第226話:唐突すぎる、騒動。②
ロレーナは誘拐されたのだ。リックは全身の毛が総立ち、血液が頭をめがけて一気に逆流していくのを感じた。ロレーナが生まれた頃にはすでにリックは実家を出ていたが、休みの日にはよく可愛がったし、彼女もリックをよく慕い、最近は覚えたばかりのたどたどしい字で手紙を度々書いてくれたのだ。その思い出が一気に脳裏を走る。
「落ち着け、まずは落ち着け。」
リックはまず落ち着くことにした。最初にしたのは父親にプライベートラインをつないで事態を告げる。無音通話のため、隣にいる母親には聴こえていない。
「父さん、とにかく俺がなんとかするから。まずは落ち着いてくれ。」
これは自分にも言い聞かせている言葉でもあった。
リックは宿舎の部屋を飛び出すと街へと出る。彼は街をかけずりまわって妹の姿を探す。しかし、1時間も過ぎると自分が無駄なことをしているという結論に至った。相手はプロなのである。
(俺は何をやっているんだ。騎士になって、
吐き気のような後悔と自責が腹の底から沸き上がる。これまでの日々がぐるぐると頭の中を駆け巡る。
(なんだ、この、俺の記憶が次々とフラッシュバックしていく現象は?)
リックは街角で壁にもたれかかると夜空を見上げる。
(それを「走馬灯」というのだ。まあ、凜の国の古い風習だからきみは見たことが無いと思うがな。)
その時、ゼルがリックの側に現れたのだ。
(どうした?キミの様子がヘンなので見に来てみたら、自主トレとは感心だな。)
リックは一気に自分の中で張り詰めていた緊張の糸が緩むのを感じた。彼はそのまま地面へへたりこんだ。
(そうだ。俺とゼルが繋がっていることは
「師匠、実は非常事態、なんだ。」
ラティーナ関連は国王管轄だから傍受も不可能なため、バレる可能性はないのだ。リックはゼルに妹の誘拐について告げる。
(そうか、それで向こうからの連絡はどんな形式できている?)
リックがファイルを差し出すと、ナベリウスが現れる。ゼルが呼び出していたのだ。「お久しぶりです、リック。それを私にも見せてください。ふむ、発信元を隠蔽するためのアプリが使われているようですね。おそらく、次の『指示』とやらも同じ形式で来るでしょう。ゼル、リックの中に私も入ります。」
ナベリウスがリックの脳内に勝手に侵入する。ただ、リックはリックでゼルで散々慣らされているため、あっさり受け入れる。
「ゼル、凜に連絡しますか?」
ナベリウスの問いにゼルは答えた。
「いいえ、今回はできるだけ私たちだけでなんとかしましょう。」
[星暦1554年11月9日。王都キャメロット。」
「ありがとう、リック。」
カンファレンスルームでの分析報告が終わる。誘拐犯からのメールの最初の指示は嘘の情報が含まれた黙示録騎士団の情報を流すことだった。
「ああ。みんな、特にこの点に注意しておいてくれ。」
リックは4つの項目に○印をつける。
「じゃあ、明日勝てば決勝だ。みんな、頑張ろう。」
リックはそそくさとカンファレンスルームを退出した。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん。」
プライベートラインでリーナから凜に通信が入る。
「リックがおかしいんだけど。気が付きました?」
「そうなの?」
凜は何も気づいていないようだった。
「リックはなにか隠してると思う。さっきの
「それがどうかしたの?」
「ううん。つけた字が気になったの。K、A、E、F。並べ変えれば『
リーナの分析に凜はかぶりを振る。
「そうか?考えすぎじゃないか?そのまま『CAFE』とかじゃなくて?だいたい、リックがそんなガセネタを流す必要がないじゃない。」
「そうでもないですよ。」
そこにマーリンも割り込む。
「相手はなにしろあの黙示録騎士団ですからね。裏工作は得意ですから。リックは、もしかするとハニートラップにでもかかった、という可能性が。」
なぜか
「そんなバレバレなことするかな?」
リーナがそこで口をはさむ。
「お兄ちゃん、『遠足は帰るまでが遠足です』って諺があるよね。」
「……うん。でも諺ではないよ。」
凜とマーリンが同時にツッコミをいれる。
リーナは自説を展開する。
「要は、選挙大戦は試合前から始まっている、ってことだけど。黙示録騎士団にとっては、こういうのもいつもの戦い方なんじゃないかな。きっとリックは何か弱みを握られてしまったとか。」
二人はようやく合点がいったようだ。
「なるほど、そう考えた方がリックの行動がわかりやすいですね。ゼルに確かめてみたらどうですか?」
マーリンの提案に凜はゼルを呼ぶ。
「そうだね。あれ、ゼルが応答しない。⋯⋯これはなにか、あったと考えてもいいのかもしれないな。」
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