦より前に生まれて過ごした彼らは、そういう過去に使われていた魔法も知っているのだ。


「それより……、薬品の匂い凄いよ。あとお前なんでそんなに隈凄いの? 寝不足?」


「……違う。アンジュの店に行ってたら血を吸われて貧血なんだよ。お茶と引き換えにたっぷり吸われた……」


 『アンジュの店』というのは、カポデリスで「テ・ドゥ・ソルシエーテ」というカフェを営んでいる、アンジェリカという吸血鬼の店のことだ。


 吸血鬼なのだが自分のことを『魔女』と自称し、昼間はカフェとしてお茶を出し、夜はバーとしてお酒を出す。常連客も多く、そのブレンド茶を目当てに訪れるものも多い。


 その客は魔族だけではなく人間も通うほどだ。

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