第236話:憧れすぎる、パラベラム・ゲート。②

「あなたはハワードが、この惑星ほしを救えると信じているの?」

シャルの問いにルイは思う。それはない。ハワードの方式はベストではあるが、予測される最大被害の場合は失敗に終わるだろう。おそらく凜の方式の方が生き残る可能性がまだ高いのだ。それは「短剣党」の幹部も知っていることだったのだ。ハワードの目的はたとえ作戦に失敗しても惑星外に避難しておけば命は助かる、だからこそ、宇宙船につけられた大砲でなければならなかったのだ。短剣党は協力するとみせかけて、最後はそれを奪うこころづもりなのだ。ただ、ハワードも内心は気づいているに違いない。


 でもルイはどうせ死ぬのなら、最後は愛する女の側がいい。望むのはそれだけだ。シャルの言葉はシニカルだったが好意的なニュアンスも含まれていた。

「あんた。子供なのかオヤジなのかわからないわ。おかしいわね。」


ただ、ルイにとっては少しもおかしいことではない。愛するものを失った喪失感から、彼は道を踏み外していったのだ。


「確認されました。小惑星デストロイヤーです。」

正式に天文台から王と執政官に報告が届く。6年前、彗星ヘンリエッタの爆散により小惑星帯アストロイドベルトから弾き出された小惑星「デストロイヤー」が軌道エレベータ頂上に設置された光学望遠鏡によって確認されたのだ。これから2年の時を経れば惑星スフィア、及びガイアの公転軌道上に侵入、逆進してすれ違うと予測されるのだ。ただ惑星に直撃する可能性は限りなく低い。


しかし、この二つの惑星が抱えるおびただしい小衛星がその影響を受けることが予測され、それらが大気圏に突入すれば甚大な被害が予想されるのである。

そのランデブータイムは星暦1557年8月中旬頃、という予測が発表されたのである。


「それほど暴動が起きるというニュースは耳にしませんね。」

ルイはハワード・テイラー・ジュニアのオフィスに招かれていた。

「そりゃそうさ。なにしろ、ほかの星系へでも行かない限り、どこへも逃げ場がないからな。むしろ、エウロペ(フェニキア)やアマレクの方が動揺しているだろうな。」

ジュニアが他人事のように論評する。


選挙大戦コンクラーベの効果でしょうか?」

「それもあるだろう。」

 ルイの問いにジュニアもうなずく。選挙では「惑星から逃げる、逃げない」という選択肢ではなく「ブラックホール砲か、紋章式か」というものに巧みにすり替え、国民に決定を迫っているからである。


「そう、我々はだれが救世主として名を残すか、それを争っているのだよ。」

ジュニアの言葉にルイは鼻白まざるを得なかった。民衆にとってはどうでも良い話しなのだ。

(別にどちらでもいいのだ、助かりさえすればな。)


ジュニアはチェアでそっくりかえって言った。

「選挙もあと一つ勝てば優勝。そして、晴れてこの私が執政官コンスルとなるのだ。史上最年少の執政官としてね。


 しかし、先日、叔父貴分マッツォが勝っていてさえくれたら、試合の心配などする必要はなかったのにな。存外だらしのないことよ。」


ジュニアは今回、大将に収まりほとんど競技には出場していないのだ。武力を司る騎士たちのうちおよそ三分の一は護法アストレア騎士団の配下にある。それだけ優秀な人材が豊富にいるのだ。


なにしろジュニアに至っては後ろでふんぞり返っているだけで大戦後の上天位への昇進が決まっている。ルイはため息をつきたくなる衝動をこらえる。

(自分の手を汚さずに階段を登って行く奴もいるのだな。俺はどうだろう。小さな願いを叶えるためにもう後戻りできないほど血と罪にまみれていた。隕石の劫火で焼かれずとも死後は地獄の業火で焼かれるだろう。)


「しっかりやってくれたまえ。これが無事に終われば、きみにも天国のようなバカンスが待っているのだからな。」

ジュニアの冗談にルイもジョークでかえした。ちょっぴり皮肉をこめて。

「さあ。地獄は見たことがありますが、天国を見たことはありませんから。」


ジュニアはようやく立ち上がるとデスクわきにかけてあった上着をとった。

「今日は、最後の討論会だ。もちろん、君も出るだろう?まあ、メイクが面倒くさいのがたまに傷だがね。」

そう、テレビ討論会のため、メイクはドーランを使うからだ。

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