第235話:憧れすぎる、パラベラム・ゲート。①
これは「
この物語の導入部でも述べた通り、この「門」をくぐることは、戦闘を職務とする騎士たちにとってこの上ない栄誉である。この4本の柱は王権を支える4体の
高校野球に打ち込む球児であれば、あの甲子園のツタのからまる外壁を仰ぎ見るような高揚感があり、サッカーに打ち込む者であれば国立競技場の芝のフィールドを思い描くようなものだろう。そう、そこは「聖地」なのである。
「すごいね。」
関係者に許された下見に、聖槍騎士団を代表してジェシカと共に訪れたリックは思わず息をのんだ。子供の頃から憧れ、テレビの中でしか見たことがない、「あの」風景がそこにあった。
リックは終始無言であった。ジェシカはもっとリックがはしゃぐと思っていたのに意外な反応に彼の横顔を見た。
「どうしたの、もっと喜んでもいいいのよ。」
そう声をかけようとしてジェシカはその言葉を飲み込んだ。リックは涙ぐんでいたのである。
「まだ早いわよ。……それにね、リック、あなたは感動する側じゃないのよ。もう、感動させる側にいるの。それだけは自覚しておいてね。」
ジェシカの言葉に珍しくリックは素直に頷いた。
王都キャメロット、トラファルガー区に
その公園化された敷地は「スコットランド・ヤード」と呼ばれており、街の人は換喩としてその騎士団をそう呼ぶことも多い。
敷地は一般に開放されており、散策や犬の散歩、ジョギングのためにそこを訪れる人も多い。その敷地の中心には目隠しを当て天秤と剣を持った女神像がある。それが公正の女神「アストレア」像である。
そこに一人の青年が佇んでいた。小春日和というにはやや強い日差しを避けるように木陰にあるベンチの前にいた。時折吹く風がそこに木漏れ日をつくる。
背は高いが、なで肩で男性にしては腰がくびれており、中性的な雰囲気を醸し出す。彼は茶色の格子柄のジャケットを脱ぐとベンチにおく。クリーム色ののベストとグレーのボトム、白のドレスシャツに赤いネクタイが秋らしい装いである。
彼が長い蜂蜜色の毛をかきあげると端正なマスクが目を惹く。通りかかった人々はそれが何かの撮影で、自分がそれを邪魔でもしてしまったのではないかと思わずカメラを探してしまったくらいである。
彼の名はシャルル・ルイ・デオン・ド・ボーモン。この惑星に1000万人を超える護法騎士団の護法騎士の中で今もっとも話題の騎士でもある。
見た目は優男だが滅法腕が立つ稀代の剣士である。とりわけ、そのサーベルの技術は一級品であった。
しかし、彼には3つの「顔」があった。
彼のそばにジョギングをしていた男性が近づくと何かを残して去った。
「定時連絡?」
ルイの脳に宿る「有人格アプリ」であるシャルが尋ねる。
「ああ。」
スコットランドヤードが一般に開放されているのはこうやって騎士と情報員との接触を容易にするためでもあるのだ。
「
情報はリーナの日常に関することである。
「ねえ、いつも思うんだけど、この女のどこがいいの?」
熱心にそれを見るルイにシャルはやっかむように聞く。
「そうだな、リーナは俺の『故郷』だから。」
ルイの答えにリーナと同じ姿の「シャル」は顔をしかめる。
「変なの。」
「故郷」そう、出発点であり、終着点なのかもしれない。自分の無力だった頃を思い出しては自分を戒め、自分に残った「人間性のカケラ」を確かめるための作業なのかもしれない。
「しかしまあ。よくもそんな昔の記憶、覚えているわね。」
「昔といってもたかだか10年前だ。この身体にとっては人生の半分以上も前だが、お前や年寄りどもにとってはごく最近の出来事だろう?」
実際のところ、リーナとの関わりの記憶の大半は記憶の片隅に追いやられていたが「シャル」がインストールされた結果、逆に鮮明に蘇ってきたのである。
姐御肌でいつも『みんな』に優しかったリーナ。ルイはそんな『みんな』の一人にすぎなかった。もしも、そのリーナの笑顔を『独り占め』できたら。これがきっと彼の歪んだ「初恋」の始まりだったのだろう。孤児にとって互いに「かけがえのない」という関係は体験したこともない世界である。そして、幼児期におけるその体験は成長過程において極めて重要なものなのだ。
「リーナがアシュリー家に引き取られた時、よく反対しなかったわね?」
シャルの問いにルイは黙ってかぶりを振る。反対なんかできっこない。そんな権利は自分には毛頭ない。それは幼いころからわきまえていたものだった。正確には半ば強制的にわきまえさせられたのである。
ルイは「
「
言いたかった。でも決して言ってはいけない言葉だったのだ。
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