第150話:すべりこみすぎる、昇格。❶
[星暦1554年3月28日王都キャメロット。ギデロン川河畔。]
キャメロットは惑星の北回帰線上にあるものの、標高が高いところにあるため、早朝の空気はひんやりと心地よい。凜は珍しく早く目が醒めたため、騎士団の官舎を出、桜咲き誇る河原をジョギングしていた。まだ、人出もまばらである。
「凜、随分と早いな。」
凜より先に出たであろうメグが凜を見つけると近づいて来た。二人は話ができる速さまで走るスピードを落とした。
「実は、夏の都(北のシャーウッド)にもそれはそれは見事な桜並木があるのだ。アーニャと夫君のパーシヴァル公が植えたものだ。ただ咲くのはもう少し後だがな。」
メグは桜を見ながらそう言った。凜は大昔に学んだ漢詩の一節を口ずさむ。
「年々歳々、花、相似たり。
年々歳々、人、同じからず。」
キャメロットは「桜の街」である。都市の中央を流れるギデロン川の両岸には桜が美しく植栽されている。見事な枝ぶりで川面すれそれを最初に植えたのはやはり、不知火尊=パーシヴァルであった。
「凜、その詩にはどう言う意味があるのだ?」
メグが訝しげに尋ねる。
「咲き誇る花は毎年変わりないものだが、人は年ごとに変化していくものだ、という意味だよ。メグも皆んなも年々、成長してるよね。」
そう、今年はついに、
王都キャメロットはシオンと呼ばれる山の山腹にある。山腹といってもすり鉢状に山に囲まれた盆地のようになった地形は、熊本県にある阿蘇山のようなカルデラを彷彿とさせるが、火山ではない。実は、広大な高山の山腹に小惑星が激突した跡地なのである。
それは、地球人類がこの惑星に到達するより前の話、
「ところでリーナの調子はどう?」
メグに尋ねるとその答えは思わしいものではなかった。
「最近はジェシカさんが付きっ切りで指導してはいるが、どうにも壁にぶち当たってしまっているようだな。」
「そう。」
凜も最近のリーナの不調は気になっていた。元々、13歳で
さらに、
リーナの連れてきた『ラ・クリマ・クリスティ』―長いので『クリス』と呼ばれる―
リーナは奉納試合に参加して、いわゆる「
というのもロボフトの時は、隔離されたブースのしかも保護されたシートで操縦していたのだが、スフィアでは、対戦相手と同じフィールドの上に立って戦わなければならないからだ。そのためには、自分の身を守りながら操縦しなければならないため、C3の演算機能を相手の機動予測のために十分に使えないのだ。
ティンカーベルにクリスを任せる、という案もあったのだが、ティンク自体がルネと同じような操船アプリであるため、格闘戦は得意ではないのだ。それでジェシカが提案したのが、リーナの防御をティンクに任せ、リーナをクリスの戦闘に集中させる、というまさに逆転の発想であった。
作戦のコンセプト自体は間違っていないものの、まだ、取って付けた感は拭えない状況だったのだ。
しかし、祭りの1日目、なんとか決勝までたどり着く。リーナは控え室でクリスに話しかけた。
「ねえ、クリス。なんでわたしたち、勝てないのだろうね?」
クリスのAIは回答する。
「私はもともとは護衛用に開発されています。私の仕事はあなたを守ることです。それにAIを戦闘行為に使用することは禁じられています。」
それもそうだ。リーナは思った。リーナはクリスと初めて引き合わされた日のことを思い出していた。それは、スフィアに渡る準備をしている時、ふいに父のロンが部屋を訪れたのだ。
「リーナ。キミにはSPがつくことになった。しかも、かなりのイケメンだぞ。」
父の言葉にリーナは不満を口にしたかったが、ため息だけにそれを留めた。
「まあ、きみが不満なのは分かる。でも、みんなリーナの事が心配なんだよ。」
父の言葉にリーナは語調を低くして言った。
「それは、私じゃなくて、
ロンは苦笑する。
「そんなこと言わないでおくれ、愛しいわが娘よ。確かに、半分はお前の言う通りだがな。おーい。こっちだ。」
そう言いながら、当人を呼んだようだ。
(嫌だ、もし本当に男性だったら困るんですけど。どうしよう?)
リーナはそう心配したが、部屋に現れたのは
ロンは得意げに自分の構想を披歴する。
「こいつとお前がタッグを組んで
リーナはもう一度ため息をついた。
「パパ⋯⋯。その、企業からゴリ押しされたのね? どうせ、献金してもらってるから断れないんでしょ?いったい
ロンは自信たっぷりに言う。
「大丈夫。お前と同じ騎士団にエンジニアとして留学予定の者がいるので、その点は抜かりはないよ。なにしろ、提供してくれた会社からの出向だから間違いはないんだよ。」
リーナは諦め気味に訊く。
「わかったわ。で、この子のこと、何と呼べば良いの?」
「それは、キミが付けるといい。」
リーナはしばらく考えてから、「彼」に「ラ・クリマ・クリスティ」と名を付けたのである。
「ティンク、この子の面倒はあなたが見てね。」
「了解しました。」
こうして、普段の生活ではクリスの制御はティンカーベルが行なっているのだ。
軍用と言っても、その躯体に備えられた武器は左手首に埋め込まれた拳銃、そして右手首に埋め込まれたナイフだけであった。それは様々な武器を扱えるように設えた兵士のまさに「現し身」なのである。
「お願いします。」
双方の礼によって試合が始まった。
(ティンク、『私』をお願い。)
そう言ってリーナはクリスに没入した。
ティンクは剣と盾でリーナの『本体』を防御する。この場合、本体と
それでも、急速に進歩を遂げつつあった。リーナはの相手の着地点を読むと槍の柄で牽制する。防御は完璧に近くなったが、まだ攻撃に精彩を欠いていた。結局、相手の
(どうしよう、お兄ちゃんに合わせる顔が無い。)
せっかく旅団の仲間に入れてくれた凜を、またがっかりさせてしまった。そう思うと足取りが重かった。心なしかクリスもトボトボと歩いているかのようだ。
「リーナ、ちょっと良いか?」
ダグアウトを出たリーナを待っていたのはメグであった。
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