第183話:沈みすぎる、木の葉。❷

ブルースはすぐに大天使アークエンジェル―飛翔機能がついた天使―を装着すると現場に向かう。幼児とはいえ、身長は3mは下らない。ヒグマほど大きく、強いのだ。


「とりあえず、刺激せず、もし菓子が目当てなら自由に食べさせておいてくれ。決して攻撃したり傷つけたりしないように。デカイとはいえ、相手は子どもだ。下手すると国際問題になるぞ。」

現場に指示を与える。


 現場に到着すると巨人の幼児はすでに店舗に入り込み、菓子を漁っているようだった。流石に10mを超える能天使パワーの機体では建物内に突入できず、包囲するにとどまっていた。


「老師、どうしますか?おそらく生後2年ないしは3年ほどの巨人族レファイムの幼体のようです。」

すでに到着していた騎士が報告し、指示を仰ぐ。ブルースは苦笑交じりに尋ねた。

「そんなに大げさな表現をするな。『二歳児の巨人』でいいだろう。で、その子の親からの連絡は?」

騎士が首を横に振る。ブルースはため息をついた。

「そうか。しかたがない。チョコレートドリンクを用意しろ。『睡眠の妖精パ・ド・シス』の雫がたっぷりと入ったやつをな。」


すでにそれは用意されていたようで、すぐにブルースに手渡された。ブルースはそれを持って店舗に突入する。彼は使用言語を「巨人族」のものに変更した。やがて、幼児の巨大な尻がこちらを向いていた。大きさはともあれ、ぷりぷりと可愛く揺れる。


「こんにちは、坊や。」

ブルースが優しく挨拶すると幼児の丸太のように太い腕が飛んでくる。ブルースはそれを蹴りでいなしてから受け止めた。大きさはともあれ、幼児の腕だけあってぷにぷにして心地よい。

「坊や、お腹がすいてるのかい?」

どうやら幼児はスナック菓子の開け方がわからず、またチョコレートバーの剥き方が分からず、包みごと口にしてご機嫌が斜めだったようである。

「どうだ、が美味しいパンをご馳走しよう。」


ブルースはパン一本(食パン3斤分の長いパン)の袋を開け、それにチョコレートソース1本をぶっかける。

「さあ食ってみろ。うまいぞ。」

幼児はひったくるようにそれを受け取ると貪り食べはじめる。よほど美味しかったのか、あるいはよほどお腹がすいていたのか、もう1本要求する。ブルースがもう1本渡すとやはりそれにかぶりつくが、慌て過ぎたのか喉を詰まらせる。


「大丈夫か?坊や。これを飲むといい。」

ブルースがバケツに入った睡眠薬入りのチョコレートドリンクを渡すと、巨大な坊やは美味しそうにそれを飲み始めた。喉のつかえがとれて人心地ついたのか、息をついた幼児が眠気に襲われるまでそれほど時間はかからなかった。

昏倒するように眠りにつく。大きさはともあれ、可愛い寝顔である。ブルースの顔に優しい笑みが浮かぶ。

「よし、坊やは完全にお寝んねだ。全員突入。目標を確保しろ。ただし、優しくな。」

ブルースの合図で騎士たちが突入し、眠ったままの巨大な幼児を拘束する。


「本部に親からの通報があった模様です。」

一仕事終えて立ち去ろうとしたブルースに報告が上がってきた。今更か、その言葉を飲み込んでから通信員に返答した。

「そうか。坊やの親御さんに伝えておいてくれ。勝手にチョコレートを与えてしまった。歯磨きを忘れないように、とな。」

そう言ってウインクした。


「老師は巨人族が怖くないのですか?」

若い騎士が尋ねた。ブルースは彼の肩をたたくと笑いながら言った。

「なぜ怖がる必要がある?まず奴らの存在をありのままに受け入れろ。そうすれば少しは可愛げがあるように見える。この国は肌の色で差別されない国だ。身体の大小も受け入れてやれ。多少はな。」


[星暦1544年9月14日。法都シャスティフォル]


「シャスティフォルは初めてや。」

ロゼが珍しそうに街を見回す。

「そりゃ良かった。この惑星ほしで悪さをすれば嫌でも連れて来られるけどな。」

リックが茶化す。リック自身は偵察スカウティングのためすでに何度かこの街を訪れていた。ゼルのお陰で、転送陣ゲートを開けばどこへでも行くことができるのだ。


「犯罪者を裁くだけなら、北の三都にも支所はありますよ。」

マーリンが苦笑した。流石に、惑星の裏側まで裁判にいくのも大変なため、裁判の三審目は三都に置かれた最高裁の支所でも受けられるのだ。


この街は 南半球に位置するため季節は真冬に当たる。ただ緯度が低い、つまり赤道に近い地方のため、過ごしやすく気持ちの良い気候である。

「南方は気温が下がってますからねえ。そろそろ巨人族も暖かさを求めて北上してきそうですね。」

夏に活発化する魔獣とは異なり、巨人族が面倒を起こすのは冬場であることが多いのである。


「そういえば、巨人族レファイムと接触してはアカンの?」

ロゼが尋ねる。

「まあ、勧められてはいませんね。なにしろ今回、メテオ・インパクトの危機についてフェニキア政府を通して本星あちらに通告はしましたがね、どうにもお返事がないようなんですよ。つまり、彼らは見捨てられてしまった、というわけです。恐らく死滅してしまったところで、それはそれで構わないようです。⋯⋯言い換えればそれくらい不適合ヤバそうな方々が送り込まれている、というわけですよ。」


「ほなトレーニング、行ってくるわ。夕飯までには戻るで。」

ロゼが宿舎であるホテルを飛び出した。

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