Ep.44 追憶と嘘
クローチェはあの日のことを思い出していた。ロドルが置手紙を出して、教会から姿を消したその日である。
「お前、ここで何してる」
「さぁ。ここが開いていたからね」
部屋に帰ってくるとドアが開いていた。机の上に置いていた鍵はなく、クローゼットの奥のあの隠れ部屋の扉が開いている。その中に奴はいた。部屋の中心で座り込んで二、三度声をかけたが、反応しなかった。やっと気付いたと思っても俺の質問に応えようとはしない。
「なぜ、この部屋を知っている」
「さぁ。なぜだろうね」
彼は階段を上り、俺の前に立った。
背の低いボサボサ頭の悪魔。手が煤で汚れているのはその隠れ部屋にいたからだろう。顔にもなぜかついている。
「クローチェ」
彼の目は澄んだオニキスの様。曇りのない漆黒。迷いのない信念。そう教えてくれたのは花言葉や石言葉などそういうのが大好きだった姉。
「この隠れ部屋を少し見せてもらっていたんだ」
彼女、アヴィが持ってきた木箱の中に入っていたこの隠れ部屋の鍵と手帳。千年前に書かれた日記とこの隠れ部屋の廃れ具合。歴史をひっくり返すその代物を悪魔がなぜ見たかったのか。
おそらく彼は答えてくれない。
「クローチェはこの教会がただの教会ではなかったことを知っているだろう」
「まぁそうだが」
「話してくれ。お前が知っている限りのこの教会――セント・フィーネ大聖堂の由来を」
なんとも変なことを聞く。
こいつが何百年存在しているのかは知らないが、五百年前俺の親が殺された時に魔法陣で飛ばしたのはこいつだ。つまりこの教会の由来は知っているはず。
しかし、話した。
あの暗い笑顔の裏には何かあると察したからでもある。
「五百年前の聖戦は初め魔族殲滅が目的だったが、やがて王族と貴族の悪政に標的が移り変わった。首都リリス、この教会がある目の前の道、王城まで伸びるこの道を『レ・カンパネラ街道』と言い、その道を中心とした貴族街が燃やされた。その直前に王族と貴族を引き連れこの国を棄てたのが、かの英雄王が祖先であるフェレッティ家。王族が居なくなったことにより聖戦は終わり、貴族街は衰退した。レンガは焼けるが燃えない。骨組みだけ残った屋敷には主人は居らず、残った屋敷には家をなくした市民が住みやがて元通りの町になった。そんな中、教会を立て直さねばならなくなり……」
「もう十分だ」
ロドルはすべて言い終わる前に話を切った。
なんとも勝手な奴だ。
続く言葉も勝手なもので、話の脈絡がなかった。思いついたから話していると言わんばかり、自分勝手に彼は言う。
その眼はとても悲しい。
「僕はね、君が生まれたのがあと五百年早かったらと何度も考えるんだよ。あの時代は「黒髪」なんて珍しかったんだ。今はだいぶ増えたからそうでもないけれど、変な迷信もあってね――、それが深く根強かった。僕は何度もその迷信の為に踊らされたし振り回されたよ。死ぬ目にも遭った。殺されそうになったことも何度かあったんだ。だから僕はこの髪が嫌いで嫌いでずっと忌むべきものだと思っていた」
迷信、クローチェはそれを知っていた。
「理不尽だよ。でもね、人っていうのは分からないものは怖がるんだよ。時に人は残酷なものさ。何の根拠もない迷信を信じてどんなこともする。どんなに恐ろしい魔物よりも、時に人は残酷で非道なんだ。僕はそれをよく知ってる。僕は」
彼の過去に何があったのかは知らない。
「僕はこの時代に生まれたかったな」
ロドルは笑っていた。頬を水滴が流れていた気がした。
もしかしたら気のせいだったかもしれない。
◆◇◆◇◆
いつだったかと、僕は問う。運命の歯車はいつから噛み合わなかったのか。初めからだと、僕は答える。
歯車など噛み合うことが普通ではないのだ。
運命は初めから決まっていたと、彼は答え、僕は頷く。そう初めからきまっていたのだと。
「バレタのか?」
「ああ」
「魔王城は」
「――僕を置いていくことはできないと」
「まぁ、そうだろうな」
「ああ」
力のない少年の声、答えるのは若い男の声。
「裏切り者をそばに置いておく理由など何もない」
「そうだな」
「なぁ」
「なんだ?」
「お前、何考えてる」
間が空いた。暫くの沈黙の後、また幼い声は話し始めた。
「僕にいま何ができる?」
嘘をついているようには聞こえない。
「そうだな」
男は安心して頷いた。
「帰ってきたな」
「お前がそう言ったんだ」
嘘をついている、長年の経験で知った嘘をつくときの癖。初めから。全て嘘。そうさ、僕は嘘をついている。
「何を考えてる」
やっぱり黙った。また問いかける。これが賭博ならチップをかけてやると、心の中で決意する。
革命を起こすなら今だと、確信する。
この戦況は変えられないよと、弱気な自分は呟く。ならば何をするべきだろうと、問いかける。自分だけなら変えられなかったと、そう言い聞かせる。
チャンスは今、自分の元にあると。
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