第177話:すましすぎる、ポーカーフェイス。❶

[星暦1544年9月7日。北の学都ウインチェスター郊外。]


「夏の間は『竜類、大蛇類』の動きが活発になっています。なにしろ北極圏では1年の半分は冬ですから、残りの半年ですべてのことをしなければなりませんからね。」

助教の説明にフィールドワーク中の学生たちは青ざめる。彼の背後に「ご当人」が音もなく登場したからだ。


「助教、後ろ、後ろ。」

巨大な蛇型魔獣、オイルサーペントが音もなく鎌首をもたげる。その高さは3mを優に超える。学生たちは後ずさる。オイルサーペントのつぶらな瞳が光をたたえたように見えた。

「はい、そのとおりです。とりわけ大蛇類はこのように静かに移動することができ、猟団ハンターズを苦しめてき⋯⋯ぎょぼぶえぐううはあすっtるs;あkぽうs⋯⋯」

オイルサーペントはやすやすと助教を締め上げると頭からくわえこみ、鎌首を上へ煽る。すでに助教の姿は呑み込まれ、外に出ているのは腰から下だけであり、大蛇もなんとかそれを呑み下そうとしているのである。


 学生たちは悲鳴を上げながら逃げ惑う。すぐさま、護衛任務の騎士たちがオイルサーペントに攻撃を加え、「食事」を中断させようとする。しかし、久々のごちそうを大蛇が簡単にあきらめるはずもなく、後退を開始する。

 彼らのライフルが火を噴くが、「オイル」サーペントだけあって鱗を覆うぬめねめとして、光沢のあるジェル状の物質に弾丸がつき刺さるだけである。

スキルを発動しろ。」

小隊長が命じると、彼らはパワーとスピードの能力値を上昇させた。


「ヒーーーーーーーーハーーーーーーーー!」

その時、馬にまたがったビリーが颯爽と現れる。彼は副武器の投げ縄を放つと、それは大蛇のしっぽを捉えた。ビリーはパワー上昇のスキルを解放し、蛇を抑えこむ。


「おい、ジェイク、モーリー、手を貸せ!」

投げ縄を二人の騎士に預けると、ビリーは馬の腹を蹴る。この馬はメグとの試合の時にも使ったスキルである。本物の馬のように、怖がりではないため、怖じ気づくこともなく大蛇に向かって駆け出す。


「ビリー、食われた助教せんせいに弾、当てんなよ!」

騎士たちの助言に頷くと、彼は馬から高々と跳躍する。大蛇は嚥下を中断し、鎌首を振り、口からはみ出た助教の下半身でビリーを攻撃する。


 彼はそれをかいくぐると手に持ったコルト1877で銃弾を大蛇の頭部めがけて撃つ。パン、パン、パンと乾いた音がした。

(効くのか?)

だれもがその効果に疑問を持った瞬間、大蛇はものすごい勢いで助教を吐き出すと、一目散に逃げだした。

 あまりにも強い力のため、しっぽを抑えていた騎士たちも引きずられそうになり、やむなく手を離した。ほかの者たちが追跡を図ろうとしたが、護衛主任の騎士がそれを制した。

「応援を呼べ。追跡は応援に任せろ。我々は学生の安全を確保。そして、助教せんせいの介抱が先だ。すぐに救急(聖槍)を呼んでくれ。」


「ビリー、どうしてあんな弾でやつは逃げだしたんだ?」

モーリーが不思議そうに尋ねる。ビリーはテンガロンハットをとると眉をひそめた。自分でもよくわかっていないようだ。

「んあ? なぜって?弱点に弾を当てただけだ。」

そこに保護された学生が口をはさんだ。

「おそらく、『ピット器官』に弾を当てたんでしょう。」

騎士たちがみなビリーと同じ表情になったので学生は笑いをこらえながら説明を加えた。

「蛇型の魔獣は顔にいくつかの赤外線受容体のピットを持っています。彼らの目も鼻も人間並みですが、この穴のおかげで獲物や敵の動きが察知できるのです。でもそんな小さなな穴、見た目ですぐにわからないはずなのに、全弾命中されたオイルサーペントは勝ち目がない、と悟って食事を中断したのですよ。」


「へえ、そうなんだ。賢いんだな、蛇のくせに。」

ビリーが腰のホルダーに銃をしまいながら言うと、みんな首を振った。


「いいえ、すごいのはそこに寸分違わずに弾を当てたあなたの方ですよ。」


北の学都ウインチェスターは様々な研究機関が置かれている学園研究都市である。

惑星極北部に棲息する魔獣に対抗するための研究も行われており、この町に本拠地を構える「天狼の牙フェンリルズファング騎士団」はその代表的な組織である。

天狼の牙フェンリルズファング騎士団」は新兵器の開発に加え、魔獣の生態を調べたりサンプルを収集する学術団の護衛をおこなったりしている。拠点を構えて攻めきたる魔獣と攻防するよりも、奥深く魔獣の棲息領域テリトリーへと入り込む任務が多いのが特徴である。


鉄仮面(助っ人)として送り込まれたビリーはそこでの生活を楽しんでいた。


「今週、聖槍を迎えての試合ですよね。応援に行きますよ。」

学生たちに声をかけられると彼も愛想笑いを振りまいた。

「どうも。」


ビリーは「前世」では「ザ・キッドくそがき」という二つ名のついた無法者アウトローであった。人を殺したこともある。でもそれはいつでも彼にとっては「やむを得ない」ことであった。降りかかる火の粉を払い続けた結果、彼を恨む者たちは増えていった。


恨みは恨みを生む。そして、それは巡るたびにその大きさを増してゆく。ビリーにとって、それはスリルでもあり、ストレスでもあった。でも今は違う。魔獣というスリルを限界まで味わ合わさせてくれるモノと戦い、勝てば恨みどころか感謝と尊敬すら与えられる。騎士団には気の強い大男も多いが、決して彼らに引けを取らない自信もあった。

それに、女の子にもモテるようになった。学園都市だけあって若い女性も多いのである。


ビリーはバーの扉を開けた。扉と言っても、西部調ウエスタンスタイルの軽い、自在扉だ。バーというよりキャバレーと表現した方がしっくりくる。彼はこういう雑多な雰囲気が好きなのだ。

「よお、ビリー、いらっしゃい!」

陽気な店主オヤジが声をかけた。

よおハウディ。」

軽く挨拶をしていつもの自分の席に座る。そこは常に彼のために開けられているのだ。

「バーボン、ダブルで。」

どっかりと腰を下ろすと店の女の子が寄って来た。少しじゃれ合っていると、店の反対側の方が盛り上がっていることに気づいた。ビリーがそれを気にする素振りを見せると女の子は耳もとで囁いた。


「ビリー、気になるの? 明日の試合の対戦相手が来てるわよ。」

ビリーは立ち上がって確認した。彼の背は低いからである。彼の視線の先にいたのは、凜とメグ、そしてジェシカの三人であった。ビリーは女の子にささやいた。

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