満月が照らすものⅣ‐➁

『若くして力があるならまだいいが、能力もない幼い娘を王にするのはどうか』


 城にて行われた会議の議題はそれだった。


 嘘が混じっていないのが一番腹ただしい。その言葉の通り、私には目立った能力がない。満月の時もお父様のように完璧な魔物になれる訳ではないし、魔法が上手いわけでもない。


 お母様から魔法をたくさん教えてもらったのに、全く上達しなかった。そんなもんだから、この試練は多分、「私に王位を継がせないために、他の優秀な者を見つけるための修行」なのだと私は思っている。


 お父様やお母様がどんなに私を推していたとしても、他の人がどう思うかによって、運命は決まってしまうのだ。それを変えるためにこの試練を行うのだろう。


 私はいつも通り、尻尾も耳も出てないことを確認してから外に出る。暇なのでただの散歩だ。


 どうせ家にいたって、なにもすることはないのだから。


「デファンス、いいか。街外れの山の中に生えている草を取ってこい。僕が薬を作るから」


 執事のくせに私に命令した?


 ポカンと口を開け、ロドルの顔を見る。


 玄関の扉に手を掛けた時、執事はこう言い放った。


「早くしてください、皇女様」


 ニッコリと敬語を交えて嗤う、ロドルの顔が目の前にあった。


 なんだ、その顔は――。


 いいえ、とは言わせない、拒否はさせない。脅し、いいや。殺気さえ感じるその物言いに、私は身震いをした。


 ただの笑顔がどうしてここまで怖いのか。


「早く帰ってきてください。今日は満月でございます」


 ――人間に見つかって、狩られても知りませんよ。


 ロドルはそう付け加えて、私を追い出した。


「満月って……」


 まだ日も上がり切らない朝だぞ。


 へいへーい、と、適当に返事をして扉を開き歩き出す。


 数歩進んだところで振り返ると、さっきいた家は消えていた。あるのはただの空き地。


 ロドルの結界は完璧で、今まで間違えて入って来てしまった人間はいなかった。お客として来る人はいても、私達を狩りに来た人は一人もいなかった。


 ただでさえ、人型になるために魔力を使っているはず。なのに結界まで――。一体、彼の魔力はどのくらいあるのだろう?


 不思議には思うが聞く気にはなれなかった。


 なぜだろうか?


 そんなことを考えながら街を抜ける。


 街外れに行くには大通りを横切らなくてはいけない。


「あ、ちょっ……」


 人混みに思いっきり入ってしまった。肩と肩が擦れ合う。


『人間には魔力なんて分からないから、大丈夫だ。近づいたって、分からないから』


 ロドルにそう言われたことがある。


 見つかったら魔女なら火炙り、狼娘ならなんだろう? その時、にやにや笑いながらあの執事は言っていたっけ。あの笑い顔が目に浮かび、舌打ちを一つ。


 その瞬間、誰かに押され、人混みを出た。


 謝る声が何処かから聞こえる。


 いえ。大丈夫です、と言うはずが足を滑らせ大胆に転んでしまった。周りの人はそそくさと歩いてしまい、私は苦笑いをしながら立った。


 人間はこんな時、少し冷たい。


 リアヴァレトならすぐに魔法で怪我を治したがここではそうもいかないだろう。


 どうしようか。


 腕から滴る血を眺め、息を吐いた。


「おい、怪我しているじゃないか。大丈夫か?」


 声がして顔を見上げると一人の青年がいた。頭にちょこんと烏が乗っている。その様子は愛らしい。


「あ、大丈夫です。家、すぐそばなので」


 ――街外れに早く行って治してしまおう、そう思って手出しが要らないこと平気なことを伝えて笑い返した。


 だが、その青年は怪訝そうな顔をする。


「いや、傷口からなにか菌でも入ったらいけない。俺の家、すぐそばだから、そこへ行こう」


 そう言って青年は私の手を引いた。強く引かれたため、私は言われるままについて行くしかない。ここで断りを入れるのもいいが、少し断りづらい。


 手当てをしてもらったらすぐに離れよう。


「ありがとう。で、あの……、貴方の家というのは」


「あぁ、そこ。近いから、すぐ手当てしてやる」


 彼の指をさす先。


 屋根に十字架、窓にはステンドグラス。黒い服の女達と青年の首にはロザリオ。この街で一番大きな建物と語られるそこは、日光に照らされてキラキラと輝いていた。


 ここって……。


「あの、貴方の職業は!」


 まさか。


 何処かで聞いた事がある。


 カポデリスには魔族を祓うための職業があると。彼らは十字架を使い、魔族を狩るために動く。


 魔族を見つけたら構わず殺す、驚異の人間達。


「え? なんで」


「いいから答えて!」


 青年は少し不思議そうな顔をしたが、どうやら答えてくれるらしい。口を開いて飛び出した言葉はこうだった。


「エクソシストだ。お前も知っているだろう? 千年前、リアヴァレトを逆転に追い込んだ歴史――……」


 その言葉を聞いた瞬間、私は気を失ってしまった。

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