第175話:はまりすぎる、ドツボ。①

[星暦1554年9月1日。アヴァロン。選挙大戦コンクラーベ一次リーグ第3戦。聖槍騎士団 対 ヘラクレス騎士団。]


地上戦デュエルで中堅で出場したロゼは奇しくもブルースと当たった。その親しみ易いキャラクターで地元でもすっかり人気者となっているロゼに、ホームの観客から声援が飛ぶ。

開始戦を挟み2人は礼を交わした。


「フワアアアアー、アチョウ。」

 ブルースが「怪鳥音」と呼ばれる声をあげながら攻撃を開始する。地に足をつけた古臭い型であった。かつて、人類が重力に縛られていた時代のものである。ロゼはその繰り出される技をことごとく躱す。しかし、続けざまにカウンターを入れるが悉くブロックされてしまった。ロゼは違和感を覚える。

(なんや不思議やな。全ての攻撃が、まるでおっちゃんに打たされている感じや。なんやろ、渦の中に引き摺りこまれるような……へんな感覚や。)

 跳び技がない詠春拳の流れを組む独特の戦法にロゼは苦戦していた。ロゼは現況を打開すべくフォームチェンジを試みる。


「ブラスターフォーム!いくで、強硬手弾きょうこうしゅだん!」

拳法家という表現を使ってはいるが、そのカバーする範囲は総合格闘技マーシャルアーツである。ロゼの格闘スタイルは最初の師であるショーンの型がもとになっている。それは宇宙船レースで格闘戦を担当するパイロットの技として長年育まれてきたものだ。


ほぼ異種格闘戦を想定しているため、そのスタイルは相手の遠距離からの攻撃に耐えながら、自分の得意とする近接戦に引き摺り込む、という形が多い。しかし、拳法家同士という想定はあまりなく、そうなると普段の組手のようになってしまう。そして、それこそ、日々築いてきた基礎の差がはっきりと顕れてしまう。達人のブルースに素の力では到底及ばない。それを嫌ったロゼは「飛び道具」を開放したのだ。


拳法家は「バリア使い」でもある。人間の手はありとあらゆる道具を駆使できるよう繊細に作られており、戦闘において相手にダメージを与えるにはあまりにも脆い。そのためにグローブが作られた。かつて皮革で作られていたグローブは、この時代には重力子の鎧を纏うようになった。それによって手刀は刀のような切れ味に、突きは銛のような突き味に、蹴りも薙刀のような振り味へと進化したのである。


 「徒手空拳」などというが、無手どころか無限の可能性を持ったのである。

 「強硬手弾」は重力子バリアを弾丸のように撃ち出す技である。重力子の弾丸がブルースの頬を掠める。一瞬生じた真空状態でその頬に切り傷を付ける。ブルースはそこに滲んだ血を親指で拭うとぺろっと舐めた。その眼光が鋭くなる。


弾丸の速さは意思の強さによって決まる。重力子世界アストラルは『意思と言葉』の世界だからだ。

修練の開始当時は全く伸びもスピードを欠いていたロゼの弾丸は確実に速く、そして強くなっていた。それはロゼの心の成長そのものだった。


「あのは旦那様と和解してから確実に強くなっていますわ。」

ジェシカが感嘆したように言った。


ブルースもロゼの強さを認めたようだ。

「ほう、あながちお嬢様の趣味の範囲ではないようだね。では、こちらも遠慮なくいかせてもらおう、段の一、『唐山大兄ビッグ・ボス』」。


「強硬手弾!」

ブルースは怪鳥音を発するとロゼの放つ弾丸を簡単に弾く。威力増強技ブースターで防御力が上がったのだろう。

「な!?」

驚くロゼをよそに一気に間合いを詰め、次々と鋭い拳撃を繰り出す。ロゼは再び防戦一方になる。


見ていたジェシカが首を振る。

「困ったわね。褒めたらすぐこうなるのね。兄や私が教えた型はあんなに硬いものではなかったのに。『攻守一体』どころかてんでばらばらになってしまっているわね。」

さすがの厳しい意見に凜も苦笑を隠せない。

「しょうがないよジェシカさん。相手は達人なんだから。」


 もっとも、一番危機感を募らせているのは当のロゼであった。幾つかヒットを当てられゲージは確実に減っている。

「シャイニング・フォーム!」

スピード重視のフォームにチェンジし、ロゼのスピードが劇的に上昇する。ブルースの間合いから脱すると、やや間合いを取って弾丸を撃ち込む。しかし、きっちりと対応されてしまい、攻めあぐねる結果になる。

(『虎穴に入らずんば虎子を得ず』や。このスピードならいけるはずや。)

ロゼはスピードに任せてブルースの死角を狙い、次々に攻撃を繰り出す。一撃離脱ヒットアンドアウェイでブルースのを削ろうというのだ。


「ほーーーーーーーーうあちゃ。」

しかし、怪鳥音と共に繰り出されるブルースの拳や蹴りにほぼ防がれてしまう。

「狙いは悪くない。でも、まだ無駄が多過ぎる。お嬢さん。まず、あなたの中にある雑念から捨てるのが第一歩だよ。あなたはいい素質に恵まれているのだから、それを活かす道を選ぶべきではないのかね?」

ブルースに見透かされてしまう。ロゼも自分なりに分かってはいたが、自分の素質に頼るということにかっこ悪さを感じていたのだ。


ブルースはさらにたたみかけた。

「お嬢さん、昨夜あなたは『水のような』柔軟さ、と言っていたね。よろしい、特別にご教示しよう。それが何を意味するのかを。段の三、『猛龍過江ウエイトゥザドラゴン』。」

ブルースの身に何か変わった視覚効果エフェクトがあった訳ではないが、彼の放つ闘気オーラが一気に泡立つかのように感じられた。


(これは『水』⋯⋯しかも荒れ狂う大河や。)

ロゼは背中にゾクゾクするものを感じた。恐怖なのか武者震いなのか、判別は付かぬが、立ち止まっているわけにはいかなかった。

(行ったる。……行くしかないねん。)

ロゼの手にトンファーが現われる。気合い一声、ブルースの間合いに入り、それを振るう。しかし、重力の波を感じる。それも巨大な波に巻き込まれるようだ。いわゆる「舞台技シーンズ」(障害物を作る技)と、「枷技チェインズ」(相手を重力で縛る技)を足したような技である。

(アカン、まさに大きな潮の渦や。)

加速技アクセラレータ」主体の「シャイニング・フォーム」だと自分の体勢すら保てそうもなかった。「威力増強技ブースター」主体の「アルティメット・フォーム」に変更する。

(あれ?)

 突然重力の枷から自由になったロゼはフォームチェンジの違和感から大振りになっていることに気づく。

(アカン。)

ブルースに簡単に躱されると、

絶技チェック無間道インファナル・アフェア。」

そこにブルースの絶技チェックが炸裂する。


ここでロゼのライフゲージは一気に尽きてしまった。


「負け⋯⋯た。」

ロゼは茫然とした面持ちで天を仰ぐ。礼を終え、控えダグアウトへ戻ったロゼはベンチに座り込む。アンから渡されたドリンクを一気に飲むと、ため息を吐いた。

「何がアカンのやろ⋯⋯?」

ボソッと呟く。

「ロゼはよくやったよ。今日の場合、相手が悪かった、としか言いようがないね。」

凜の言葉にロゼは口を尖らす。

「おんなじ『人位』なのに?」

凜は苦笑した。

「ロゼ、相手の『位階』に惑わされてはダメだよ。彼は間違いなく天位以上の達人なんだから。」


「いや、そういうわけやないねん。うちの足らんとこが多すぎて、何から埋めていったらええのかわからんようになってんねん。だったら凜は勝てんのん? あんな化けもん相手に。」

ロゼの問いに凜は少し考えてから答えた・

「素の実力では足下にも及ばないだろうね。⋯⋯でも、勝算がない訳じゃないよ。ロゼ、誰にでも長所はある。短所を埋めるよりそっちを伸ばした方が手っ取り早いからね。」


最終セットのトーナメントは最後に凜とブルースの対戦となった。

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