第9部:立ちはだかるは、いにしえの達人たちっ⁉―英雄の復活編

第137話:朝早すぎる、カフェ暮らし。①

[星歴1543年9月1日。惑星スフィア衛星軌道上某所。]


「 少女」は何度も資料をチェックする。手にしたタブレットの画面を物凄い勢いで文字列が流れていく。それは見たこともないような文字だ。

 ただ、それを理解するのは少女ではなく、彼女の脳に共生する「有人格アプリ」、アリィであった。彼女は退屈そうに、その蜂蜜色の髪をかきあげる。彼女はそれを置くと伸びをし、あくびをした。


「『ザ・タワー、もう間もなく到着いたします。」

乗組員クルーの制服を着た女性が告げる。少女は窓の外を見た。真っ暗な宇宙に「月」の光を浴び、うっすらと青く染まる岩石の塊が現れたのだ。


少女を載せた宇宙船シャトルは間も無く岩に穿たれたゲートを通り、その巨大な岩塊の中へと入って行く。遠目で見るよりずっと巨大な小衛星である。


惑星スフィアとガイアは連星であり、その重力が引き寄せた小衛星群の一角にその要塞はあった。桟橋ボーディング・ゲートにシャトルが到着する。少女はスーツケースを持ってファーストクラスの個室を後にした。港へ降りるとガラス張りの壁面に彼女が後にしてきた惑星ガイアが見えた。これまで自分たちが「月」と呼んでいた惑星ほしから見れば、ガイアもまた「月」なのである。


「お迎えに上がりました。」

今度は軍服を着たスタッフに案内され、少女はエレベーターを延々と上っていく。案内された部屋に彼女を待ち構えていたのは彼が良く知っている人物であった。


「ようこそ、ルイ。『ア・バオア・クー』へようこそ。」

「やあ、『ティファレト』。久しぶりだね。」

二人は握手、そして抱擁ハグを交わした。ルイ・リンカーン・バネット。それが、その「少女」の名前である。「少女」と言ってもその正体は「少年」である。彼はスフィア、そしてガイアを股にかける活動組織、「ノアの方舟」の準幹部であった。ただ、その組織は「短剣党シカリオン」という通称のテロリスト集団として世間では広く知られていたのである。


そして、この宇宙要塞『ア・バオア・クー』こそ、この組織の中核である本部施設であった。惑星スフィアの生体コンピュータは「キング・アーサー・システム」として国王によって完全に掌握されているため、スフィアで活動するためには物理的に惑星を離れる必要があったのである。


 惑星スフィアには何度か巨大な小惑星が激突しており、その破片が惑星周辺のラグランジュポイントに沿って、あたかも土星のリングのように囲っているのだ。そのリングの中にはたくさんの小衛星が存在する。その中にある小衛星を宇宙基地に改造した要塞、それが「小衛星基地8057A」である。8057Aは小衛星の番号であるが、俗に『ア・バオア・クー』と呼ばれているのである。


この小衛星帯は海賊の巣として知られているため、昔から監視のためにいくつかの基地が置かれているのである。

これらの要塞はもともとは国王アーサーの支配を嫌がった「貴族ハイ・ランダー」たちによって構築されたものであった。現在、それらの基地は表記上は円卓を囲む正統十二騎士団アポストルによって共同管理下にある、とされている、しかし、国王アーサーはあまりいい顔をしていない場所だ。というのも、そこのコンピュータシステムはキングアーサーシステムから独立しているため、一切の干渉が出来ないからだ。


「ア・バオア・クー」の名を付けたのは皮肉なことに彼らと敵対していた国王によるものであった。もともとは伝説上の「勝利の塔」に住む幻獣の名で、覇者とともにその塔の螺旋階段を上るとその姿を現わす、という縁起の良い名前だったからだ。

とはいえ、国王は皮肉をこめて、とある「一年戦争」で陥落した宇宙要塞の名前をそのままつけたに過ぎなかったのである。


 要塞は名付け親の意に違わず、「コード;エデン」と呼ばれた「貴族」対、国王に属する凜たち「眷属ハイ・エンダー」の決戦の結果、放棄された、とされていた。しかし、放置されたままのこの施設は、騎士団制度に入り込んだ「貴族ハイランダー」たちの残存勢力によって再稼働され、いつしかこの「短剣党シカリオン」の巣になっていたのである。


 「ティファレト」に資料は読んだのか、と問われたルイは

「アリィがね。」

と短く答えた。ルイはさらに感想を問われると

「俺が強くなれる、それなら問題はないね。」

と素っ気なく答えた。

「何よ、あたしのバージョンアップなんだから、もっと喜びなさいよ。」

アリィが宿主にツッコミをいれた。


七人の英雄マグニフィセント・セブン

資料の表紙に書かれた主題テーマ、それこそが作戦のコード名であった。武術の達人として知られる地球時代の英雄たちを甦らせるというものである。そのためには、彼らを再現する「有人格アプリ」、そしてその器である身体が必要だったのである。


ティファレト」の案内でルイはエレベーターを要塞の最深部へと降っていった。

部屋に入ると、そこには高さ3mほどの6つの円筒状のカプセルがあり、そこには六人の男性の身体ボディが納められていた。


「これが筐体⋯⋯。」

ルイがつぶやく。背の高さは自分と同じほどのものから2mを超える巨躯まで様々であった。

「そうだ、これが英雄たちを受け入れる器だ。まあ、残りの一人はお前だがな、ルイ。」

アリィの正体は、その英雄を「再現」するための有人格アプリだったのである。


「それで、『中身』はどこにあるの?」

ティファレト」は無言で次のドアを開けた。

そこには7人の男女が今度は横に寝かされたカプセルに横たえられていた。彼らの脳内でその有人格アプリは育成されているのだ。


「なるほど、こうやって身体と中身を別々に育成すれば無駄が少ないよね。」

「その通りだ。肉体ホムンクルスの育成は失敗は少ないが時間がかかる。一方、中身の有人格アプリは育成こそ時間はかからないが失敗は多い。なにしろ、有人格アプリの培養のノウハウは、蓄積が足りないのでね。」

ルイやリーナのように適合者である可能性は100%ではないのだ。


「じゃあ、この人が私の『半身』の『お母さん』ってわけね。」

アリィが横たわる女性の顔を覗き込む。

「どちらかと言えば『培地』だな。」

ルイが訂正する。

「おいおい、『きのこ』と一緒にしないでくれないか。」

ティファレト」はあきれたように言った。


そのカプセルにはその女性の名とおぼしきプレートが張られていた。

「アマンダ・ジェイコブス」と読めた。

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