第107話:アイドルすぎる、音波兵器。❷

「ゼル、歌ってよし。しかもテレビ中継だぞ!」

「え?」

凜の許可にゼルの顔がぱっと輝きを見せる。

「ついにゼルが、『銀河の歌姫』になる時がやってきたのですね?」


「マーリン、ピットと船内のモニターの音量を落とせ。こちらも『音波兵器』で対抗する。」

「凜、まさか⋯⋯。」

凜の通告にマーリンが顔を曇らせる。凜はバリアでリトル・グルーサムが放つ低周波攻撃を弾き返した。

「効かないよ。低周波はね。」

凜が不敵な笑みを浮かべる。リトルは黙ったまま攻撃を続ける。自分の出す『音』が自分の攻撃の妨げにならないようにするためだろう。


その時、凜のわきにゼルが顕現した。

いつものアイドルグループのコスではなく、白いロココ調のロングドレスで、往年のアイドルのコスである。ゆっくりと顔を上げたゼルの髪型も狸だろうが狐だろうがかわいく見える、といわれた伝説の『聖●ちゃんカット』であった。いったいなんだ、リトルは不可解そうな表情を浮かべた。


「みんなー、見てる? ゼルのソロ曲を聴いてください。『私のカレはパイロット』です。」

ゼルはマイクを握ると歌い出した。出だしのサビから入る。


「恋はどこまでも突き抜ける、スカイハーイ!

私のカレはパイロットー。」


ボエー、というハウリング音が入る。相変わらず素晴らしい破壊力だ。凜は感嘆した。


「キュン、キュン、キュン。キュキュキュン、キュン!

キュン、キュン、キュン。キュキュキュン、キュン!」


突如現れた怪音波によるジャミングでリトルが慌てた様子を見せる。


「まっすぐのびてくヒコーキ雲。ハートのシュプール描いて欲しいの。

カレの飛行機素敵でしょ? でも、でも。カレが夢中なのは、私よりも飛行機なの。


 ちょっとせつないわ、あなたの。どうして飛行機マシンはねばかりなの?

こっちを向いてよ私にも、ほら、背中にあるのよ、天使の翼!」


「ぐわ。」

 初めてリトルが声を上げる。それは苦渋に満ちたうめき声であった。

 高周波を操るために、彼は極限まで聴力を上げていたのだ。一方、低周波の時は聴力をカットして身を守る。

 つまり、凜は低周波を封じてリトルに高周波だけの攻撃に徹しさせ、そこにゼルの「こうげき」を加えたのだ。


ゼルの歌もCメロからサビへと進む。


「だから飛んでいくのよ大空へ。あなたを見つけて急旋回。あなたの胸に急降下。あたしのハートは急上昇!

恋はどこまでも突き抜ける、それは愛! 私のカレはパイロットー!」


リトルが断末魔の叫びをあげながら崩れ落ちる。「K.O.」の表示が現れた。凜は踵を返すとゼルに告げた。

「ゼル、『撃墜』完了、レースに戻るぞ。」


「ええ!? まだ二番とリフレインが残っていますが。やだーーー。」

ゼルはせっかくのテレビ放送で歌えるというチャンスに未練たらたらな様子だ。無論、テレビでは音はカットされている。なにしろ「音波兵器」同士の戦いだからだ。


 リトル・グルーサムに勝利して1周のアドバンテージを得たものの、その後一つ順位を落とす。そして、なんとか6位入賞を果たした。優勝したのはパット・ペンディングの操る「自在天コンバートアカー」であった。


[星暦1551年3月10日。惑星スフィア。エウロパ。]


 「ショーン兄やん。なんで私に黙って出て行ったんやろう?」

ロゼはベッドの上でずっと気が晴れないままで寝そべっていた。6年ぶりの再会。ショーンの『弟子』であった3年間の2倍の時が経っていた。大人にとっての3年とティーンエイジャーの3年の重みは遥かに違う。


「こいとはん、そないにぎゅうっと拳に力を気張り過ぎたらあきません。軽く握って鞭のように打ち出したってください。そして、そのインパクトの瞬間、ぎゅうっと握りはったらええんですわ。そう、それがジャブでっせ。」

ショーンの言葉を思い出しながらロゼは天井に向って拳を突き上げる。幼い頃、突然母と引き裂かれた悲しみ。その苦しみを父親に憎しみという形でしか向けることしかできなかった苦しみ。ロゼは両親を一度に失ってしまったようなものだった。

 そのような中で、ショーンとジェシカの兄妹がロゼにとっての両親、となってくれたのだ。だからこそ、父親替わりだったショーンを取り上げた父親への負の感情はますます大きくなっていったのだ。


先日、久しぶりに出会ったショーンは、穏やかで、優しくて、そして少し困ったような表情を浮かべたその顔は、あの最後の日と全く変わらなかった。


6年前のあのレースの後。

「ほな兄やん、またな。」

ロゼの言葉にショーンはいつものように「またな」と返さず、

「ほな、こいとはん、さいなら。」

そう告げたのだ。キョトンとするロゼの頭をなで、踵を返したショーンの後ろ姿にロゼは一抹の不安を感じた。


その翌日、ピットにショーンは現れなかった。次の日も、そして、その次の日にも。

不安を募らせたロゼはピット長に尋ねた。しかし、その答えは、彼女にとって最悪なものであった。

「こいとはん。ショーンはクビになったんやで。もう、ここには来ないんやで。」

「うそや。そんなんうそや。なんで、なんでなん?」

事態の急変を飲み込めないロゼは食い下がったが、そうしたところで何一つ事は変わらない。


「こないだのレース。あれに旦那さんは大きな賭けをされてはりました。決して負けてはいけなかったんです。しかし、ショーンは負けてもうたんです。」

ロゼは大声で言う。

「そんなん、兄やんのせいやない。あんなん、あんな卑怯な手、兄やんやのうてもだれでもひっかかるわ。それなのに、なんで兄やんの責任なん?」

ピット長は首を振った。

「こいとはん。誰かが責任をとらなあきまへんのです。ショーンは、自分ワシに全責任があるから他の者には累を及ぼさんといてくれ、と旦那さんに言ったそうや。大したやつやで。」


「じゃあ、悪いのはクビにしたオトンやないかい。」

ゼルは食い下がる。

「いいえ、旦那さんだけの責任やありません。皆んなの責任です。ただ、その責任をとった、という見える形がショーンが辞めることやったんです。大人の世界はそんなもんなんやで。だから、こらえはってや、こいとはん。ショーンもいつかここへ帰ってきよると思いますねん。妹のジェシカもおるさかいな。」


ロゼは久しぶりに腹の底に「おこりんぼの虫」が暴れるのを感じた。

ロゼは自分の部屋にこもると思い切り泣き叫んだ。思い出せるのはショーンとの楽しい日々。母を失って苦しんだ自分を悲しみと怒りから懸命に助けてくれたのはショーンであった。そして、そのショーンも再び失うことになったのだ。ロゼはショーンとの日々を思い返していた。


「こいとさん。ここが丹田やで。ここに、こいとはんのすべてのエネルギーを貯めはってください。全身から隅々に宿る全部のエネルギーやで。こいとさんの怒りもかなしみも、そして憎しみも全部や。ええですか?それを決して、自分や他人様よそさまをきずつけるためにつこうてはあきません。

⋯⋯こいとさんの拳は、こいとさんの行くべき道に立ちふさがるものを打ち砕き、明日を切り拓くためのもんなんでっせ。」


 あれから、6年。

 突如、他のチームのパイロットとして現れたショーンは格段に強くなっているように感じた。彼は強力なゴーレム使いであるグラベル兄弟を打ち破って2位に入線したのである。ロゼは自分に問う。

「凜と兄やんがぶつかり合った時、ウチはちゃんと凜を応援できるやろか?」



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