追憶――消し去った日々Ⅸ‐①
「……殺ってきたようだな」
真っ黒なコートを着る彼の元に僕は行った。待ち合わせは、辺りを見渡せるとある丘の上。星空の微かな光を浴びながら彼は佇む。背に真黒な影を宿した背の高い、かつての……。
「あぁ、もう思い残すことはない」
僕はそう呟いて、血に染まった両手を広げた。
服には無数の血痕。顔にまでかかった血を落とさずに、僕は待ち合わせに来た。
「おい、着替えるとかしたらどうだ」
僕の目は泣いたからなのか血のついた手でこすったからなのか分からないが、まだ赤く腫れたままだった。
「いや。これでいい。どうせ」
赤黒く乾いた血は独特の臭いをさせ、息が苦しい。
「すぐ汚れるさ」
「それはどういう意味だ」
彼は笑っているようだが、僕にはそうは見えない。
「そのままの意味だ。分かっているのだろう? 僕が言おうとしていること」
そうだ、そのためにここに来た。
僕は彼に会った時から気になっていた事がある。
初めに感じた殺気、タイミング良く現れた彼、指揮官と呼んでいたこと、そしてその格好……。
都合が良すぎるのだ。
それはまるでそう仕組まれていたかのように。
「それで僕を欺いたつもりか? 初めからおかしいと思っていた。後から思い出した自分の記憶とお前が言った記憶は一つもかみ合わない。それはなぜか――」
僕が悪魔だとしても、魔王城を一回で落とす程の魔力を持っているものだろうか? それにあの夢の内容はもっと昔、天界にいた時の記憶だった。
「指揮官は指揮官でも、魔族の頂点に立つ『魔王』なのだろう?」
自分の記憶を信じて、彼の話を嘘だと仮定するなら全て繋がる。
大霊樹は魔族が近づけないから僕が指名されたとしたら。
僕が魔王だから自分の手で行おうとしたからだとしたら。
全て繋がる。
僕が暗殺班に所属しておらず、この命令は天界からの指示だとしたら? 僕が全てしたことが彼の計画でこれはこの世界を手に収めんとするものだとしたら。
そして、夢に出てきた顔が潰された黒い影は……。
「お前は僕を利用しようとしている。僕はお前にこの剣を仕込まれたから記憶を亡くした。お前は僕を追っていた」
僕をあの部屋に連れて行った神。
僕を利用し記憶を書き換えた神。
僕が彼女を殺すように操った神。
「お前にとって僕は、大切な人柱だから」
僕はゆっくり彼の顔を見上げた。彼の名前も、さっき自分で自分の記憶を魔法で呼び起こした時に思い出した。
その偽名じみた名前も彼の名前の一つ。
全て演技だったのだ。僕が自分の名前を思い出せないと言った時に自分に都合のいい記憶だけを戻させたのも。敬語口調も何もかも。僕は冷めた視線を向ける。
「ネーロ」
ネーロは僕を地面に倒そうと右手を振りかぶり、僕はその一瞬の隙をつき後退する。何もない空中に振り降ろされた右手を素早く掴み、重心を地面に向かって引っ張る。
身体が前屈みになると人はあっと言う間にバランスを崩す。
ネーロの身体は音を立てて地面に伏せた。
「おい、こんなものか?」
僕は冷徹に地面に倒れたネーロを見下す。
「いつから分かっていた」
やっぱり聞いてきたか。僕は溜息を吐く。
「怪しいとは思っていたさ。でも、初めは目的が分からなかった。なんで僕を狙うのか、リュビはなんで殺されなきゃならないのか」
一晩考えたもの、そして気づいたもの。
「大霊樹は魔族の魔力を封じるもの。それを護るのが彼女の役目」
リュビ自身は自覚はなく、何も知らなかっただろう。彼女は聞いていなかったはずだ。それを成人になる十六の年に教えてくれただろう、その人は彼女を守ってすでに亡くなっている。
彼女が生まれた家が、なんであるのかを――。
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