第149話:激動すぎる、半生。③

[星歴1543年11月25日。聖都アヴァロン。カフェ・ド・シュバリエ。]


 こうして、アマンダが再び「カフェ・ド・シュバリエ」で働きはじめたのだ。彼女の働きのおかげでいちばんの恩恵を受けたのはリックだった。


「おかげで、修練に使える時間が増えたってわけだ。」

リックは竹刀でトムにうちかかる。

「それはよかったな。来年はついに、『選挙大戦コンクラーベ』だからな。」

トムも負けじと打ち返す。


「あ⋯⋯⋯。」

突然、トムがうずくまる。突然、体調でも崩したのかと思い、リックはトムに声をかけた。

「トム、大丈夫か? 具合でも、悪いのか?」


「食事に毒でも盛られたのではないですか?」

ゼルが賄いを作っているリックを尻目に尋ねる。

「んなこたあ、しねえよ。食い物をバカにするような真似だけは俺はしないよ。」

さすがにリックも憮然とする。


「いや⋯⋯。アヌビスの封印が解けたんだ。」


トムの傍にリコが顕れた。

「銀河国際法の戦死認定規定条項に基づいた『認定戦死期間』が終了しました。アトゥム・カーメス・クレメンスはこれ以後、アヌビスの装着、および戦闘行為への参加が認められます。」


トムは自分が「死んだ」2年前のあの日のことを思い出していた。


それは、まさに「殲滅」であった。大統領府アブシンベル総督府カルナックの二つの宮殿に面した広大な国民広場。そのそこかしこに自分と同じ形の鎧をまとった100人の男たちが累々と倒れているのだ。


トムは自分の手に握られた大鎌デスサイズについた血を見た。そして、目の前に倒れた男たちを見た。彼の頭の中に、幼い頃の凄惨な記憶がフラッシュバックし、彼は激しい動悸と目眩を感じ、両膝をついた。彼は四つん這いの状態で息を整えていると、自分の前に人が立っていることに気づいた。


「トム、大丈夫?」

この凄惨な現場とは不似合いな、穏やかな声であった。

「⋯⋯凜?」

トムが見上げると、そこには背に6枚の翼を背負った凜の姿である。

「⋯⋯終わったよ、全部。ただ、僕にはまだ最後にしなければならないならない大事な用事が残っている。トム、ここにいる人たちの救助を頼みたい。⋯⋯できるね?」

凜はそう言ってトムの肩に手を置く。

「俺が⋯⋯?」

トムはためらっていた。これらのインプの群れは直前まで凜と死闘を演じていたのではないだろうか。かく言う自分も彼らに倒されたばかりだ。


「キミの名はアトゥム。アマレクの民を守る護国官ガーディアンの名だ。それこそがキミが背負う誇り、そして責任だ。」

トムはまだ不貞腐れた態度をとっていた。同胞とは言え、己を殺そうとした人間たち。そんな人間を救う価値があるのか。

「ノーサイドだ。トム。戦いは終わった。もうここにいるのは憎むべき敵じゃない。救うべき命だ。」

そのほとんどを瀕死の状態に陥れたのはお前じゃないか。トムはそう皮肉ってやりたかった。しかし、凜はトムの腕を掴んで起き上がらせる。

「立つんだ、トム。立って周りを良く見るんだ。」

トムが周りを見渡すと、まさに酷い有様だったのである。


「俺に助けられたところで、誰も感謝しやしないさ。」

「そうかもしれない。でも、重要なのは感謝されるかされないかじゃないんだ。自分に課せられた責務を果たすこと。それがお互いへの尊重リスペクトに繋がる。本気で戦い合ったからこそ、それが生まれるんだ。戦わない相手にそれは湧かない。


 残念ながらそれが事実だ。そして、それがノーサイドの精神なんだ。だから、今、きみに問われているのは、きみが負傷者の保護というその責任を果たすかどうかなんだ。そして、それが騎士道だ。もう、それから目を逸らすのをやめたんじゃなかったのか? もう、キミはあの頃のいじめられっ子のカーメスではないはずだ。」


「解ってるよ。そんなこと、言われなくても。」

トムは不承不承、救助の指揮を取り始めた。なにしろ、アヌビスの模造品デッドコピーであるインプの着脱方法は意識の無い隊員以外にはトムにしか分からない。


それゆえ、トムは救助隊に全面的に頼られることになる。懸命に救助にあたる人々の姿にトムは次第に心を動かされた。彼はいつの間にか無我夢中で取り組んでいた。残念ながらほとんどの若者は絶命しており、倒された中で生き残っていたのは僅かに20人ほどであった。

それでも、存命が確認されると救助隊全体から歓喜の声が沸く。


その、僅かな生存者の中に、自分が倒したタケロットとスネフェルが含まれており、あれほど憎みあっていたはずであったのに、トムは心底ホッとした自分に気がついたのである。

最後の隊員が運び出された頃にはすでに時刻は真夜中になっていた。


やばい、すっかり遅くなってしまった。そう思いながら宿舎になんとかたどり着く。そこには旅団の面々がまだ起きていて、彼を迎えてくれたのだ。

「トム、お疲れ様。……やっぱり、逃げ出さないでよかったでしょう?」

「ああ。」

凜の言葉に照れ臭そうに生返事をし、シャワーを浴びる。疲れ切った身体にぬる目の湯が心地よかった。


リックが作っておいてくれたスープをパンとともに平らげる。修羅場だったため、誰かに感謝の言葉を受けた訳ではなかったが、彼は充足感を感じていた。

(これが、逃げずに責任を果たす、ということなのか。)

人心地ついたトムはベッドに横たわると天井を仰いだ。そして、その日はそのまま泥のように眠る。


 翌日、スフィアとアマレクが惑星規模の災害に備えた提携を決定した、という何とも歯切れの悪いニュースが流れ、当然ながらインプ部隊が全滅したことなどは一切報道されなかった。


 一行がメンフィスを発つ日。それほど、彼らを見送る人も多くはなかったが、トムは養父でもある大統領、ラムセスに呼び止められた。

「アトゥム、ありがとう。タケロットを救ってくれて。」

倒したのも俺ですが、そう言いたかったが、トムは養父の差し出した手を握った。

「あの子がトリスタン卿に襲いかかっていたら、間違いなく命を落としていただろうね。お前が相手をしてくれて良かった。手加減に感謝するよ。」

トムに対する餞けの言葉はなかったが、実の子が死ななかったことに心底ホッとしているのだろう。トムは心の枷が軽くなるのを感じた。


そして、先日、共に救助にあたった部隊が、トムの通路の両脇に立って見送ってくれたのだ。トムが通ると彼らは一斉に敬礼する。トムも恥ずかしそうに答礼した。


その後、ラドラーを通じて、タケロットとスネフェルの症状も聞き及んだ。二人とも一命は取り止めたが、軍人としては再起不能と判断され、軍を除隊したのだという。軍から籍を抜いても騎士団の団員としての籍は残るため、その後も勤務を続けているそうだ。

そして、二人とも「人が変わったように」穏やかな性格になったのだという。「有人格アプリ」の強制インストールの副作用であることは明らかであった。


 総督ゲラシウスは任期を少し残したまま、逃げ帰るように本星へと戻り、そのままスフィアに帰って来ることはなかったと言う。


戦死判定を受けたトムはこれまで2年の間、天使なしで修練を続けている。凜に言わせると、強力なアヌビスと対等な「パートナー」になるためには、基礎をしっかりと身につけた方が良いということだ。


「戦死」したため、奉納試合にも出場できなかったため、位階は「人位」のままであるが、トムは意に介さない。目先の昇格よりも大切な物がある、そう学んだからだ。それで、聖槍騎士団に入団した時、配属を志願したのは「救命医療科」であった。


「トム、せっかくだからアヌビスを飛ばしてこいよ。」

リックが軽く言う。

「緊急出動の要請がない場合、市街地での無断飛翔は禁止されています。」

代わりにリコが答えた。


「いや、許可を取ればいいじゃない。次の休みでも皆で海岸の方で飛びにいこうぜ。師匠ゼル、許可をとっておいてよ。」

リックが軽く言った。

「キミの場合、メグをデートに誘う口実が欲しいだけでしょう?」

ゼルが呆れたように言う。図星をつかれ、リックは頭をかいた。

「いいじゃん。凜も誘えば来てくれるって。」


「その場合、他の女性陣も誘っておかないと、後々禍根を生むことになりますが。」

リコが進言する。

「じゃあ、みんなで行こうぜ。そうだな、……エアダンスの修練、ってことで!」

手際よく話を進めて行くリックにトムは呆れたように言った。

「おい、少しは俺の予定も聞かないのか?⋯⋯やれやれ。」

「やれやれ。」

トムとリコが手を広げてみせた。


「ま、そう言うな。弁当は俺に任せておけ!とびっきりうまいのをつくってやるから。」

リックの底抜けの楽観主義が、トムには時折うらやましく感じられるのだ。


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