第230話:過剰すぎる、シンクロ率。②
「あの『ゲノム・ライダー』⋯⋯。」
そう、舜介の得意技は相手の遺伝子を読み込みその能力を取り入れる技。最高位の魔人全てを倒し、その技をことごとく奪った男である。
彼らは天使を起動するも攻撃には至らなかった。かなわない相手に、しかもこちらから仕掛けさえしなければ襲ってこない相手にむやみに攻撃するほど、彼らはアマチュアではなかったのだ。舜介の目的があくまでも「人質」の「奪還」であり、自分たちが彼に歯牙にもかけられてはいない存在であることを理解した上での行動だった。
舜介は満足そうな笑顔を見せる。
「そう。それが賢明だにゃん。それじゃ、君たちの親玉に伝えておくれよ。あまりおイタがすぎるとロクなことはないとね。⋯⋯まあ、ムダかにゃん?」
舜介はカプセルごとロレーナを凜の元へと転送する。そのあと、悠々と自分もそこから立ち去ったのだ。
「しかし、力量の差がありすぎると戦闘シーンが淡白になりがちですよ。」
舜介のパートナーであるベル(ベルゼバブ)が言った。
「まあ、彼らもこの誘拐が最善手であるとは思ってないからね。つまり、彼らの狙いはもっと別のところにありそうだね。」
「さあ、死合おうか。」
慶次が槍を構えた。慶次の槍は「皆朱の槍」と呼ばれ真っ赤に染められていた。これは家中で最強の槍の使い手だけが許される名誉であった
リックもカンナカムイを構える。
「ゼル、
ゼルがリックに憑く。しかし、いつものリックとはまるで様子が違っていたことに気づいた。
(この精神的波動は何だろう?妹さんを拐かされ盾にされた怒りでもない。強者を前にした怖れでもない。また妹さんを取り戻したという安堵でもない。)
「ありがとう、ゼル。」
「!?」
思わぬリックの言葉にゼルはリックを見る。その目は穏やかそのものであった。
(何か拾い食いでもしやがりましたか?死亡フラグを立てるもんではないです。)
ゼルは一瞬そう毒づいてやろうかと思ったものの、その言葉を引っ込めた。まるで海のさざ波のようなリックの脳波なのだ。
(憑依される側の技を極めた、ということですか。)
ゼルは全面的に自分が受け入れられていること、そして懸命に彼女の思考を読み取ろうとする意志を感じたのだ。
「ほう?」
先程と違うリックの様子に慶次も気がついた。
(なるほど、雑念がすべて振り払われたか。これは、侮ってはならぬな。)
「参る。」
二人は試合開始高度まで上昇すると一気に互いの間合いを詰めて打ちあう。
(笑ってる?)
ゼルはあまりのリックの反応のよさにかえって違和感を感じるほどであった。
(いつものギラギラとした欲が消えていて、リックのくせにキモいのです。)
いつもはリック自身の持つ「煩悩」がゼルの動きを妨げいたのだがそれが全くない。
(この感じ⋯⋯どこかで⋯⋯)
慶次はリックと相対しながら胸に去来する感傷の由来に思いを馳せていた。
(
彼は前田家を出奔した時に加賀に留め置いた息子の顔を思い出していた。
(俺はあの子が幾つの時に置いて、前田の家を出て行ったのか⋯⋯)
慶次は得心しない限り、自分を曲げる事を良しとしない男であった。義理の叔父にあたり、自分が継ぐはずだった前田家の家督を横取りした利家を許しはしたものの、それに仕え続ける事は出来なかった。
「父上、私もお連れくださりませ。」
父の出奔を察したのか、正虎は旅支度をした慶次の足に取りすがる。思えば、彼の母を娶ったのも愛だの恋だのではなく前田の家督を継ぐためではなかったか。
一方、利家は恋女房と所帯を持ち、信長の威を借りて慶次を追い落とした。あの時の屈辱は終生わすれなかったほどだ。
「父はすぐに帰る。それまで母上や妹を守っておれ。」
それが最後に交わした「親子」としての会話であった。今から慶次が送るであろう境遇にこの子は向かないだろう、そう判断したのだ。そして、そのまま慶次が家に帰ることは二度となかったのだ。
最後にあったのは正虎が大人になってからのことだった。関ヶ原の戦いの後、負けた西軍に加担した上杉家に仕えていた慶次に前田家に帰るよう利家から誘いがくる。そして、その使者として遣わされたのが正虎だったのだ。
立派に育った我が子と相対したものの慶次の心の針は少しも振れなかったのだ。きっと妻も息子にまで慶次に似てもらっては敵わぬと『立派』に育てたのだろう。
(つまらぬ大人になったものよ。)
ぜひ前田家に帰参して欲しいと頭を下げる正虎に家督はお前に託したと告げたのだ。
正虎にも言い分はあっただろう。父親の背中がいちばん必要な時にそれを見せてやれなかった。いや、見せてはいけない背中であったのだ。
(心に「牙と爪」を持ってほしくて「虎」の字を託したのだがな。猫どころか「犬ころ」じゃのう。)
去りゆく我が子の後ろ姿を見送った感想であった。
「そうじゃ、
だから、リックにもこじんまりとした人間で終わってほしくはなかったのだ。
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