Ep.41 僕が最期に見たモノ
この半年後。十六歳の成人の儀。
貴族は成人となり、初めて印を貰う。そんな祝いの席で僕はお嬢様の目の前で死んだ。側から見れば事故にしか見えない、フェレッティ家、御子息の暗殺事件。実際闇に伏されたし、犯人など分かるはずもない。傍から見れば不幸な事故にしか見えない事件。犯罪捜査なんて発達もしていなかった大昔であったから、ただの事故として処理された。
いや、事故として処理することによって歴史からも抹消したかったのだと思う。
魔法を使わない限りあんな事はできやしない。
だけど、僕が暗殺だと確信するのはたった一つの確信だけ。僕が視える目を持っているゆえ。
――あれは人ではなかった。
生き絶える直前、薄れゆく意識の中。囁く声は僕に聴こえるようにそう言った。
『ジャック・×××××=×××・フェレッティ。俺がこの真名を知っている限り、お前は永遠に俺の奴隷。せいぜい操り人形として仕えることだな』
僕の長ったらしいミドルネーム込みの本名。彼の足元には僕の血だまりがあって、隣にはお嬢様がいた。
息を吸っているはずなのに肺に入らない。肺に穴でも開いたのかもしれない。ヒューヒュー、と空気は吸えているのに苦しくて、苦しくて、むせると血を吐いた。
走馬灯のように昔の記憶と、前にこんなことが何度かあったっけ、とそんなことまで思い出した。あの時は助けてくれる人がいた。その友達は僕が死んだらなんというだろう。
僕はこの真っ黒な髪のせいで何度か酷い目にもあったんだ。
珍しいから、それで済めばいい方だった。貴族街から外れた貧民街で、何度か人攫いにも遭った。殺される勢いで
折檻と拷問が酷すぎて「殺せ」と頼んだ事もある。
なんでいまそんなこと思い出す? 楽しい記憶もあったはずだ。なんで僕はこんな目に遭うんだろう。
だんだん目の前が霞んでくる。
『下手な殺し方しちまったか……苦しいだろ』
傍には僕に庇われるようにお嬢様が倒れていた。
きっと怪我は無い。意識を失っているだけ。
でも、この出血のせいで僕は死ぬ。素人目にも分かる出血量と、内臓はきっと逝った。血潮は自分の服と手も顔も何もかも濡らして未だに流れ続ける。
あと数分しか僕には残されてはいないだろう。
最期に君の願い一つだけ叶えられた。だから悔いなんてない。君は僕の全てだ。だから、悲しまないでよ。
『ゴホッ……』
君に怪我が無くて良かった、そう思いながら目を閉じた。
楽しかった。君の執事としてたった二年間。
離れていたのは十四年、それの七分の一の時間だったよね。それでも僕は十分だった。楽しかったんだ。君に会えて良かった。もっと早く会えたら良かったのに。そう願ったからきっと罰が下ったんだよ。僕は生まれた時からそうなんだから。無様な死に方さ。それでもいいさ。君を守って死ぬ、騎士にとってこれ以上光栄な死に方があるかい? 僕はこれでいい。これでいいさ。心残りは君のこの先の将来を、僕が見られないことだ。
運命を呪うよ、僕は……。
だから君は、僕の分まで生きてよ。お願いだ。
『恨むんならお前の運命を恨め。――英雄の生まれ変わり』
心臓をひとつき。背後からの剣。
普通は即死の筈なのに僕にはまだ息があった。それがわざとだと知ったのは影のこの後の台詞。影はその台詞を僕に聞かせるためにワザと急所から外したのだ。
『息ガアルウチニ、コレダケハ言ッテオコウ』
真っ黒な影は薄気味悪い笑い声を上げながら僕に囁く。
最期に聴こえた。僕の生前最期の記憶。
画面が切り替わるようにプツリと途絶える。
身に覚えのないことだ。お前は誰だ。
なぜ僕は殺された。
最期に思うんだ。なんで最期になって思うんだろう。僕は悔しくて未練がましい。今になって思うなんて――。
嗚呼、死にたくない。死にたくないよ。死にたくないんだ。
死にたくない。咳き込めば吐くのが血だとしても。
『コレデオ返シ。俺ヲ殺シタオ前ニ最後ニオ礼ダ。マァ、オマエハオボエテナイガオマエノナカノエイユウサマニイッテルンダ』
プツリ。
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