第153話:藪から棒すぎる、快男児。①

[星暦1554年4月30日]


 「ねえ見て! シャーウッドが見えて来たよ!」

アンが弾むような声を上げた。

 広大な森が続く大地から突然、瀟洒な大都会が現れる。

ヌーゼリアル王国が租借する領土、スフィア大公領の公都シャーウッドである。本来は遠くからでも天空へ向かってそびえる軌道エレベーターが見えているのだが、春霞で空に溶け込んでしまっているのだ。


 ここはメグが生まれ、幼少期を過ごした街である。ただ8歳になる前にはヴァルキュリア女子修道騎士会のあるグラストンベリーへ移ってしまったため、そこまで懐かしいという思いは乏しい。

「私もこの空域は久しぶりです。」

一行を乗せた空母フォルネウスを統御する有人格アプリ「ルネ」も微笑んだ。


というのも、凜にとって4年ぶりのメイフェアの「公式訪問」である。その時は王太子が命を狙われているという問題のため、半年ほどこのヌーゼリアルの公都シャーウッドに滞在していたのである。ただ、それは主に北にある「夏の都」であって、今日降り立った「冬の都」は4年前のメイフェア以来である。

今回はメグの父である王太子シモンを選挙大戦コンクラーベに公式に招待する、というのが訪問の主な目的である。それで、凜もヌーゼリアルの最大の祭りであるメイフェアに招かれたのだ。


「そう言うわけで、凜は今回、外交日程がてんこ盛りでとても忙しい、ということになります。どうぞよろしく。」

「やれやれ。」

マーリンに釘を刺されて凜は頭をかいた。

「安心しろ。祭りの方は凜の代わりに俺たちが存分に楽しんでおいてやるからな。」

リックが嬉しそうに言った。


「まあ確かに、エルフ族の美しさは際立っていますからね。リックもトムも楽しみで仕方がないでしょうね。今回は私が凜の世話にかかり切りなのをいい事に羽目を外しすぎないようにしてくださいね。いいですか?ナンパに精を出すとか、だめですからね。『随行員』の皆さん。」

ゼルがリックに釘を刺す。

「ええ!? ナンパなんかしないよ⋯⋯そんなには。」

リックが慌てた。


「実際、選挙大戦コンクラーベもあと二カ月で始まりますからね。羽根を伸ばすのも今回限りかもしれませんが、ほどほどに。」

マーリンも追撃をかけた。


「でもさ、『するなよするなよ』といわれると、なにかのフリだと思ってさ⋯⋯。」

リックが気まずそうに笑うと、

「おイタをしすぎると『熱湯風呂』ですからね。」

師匠ゼルがややキレ気味だったので慌てて口をつぐむ。


「リーナはメイフェアは初めてやもんな?」

楽しそうに会話を聞いているリーナにロゼが尋ねると

「うん。だからすごく楽しみ。」

リーナも楽しみにしているようだ。


 地上港に到着すると、そこには冬の都の統治責任者である左大臣が迎えに来ていたのである。

フォルネウスのハッチが開き、騎士団礼装の凜とメグが先頭に現れると、儀仗隊が最敬礼で迎えた。タラップを降りると一行はそのまま宮殿へと連れて行かれたのである。

「凄い、凄い!ホンモノのお城だ!」

いちばん興奮していたのはファンタジー小説の大ファンであるリーナであった。

「凄いねメグ? こんな所で育ったなんて本当にお姫様なんだね。」

リーナは大興奮でメグに言った。

「まあ⋯⋯私はほとんど記憶はないがな。」

メグが苦笑する。実はエンデヴェール王室の子供たちは幼少期は家臣の家に預けられ、普通の子供たちと同じように育てられるのだ。それを今、言うべきかどうか。


宮殿の長い廊下をひたすら歩く。そこに一行の姿を見つけたメグの弟であるシグ王子が駆け寄って来た。

「トリスタン卿、お久しぶりです。ようこそお越しくだされました。そして、姉上も。」

王子も今年13歳である。すっかり背も伸び、凜やメグと同じほどの背丈になっていた。応対も留学先の伝令使杖(カドゥケウス)騎士団で厳しく鍛えられているのか、少年にしては中々堂に入ったものだ。

「殿下もすっかり逞しくなられましたね。此度は弓技大会にもお出ましになられるとか?」

凜と握手すると、王子の目は尊敬の目で凜を見つめている。彼は凜の大ファンなのだ。

「はい、でもなかなか『従士エスクワイア』からあがれません。姉上はもう騎士に叙されていた歳だというのに。」

(少年らしい、良い目ですね。)

あまりに真っ直ぐな瞳に見つめられ、凜越しに眼が会うゼルの方が、若干たじろいでいた。


謁見の間へと行く途中、

「あれから、この国も随分と変化したのだ。」

メグが説明する。王太子シモンと凜の暗殺計画に明け暮れたウオーラバンナとクルーグリッツの二つの騎士団は徹底的に組織が改められたのだ。それは貴族たちの私兵集団、貴族のドラ息子たちの愚連隊という悪風が一掃されつつあったのだ。さらに、平民からも優秀なものが取り上げられ、組織は急激に変化しつつあるのだ。

「全て凜のおかげだな。」

メグは褒めたが、さすがに凜は苦笑した。

「そんなことはないよ。確かに、良くも悪くもすべてをぶち壊してしまったのは僕だけどね。でも、本当に偉いのはそこから立て直したこの国の人々だよ。」

凜は正直ホッとしていた。荒療治が過ぎて立ち直れなかったらどうしよう、そんな懸念は頭から離れなかったからである。

(しかし、あなたを憎んでいる分子は必ずこの国で健在なはずです。凜、決して用心は解いてはなりません。)

ゼルの警句に凜は黙って頷いた。


「よく来て下された。」

王太子シモンは相変わらずであった。長命なエルフ族にとって4年という月日は一瞬でしかない。無論、顔は毎年のように合わせるせいもあるのだが。

「今年こそは、皆にあなたの技を披露してくれるだろうのう?スルーヌ・ヴェンリーもそろそろ歳なのでな。あなたとコンビを組めるのも見納めやもしれぬ。」

4年前の弓技大会でコンビを組んだ悍馬、スルーヌ・ヴェンリーもまだまだ力強さはあるが、スピードは全盛期に比しては翳りを見せているという。凜は時間の経過を感じずにはいられなかった。

(そう、あと2年ほどしか残されていない。)

ブレイク・ショットから5年、メテオ・インパクトまであと2年である。随分とスピードが遅いようにも見えるが、その時速は約6万キロである。空気抵抗が無いため、減速することなくやって来るだろう。それを迎え撃つためにはこの選挙大戦コンクラーベを勝って、堂々とこの計画を推し進めていかなければならないのである。

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