第174話:絡み合いすぎる、選択肢。❸

[星暦1554年8月30日。アヴァロン。]


「コーヒーはもうええわ。おやつだけは取って置いてな。帰りに回収するさかい、絶対やで。ウチの分食べたらあかんで。ほな、行って来る!」

夕食まかないもそこそこにロゼが店を飛び出して行った。


「どしたの?、あんなに慌わてて。」

凜がコーヒーの香りを楽しみながら聞くと、

「なんでも毎週ボランティアで行ってる武道教室の子供たちが壮行会をやってくれるみたいですよ。」

マーリンもまったりとした表情で答える。でも、なんで今ごろ壮行会なんだろうか。もう一次リーグも始まってしばらくたっているし、かといってまだ決勝トーナメントへの進出を決めたわけでもない。


「どうも試合ジョストに出ている『猫耳の美少女戦士』が、ロゼだってことに誰も気づいていなかったみたいですよ。」

マーリンの言葉に、あんな立派なネコミミがついているのになぜわからなかったのか、とも思っていたが、画面の中の凛々しい姿と、いつもボーっとしているロゼの姿が結びつかなかったようだ、という説明には笑ってしまった。


「なんでやねん。みんな意外そうな顔して、失礼すぎるわ。何が『お姉ちゃん、意外に強かったんだね』や。とっくのとっくにムッチャ強いわ。」

意気揚々とは言えないまでも、なかなかのご機嫌で「壮行会」から引き揚げてきたロゼは、サウナスーツで身を包みフードを目深に被ってランニングをする男とすれ違った。


(この気配⋯⋯、タダモノやない。)

お互いに気づいて振り向く。男は武闘家の、そしてロゼは野性のカンであった。

「おや、ネコミミのお嬢さん、こんばんは。わたしのことを覚えていますか?」

(ああ、あの感じの悪い兄さんやんけ。)

ロゼは眉を顰めたいのグッと堪えて笑顔を作った。これがロゼの成長の跡であった。

「もしかして、ブルース⋯⋯さん? なんでこんなとこに?」


如才ないロゼの返しにブルースも笑顔を見せた。

「ええ、今回は試合でね。あなたがた聖槍騎士団の対戦相手ですよ。よかったまさに地獄に仏ですよ。実はちょっとばかり困っていたところなんです。」

ロゼとブルースはしばらくジョギングで同じ方向へ向かった。道に迷って投宿したホテルへ帰れないというのだ。しかも、全く知り合いがいないため困っていたのだ。


「チームメイトにプライベート・ラインを繋いだらええやん。」

ロゼの言葉にブルースは首を振る。この騎士団には鉄仮面すけっとで来ているため、まだ個人的に交流しているわけでなく、チームメイトとて、ホームタウンではないこの町では地理に不案内だろう。それで迷惑をかけ難かったのだという。それでロゼはカフェの近くにある駐在所まで彼を案内することにしたのだ。


「なあ、ブルースさんもこの惑星ほしの人やないんやろ?⋯⋯知り合いもようおらんようなところで、たった一人で淋しかったりしはらへんの?」

ロゼはふと尋ねた。

(あれ、なんでウチこんなこと聞いたんやろ)

一瞬、ロゼは失礼なことを尋ねてしまったと思ったが、ブルースは飄々として答えた。


「別に。正直に言って、私は前の人生で残したかったものはそれほど残せてはいないかったんだ。だから、もう一度チャンスが巡って来た、ただそれだけのことさ。それに、誰だってこの世には一人で生まれて来る。そこから自分の道を切り拓いてこその人生じゃないかな?⋯⋯しかも、生まれ変わってみたら、武闘こそが正義の国じゃないか、私としては心踊らずにはいられないね。」


ロゼは自分が忘れていたことを思い出していた。

(せや、ウチは自分の運命を自分の手で掴むためにここに来たんやないかい。せやけど最近ウチはそれを見失っていたかもしれん。)


「ロゼ、子どもたちに稽古をつけてくれないかな?」

ロゼにボランティアを持ちかけたのは凜であった。

「なんで? ウチかて自分のことで手一杯やん。無理やわ、他当たってや。」

ロゼは新しいスキルを編み出すことに血道を上げて来たのである。


 スキルにはいくつか系統があることは前述の通りだが、地上戦、空戦、団体戦では使う技が異なるため、いくつかのレパートリーが必要なのだ。

 

 必須なのが「加速技アクセラレータ」と「威力増強技ブースター」である。出力の加減によって戦い方も変わるため、たいていの騎士は「フォーム」として逐次変更できるようにしておくのだ。

 さらに一段強いフォームや変身技の時はそれを一つの技としてカウントされる。


 また、相手を重力で縛り動きを制限する「枷技チェインズ」を用意する者が多い。上級者になれば、個人戦で自分の有利な戦場を作り出す「舞台技シーンズ」、自分を守る分身を作る「分身技アバター」、対戦相手の作り出した構造物や枷技を無効にする「無効化キャンセラー」も使えるだろう。


 そして、渾身の一撃となる「必殺技」である。これは複合技である場合がほとんどで、統一された名称がないのである。大半の騎士は「王手チェック」という表現を好んで使う。ただ、「王手」の字面が思わしくないため、作者は「絶技チェック」という表記を用いている。


 ロゼでなくとも迷ってしまいそうではある。それを見かねた凜はロゼに命じたのだ。

「いいかいロゼ、これはお願いじゃない。命令だよ。ロゼが最近行き詰まっているのは知ってるよ。でもね、誰かに何かを教えることは、自分自身を教えることに他ならない。きっとロゼのためにもなると思うんだけど。」

「えー。」

ロゼは不満を込めてジェシカを見たが、どうやら凜とは意見が一致しているようであった。ロゼは深くため息をついてから了承した。しかし、いやいや始めたものがうまくいくわけでもなく、稽古する子どもたちを尻目に技のことが頭から離れなかったのである。

しかも、これまで2試合で単独で出た地上戦(デュエル)は1勝1敗でまだ成果を上げているとは言えず、さらにロゼは焦りを覚えていたのだ。


駐在所に着くとブルースはロゼに礼を述べた。

「お嬢さん、お礼と言っては何だが同じ拳法家として一つだけ教えてあげるよ。何でも聞いてくれ。」

そう言った。


 ロゼは少し考えてから

「ほな自分あんたスキルを教えてや、と言いたいとこやけど、……それはやめとく。なあ、相手の使う武器も技もみんな違うのに、基礎なんかをずっとやって、なんか役に立つんやろか。ウチは相手に対応する『水』のような柔軟さがあればええと思うねん。」


ブルースは少し考えてから

「そうだね。考えてごらん。同じ水でも、荒れ狂う海の波や大河のような大きな『流れ』と『コップ一杯』のわずかな水、どちらが強力だろうか? きみのいうところの柔軟性、つまり応用力は確かな基礎の上にしか築けない、そういうことだ。今日はありがとう、ロゼ。明日の試合で会おう。」

 ありきたりな答えにロゼは少し落胆した。しかし、試合はもう明日なのだ。


 ロゼの焦りの原因はほかにもあった。「ファンレター」である。「選挙大戦コンクラーベ」期間中のファンレターはまずマーリンのもとに一括して届けられ、それからメンバーに届けられるのだ。誹謗中傷や脅迫の類の文章は士気に係るため、当人に見せないようにするためだ。

 しかし、ロゼは見てしまったのである。マーリンがしまい損ねたファンレターなのか、廊下に自分あてのものが一通落ちていて、興味本位でつい見てしまったのだ。そして後悔した。

 それはロゼに対する悪意に満ちたものだったからである。辛辣な表現で「要らない子」と書かれていたのだ。自分の成績にコンプレックスを覚えていたロゼにとってまさに痛恨の一撃クリティカルヒットだったのだ。

「そんなことあらへん。なんとしてでも証明せなあかん。うちがここにいてもいい、という理由を。」

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