歯車はいつも噛み合わないⅫ‐②

「あのォ、お二人とも仲がヒジョーに悪いことは分かったので! クローチェ様がおっしゃった……リリィとは誰ですか」


 縮こまったままのクレールを置いておいてエルンストが代わりに尋ねた。その問いにロドルが答える。呆れたような物言いで。


「あれ、あの子の名前知らないのか。エクソシストのクセに?」


「そうです。エクソシストのクセに? ですよ。ロドル様? 相変わらずムカつきますね、その口調。貴方の顔を見ていると本当に寝首掻っ切ってやりたくなりますよ」


「そうですよ! エクソシストのクセに、でいいです! 本当はちょっとムカつきましたけど、教えてください!」


 静かなる戦い冷戦は、クレールの叫びによって終結を迎える。


「リリィというのはクローチェが言ったとおり、彼のお姉さんの名前さ」


「……え、お姉さんいたのですか? クローチェ様に!?」


「そうねー、知らないよねー」


 パッセルとロドルはお互いうんうんと頷いている。


「僕が五百年間の世界から飛ばした二人は無事生きることができた。記憶も何もかも忘れて、平和にね。お姉さんの血はそこまで飲まれていなかったら、魂を取られるまではいかず。何も起こらなかった」


 ロドルの説明にクレールとエルンストは「はぁ?」と聞き返した。全く理解が出来ていない二人にロドルは「今は面倒だから説明はしない。感じろ!」とだけ伝える。


 いちいちすべてを説明する時間はないのだ。


「数年前、クローチェのお姉さんはウロになってしまった。なにが原因なのかは分からない。その結果、実の弟の記憶も自分の意思も無くしてしまったんだ。それがよく君たちがよく知る……」


「大聖賢ちゃん、その人ってこと~~~~~」


 ロドルの台詞を被せてパッセルの声が響く。


「横取りするな、いいところを」


「いいでしょう、少しくらい。長いんですぅ~~~」


 またもや始まる冷戦。


 その間、クレール、エルンストは置いてきぼりだった。


「つまり、どういうことですか?」


「つまり~~~。クローチェ様と大聖賢ちゃん、本名をリリィは歳の離れた実の姉弟だということですぅ~」


 パッセルが微妙に伸びたインストレーションで喋る。クレールとエルンストの二人は、緊迫感の微塵もない口調の前に思考が停止した。そして、数分遅れた絶叫。阿鼻叫喚は魔王城のホールにまで響き渡った。


「なんですとぉ!? なぜ教えてくれなかったのですか! クローチェ様の大聖賢に対するあの態度はなんですかぁ!」


「そうですねぇ……。いや、初めからあの態度だよ。だって二人は全く同じ場所に飛ばせなかった……、僕は同じ場所に飛ばしたつもりでも、時空の狭間でもみくちゃにされたのだろうね。彼らは出てきたところに数キロの差があった。だから会ったのも五年かそこらで、二人共記憶がなかった」


 いや、クローチェだけはあったかと、ロドルはそっと呟いた。


「クローチェはずっとリリィを探していたよ。僕が始めて教会に尋ねた時……彼女は大聖賢として、彼は賢人の位についていた」


 記憶をなくしていたのに二人共エクソシストになったのは何の因果だろう。


 ロドルはニヤニヤと笑いながら、懐かしそうに話をした。


「あの……ウロとは?」


 クレールが恐る恐る手を上げる。ロドルは「あぁ」という吐息を漏らす。まだしてなかったっけ、と小声で呟く。


「ウロ……というのはね。昔、ゴーレムという巨大な魔法で動く人形のようなものを作っていたんだってさ。そのゴーレムを作る時の材料として古文書にたびたび出てくるんだ」


 そこからロドルが話したのは以下の通りだった。


 ウロとは中身がないもの、元々は古い木のくぼみをうろと呼び、そこが由来だという。古来、魔王の一族に人の魂を抜き取る能力があったことから、その「ウロ化」の影響を受けた者をそう呼ぶのだという。それとゴーレムの材料になるというのは――、


「だって操りやすいじゃないか。意思がないから暴れることもない、命令をすればついて回る。だからそう……生きているとすればそうであるモノを使った悪趣味な……もいたんだよ」


 ロドルはそういうと話を逸らす。


「もう説明はいいね? もう面倒だから君達は他の人から聞いて。僕は疲れたの、魔力使い切りそうだったから死にそうなの!」


 ロドルは近くに落ちていた剣を拾う。その剣がロドルの身体に吸い込まれるように消えていった。クレールとエルンストは目を見張る。


「じゃあゼーレのことはよろしく、パッセル。仕事だよ」


「面倒な仕事ですねぇ~~? なんですか、魔王を殺せばいいですか」


「いやー? 大変だったよ? 殺さず倒すの。君は僕の努力を水の泡とする気かな?」


「頼んでいませんわ。そんな茶番は」


「ふふふっふー、僕がそんなことを何でする必要があったのかよく考えて見なよ。僕は悪魔だよ、不死身だよ。僕に楯突いて生きていけると思うな?」


 にっこにっことお互い笑いながら暴投キャッチボールをするパッセルとロドル。その球は見えない。なのに、巻き込まれたならば確実に殺されるだろう。


 ――……ブラックすぎる!


 クレールとエルンストには二人共が悪魔に見えた。


「あれ!? ロドル! なぜここに!? あれ!? なんでここに教会のアホエクソシスト二人が……フグッ」


 遅れて走ってきたセレネが思わず滑った口を塞ぐ。いや、もう遅いだろう。完全に影で呼んでいた名前を叫んでしまっている。フンフン……と鼻歌で誤魔化しているがその名前で呼ばれた二人は騙されない。怒りを抑えられず肩をわなわなと震わせる。


「セェレェネェ……!? お前俺たちのことそんな風に思っていたのかぁ!?」


 クレールは激怒の装い。


 エルンストはやれやれといった様子で肩を竦める。


「セレネ、まだ子どもだからと許そうじゃないか。だが、俺もクレールと同レベルとはどういう意味だ。……俺の銃口の前に死ね、と言いたいね」


 セレネはヒエッと悲鳴を上げた。


「すみませんッ! そんなつもりでは……すみません」


 セレネはペコペコと謝るポーズをする。


「で、ですよ? ロドルはどうしてここに? パッセルさん達と知り合いなんですか?」


 セレネのそれとない問いに二人は――。


「「断じて違うッ!」」


 ロドルとパッセルの声がピッタリと合う。


「それは違うよ、セレネ様? 僕とこいつは知り合いでもなんでもないさ。ただね、クローチェに会いに行くといつも睨みつけてくる……そうだな、けち臭い姑? 継母、性格のひん曲がった小姑的な知り合いかなぁ」


「そうですねぇ~~、さっきのように~、クローチェ様の頭を撫でて体力を掠め取るような、邪魔な害虫的な知り合いですわぁ~」


 言い分はなんとなく分かる。つまり、ロドルにとってパッセルは姑、パッセルにとってロドルは害虫。仲が悪いというか、パッセルはロドルを人としてすら見ていない。


 この静かなる冷戦の前にセレネの顔は引きつる。


「お二人とも……落ち着いてくださいよ……落ち着けぇっ!」


 セレネにはそう叫ぶことしかできなかった。


「あらあら~~、すみません~~。害虫と話していて話がそれましたわ~~~」


「姑さん~~。それ以上、僕を害虫と呼ぶのなら~~。……口を縫ってやるよ」


 火花の音が聴こえた。確かに。


「はぁ……話が進みませんね」


 ため息をつく、セレネとクレールとエルンスト。


 ため息は深く深く――。いつまでも続くのであった。

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