Ep.20 言える事と言えない事
ロドルはアンジェリカの店から出た。カランコロンと鐘がなる。ロドルの手にはたくさんの荷物が下がっている。
彼は胸元から一枚の紙を取り出し、指を鳴らした。魔法陣が一瞬光り燃え上がる。魔王城の自分の部屋まで荷物を飛ばすための空間転移魔法陣。手にあったたくさんの荷物は全て消え去った。
「魔王様によろしく」
「分かりました。アンジェリカ様もお元気で」
ロドルは短く答え、
「では皇女様、参りましょう」
デファンスから荷物を受け取り、彼女の後ろについた。
昔はどうであれ今はデファンスの執事なのである。
十分過ぎるくらい染み込んだ習慣。
ワイン、お茶など魔王城で出しているものはもちろん、自分が使う薬草もここから調達している。昔から知り合いのため信頼している店であり、たまに顔を出さないと心配されるからというのが理由。
そしてもう一つの理由。――僕の生前を知っている数少ない知り合いだから。
「ロドルはあの人とどういう関係なの?」
「あの人は薬剤師でもあってね、昔、ある家に薬を売っていたらしいんだ。そこで、その家のパーティに呼ばれていてね、そこで会ったんだ」
「魔王様によろしくとは?」
「ゼーレ様はあの方にとって可愛いお孫さんですから」
「えっ」
それは知らなかった、とばかりにデファンスが驚いた声を出す。アンジェリカから聞いたのではなったのか。
「あれ、聞きませんでしたか?」
思わず慌てた声が出てしまった。
「アンジュのことだから言ったと思っていたよ。もしや、僕に言わせようとしたのか……アンジュめ」
「でも、私会ったことないよ?」
そりゃそうだろう。デファンスがあの店に行ったのは今日が初めてで、初対面なのだから。あの人が魔王城に行ったことはないし、ゼーレもアンジェリカのことは知らない。
ゼーレはゼーレでアンジェリカという肉親がいたことは――覚えていない。
五百年前からあの人はあの店に縛られている。
「あの人はあの店から出ることが出来ません」
「え?」
「店から出ることが出来ず、もう一つの店には僕が創った魔法陣で繋がっていてね、それが唯一の通り道なんだ」
きっかけは五百年前の聖戦、魔族殲滅戦で魔族が狩られていく中、王宮ほど近いあの店は真っ先に標的にされた。しかし、それを救ったのは彼女のお茶とお酒。
「どうして殺されなかったの?」
「人間にとっても、彼女のお茶が飲めなくなるのは痛手だった。標的にはされたものの手を出せなかった。ここを出て行くか頼むか、レシピを奪うかをしようとした。戦況が酷くなる前に彼女は店の周りに結界を張り、自分が出られないのなら手は出せないでしょう、とお触書を出したんだ。彼女にとってもここを去るのは嫌だったらしい」
それからアンジェリカはあの店から出ていない。
ノービリスに二号店を出したのは、貴族がここカポデリスを去った後、人間は彼女のお茶に惚れこんでいたということらしい。国から逃亡しても飲みたかったのだろう。
全くアンジェリカらしい。
敵を見事、味方にしたのだから。
「どうして、ここを去りたくなかったと?」
「昔、言っていたよ。あの店は思い出の場所なんだってさ」
ロドルは遠くを見ていた。見る先には何も映らない。
彼女の大切な場所、きっと彼女の思い出とはあの人のことだろう。僕も懐かしいあの人の事――。
「ロドルはこのお店の常連なの?」
「まぁ、そうだな。世話になっている」
「いつから?」
その質問には答えかねる。本当のことを言えばきっと質問攻めにあうだろう。誰にも、この先言うものは居ないと思っていた。クローチェに自分が元々は人間だったことを告げたのはついこの前のこと。なぜ自分でも言おうと思ったのか。
もしかしたら僕は彼に期待しているのかもしれない。
――僕の破滅の道を、覆してくれないだろうかと。
「ずっと昔からです。ゼーレ様に会う前かもしれませんね」
全て話せないことを許してほしい。嘘だと言う、信じられないと言う、だけど、僕はもう目の前で誰かを失うのは嫌なのだ。
察してほしい、僕の我儘だと言われても。
「人のことは話してくれるのに、自分のことは何一つ話してくれないのね」
デファンスが小さくつぶやいた。
「貴方には私に言えないことが何個あるの」
デファンスはそっぽを向いた。
「お腹の傷も?」
「ごめん」
今の言葉は聞こえただろうか。
君が殺されないためにこれは言ってはならない。僕に関わったことであいつに狙われたら僕はきっと後悔する。
僕に深く関わったものの末路を僕は知っている。
それを何度も何度も見てきた。
あいつは其れ程しつこい。
少なくとも関わりがあるだろう。
教会には居なかったが、今は何処にいるのか。
なんとなく悪い予感がした。
「デファンス、教会にいる時に烏は見なかったよな」
デファンスは怪訝な顔をする。意味が分からなかったのか、それとも。
「デファ……」
「珍しい事もあるものデスネ。貴方様がここに居るとは思いませんデシタ」
見覚えがある声が聞こえて振り返った。独特の訛りがある若い男の声。ラフで動きやすそうな服。人の良さそうな笑顔振り撒く線の細い男。胸元で光る金のロケットペンダント。
「クリム君、ちょっと用事があるんで……」
悪い予感が的中したのはさて置き、さっきまで考えていた烏ではないが、捕まりたくない相手なのは確かだ。
「誰?」
「人違いです。僕の名前ではないです」
ロドルはなるべくぶっきらぼうにあしらった。デファンスは隣で不思議そうな顔をする。男は笑顔のまま首を傾げる。
「デファンス、ちょっと走るぞ」
ロドルはデファンスにコソッと呟いた。
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