Ep.18 魔女のお茶会
治療が終わった、とデファンスはアンジェリカに告げられた。
アンジェリカはナンシーと同じくカウンターに座った。アンジェリカはデファンスが座ったのと向かいになっている。
落ち着いて向き合うと、アンジェリカの左手の薬指に指輪がはまっているのが見えた。ゴールドの飾りも何にもないシンプルな指輪。少し黒くくすんだ年季が入ったもの。
この人、既婚者だったのか。
「何か飲む? 紅茶でもコーヒーでも何でもあるわよ。もちろんお酒も」
紅茶で、頼むと直ぐに出してくれた。
「あの、アンジェリカさんは……」
デファンスがおどおど切り出すと、アンジェリカは頬杖をカウンターにつきフフッと笑った。
「ん? アンジュで良いわよ」
なにがそんなに可笑しかったのだろう。
「あ、アンジュさんはロドルの……」
「何ですか、て?」
「へ!?」
アンジェリカはニヤニヤとデファンスの顔を見ている。
その視線に居た堪れないものを感じる。
「分かるわよぉ。デファンスちゃん、あの子のことを好きでしょう」
「ふぇ!?」
アンジェリカはさらにニヤリと笑った。
「どこが好きなのぉ?」
奥でナンシーが呆れた顔をする。布巾でグラスを拭きながらため息を一つ。
「アンジェリカ様はこの手の話、大好きですから。下手に引き伸ばすといつまでも聞くので、違うのならさっさと否定した方がいいですよ」
だが、ナンシーの忠告よりも早かった。
「あいつのどこが!」
「あらぁ」
アンジェリカは更にニヤリとし、デファンスは慌てふためく。ナンシーはため息を吐いた。
「私はあの子の保護者みたいなものだから気にしないでね」
「アンジェリカ様はお坊ちゃんをからかって遊ぶのが好きなだけです!」
「だって反応が面白いんだもん」
アンジェリカはまた口をとんがらせる。「あの子をからかうのが一番の楽しみなのよ」とアンジェリカが言う。
悪趣味です、とナンシーが呟いた。
「いいわねぇ。私のデファンスちゃんと同じ年くらいの時にあの人にあったのよ。この店のちょうど前でねぇ。髪が風に吹かれた姿がカッコよかったわぁ」
「……あの人?」
デファンスは思わずそう聞き返した。
その時だった。
「アンジュ! また僕の血を勝手に吸ったな!?」
「あら、もう起きたの」
「起きたの、じゃないよもう!」
ドアが開いてロドルが入ってきた。
服の所々にキラキラとした鱗粉がついている。あの部屋に花なんかあっただろうか。デファンスは首を傾げる。
もしかして聞いていたのかな、ロドルの顔を見るが特に変わった様子はない。
「奥で準備してるって、僕を捉えて捕まえるためか!」
そうだろうな。
ロドルは乱暴にカウンターに座り、アンジェリカはスッと紅茶を出す。慣れた手つきだ。
「カンタレラで良かったかしら」
「確かに僕がここで一番好きなお茶だけどさ、今はそんな気分じゃないよ。貧血だよ、血が足りない」
「まあまあ、そんな吸血鬼みたいなことをおっしゃってお坊ちゃん」
「誰のせいだと思ってる!」
ロドルは机を叩いた。
猫が自分をいじめた人に威嚇するようだ。
「アンジュはいつもそうだ。僕の事なんかお構い無しに……」
「仲良いんだね」
デファンスがそう呟く。ロドルにも聞こえたようだ。
「良くないよ。デファンス、こいつには気をつけたほうがいい。相手の意思なんか無視して血を吸ったり、遊んだり、懐柔したり、実験台にしたり! 僕との初対面の会話は『貴方、割と可愛い顔してるのね。食べちゃいたいくらいだわ』だぞ! 危険人物だろうが!」
じゃあなぜこの店に来たのかしら、とは聞くべきではないだろう。多分怒られる。
さっきロドルがここの紅茶がどうしても飲みたくなると言っていた。けれどこんなもロドルはアンジェリカを毛嫌いしている。それとアンジェリカのロドルに対する溺愛ぶり……。
推測するに紅茶に何か仕込まれている。
間違いない。
「そんな昔のことよく覚えているわね」
「生命の危機を感じるぐらい印象が強すぎたんだよ!」
ロドルがアンジェリカを睨むと、彼女は肩を竦めた。
「だって初々しくって可愛かったんだもん。それに、私はそんな野蛮な事はしない。会ってすぐ血を吸おうとしたことは無いわよ」
「僕は例外かよ」
「そうね。もし、赤ワインと白ワイン、どちらかしか飲めないのなら私は混ぜてバラ色のロゼを飲む。選べないならどっちも飲めばいいじゃない。例え禁術だとしても」
「僕の質問は無視か」
「あら。私はちゃんと答えたわよ」
ロドルが呆れたような顔をする。
「僕はその意味が全然分からないんだけど。何? 僕はロゼワインって事?」
「当たってるわよ。半々の混合種になっちゃったけど」
「僕をワインで例えるなって」
ちょっと失礼な話なのだが、アンジェリカの例え話は面白かった。
ロドルには悪いけど。
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